私は学童期の発達障害のケースで、「不登校」の指示をすることがある。学校は基本的に「はじめに登校ありき」という発想をする事が多いので、主治医からの指示で学校からの無理な登校への働きかけをストップするためだ。下痢や腹痛、頭痛などの身体症状が激しいケースなどが多い。
ただ実際無理に登校しなくてOKとしたものの、登校し無くなったので、家で楽しそうに遊んでいたりすると、親は「これで本当に良いのか?」と悩む。私にもストレートにぶつけられて、私自身もこれしかないとは分かっているが、確信が持ちきれないで居た部分があった。
今回新学期にいろいろなパターンで昨年登校していなかった数ケースが登校し始める経過を見て、私なりの見通しが出来たので書いておこう。
「登校するか否かを本人に選ばせる形にしておくと、本人が自分で判断して行く様になる」と考えてOKだと私は思う。
小学校低学年でも私は本人に発達障害の説明をするが、周囲の人や家族を「あの人はAS、ADHD」等と本人が言い当てられるくらいまで理解が進むと、不思議と自分で選んで登校を始める。
先に引用した思春期のはじめのケースもそうだが、発達障害は自分で納得することが非常に大事なので、早くに本人に説明して、本人なりに発達障害を理解すると、その結果として「本人の納得した決断として」登校につながるということが起こっているのだろう。
受動型ASの場合はちょっと特殊だが、それなりに周囲の環境(友達など)との相互作用の成り行きで登校するパターンになることも多い。
親が「じっくり待つ」ことが出来るかどうかの問題だ。
良かったですね!
登校できるようになるものなのですね!
暗中模索している家族や当人にとって、医師の指示というのはたぶんとてもありがたいものであろうと思います。
登校させない、という決断は、矢面に立つような負担があり、誰もが出来ることではないからです。
その結果、子ども当人の心因症状に基づくしかなく、当人が家で苦しむか、学校で苦しむか、苦しみ続ける場を自分で選ぶしかなくなるであろうからです。そんな選択肢の経験しかないのに、人と心から分かり合う人間関係なんて、大きくなっても作ろうとは思えませんよね。
医師にとっては、動揺する家族のケア、学校への説明責任なども生じて、非常に大変になるだろうことは想像できます。
家族にも、障碍と呼ぶほどではなくとも性格や認識に偏りがある者が多い可能性もあるでしょうが、それでも真綿にくるまず言うことは言う、という一徹した姿勢を取らねばならないかもしれないですね。
私ならそのプレッシャーで病気になるかも・・・。
でも本当は、これからの時代、多くの病院でそれができるようになっていいだかないといけないですよね。
学校という場所も、児童生徒を始め、職員も保護者も、性格や認識やキャパシティに偏りがある人間が多い場所なのでしょうから、もしも依存と言われるとお恥ずかしい限りですが、鶴の一声があることは非常にありがたいことでしょう。
誰か一人が請け負って組織ごと動かせるものではないのですから。
だからといって、問題を子ども当人に戻すと、全てが振り出しに戻りますから。それはもう、発達障害という言葉を知る者の大半は、望んでいないことです。
続きます。
続けます。
とにかく、周囲がやっていないことをやるということは大変なのです。
周囲というのは、知らないことについては、手を貸すのではなく見張るのです。
差別して、陰口に仕立て上げて噂を流すものなのです。
私は挽回できない不名誉を幾つも放置してきました。
すると周囲は最後の仕打ちとして、距離を置くのです。
おそらく私の故郷の者達は、親も居なくなった遠い将来に、私が対処できない困難に行き詰まってから、いよいよ無視を決め込むつもりなのでしょう。
私の両親は苦労してくれましたが、それでも無理だったと思います。不登校の受容は。親も共倒れになったでしょう。
だから私達には、人の善意だけではない支援が必要なのです。
親や学校の先生や友達の注意や助言を、素直に聞いてくれないのが発達障害のこどもです(発達障害の大人もそうですが)。
一筋縄どころか縄百本あったとしても(いうことをきかせようという態度だと)、こちらが思う方向には行ってくれません。
だからYANBARU先生が仰るように、本人に発達障害の説明をして本人が真に理解し、本人が納得する行きたい方向に行かせる、というのが結局はいちばん近道なのかもしれません。
親がひどい虐待をしていないかぎり(こどもに生きる希望があれば)、自分で自分を良い方向に向かわせる力が動物の本能としてこどもに備わっていると思います。
そういうふうに理解できるのですが、次男に「学校に行かなくても良い」と言い切る自信がありません。
次男の主治医の先生はYANBARU先生のようには介入してくれないので、「不登校」の決定は親が握っています。
だから次男はすっきりしないのかな・・・
本当は自分で決めたいと思っているのかも・・・
本人に考えさせたほうが結局は本人の心の成長になるのかも・・・
時期が早いうちに本人に十分考えさせたほうが、その後も壁を乗り越えやすいかも・・・
あ~私には勇気が足りません・・・
YANBARU先生 応援してます。先生のメッセージの持つ説得力は 救いになります。
本人の納得というのはおっしゃる通りだと思いました。
自分の経験でからそう思います。
僕の場合は僕が納得いく様に説明出来る人がいなかったので10年以上実施検証試行錯誤を繰り返してようやく納得したというところです。
はやくに納得していれば、現状は変わっていたかもしれません。特に学校の件は自分で行くか行かないか決めたかったですね。高校の時に不登校になりましたが、それは自殺未遂からでした。
>今回新学期にいろいろなパターンで昨年登校していなかった数ケースが登校し始める経過を見て、私なりの見通しが出来たので書いておこう。
ウチの三女も、その一人・・・ですが、
昨日、(私から見て)少し良くない前兆がありました。
「お腹が痛い」と言うのです。
この、「お腹が痛い」の訴えは、かなりの重さを持っていて、
プラス「保健室で休んでいた」アンド「(別居中の)父親に電話して迎えに来てもらった」
・・・こうなると、かなり危険な状態と言えます。
お腹が痛くなるような明確な理由等ありません。
前日まで、「嫌」「苦」を訴えてた訳でもありません。
いつも、突然なんです。
私は「私も、お腹が痛かった。もしかしたら、○○(食べ物)が腐っていたのかも?食べ過ぎかも?」と、そんなはずもない『食あたり』のせいにしようと、必死になってしまう。
毎回、同じセリフを、むなしく吐いてしまう・・・。
そして、きっとそんなセリフしかいえない母親にいつも呆れ返り、自分なりの解決しきれない精神的苦痛の代償として、一人『お腹が痛い』と苦しみだす。
(続きます)
(続きです)
娘の父親について、詳細はここでは語れません。
夫婦であったことから、私は一方的に傷を負った、という意識が消え去らず、きっとASだろうと思いながらも、許すことができない内容でしか表現できないので、それは、皆さんを攻撃することにもなりかねません。
父親のことを語らないと、娘が「父親に電話して迎えに来てもらった」ことの、危険性は説明し辛いですが、
とにかく、プラス思考のときはADHDの要素を持ってる私と居ると楽しいらしいのですが、
マイナス思考になりだすと、ASな特徴を持ってる父親に向いていく。
実は、娘と父親はなぜか通じ合っていて、
昨年私が一人で頑張り、(勿論他の人の助けがあって)今年娘を再び学校という社会に戻せたのに、
父親は、状況が整ったところに、やたら現れては(私からみたら)『陰』『マイナス』なパワーを娘と共感し合ってくれる(気がする)。
1度不登校を公に自分の物にし、堂々とひきこもりを経験した人は、同じ状況に戻りやすいでしょうか?
