2014年の春から夏にかけて、後藤先生に献身的に見ていただいたこと。
失礼ながらも、物語のように感じることもあります。
回復すると、当時を思い出せないぐらいになる。その通りでした。
地元でも臨床心理士の三宅先生からも、たくさんの気づきをいただきました。
お二人の専門家の指導を受けられること。しっかり向き合う時間もあって、自分は本当に恵まれていたことと
その感謝は、素人ながらも、自分の周囲の方々に役に立てるように、忘れずに記録を取ろうと考えております。
抱えていた長年の「倦怠感や過集中」の問題がわかり
先生は、日々のいろいろな出来事を中心に、受け取り方、感じ方の歪みに対する気づきを与える指導をしてくださったこと。
自分は回復することを実感すること緩やかでした。
不思議に思うかもしれませんが、
私は、本来の凸凹ADHDを取り戻すことであり、自分の問題が自覚できなく、身体症状にでていました。ACです。
過剰に普通にこだわることか、アスペルガーと間違えられる原因だったのかもしれません。そして、ADHDということも初めて聞いて驚きました。アスペルガーと思ってましたし、そのような診断もありましたから。
かつての凸凹=ADHDに戻すことから始まり、周囲の者は、その経過は悪化に見えるぐらいだったと察します。
先生の表のとおり
一度中心的なジャイアンADHDに戻し、その後に合理的にする。
様々な物を忘れたり。自分主体に物事を考え、中心思考のジャイアンとなり、
中心的で、そのために、わがままに思う自分への自己ツッコミを取り戻し、
なつかしい「のびのびした以前の自分」そして、合理的な自分を先生のおかげで1年で取り戻せたと考えております。
・ビジネスで結果を出せていたこともあり、周囲は個性を認めざる得ない状況であった。
・空気を読むことだけは、人並み以上で、ACで根拠なしに腰が低かった。
・しつけや教育により、学習的な不注意は目立たなかった。
実は、本来、学生時代から就職へと、多数派の中で、凸凹は個性として認められ、仕方ないと支えられていたのか、意外にうまく適合していました。本来はそのままでよかったのに、なぜなのか。
課題でした。
先生は、自分の歪んだ考えを論破するため、
考えることに依存している自分の思考を論破するために、
徹底的に、自分側の舞台に立ち、事象を理論で説明していただきました。特に、善か悪か2極化した思考、とくに、発達障害が病か病ではないのかなど。
医学的には、魔女狩りから、近代の医療について
哲学では、ミシェル=フーコーのマイノリティについて
物理では、自己組織化や創発について
政治では、共産主義と民主主義
世の中の偶然・偶発性について、一つ間違えれば、病的な唯物主義を、なんとなく、あいまいに、多数派の社会への適合のために
オカルトにも展開しそうなギリギリを、長い診察時間を使って指導頂きました。
この認知の歪みについては、思考を超えて、日常生活で歪みを補正する体験を時間をかけてじっくりとすること。
その当事者を支えるための、先生や心理士とクライアントとの信頼関係が大切です。
自分は、悩むことと考えることが同一となり、感情を失いつつありました。
今思えば、うつを患った人に似ているように思いますし、この状況下で感情をふさぐことは、必然だった気もしております。
今では
・感情に正直になったこと。
・毎日穏やかである。
・自分は、個性的な自分として、多数派の方が気楽になっていること。
一方で、自分の周囲との関係について問題が生じました。
自分と、時間を過ごすと
(多数派的で、本当のことを言わないことで)、卑怯である攻撃を受けることが増えた。
後藤先生は、アスペルガーではなく、併発はないADHDとの診断。回復は早かったのですが、新しい問題に立ち向かうことになります。
自己ツッコミな不適合については、今現在考えれば、学校や就職先の会社といった組織を離れて、
自分の会社、自分を中心とした集団となり、泥臭い事件が起こったことがきっかけです。
信頼していた仲間が、おかしな人間関係となり、組織が壊れそうになったこと。
常識を逸脱したこと、それを容認する空気ができたこと。
その後、私のテレビの取材をきっかけに、私を取り巻く周囲の問題もわかりはじめて
別の観点でに、後藤先生や三宅先生にご指導をいただくこととなりました。
「凸凹の周囲は凸凹の許容で呼び込み、連鎖をすること」
を目の当たりにすることとなりました。
長年、凸凹から自分に受ける、不快感や問題に対して、自分は許容できる当事者癖がある。感情に打たれない。
周囲が甘える。凸凹をAC(アダルトチルドレン)の歪みによって、周囲の甘えも大きくなりました。
