AC、人格障害関連

ジャイアンの本質(中間総括)その3

各論1. 依存型ジャイアン(暴君型)
 ジャイアンのもともとの障害は、「衝動コントロールが出来ない」ことである。大人になってもそのまま「我慢しない」。衝動のままに生きるのがこのタイプである。想定される養育環境は、「甘やかされる」環境で、「激しく泣いたり大きな声で反発すると周囲の大人が折れて自分の要求が通る」ことを学習してから、大人になっても強引にゴネたり暴力や金銭など社会的な力で強制して周りを全て思い通りにしようとする。
 「依存型」となっているのは、一時的にゴネるだけで、自分の力で努力して達成することは無く、結局周囲の有力者の力を頼む形になるからである。
 「状況を察知してその場で相手を威圧して言うとおりにさせる」ことだけに集中し、極端に場当たり的な思考、継続的合理的な思考が出来ないという特徴がある。
 「モラハラ」やDVの加害者になることが多い。周囲の他者は「自分の要求を満たすための対象」でしかなく、この対人的な自己中心性は「自己愛性人格障害」や「精神病質」に該当しうる。

各論2. 中心志向型ジャイアン
 養育環境が「競争で一番になる」「みんなから注目される」などの表面的な成果を重視する環境で、言葉などを覚えるのが早いことなどを言語的にほめることが多い環境では、「ほめられるから我慢する」という衝動コントロールのスタイルを身に着ける。ジャイアン特有の「ほめられて調子に乗る」というパターンを大人になるまで生きる原動力とするスタイルだ。
 幼少期から(本当はほめられるから)勉強が好きで、実際勉強熱心で強迫的に努力する。その結果実際に社会的にも高い地位につくことも多く、重要な功績を挙げることも少なくない。
 ただ自分自身に異常に高い基準を求め、その基準に達しないと自分を責め続ける人生となる。「停止したら死ぬ」回遊魚のように絶えず前進を続け、表面的な「一番」や「社会的ステータス」を追い求めるが、獲得した瞬間にそれは当たり前となり、さらに高い目標に向けて強迫的な努力を開始しなければならない。
 現実に実績を挙げられない場合は自分を責め続け、その厳しい「自己突っ込み」から逃れるために薬物への依存となるケースもある。
 小さい頃から「見た目が可愛い」で自分の衝動をコントロールしてきたタイプの女の子が思春期にそれだけでは通じなくなって「見た目に極端に走る」形で摂食障害に移行するケースも多いと私は考える。

各論3.合理的強迫的ジャイアン
 2歳から3歳にかけて、親が毅然としてわがままな要求を通さず、是々非々で例外を設けない徹底的に言語的な「原理」を根拠に対応した場合、異常に合理的に生育する。
 「理由があるから我慢する」というパターンだ。
 結果は「理屈っぽく、自分にも人にも異常に厳しい」というスタイルになる。合理的な理由があるから我慢する。これは他者も同様のはずで、自分が我慢しているのに他者が我慢しないことは許しがたい。

 私はジャイアンの衝動統制の障害を持って生まれてきて、最もマイナスが少ないスタイルはこの合理的強迫的ジャイアンであると考える。世間の不合理に戦いを挑み続けるが、言語的理論的な相互理解や話し合いは可能で、周囲の他者に対する社会的な害は最も少ない。
 本人は人間として合理的になりきれない自分自身の部分をも死ぬまで自己突っ込みで責め続ける人生を送る。(つづく)


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コメント

    • YK
    • 2010年 6月 16日

    父は完全に暴君型、
    弟は中心志向に暴君が混じっていて、
    私は暴君特に依存傾向が強く、それに合理的脅迫的、
    中心志向も・・。
    「腑に落ちないと動けない。」
    「負けたくない。」
    「間違いが許せない。」
    「欲望を持つより棚ぼたを待つ。」
    なんだか矛盾しているけれど、そんな感じです。

    • 匿名
    • 2010年 6月 16日

    >自分が我慢しているのに他者が我慢しないことは許しがたい<  よくわかります。  時々我慢疲れして浪費深酒2次的うつ、を繰り返しますが。

    • 憂鬱
    • 2010年 6月 16日

    夫は、まさにこの依存型ジャイアンです。
    温厚そうな外見と丁寧な言葉遣いで、ずっと騙されてきました。
    今回明らかになった偽りの数々。酒、女、ギャンブル、借金等、まさに悪夢です。
    私自身ADHDのACなので、コントロールされ易かったようです。
    今、夫と離れて、少しずつ自分を取り戻してきたところです。体調不良はかわりませんが。
    子供がいるので、夫にはもう一度復活してもらいたいです。
    依存型ジャイアンの行き着くところは、何処ですか?
    これからも学ばさせてください。

    • リタ
    • 2010年 6月 16日

    来月 心療内科にてADHD検査を予定している中学2年生 男児の母です。
    小学3年生の時 同じ病院で行った検査の結果は『要フォロー』とのことで曖昧に終わりました。
    先日の 校長室は慣れていたとはいえ 1VS5辛かったです。
    息子は まだ帰らず…素直で無邪気なのですが^^;
    いつも 励まされています、これからも一歩進んで二歩下がるですかね^^;

    • のりまき
    • 2010年 6月 17日

    先生の総括、興味深く読ませていただいております。ここ数年のご考察の結果、ホームページの分類よりも、より繊細に差異化されてきていると思いました。
    しかし、今回はあまりにも鋭く私のことが書いてあるのでわらってしまいました。親から躾らしい躾を受けてこなかったので、自分で自分をしつけることになりましたが、典型的な中心志向型ジャイアンとして出発し、今は気を抜かなければ強迫的合理型ジャイアンですね。気を抜かなければ、、、というところがミソですが。
    気を抜かないようにしているのは、そうじゃなければ痛い目にあうことを知っているからです。別に中心志向型ではなくなった、というわけではないと思います。合理的であることを、自らに課しているというか。しかし、合理性によって人間の感情の動きを理解しているので、多数派のように、理解することなく感情の動きをなんとなく感じ取って反射的に態度を決めているのとは、根本的に違うのですけど、結果的には似ると思います。ただ、学者が観察対象より自分の理論を先行させるのは危険であるように、合理性も自分の個人的な理論に過ぎないように思います。(と言い聞かせています)
    思えば小さいころ、いい点をとったりすると素直に有頂天になっていました。もちろんいじめられましたけど(笑)今になって思えば、まわりをまったく感じていなかったんだと思います。

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