きっと、母親や自分の行為を認め励まし支えてくれた人の苦悩も充分に感じながらも、それでもひきこもっていく自分を止められないのでしょうか?
↑こういう言い方は、私にとっては、不登校等考えられない行動だし、引きこもるなんてもったいないと感じるからですが、
娘にとっては、仕方がないことであり、そうすることで生きていけるのでしょうか?
頭では理解できても気持ちや行動が伴わないのが、『高機能』自閉症であり『軽度』発達障害と言われる所以なのでしょうか?
ひまわりさん、不登校はいけないことなのですか?
「再び学校という社会に戻せた」ことがそんなに大切なことなのですか。
(詰問しているのではなく、良く理解できないのです)
私は子供を積極的に休ませたことがあるのです。
その時子に伝えたのは
「学校を行かないことを選んだのであって、ずる休みではない」ことです。
子どもを連れて、日中散歩や買い物にも行きました。
小学校低学年の頃です。
中学生の今、多少体調がすぐれなくとも、自分から学校へと通っています。
自分以外のあらゆる他者とうまく折り合いをつけて生きられないのが発達障害の人(こどもも大人も)だと思います。
自分を充実すれば他者が困る、他者を尊重すれば自分が困る、どう自己流に生きても「歪み」がでます。
だからこそ自分の「歪み」の原因である発達障害をよく理解して、なるべく「歪み」を小さくするよう心がけるべきだと思います。
先生のブログで勉強しているうちに、私も身近な人をみてASかADHDかわかるほど理解できるようになりました。そしてジャイアンとしてブログに参加しながら「低い自己評価」も維持できています。(もちろん完璧ではなく、以前の5割ぐらいに自分を抑えられている感じです。ジェットコースターからゴーカートに乗り換えた気分です。すごく嬉しいです。)
こんな素敵な境地を次男にも習得してほしいのです。指導教室で得られるならば花マルですが、もしうまくいかなければ親子で先生のブログで勉強するつもりです。次男にわかりやすく説明できるのか、私の解説力がカギになりそうです。
その日のためにも「理解」を深めていきます。
過去の私は、適応できなかったのに不登校に踏み切れなかった事例の子でした。
必要だったのは、登校でも不登校でもなく、当時はなかった理解と支援だったと思います。
しかし、それでも生きづらいのに生きてきてしまったのは、的確であったかは置いておいたとしても、私を生かそうと助けてきた、両親を始めとする人達の手があったからでしょう。
母親になったことはありませんが、親にしか分からない呼吸や勘は、あると信じています。
私の子供の頃は時代的にあり得ませんでしたが、矢面に立って不登校を認める決断も、立派だと思います。
登校まで子どものモチベーションを回復させる努力と行動も、立派だと思います。
本当は、支援者・・・医療者でも学校の先生でもいいのですが・・・から、もっとねぎらわれ、誉められてもいいかた達ではないかと思います。
親とはすごいです。
私の親にしても、複数の子どもが居てどうして一人一人にちゃんと気持ちの照準が合わせられるのでしょう。漠然とご飯を食べさせているだけでは子どもの変化は見えません。家事をちゃんとこなしながら、何故いろいろ分かったのだろうと、自分が歳を取っても素直に謎に思います。。
私事ですが来年、私は母親が末の兄弟を出産した歳になります・・・。謎はそのままです。
以前の記事の、自業自得の部分が頭に残っていたのですが、受動AS傾向の立場でも相反する欲求があります。
集約すると頭の中の「無理だと分かっているんでしょ。自分を休ませなさい」と命じる声と、「頑張りなさい」の声です。この二つの主張が大きく、どちらも頭の中で一歩も引かなくなったときはそれを上から見て仲裁する一喝も入ります。
子どもはどの声を聞いても何が何だかまだ分かりません。
だから大人が代わりに、一喝じゃなくて優しく適切に言ってあげる必要がある、ということなのではないでしょうか。
そのときの子どもにとって、一番大切な声を見極めているかどうかが鍵ではないでしょうか。一番大事だからこそ、ここのコメントのかた達はこうして根拠を具体的に知ろうとして調べていらっしゃるのではと思います。
昔ではなく、今は先生がついています。鍵は、いつか開くと私は思います。
せろはんさん
素直なご意見(指摘)ありがとうございます。
不登校がいけないのか、いいのか、ということについては、考えたことはありません。
出来たら、社会に出て自立して生きていけるように・・・
と願っていますので、その為に学習する場として、学校という社会を経験していくことは、大切だと思っています。
私としては、突然社会に出て、生きていくことは難しいと考えます。
>中学生の今、多少体調がすぐれなくとも、自分から学校へと通っています。
…ということは、学校に通える状況を少なくとも嬉しく思っていらっしゃるということですか?
私は、(学校が素晴らしいかどうかは別として)学校に行けることは、本当に素晴らしいことだと感じます。
家族が何も言わなくとも本人は、不登校になっている状況を、同級生や自分を案じてくれる親戚等に対し『悪いなー』とか『恥ずかしいなー』と感じていたようです。
その気持ちも含めて、学校に行けるようになったことを、誰よりも一番喜んでいるのは、娘自身だと思うので、前記のような表現になりました。
正直私には、不登校の気持ちが分かりません。
学校や仕事は行くものだと叩き込まれ、嫌なこと等乗り越えてこそ人生だと信じ込ませられてきましたので、
まさに『当たり前』であり『常識』だと思っています。
だからといって、娘にそれを押し付けはしません。
ただ、楽しいこともいっぱいあるよ!と人生のプラスの部分は伝えてやりたいと考えていますが、どうでしょうか?
娘の立場の方の意見をお聞かせいただければ幸いです。
「納得」はADHDの生きていく上で最重要な項目であると私の経験からも思います。
どんなにいい条件でも自分が納得していないまま生きれば心と体が悲鳴を上げたり、どんなに悪い条件でも自分が納得していれば、耐える事が出来る。そう思います。
私の事ですが、受動型ASの主人と、私から見て依存型の人格障害に見える姑とこの先どうして付き合えばいいのが悩んでうつになった時がありました。
まるで行き止まりに押し込められた気がして、どうして私がこんな事に巻き込まれたのかと納得行かない思いでいましたが、ある日気がついたんです。
道はこの手の中にある。自分なりに出来るところまでやってみて、だめだったら離婚しよう。自分で決めればいい。と。そうしたらすうーっと気持ちが楽になりました。
思うにADHDはお仕着せされるのが一番苦手な人々なんでしょうね。
一人旅に嵌る人が多そうなイメージです。自分も一時期嵌りました。あれは究極の自己責任が発生しますから向いている気がします。
素朴な疑問ですが、受動型ASの人で一人旅が好きな人はいるのでしょうか?