しかし、一方、自分がADHDを取り戻し、周囲の人々が私に適応しづらくなった。
番組で取り上げられた、カサンドラ症候群に該当するのではないかという疑問が生じました。
後藤先生に3年近く、長い期間指導を頂いたこと、その経験をきちんと自分が責任を持って守れる、
信頼を受けられる身近な範囲に限定をして、伝える役目となりました。
自分のAC的な許容が、周囲の者のズレを大きくしてしまったと反省をしております。
はじめにお断りをすると、自分の中心的な見方であり、不快に思われる方は読まないでほしいのですが、
私が関わる大人の凸凹のチェックポイントと、対処法です。
1)過剰に部分的な空気読みをしており、自信過剰気味。一方言動がずれている
2)凸凹に対する許容(甘え)を、私に無意識で期待していること
3)場の空気を読めなく、「個性という名」の暗黙のルールが拡大する
4)暗黙のルール拡大に気づいた、多数派の結託
1)男女関わらず、
過剰に「人が好きです」などと、過剰に言葉に出してしまう人。
相手との非対称な距離を理解できずにいて、その本当の人の怖さを本当に理解をしていれば、迂闊にいろいろ言えないことを認識できていない。
厳しい親に育てられて、その場その場の理由をわからずに、 場当たり的な回答・対処で認められてきた。依存する対象がなくなると、次の依存相手を探す。このため結婚や職場、お金、社会生活においての不適合が目立つが、容認されたことも多いことが困難。
非言語なその場の状況察知は異常にできるが、集団の中でそれぞれの立場を配慮・想像した全体的な空気を読めないことが問題となる。
相手の社会的な立場に関わらず、依存しながら、(上から目線)中心思考となり、周囲に違和を生じさせます。
言動は、その対象にとって都合が良すぎて、過剰に正論であるが、周囲から見ておかしい。
共依存の見破り方は、依存(されている)側が、自分以外のものとの表情や言動
ふるまい、第三者に自分の存在をどのように伝えて、どのように行動しているのか観察です。
積極奇異AS-ジャイアンADHDカップル
先生の指摘通り、借金、ギャンブル、恋愛、家庭の問題、喫煙者に多い。
依存が外れるとうつなど病的になるが、依存相手が見つかると回復となる。
共依存関係を冷酷に切ること。場当たり的な依存、刺激を繰り返して失敗する自分を、合理的にじっくり考え
自分の問題ではなく、「不注意・刺激に対する凸凹である。」として考える機会を促す。
理解できれば回復ははやい。あなたのせいではなく、あなたの中にある凸凹のせいです。と一旦しておく。
2)凸凹について、私との初対面・関係が出来上がる前に、
自分(相手)の性格的な個性や、個性を遠慮無しに伝えてしまうケース。「~さんは、アスペなのですね、頑張って下さい。」無意識で、(1)のように甘える対象として、私に確認をしている。
多数派の社会で生き抜く上で、配慮が足りずにいる。この場合、社会での責任や不条理の苦しみを感じはじめてから、不適合に立ち向かう勇気を与える。切磋琢磨して自分で乗り越えられると考えられる。
ヒントであったり、彼らから見る自分を目指せるような前向きな自信を提供すること。不適合を直すことではなく、認めながら、補正や折り合いをつけること。
3)周囲が嫌がることを御構い無しに、一方的に話し続ける、個人のプライベートを伝えることで、周囲が構えたり、今後起こる色々なことへ察しがついてしまう予測ができないために、個人と社会の境界が少ない。逆に、他者のプライベートなど、相手が触れてほしくない部分まで踏み込む。
周囲は、距離を緩やかに取り始める。その原因を理解できないもしくは、修正できないために、他者へ攻撃が病的になる。
孤立して生きてきたために、自分の考えは強烈に中心思考となるので修復が難しい。大きな組織ではその凸凹は個性として容認される。
自分は一番対応が困るタイプです。
4) 凸凹の集団が拡大をすると、暗黙のルールやモラルが低下するため
多数派にとって、不気味でドライ。不思議な空間から、周囲の同調を気にしない。気楽な空間に短期間で変わる。
いつの間に、不正が目に見えて問題が大きくなる。この手の多数派は、ゆるやかにじっくり時間をかけて調整を行い自分のポジションを作っていく。
対処は、
相手が私を凸凹と認識した上で、どのくらいの甘えや駆け引きをするのか、じっくり観察をおこなう。
それで止まれば、その場の流れに従順であるから、その組織や社会の上部を修正すれば簡単に補正される。
一方、エスカレートをして、さらに遠回しで高度な皮肉や、言葉のいたずらをして、私の表情の変化を読む遊び、快楽を感じられるようになる者もいて
