ACはどのようにして出来るか?

ACはどのようにして出来るか?

典型例1 (アルコール依存症の父親を持つ長女)

 父親はDVやアルコール依存症で、無責任で仕事も続かず、経済的にも精神的にも家庭内での父親の役割を果たしていない。酔うと母親に当たり、暴力も振るう。母親はそんな父から逃げることも出来ず、いつも不安で、暴力を恐れ父親の顔色を伺っている。

 

そんな家庭の中でまず長女は自分が保護されるべき子供であることを断念せざるを得なくなり、子供らしい面や弱い面を出せなく(自分の中にあることすら認められなく)なる。その代わりに母親の代わりに弟妹の世話をしたり、母親の相談相手になったりする。時には一家を支える稼ぎ手であったり父親をアルコール治療の病院に連れて行ったりもする。

これらの役割を、本人は母親から頼まれたわけでもなく、暗黙のうちに「お母さんが大変だから」と自発的に察して行動するようになり、その際実際の母親や相手がどう望んでいるかを言葉で尋ねることはしない。

母親もそんな娘に甘え、母親本来の役割(子供たちを連れて逃げるか、母親自身の力で解決するかの決断)から逃げ、娘を母親の聞き役にしたりして親子逆転となり、この根本問題(離婚・別居するか否か)を曖昧なままにする

 

 父親が果たしていない家庭を支える役割と、母親が果たしていない子供を愛する役割をいずれも代行する形で表面上は「しっかり者」となるが、内面では子供の頃に親から愛されなかった渇望感をずっと持ち続ける。恋愛相手や配偶者など近い関係になった相手に対し、常に見捨てられる不安を持ち続け、極端に束縛しようとしたり、依存的になったりする。またそういう大事な相手の気持ちをはっきり尋ねることが出来ず、表情や態度から憶測して決め付けてしまうことも多い。その延長上で自分から関係をぶち切ることも多い。

 

 このタイプのACは脅しや威嚇に極度に反応して不安となり、本人自体もアルコール依存となることも多い。また交際相手や配偶者に同じような依存的なダメな異性を選び、自ら不幸な経過を辿ることになるのがもっとも問題である。

 

 

典型例2 (母親からの支配)

 母親が支配的で、特に自己愛性人格障害のケースに多い。例えば「母親の意向と違う主張をしたときに、母親が言葉の上では認めながら、表情や態度で嫌そうな顔をしたり、ため息をつく」等母親が常にアンビバレント(両価的)な態度をとる場合に、「自分の思い通りにするとお母さんが悲しむ」というパターンを暗に身に着ける。これは意識に上らないレベルで、「すっきりしない」といった感覚として成長後も残り、自己評価が低くなり、自分のためになること、自分の希望する行動全てに罪悪感を抱くようになる。

 

と同時に、「どっちが本当のお母さんなの?」という根本的な問いが絶えず頭の中にあり、確かめたいと思いつつも、「本当のことを聞いたら見捨てられる」ということを怖れる。「お母さんも大変であるから」といった言い訳を積み重ねているうちに、根本的な疑念は自覚されないようになり(あるいは最初から自覚されないレベルでACになるプロセスが進み)、「本当のことは聞かない」という認知のパターンに慣れることになる。

 

同じような状況として、「自分が暴君である父親に反抗すると、母親が板ばさみになって傷つく」ということの結果でもほぼ同じ形のACとなる。自分が自分を守る行動と、母親を苦しませるという結果とが両立不可能となり、「母親を苦しませないために自分が悪いと思い込む」と言う形になる。

 

このタイプのACは、周囲の人のため息や悲しそうな表情に過剰反応して、「自分のせいだ」と罪悪感が起こり、極度に不安となる。常に罪悪感があり、自信が無く、治りにくいうつ病になることが多い。

 

 

ACが出来上がるプロセスの重要なポイントは、「子供の立場からは選択肢が無い」ということである。親が虐待や感情の捌け口として子供に八つ当たりしても、子供の側からはそう考えることは出来ない。「親が自分を愛していないということを子供の時点で受け入れることは子供の立場からは非常に困難である。

そのギリギリの葛藤の中で、子供は「自分が悪いから辛い目に遭わされる」と考えるようになる。そう考えるほうが愛されていないことを認めるよりはたやすいからだ。

 

とりあえずはそう考えて、「お母さんも苦しいんだ」くらいに自分を誤魔化すことは出来ても、根本的に「自分は本当に愛されているのだろうか?」という疑問はずっと残り、これが見捨てられ不安としてずっと残る。この不安は「消えたい」というほどに激しく、それから目をそらすために依存行動(アルコールや薬物、仕事依存、摂食障害、セックス、ギャンブル、人間関係で周囲を振り回すような行動化)に走ったり、逆に優等生を演じ続けたりする。

 

ここで重要なのは、「本当のことを見ない」という認知のゆがみが加わることである。配偶者でも交際相手でも、肝心な相手が自分を愛しているかということは穏やかには聞けず、かえって見る努力をやめて態度や表情などの不確かな情報から憶測ばかりすることになる。

 

 まとめると、「ACは子供の立場で選択肢が無いことから、自分が悪いと思い込むことで自分は愛されていないということを考えないようにするプロセスの中で生じる」ということになる。


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