先生の仰る、不登校を指示するというのは(支持?)「行きたくない気持を、周りが受け止める」ということなのかなぁ、と感じました。一度そうやって自分の行きたくない気持が受け止められた後なら、また船出できるということなのでしょうか。
私は学校が完璧で絶対で素晴らしい場所だと思っていないので、子供が休みたいという時には、それが本物の腹痛でなくても休ませてのんびりと過ごします。言葉がうまくないから言えないようだけど(言わなくてもよい)なにか理由があってのことだろうと思うからです。親にそれと言わずに自前で苦しんでいる。いじらしいじゃありませんか。
私は、小学校の頃、嫌いな体育のマラソンはお腹が痛いで休み通し、中学に入ってからはだいぶ勝手をしてました。気に入らないつまらない授業は、いっそ新鮮な空気を吸ったほうがよかろうとばかり、先生が向うを向いている間にあっさりと壁下の穴から抜けて。
周囲も先生も度量があって、そんな私でも愛情を注ぎ大事にしてくれました。修学旅行に行かないと言った時には流石に大勢さんの先生が自宅に見え、こんこんと参加しろと言われて根負けしましたが、普段は好きにしておけと、屋上にいようと裏手にいようと、おかまいなしでした。破天荒という建前でしたが、単に「外で1人がいたい」という感じで、それを先生方も友人達もわかっていた様子。気持を捻じ伏せられるようなことはありませんでした。
高校受験の段になり、いつまでものらりくらりもしていられないと、いくらか真剣に勉強に取組み。真面目にやった褒美として、内申書中身と、出席日数と遅刻の回数は、万事いいようにしておいてやったぞ、これからは真面目にやれと因果を含められ、頭の上がらないことこの上なしで送り出され。
具体策も涙が出るほど有り難かったですが、なにより自分の辛い心情が「受け入れられた」確かな手応えが、後に生きる原動力になってきたと、今回改めて思い知りました。この体験が無ければ「世の中は良いところだ」「人々は温かく、自分もまたそこに必ず生息する場がある」とは、けして信じられなかったでしょう。
発達障害支援なんて言葉が無い時代ですが、先生方や上司の人を見る目が、今とは違う感じがいたします。(地域性などもあるかもしれませんが)
月の草さん
>具体策も涙が出るほど有り難かったですが、なにより自分の辛い心情が「受け入れられた」確かな手応えが、後に生きる原動力になってきたと、今回改めて思い知りました。この体験が無ければ「世の中は良いところだ」「人々は温かく、自分もまたそこに必ず生息する場がある」とは、けして信じられなかったでしょう。
ありがとうございます。
このような経験を聞きますと、先生の言われます、
>親が「じっくり待つ」ことが出来るかどうかの問題だ。
に対し、「じっくり待とう」と思えます。
子どもを育てるには、どうしたって自分が体験し教えられたことをもってしか、育ててはいけません。
そこが前提にあるので、そのように進んでいかない時、責められ、忍耐を容疑なくされるのは母親という現状の中で、暗中模索する毎日です。
納得して進みたいAHDHの特徴が出ているのかもしれませんが、それでも納得してじっくり待てたらいいなー。
これからも、みなさんの体験や先生の助言等を聞きながら、娘を受け入れていきたいと思います。
長女は高校2年生。中1から1年半まったく登校せず、昼夜逆転の生活をしていました。今は、睡眠障害をメラトニンでしのぎながら、学校で良くも悪くも人気者をしています。
ASか?ジャイアンか?
アルコール依存症でAA につながったADHDの私は、その原理を長女にも適用しました。それは、「底つき」と「無力」です。
多分、YANBARU先生の言われる「自業自得」と「底つき」は同義語なのかと思います。
AAでは、「人の底つきをじゃましてはいけない」というのが、鉄則です。底をつくまで不登校の期間が必要なのでしょうか?
私は、発達障害について無知であった為、結果的に娘を追い詰めてしまいました。
どうしても普通であることにこだわり、はみ出さないように他の友達と同じように学校に行くことに重きを置いて、失敗してしまいました。
娘は小学校一年生から保健室を覚え、それは延々続きました。保健室の先生と仲良しになって、自分の居場所を作ったのかもしれません。
好きな授業だけは参加していたらしく、当日の私には「わがまま」としか映らなかったです。
親としての失敗は、『発達障害』に気が付きもしなかったことと、どこまでも普通であることにこだわったことだと思います。
お蔭さまで娘が自分が発達障害であることを理解してからは、前向きになったと思います。
以前のように、緊急事態になることは殆どなくなりました。
私の自閉的な部分をからかわれ、平和な笑いが出るまでになっています。
コメントを増やしてすみません。連休中に、ついAS記事やホームページのほうで軽く復習をしていました。
>受動型ASの場合はちょっと特殊
それは、コメントのかた達もおっしゃるとおり、納得することが情緒安定にとても大切なのに、学校という環境はどこかですれ違い始めると納得に近づくチャンスがことごとく崩れていくからです。
それは、私の納得に到達するプロセスが、とても難しく狭き門だからとも言えますし、昔の学校という場所が、私の適応不可能なことばかりお膳立てしていたからと言ってもいいでしょう。しかし、大人社会もさらに輪を掛けて適応不可能な世界ですが。
大人になって教わったことですが、保護者の主義主張というものには、明らかな病的なものを除けば白黒はつけられないということです。
主義主張についての理由や狙いが、言って説明できるくらいに明らかになっている場合はなおさらです。
しかし子どもの立場では聞けるものと聞けないものがあります。
どんな説得なら聞きやすかったか、昔はなかなか得られなかった私の場合の理想の説得とは?
相反する想念の片方だけを言っても足りません。
休みなさい、も、頑張りなさい、も既に自分で迷って頭の中でこねくり回して、疲れているから無理です。
それを上から見て仲裁する一喝、の代わりに一番親密に関わる人間として近くから客観的に探る言葉を言う。イエスノーで答えられるアンケートのように単純にして聞く。
ふてくされてさえいなければ、イエスノーなら私はすいすい答えます。大人の今でもそうです。
つまり、三つの欲求の声全部に光を当てて私と一緒に検証して欲しいのです。その上で努力無き依存が出てきたら注意して欲しいという贅沢さです。
だから、子だくさんの平凡で根気強く善良な親だった私の親には無理です。そしてそれは誰かから裁かれることでは無い、というところまでは分かっています。
余談ですが以前、先生に出していただいた「合理的ADHD」に関する希望もおさらいしました。改めて、面白い新情報をいただいたと感謝です。でも、先入観を積み上げすぎることもたぶん良くないと自省しながらですが。
けろけろさん
>受動型ASの人で、一人旅が好きな人はいるのでしょうか?