空気を読めるASDとして、その方も凸凹や人格障害、何かしらの問題を抱えているものと認識をする。日頃凸凹を抑圧されている、ゲーム系の開発者に多い。
対処法は、じっくり、ゆっくり、感情を出さずに、時間をかけて指導をすること。
自分は、凸凹の立場でありながら、凸凹とのトラブルが多い。
a)自分周辺で問題を起こした凸凹の方に対し、私の立場を守らないと危険になる事件があった。後藤先生に指南を頂いて、 《あなたの注意欠陥が引き起こしている問題》と伝えた。
当人を支援をしていた団体は、私から提出する証拠に対して、すぐに察し、本人が困らないような配慮を私に求めた。
団体を巻き込んでしまったこと、当人は気づいているのだろうか。
この不注意を忘れぬよう、凸凹の不適合を理解するには長い年月がかかるであろうことを察し、身を守る意味でも大きな処分をした。
b)頻繁にPCにコーヒーをこぼし、落ち着きのない社員には、
伝えるか、伝えないか悩んだ後に、先生からいただいたDVDを伝え方を気をつけて渡した。
社会への恨みや妬みの発言が多く、一方、こうあるべき論が非常に強かった。
子供の頃から続いていたであろう、不適合によるものと察した。だからこそ人に対する配慮や優しさもある。
これら経験から、私のところに来る前に、何かしらの疾患を患っていたことを察し、ゆるやかにカウンセリングの機会をもうけた。
c)曖昧な指示がつたわらなく、一方、その不適合やこだわりも、ある程度本人は認識をしているせいか、努力をし続けて合わせるもの。
全身シワがない整った白黒の服、一部分のみ空気を読み取れる力、他者に対して上か下かを気にするような言動と
他者との相互の駆け引きができず、読み取られる恐怖や警戒ゆえのこと。最後まで、自分に心を開かずにいた。
あいまいにゆるやかに、本当を言わずに責任を取らない社会の中にいて気づかないまま、歳を重ねる。
凸凹が社会認知されておらず、かつての個性や若さゆえの許しが通用しなくなり、
自尊心も高まる30代に不適合や二次障害が目立つ。
診断ができる病院も少ない、予約がなかなかとれない。ネットを見たり、大企業で疲れた者が、凸凹を許容してくれるような私と知り合い
私がゆるやかな指導をしていくうちに、そうかもしれない、と思っていた者が、彼らから、多数派=私への恐怖にもなる。トラブルも起こる。
本当に理解できるからこそ不条理だ。
自分は、沖縄に定期的に通い、沖縄の友人と触れ合い、
暖かい南国で、普通に歩いていて、ぼろっと、涙をすることが増えた。
本当に心を許せる場所。
でも、自分が支えなくてはいけない人のために戦わなくてはいけないこと。
私のように、特異な特技や能力を持っていたもの、個性が認められる仕事をしているもの、
回復の安堵のあまりに、中心的になって「こうするべき」「個性を容認しすぎる」ブログ、
二次障害のみ減った方の書籍や講演はにおいては、
「ジャイアン全開」で、苦しむ人の気分や目線が想像は相変わらずできていないことが多い。
少なくとも自分は当時、そのように思った。
アスペルガーは、黒い服を好むとか、空気が読めない、ADHDは物を忘れるビルゲイツ、スティーブジョブスもそうだったなど、
シンプルにまとめすぎているし、「自分はこう考える」が強すぎる。
本当は、いろいろな要因が重なり複合的だし、困難が立ち向かっているが、どうするか?の方が、本当だと思うはず。
そのような者は、たくさんいるじゃないか。現実に不適合を起こしている方は、この手のわかりやすい情報に不満があるだろう。
自分は、凸凹で苦しむ人に、どうにかしたいと思い、その人も、自分にとって場当たり的で、共依存や転移のような
自分にとって都合の良いことになった。
もし本当に考えるのであれば、自分と同じように苦しみ、本心で治そうと思うように。
そして、逃げずに孤独で耐え続けること。
崖っぷちに立たせ、ギリギリに追い込まれる。そのためには、
「その人を本当に心から考えるのであれば、平気で恨まれよう。」と思う。
あなたの中にある、もう一人の凸凹のせいです。
今、励みなのは、
数年後に、自分にお礼を伝えてくれた人がいて
友人や仕事の関係を超えて、本当に良かったと思いつつ、自分は、凸凹である上で、強く多数派に向き合うための経験
そして、後藤先生や、臨床心理士の三宅先生の指導
長い時間心理学を学んだことを大切に、自分の身の回りから、自分の経験が役に立つような指導を。
ACが抜けて、ADHDのジャイアン。
自分が、合理的な自分に戻ったことプロセスを、多くの人が目標にして体感・経験し目指せるように。
つたえていきます。