私は一人で旅をするのは好きですよ。
誰にも気を遣わず、時間も気にせず、入りたいお店に入って、食べたいものを食べて。
でも、私は電車の乗り降りに不慣れで、目的地まで行くのが一人では大変です。
現在高1の息子は、中学時代に不登校を繰り返し、中3の後半は欠席が殆どでした。学年末試験も受けず、卒業式も出てません。不登校の理由は、当初は父親とのケンカで「出て行け!」と言われた数日後に・・。
それをきっかけに、親の言動が良くなかったり、話がこじれたり、よく分からないものから、身体症状によるものまで様々。
中3になってからは、クラス関係(イジメと受け取ってしまうじゃれ合いや冗談、悪気の無いあだ名や視線など)、又は、明らかにイジメと思われるものなどで、不登校になっていきました。
当時、下校後も週3回位遊んでいた1番仲の良かった友達は中3で別のクラスになってしまい、不登校も重なって徐々に息子から遠ざかって行き、交流はなくなりました。
ですが、中1時代の2~3名の友達との交流が再開し、その中の一人の子は、息子の特性を自然と理解してくれて遊んでくれていると、最近知りました。ありがたい事です。
今現在、欠席する事無く登校していますが、緊張も解け、クラスの親睦も深まり、言いたい事を言い合う雰囲気になった時が親としては怖いです。
真面目すぎる息子には、この年代の「いい加減さ」が苦手なのです。「生活史」の中で起こりうる様々な場面で、親の目も、先生の目も届かない所で、親の手も、先生の手も借りずに、どの様にして折り合いをつけていくのか・・・。
嫌な事があったその時、その場面で、「障害」を知らない同年代の子供達に何が出来るのか・・。また「行き難さと生き難さ」を感じて不登校になるのでは・・。
受動型ASの息子に、医者も告知せず、私も出来ずにいます。
続きです。
また、夫に関しては、「息子への理解と対応」については、どんなに細かく説明しても全く理解してもらえず、「衣、食、住、だけが家族としての生活」と感じているように受け取れる言動です。心理、情緒、精神などの、人の内面的なものが抜け落ちていて、息子や娘、私に悪影響を及ぼします。
不登校で傷ついた息子を、癒す事もできません。前向きな話をする事も出来ません。何気ない会話で子供の心を覗く事も出来ません。言葉の裏を読めずに、思った事を言って、息子に「決め付けた言い方だ」と言われます。
手を掛ける事は出来ても、心を掛ける事は出来ないのです。「甘やかし」と「甘えさせる」、「放任」と「放置」は違うという事も分からないです。
(知らない)人嫌いの息子には、医者へ通う事を断られ、第3者の介入は難しく、私の「対応」だけでは息子に似合う言葉が捜せず、息子の「自己中」な部分をチラつかせながらの毎日です。
登校する事で、人間関係を生で感じ取って欲しいと思いつつ、手放しで喜べない心境です。
ネガティブで申し訳ありません。
>受動型ASの人で、一人旅が好きな人はいるのでしょうか?
普通に旅行が好きであれば、一人旅になってしまうのが、受動型ASと思います。
ジャイアンの一人旅がぶらり一人旅で、日常に無い光景や偶然の出会いを求めるのに対して、受動型ASの場合は、テーマを決めてその場所で無いと楽しめないことを目的にする、といったところでしょうか。
事前に念入りに計画します。計画の誤差範囲でおさまるようなところはあいまいにしておきますが、「この電車・バスを逃すとどうしようもない」とかいうところは、時間やバス停とかを事前に良く調べておかないと不安になります。
計画を立てている時が一番楽しい、というところはありますが、実現しない計画を立てても全然楽しくないので、旅行には行きます。そして、計画通りに旅行を終えて、楽しかったと帰ってきます。
だから、一人で無い旅行は苦手かもしれません。
愛着対象の彼女とならば、彼女のやりたいことをベースに肉付けすればいいだけなので、大丈夫でしょうけど。
>この年代の「いい加減さ」が苦手なのです。
確かに、みんなが不慣れなうちは、相手の行動も比較的読みやすいので、子供でも対応しやすいところはあるような気がします。
慣れてくると、想定外の行動(=いい加減)が頻繁に出てくるようになるので、受動型ASの子供は混乱しやすい、というのはあるかもしれません。
私の場合は、小学校の後半~中学校時代はずっとリーダー格だったので、あまり相手に左右されることもなかったので、想像しかできませんが。
とはいえ、現実世界が予測できることばかりでなく、いい加減なものでできていることを理解しないといけません。
そのためには、必要程度に苦しんで、その末に体感として理解することが将来を考えると絶対に必要なことです。
ここで、完全にいい加減なことから引き離してしまうと、「世の中がいい加減であることを理解できない」社会に不適応な大人が出来てしまいます。
たぶん、こうなったら、もう一生社会不適応で生活するしかありません。
これらが適応できるようになるのは子供時代だけです。
>「行き難さと生き難さ」を感じて不登校になるのでは
これらを感じないで大人になる方がもっと怖いです。
受動型ASにとっては、社会の理不尽さを理解する方が、学校の勉強をするより大切です。
愛着対象のお母さんが理解さえしていてくれれば、また、理不尽な社会(学校)に対しても立ち向かう気持ちが出てきます。
あまり過保護になって、事前に障害を取り除くことだけはやめていただきたい。
そんなことをすると、「障害を取り除いた社会」を現実の社会と認識してしまって、後で苦労することになります。
>不登校で傷ついた息子を、癒す事もできません
そんなことはないでしょう。
息子さんは素直な気持ちを表現はできないでしょうから、苦しいだろうとは思いますけど。
息子さんを信じてあげるだけでいいですよ。
受動型ASは、大器晩成なので、子供のうちは、多少つまづいたっていいんです。
子供のうちにやるべきことさえやっておけば、後でいくらでも取り返しは効きます。
ひまわりさま
私は手前勝手な事ばかりで、今もって、とてもいい人生を送っているとは露程も言い難しでここにいますから、あてにならない話と思っていただいた方が宜しいかもわかりませんが。。ひまわりさんは、いいおかあさんぶりですね。学校も仕事も、嫌でも行くのが当たり前で、責任を果たすべき場所と私も思います。
:
なんというか、先生の本論から外れたことだけ言ってしまった気がするので、この機会にもう一言。些細なことでも、自分で決めたことならば、責任を持ってやり遂げなければならなくて、学校にせよ仕事にせよ、自分で行くと決めるかどうかで、私は結果が全く違いました。すぐに怠けたいというか、依存するあてを探しているので、人様に背中を押してもらった時には、あり難いどころか、失敗した時にそれを理由にし、かんがえるのをやめ、成長もやめてしまっていたと思います。
責任を果たすためには、どんな自分であればいいんだろうが、このごろのテーマです。波を乗り越えられるベースを自分の中に作れるかどうかが、勝負どころなのでしょうか。
娘は「今なら中学に行けるかもしれない」と言います。現在22歳です。
「精神年齢がやっと中学校に対応できるようになったみたい」と言うのです。
これが発達障害といわれるゆえんなのでしょうね。
学年が進むにつれ 同級生の成長についていけなくなり取り残されていく感じがあるのかもしれません。
私自身、自分が周りの人と違うと気づいたのが中学2年生の時でした。
娘の不登校は実際には小学校2年生の3学期に始まりました。
私は受け入れられませんでした。行かせるための様々な努力をしました。
3年生のときは一緒に教室にいることもしました。
そのおかげで、私が過度の要求を娘にしていることに気づきました。
その一年はわたし自身の考え方の調整期間となりました。
そのときの担任は心を汲み上げるタイプの先生だったので、クラスメイトとも打ち解け 私との関係もかなり良くなったので4年生は一人で頑張ってみることにしました。
非常に残念なことに 担任が張りきりタイプの人に替わったものですから娘は追い詰められ、様子がおかしくなりました。
担任はずっと「学校に来れば大丈夫です」と言い続けていたのに問い詰めると「では、お話します」と娘をクラスのお荷物のように散々悪く言いました。
それで、私は休ませる決心をしカウンセラーにも校長にも話しました。カウンセラーは立ち上がって「感服します。」と私に頭を下げました。校長は良い理解を示してくださり休むことを許可してくれました。
でも、本当の意味で休むことを親子で肯定できなかったので成人した今でも娘は不登校(ニート)状態です。(それでも、通信高校は卒業しました。)
私はここに参加するようになって やっとふっ切れたので娘に「今年は父親の扶養家族になって花嫁修業中ということにすればいい」と言いました。
今になって互いに本当の意味で休むことを受け入ることができました。
そうして初めて 娘に回復に向かう力が湧いてきた感じです。
現在、不登校で悩んでいる親御さんには
ぜひともYANBARU先生とお子さんを信頼し不登校を受け入れてほしいです。
不登校を受け入れることによって お子さんとの間に境界線が引けたら子供は自分の足で歩き始めることができ、多数派の中に乗り込んで行けると思います。
m2様
分かりやすいコメント、有難うございます。
「人間関係を、生で感じ取って欲しい」と思いつつ、不安が先走ってしまうのは、親として、どうしようもない感情なのでしょうね。
【不登校で傷ついた息子を、癒す事もできません。前向きな話をする事も出来ません。何気ない会話で子供の心を覗く事も出来ません。言葉の裏を読めずに、思った事を言って、息子に「決め付けた言い方だ」と言われます。】
上記の内容は、夫の事です。以前にもm2さんにアドバイスを頂きましたが、夫もまたAS傾向にあるのです。「普段の生活」は、手順を構築していれば対応出来ているのですが、経験した事の無い何かがあった時・・「子供の教材」の押し売りに騙されそうになるとか、庭木の剪定を素人ながら適当に手入れする(適当が苦手)など・・etc・・その他、些細な事でも、私に聞いてきます。
私が言いたかった事は「普段の生活」と同等に大切なのが「普段の精神(情緒)」であり、健全に育っている子供であっても、障害、2次障害で苦しんでいるのであれば、なお更、子供の心に寄り添ったり、ポジティブに接してあげるのが、身近な親としての、最低限の務めではないかと私は思うのです。それが、全く出来ない夫なので、息子も父親不信なのです。
夫婦関係、親子関係も、不登校につながる原因と言われる中で、私なりに努力を重ねてきましたが、成人の夫は、「(思考が)取り返しが効かない」ほど、コミュニケーションの理解が表面的です。例えば、私が「腕のけんしょう炎がひどくて・・・」と夫を見て言ってるのに、夫は「・・・・」です。「こんな時は、何か言葉を返すのもだ」と言うと「何て言ったらいいのか、分からない」と・・・。スキルを教えても、実行出来ません。このレベルです。
「テーマ」から反れてしまった感がありますが、コミュニケーションに関しては、息子も夫と同等です。ですが、現在、登校して頑張っている息子を応援する為にも、この場で学ばせてもらい、同時に、ご指摘、ご指導もお願いしたいと思います。
ものすごく私自身母親として為になるお話が続いている中で、脱線してしまいますが返事だけさせてください。すいませんYANNBARU先生。
>かぜさん
>m2さん
私の素朴な疑問に答えていただいてありがとうございます。
受動型ASの方の中には一人旅が好きな方もいらっしゃるんですね。
ただお二方の旅の仕方は、ADHDの私とは違う気がします。
かぜさんは気ままさを感じる事が旅の目的に思えますし、m2さんは初めに計画ありきで実際の旅は計画の検証の様な印象を受けました。
失礼で的外れだったらごめんなさい。
私は言葉の通じる国内ならあえてラフな計画だけでふらりと出かけ、海外はあとで自分を責める事の無い様安全に関する事は念入りに調べ、それ以外は成り行きで現地で考え、行動していました。
なのでスリリングでとても楽しかったです。これは刺激を求めるADHDゆえなんでしょうね。
本当に何度もすみません。
この場は、日記やグチを書く場ではありませんが…先生の所に行き、直接聞いてもらえるわけでもなく…もう一度コメントさせていただきます。(すみません)
何度も何度も繰り返した、その勘はみごとに当たり、娘は再び、学校に行かなくなった。
あえて『行かなくなった』と表現したのは、入学式以来娘の口から、学校に対する「嫌」などは、一切聞かせれてなく、私には学校に『行けない』理由が見当たらない。だから『行かなくなった』と、親の苦しさから八つ当たり的な表現をしました。
それでも、『行けない』何かがあることを、理解しなければならないのです。
「お腹が痛い」は娘の口癖でした。
生まれた時から、過食ぎみです。吐きはしませんが、今は肥満に悩み、不登校に拍車がかかります。
『わがまま』だとは、全く思いませんが、理解をする気持ちの余裕があるかどうか、自分自身心配でなりません。
月の草さんの言われる
>すぐに怠けたいというか、依存するあてを探しているので、人様に背中を押してもらった時には、あり難いどころか、失敗した時にそれを理由にし、かんがえるのをやめ、成長もやめてしまっていたと思います。
とても、よく分かる気がします。
ウチの旦那もそうでした。「お前がそう言ったから…」。
そして、娘もまた時を止めてしまいそうです。。。
月の草さんのお話は、本当に的を得ていて、私が理解し得ないことを、上手くことばにして説明してくれるので、胸のツカエが取れるようです。
>経験した事の無い何かがあった時
これは、ASはダメです。
普通の人でも初体験は得意なものではないでしょうが、ASにとっては致命的にできません。
>「子供の教材」の押し売りに騙されそうになるとか
これはひどいですね。
普通は子供の頃にだまされて、人間というのは正直なことはあまり言わないものだと学ぶものです。
相当な箱入り息子でなければ、これはないでしょう。
>身近な親としての、最低限の務めではないかと私は思うのです
私には愛着を持てない相手と結婚するという感覚が理解できませんが・・
愛着対象の人の産んだ子供であれば、当然愛着が生じます。
ある程度年がいってから衝突して愛着が外れることはあるかもしれませんが。
一方、私は子供一般が好きなのですが、子供が嫌いで愛着対象でもない、という状況だと、このような反応になると思います。
おそらく、これは治りません。
治そうとする努力はやめた方が良いと思います。
治さなくても、うまくやっていく方法はあると思うので。
>息子も父親不信なのです。
親父を反面教師にできるので、息子さんはそういう気持ちを理解できるように育つ可能性が高いのではないでしょうか。
ASは、自分に不満があると、そういうことも勉強しようという気持ちが起きるのです。
>「腕のけんしょう炎がひどくて・・・」
これはおもしろい例ですね。
こういうのはASは弱いんですよ。
だって、何をしてほしいのかわからないじゃないですか。
ただ話を聞いてほしいだけなのか、家事を代わってほしいのか、医者に連れて行ってほしいのか・・
相手に関心があれば、「何をしてほしいのか?」くらいは聞けます。それすらいわないということは、あまり関心がないから・・ といわざるをえません。
おそらく、うまくやっていく方法は一つだけあります。
上の例で言えば、何を欲しているのか、までをはっきりいうことです。
そこまで言えば、お坊ちゃま君ASでも理解できるはずです。
理解さえできれば、普通の人間として行動できます。
大変だと思いますが、頑張ってください。きっと、今よりはまともな生活が待っていると思います。
ここが、ASがデジタル脳と言われる所以でしょう。ちゃんと、やりたいことを正確にプログラムしないと動いてくれないのです。
「腕のけんしょう炎」の会話のやり取りは、もう少しあって、何も言ってくれない夫を(キッ!)と見ると、「・・何か?」と言うので、「何か言葉を返して」と言ったら「何て言えばいいのか分からない。・・・腕でもオモミしましょうか?」と取って付けた言い方をされて・・。
女性や定型の人は感情の共有を求める傾向にあると言われていますが、私としては「大丈夫?」「困ったね」程度の気遣いの言葉を掛けてもらいたいだけだったのです。そんな事、言葉にして言っても、自分が惨めな感じです。
こんな事は、夫にも息子に日常的に沢山あって、職場で、学校で、コミュニケーションの下手さから嫌われて行くのかと思うと何ともやり切れません。
家庭内で、上手くやっていく方法は、おそらく「感情抜き」の、「単なる生活」をする事なのだと、再、再、再認識させられました。
息子の方が、まだ、見込みはあるので、「言葉の裏、意図」「挨拶」「マナー」「思いやり」「気づかい」「冗談」「ちょっかい」・・・思いつく限りの人間関係を、少しづつ、少しづつ、教えていこうと思ってます。息子の口から学校での不満が出た場合は特に。
余談ですが、息子が部活の親睦会で「科学未来館」に行って来ました。他の子は全3フロアー見て回ったそうなのですが、息子は1フロアーだけ・・。理由は、「人体とかエイリアンとか、気持ち悪いから」だそうです。
しかも、「もし、全部見て回ったとしても、自分は30分で終わるのに、皆は3時間も見てた。何でそんなに時間がかかるのか?」と。
息子は、以前からそうでした。動物園とか、水族館とか美術館とか、展示物をじっくり見る事が出来ず、サッと見ては次々移動してしまうのです。私達家族は、展示物を見るより、息子が何処へ行ったか探す事になるのです。
人と付き合う上で、これで良いわけ無いですよね。適切な言葉が見つからず、息子を諭す事が出来ません。
ひまわりさんと対話がかなったことで、私の今までの短い人生がどのような明暗であったか、くっきりとしてきたと感じます。こちらこそあり難いことです。
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私は、この十年というもの「世話好きで、自分の思い描く妻像を持ったAS夫の望みを叶える」を理由に、それの縛りが強くなりすぎると「AS夫の支配」と称してクレームをつけ。つまりは良くも悪くも、夫の背におぶわれることを望み、AS夫の背中でぶくぶくと肥大化してきたと感じます。
文字通り身体も肥大化し、世間に出たいという気持とは裏腹に、いざ玄関を出るとなって鏡を見ると、ぎょっとする始末。
ふっくりとふくよかならば、福々しさが漂いそうなものですが、そうではなく。顔色はどす黒く、赤黒く、目尻はどろんと下がり、イボやなにかの出来物が多い。むくみがちで、眩暈多く、身体の体液がさっぱり廻ってないのは素人目にも明らかで…..(体液を回す漢方薬を医師に出してもらってまわるようになってきました。)
私も過食気味です。先日、自分が一日中何かモチベーションを上がる食べ物を探してウロウロしているのに気付きました。甘いものを食べると、脳にブドウ糖がいくとかいかないとか。甘いもの、刺激のある食べ物でピリッとモチベーションをあげる。少量のブドウ糖は必要なんでしょうけれど、過ぎれば浮腫みがきてだるい。
だから食べないよう努力。でもそれだけでは「やるべきこと」「責任」は胸の重さをますばかりなので、養命酒を飲んでしのぎ(笑)。今度は、またその辺の話もしてみながら、いい漢方薬はないか、次回の予約時かかりつけの医師に相談しようと考えてます。
(時折、あなたはあきらかに鬱です、モチベーションをあげる西洋薬をだしますよ、という医師に出会います。若い頃、薬に振り回された記憶が生々しいので固くお断りしている私です……..)
こういう具体的なASの事例を追って見ていると、受動型ASの自分を「ロボット(機械)」に例えることができるのではないかと思えてきました…。
言われた事(インプットされた事)しかできずに、応用力もない。
だけど、自分には訳も分からないのに、人から不機嫌に当たられたり、イライラされたり、本人でさえ抑えきれない理不尽さから責めて来られたりすると、やっぱり悲しいですね…。
私のパートナーは、自分が今思っている気持ちやをどうしてほしいのかを私に丁寧に説明してくれているので、状況把握と状況理解が困難な特徴を持つ私との衝突を、パートナー側でだいぶ少なくしてくれているので、なんとか応じなければ、と私も一生懸命になっています。
パートナーからは、「俺はあなたの気持ちが欲しいんだよ」と噛んで含めるように(諭すように)言われたことがありましたが、ムリに気持ちを求められた事はまだないです。
どちらかというと、「もっと俺に関心を持ってよ」「何を思っているのか話して」ということは言われていますが。
とりあえず、パートナーの事はこれからも大事にしていきたいと思いました。(他意はありません。もしも悪く受け取ってしまった人がいたらごめんなさい。)
>ゆうさん
ASだからそれで良いと言う訳ではありません。でも、AS的な感覚として良く理解できます。ですので、ちょっと解説してみます。
人がどこか痛いと言っているのを傍で見てても、それに対して特に言うことはありません。解決策があれば、それを提案するなり、手伝うなりします。治る薬でもあるのなら、夜中であろうと遠方であろうと買いに行きます。さすって本当に治るなら何時間でもさすります。でも「大丈夫?」と言っても何も解決しませんから。同時に自分であれば黙って我慢します。「大丈夫?」と言ってもらっても特に嬉しくもありません。
真剣に心配していても、自分が痛くない以上、感情を共有しようとする言動は“嘘”であると感じます。嘘と感じる言葉を一切発したくないので、むしろ「大丈夫?」なんて言いたくありません(で、実際に何と言ったら良いか分かりません)。
でも、それをもって「感情抜き」と断定しないで欲しい、家族のためにも、息子さんのためにも。単に、感情の表現方法や感じ方が違うのですから。
私は自分と周りの感覚の違いに気が付きましたので、“かなり努力して”それらの言葉を口にできます。「相手にとっては必要なんだ」と理解した上で“嘘を口にする辛さを我慢して”「大丈夫?」って言えます。(近頃の私は、相手の顔色を伺って、相手の欲しがっている言葉を口にします。そして、すっかり嘘付きになってしまったなぁと今の自分に対して少々悲しい気持ちでいます。出来れば以前のように純粋に生きていたかったなぁって気持ちがあります。)
息子さんに教える際も、諭すのではなく、息子さんの表現が間違っているのでもなく、周りの人は別の感覚で動いている、それでは相手に伝わらない、と客観的な観点で教えて下さい。その上で、どちらを選択するのか、選択の自由を息子さんに与えて下さい。展示物についても自分の興味のままに見れば良い、別に烏合の衆に同化する必要も無いと思います。人は、孤高の人として生きて行く道もあるのですから。
まぁ無理に孤高の人を選ばなくても(きっと今のままでも)、私や私の父のように、それなりの友人に恵まれて、人生を楽しめる可能性もあります。面白みは少ないが裏表のない人、信頼できる人物、として評価されているように思います。
本当に、ASの人は(見事なくらい?)こちらが「期待するひと言」を言ってくれませんよね。その一言で救われるのに。
私はかなりASを理解して受け入れているつもりですが、それでも時々耐えられないほど辛くなります(孤独感かな?)。
先日大きな病院(精神科)に駆け込み、「夫と息子がASで辛い。死にたい。でも息子を育てなければならないから、自分の感受性を麻痺させる薬物で(私を)治療してほしい」と頼んだけれど、他でカウンセリングを受ける様勧められ追い返されて?しまいました。YANBARU先生のブログ等でしっかり分析できているから、今更カウンセラーと向き合うのは正直面倒・・。こんな私には、どのような治療が有効なんでしょうか?(話題がそれてますか?すみません・・。)
>職場で、学校で、コミュニケーションの下手さから嫌われて行くのかと思うと何ともやり切れません。
理解してもらえない人とであれば、嫌われても仕方ない。
これが、ASの感性です。
よって、本人たちはそれほど気にしていません。
>少しづつ、少しづつ、教えていこうと思ってます。
教えるのは意味があることと思いますが、座学は何の役にも立ちません。(基礎ができてくれば別です)
唯一意味があるのは、大失敗することです。
ASでも自覚できるような大失敗をしたら、「二度と同じことはやらないようにしよう」という形で対処できるようになります。
ここまで我慢できるか? かなりつらいことと思いますが、頑張りましょう。
>展示物をじっくり見る事が出来ず、サッと見ては次々移動してしまうのです。
興味が無い場合、そうなります。
一方、何か集中していることはありませんか?
それを見つけてやることが、ASの親としてやるべきことです。
それは親としては決して好ましくないことに集中しているのかもしれません。
ASって、何か一つを極めると、他のことに応用が効く様になるんです。
>私はかなりASを理解して受け入れているつもりですが
ASの立場で言わせてもらえば、もし理解して受け入れているのであれば、気の利いた言葉を言えなくても仕方ない、と思ってくれるはずと解釈します。
たぶん、今の状態は、理解はしているが受け入れられない、というようにしか見えません。
受動型ASは相手を写す鏡のような面があります。
あなたが、旦那の愚痴をここで晴らすのと同様に、旦那は酒の席であなたの愚痴を晴らしているのです。
たぶん、あなたが旦那のことを本当に受け入れられたなら、旦那もあなたのことを本当の意味で受け入れるでしょう。
「まず、相手ありき」これは、受動型ASにはどうしようもありません。厳しい言い方になりますが、あなたが先に変わるしかうまくいく方法はありません。
学生の時、先生に出会えたら「不登校」という選択肢があったかもしれないなぁと思います。
親が「まずは登校ありきのジャイアン」なのでイヤでも学校に行くしかなかったのです。
(不登校したら父親に殺されかねないというのがあって学校へはきちんと通ってた。)
高校の頃には自分の身体症状に合わせて無理な時間は欠課して過ごしました。
(出席日数も問題がないように工夫した)
もう最後はなんで学校へ行くのかわからなかったです。
いじめられていたわけでもないし、友達も普通にいたのだけどそうなるんですよね。
(自分でも理由がよく分からなかった)
そういう経験をしていても将来(私にそっくりな)ジャイアン娘が「不登校」になったら焦ると思います。
...「私の娘だからなぁ~」と諦めるのだろうと思いますが。
その時はジタバタしないで潔く~というのは難しいだろうと思います。
mario様、m2様
解説、ご指導有難う御座います。
エム様
同じ様に迷路から抜け出せずにいますね。お気持ち、お察し致します。
さーこ様
私も、夫に対して同じ様な事を言ってしまいます。「あなたの気持ちを知りたい」「息子に関して、何を思っているのか聞きたい」と。
「明確な回答は無い」と言われてしまいますが、「明確」は求めておらず、今現在、思っている事を知りたいだけなのに、通じないのがもどかしいです。
最近、知り合いの人から「不登校や夫婦関係で困っている人向けの講演会があるので、参加してみない?」と誘われ、行ってみました。
内容を簡単に言いますと、「現状の問題事は、これまでに自分が撒いた【悪い種】、つまり、夫や子供への不満を言動に表したり、不満のオーラを発した為に、【悪い種】が芽を出して【問題】が起こっている。夫婦、親子、姑関係を、何とか良くしたいと思うなら、その【悪い種の芽】は自分の責任であるから、自分が摘み取らなければいけない。
摘み取るとは、「なぜ?相手が悪いのに・・」と思わないで、「どうして私が・・」と悩まないで、自分の迷いを捨てる覚悟で、ただ、ただ、相手に尽くす。
朝、笑顔で「いってらっしゃい」でもいい。相手の好きな料理を増やす事でもいい。その様な事を何か、一つずつ、実行して行く。そうして、相手の気持ちに添った事を増やしていけば、必ず良くなります。」
ちょっと言葉足らずですが、こんな内容でした。
私も「なぜ、私だけが尽くす?」と不満が沸きますが、知り合いの人が言うには、「自分の【性根】が、自身の育成暦と関わっていて、今、自分が変わらなければ、自分の子供も同じ道を歩む事になるので、そうならない為にも、何度も、何度も、講演を耳から聞いて(文字ではなく)、性根を変えるしかないのよ」と・・。
私って、根性悪かったのかーー。反省も大事ですね。
講演会の内容、ベストセラーになった「鏡の法則」って本に似てますね。私は本を読んで泣きました。ここで自分に関してここで勉強している最中で、ちょうど受け入れられるタイミングだった事もありますが、そこに救いがあったからです。自分が変われば相手も変わる、そして解決するって。
今ではそれでも不充分だと思っています。特にASやADHDに関しては不充分です。人は変われないのです。特に大人はそのスタイルで生きて来た実績があるので、そう簡単には変われない。パートナーの反応や行動が不満で、それを相手に訴えてもそう簡単には変われないのだから、結局関係が悪くなるばかりです。
自分には捕らえられなかった相手の良いところを(ここで得た知識を活かして)読み取り、それに満足して、相手に感謝して、相手に尽くす。相手を変えるのではなくて、自分の相手を読み取る方法を変える。それしかないと思っています。私がASの解説をしたのは、そのお手伝いの為です。
特にASのパートナーに苦しんでいる皆さん。ASに表現を変えろ!と言っても何も解決しません。できれば(あなたが不満に思っている)ASの表現方法なり行動を受け入れて下さい。彼(彼女)が社会で苦しんでも自己責任です。でもあなたが受け入れなければ、受け入れてもらえる場所が何処にもないかも知れません。家庭は本来、全面的に受け入れてもらえる筈の場所です。(ADHD元妻をちゃんと受け入れていなかった自分への反省も込めて書いています。)
希望は伝える、でも結果は求めない。ASでもADHDでも(もしかすると多数派にも)、相手に何をどうしたら良いのかは同じなんだなぁと今は思っています。
ちょっと偉そうに書き過ぎました。ごめんなさい。
ひまわりさん:
先日から、いろいろありがとございます。ところで、ここに書いたことは、私の事情なので、お嬢さんにはまた違うご事情がおありになるかと思います。ご本人に、おたずねになってみたら、何か興味深い発見もあるかもわかりませんよね。状況がご家族にとってよいほうへ転じることをお祈りしています。
YANBARU先生へ その1
学校に少しだけ次男を理解してもらえた出来事がありました。嬉しいのでご報告します。
次男は私からみても「学校」に順応しにくいタイプです。そして学校からみても「手に負えない」タイプのようです。
学級崩壊した年は、次男も周りの子もすごく荒れていました。
指導力のある担任の先生に受け持たれたときは、表面上は比較的問題なく1年間過ごせましたが、ほぼ毎日学校に「行きたくない」モード(身体症状なし)で、親が許さないので仕方なく登校しました。
(おそらく多数派で、発達障害に理解のない)担任の先生に受け持たれたときは、自分と周囲の違いがくっきりして自己評価がとても低くなり、授業には参加せず(そういうところは自己主張し、担任のいうことはききません)、元気がない状態で、やはり仕方なく登校しました。
今まではこのような経過でした。
今年の担任の先生は1年生でも受け持ってもらったのですが、良いところもたくさん褒めてくれて、リセットできるかもしれないと周囲も期待したのですが、友達への暴力が目立ちます。でもなぜか学校へは「行きたい」といいます。
暴力は本人も友達も学校も最も困る問題です。最初は私は、担任がうまくのせてくれるのでついテンションが揚がり暴力が出るのかと考えて(そう説明もして)、担任の先生に次男のダメなところもはっきり指摘してほしい、自己評価が下がってもかまわないとお願いしました。こども版低い自己評価のお願いです。
でもこのとき学校側は「自己評価を下げるなんて教育者としてできない」とか「そんなことをしたら将来の心の傷になる」とか「暴力が出るのは今集団にいる時間が物理的に長いからであり去年もあった」とか「暴力がでるのは家での親の対応が悪いから」(学校が真剣に指導してもよくならないのは親が暴力的だから、親の暴力への認知が甘いからだ、と言いたいようでした)とか、私の考えは理解されませんでした。
YANBARU先生へ その2
経過をみていましたが、次男は前学年と比べて家でもイライラして攻撃的なのでやはり学校に何かあると思いました。薬は飲みたくない、でも学校には行きたいという次男の気持ちを優先しても暴力は許されないので、親としても困惑しました。
ある日の連絡帳に担任から「午前中はやる気をださなかったので午後は頑張ろうと励ましたら、(次男に)暴言を吐かれて悲しかった」とあったので私はこれだ、と思いました。
おそらく次男は、みんなと同じようにやろうと思ってもできない事実を自分で自覚して悩んでもいるのに(その気持ちを理解もせずに)授業に臨むことばかり言われるのは辛く苦しいのだと思います。担任の先生にそう説明して、授業を受けるか受けないか全て本人に決めさせてほしいとお願いしました。
その翌日ささいなことで友達にキレてしまった次男の様子(尋常でなかったのだと想像します)をみて、担任の先生は「早く集団に戻そうと自分のほうが急いでいたことは事実。強制されて辛かっただろうと思う。お母さんの言うとうりです。」と理解してくれました。
この4月からの次男への特別支援の目標が「集団に戻す」だったため仕方なかったのかとも思いますが、理解し方向転換してくれた担任の先生に感謝します。
周りは余計な介入をせず本人に考えさせる、本人が発達障害を理解し納得して行動することが大事、というYANBARU先生が仰ることそのままだと思いました。
次男には私からADHDを理解するための説明を進めていきます。(今ゲームのキャラクターをジャイアンだと分析するのが楽しいみたいです)
前途多難かと思いますが、これからも勉強していきます。
YANBARU先生ありがとうございます。
二人の息子が発達障害のようです。
二人とも学校が大嫌いで、ひとりを休ませると、もうひとりも断固として休もうとします。
長男=依存ジャイアンかAS 学校がめんどくさい。
勉強が嫌い。掃除がめんどくさい。家から出るのがめんどくさい。
次男=シンプルADHD 勉強が面倒、のんびりできない、攻撃的な人がいて戸惑うし、うるさいし落ち着かない。何事も学校は無理やりばっかりでうんざり。
だそうです。次男は喘息もあるので、割と休ませるのですが、それを目の当たりにした長男がえこひいき!とはげしく糾弾。お願いと甘えながら、自覚のない暴力を振るってきます。とてもね、、、疲れるんですよ、、。