AS(アスペルガー)関連

「普通の範囲内」

 思春期の積極奇異型ASのサポートの現場よりの考察。

 ある思春期ASのケースF氏は、学童期までにASの告知と理解を終え、特別支援体制をきちんと利用し、本人のペースで登校や参加する授業等も決められる体制で過ごした。

 思春期にかかり、F氏は急速に中心志向が出てきて、「普通がいい」という意向から主治医が提案する特別支援の体制さえ当初は利用しないで「自分でやってみる」ということだった。

 主治医である私はその方針を尊重し、本人が出来るところまで「普通」の線にトライすることを学校側に説明、本人の試行錯誤のプロセスの間は積極的に介入しないようにお願いした。

 全く「普通」の線で努力する間は、F氏は学校では完璧に過ごしたが、過度の緊張から帰宅すると毎日のように情緒不安定になり、不眠、頭痛などの身体症状が激しくなり、一学期も後半となるとついに疲れ果てて休み始め、やむなく一部方針を変更した。

 そのF氏が語った言葉が、「普通の範囲内で認めてほしい」という言葉で、私は感心した。

 本人の「普通」の範囲が、「100パーセント完璧でないと行けない」ところから、少し融通が利くようになったということだ。

 ここで「気の利いた」理解あるベテランの先生が関与できれば、上記の事情をよく理解して、「本人に実際上はかなり特別に対応しながら表面上は特別でなくごく普通に」と接することが出来るはずだ。

 もしもそうできれば本人の試行錯誤のプロセスを微妙にサポートして、その後の本人の人生の基本形を見出す非常に良いチャンスを提供することが可能となる。

 実際のF氏の経過は実は正反対の状況になりつつあるのだが。


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コメント

    • ゆう
    • 2008年 7月 12日

    我が家が通っている主治医は「告知」をしません。
    おそらく、診断に迷う程度の「軽症」という事なのでしょう。「問題が起きたら、来て下さい」って感じです。
    でも、告知が無いので、息子に「理解」させることも出来ません。息子自身も医者に通う事を放棄してます。(よく知らない他人と話をするのが苦痛)
    学校では、過剰適応していますが、家庭内で問題が起こっても(小さくても)、予約して、数週間後に医者へ行ってもなんにもなりません。夫もSA的なので「現在抱えている問題」は、私一人の肩に掛かってきます。
    本を読んだり、ネットで勉強しても、十人十色と言われる中で、試行錯誤の連続です。不登校を再発するのでは?引きこもりになるのでは?人間不信になるのでは?・・・。
    いろいろ思うと、強く叱る事も出来ずに「駄々をこねている姿」を静観するしかありません。
    でも、「家庭教育」の範囲内で、言うべき時は言わねばなりません。それは分かっています。しかし、それが世間的に・医療的に正しいのか?と考えた時、決断する基準が分からなくなってきました。
    健常者なら通じる事が、ASには通じない。
    「告知後の、理解」がなければ、私のやっている事は無意味なんじゃないかと・・。親子間、夫婦間がこじれるだけなんじゃないかと・・。
    医者を拒む息子に、私が告知したところで、私を非難してくるだけで、悪循環です。言葉では、高校生の息子に太刀打ちできません。(ずっと以前からですが・・)
    これから先も、たくさんの事例を掲載していただけたら助かります。よろしくお願いいたします。

    • むーん
    • 2008年 7月 12日

    >過度の緊張から帰宅すると毎日のように情緒不安定になり、不眠、頭痛などの身体症状が激しくなり
    私は、いわゆる学童期ではありませんが、この感じ死ぬほどよく分かります・・・依存していたボーダーの母が出て行って、AS(?定型かも?)の彼との半同棲生活をし、いわゆる「普通の」生活を始めた当初、夕方から夜にかけて、情緒不安定になり、見境なく友人や相談機関にTelしてしまうので、携帯代が莫大にかかっていました。
    あと、やっぱり緊張するんですよね・・・家事にしても、自己流でやっていた頃は何も起きませんでしたが、現在ヘルパーさんにコーチングしてもらいながらだと、カレー作るだけで肩こりから来る緊張性の頭痛がします。不眠もあります。
    「普通」ってなんでしょうね・・・
    いわゆるSSTの必要性があると、彼には言われましたが、父やヘルパーさんは黙認してくれているのでそれだけでも助かっています。

    • むーん
    • 2008年 7月 12日

    (YANBARU先生すみません、書き直します)
    私は学童期ではありませんが、このF氏の気持ち痛いほどよく分かります・・・依存していたボーダーの母が出て行って、援助職の彼と恋愛に突入して、「人並みにやろう。普通にやろう」と思うたびに、ものすごく不安定になって、夕方から夜にかけて見境なく友人や相談機関にTelするから、携帯代がかかる。
    家事にしても、自己流でそれなりにやっていたのが、多数派のヘルパーさんにコーチングされながらだと、カレーひとつ作るのにも頭痛がする。(不眠もあります)
    ミーティングで、「表情豊かに喋ろう、感情を表に出そう」と思うと、それだけで頭が締め付けられる。
    結局100%やるのをあきらめて、ミーティングはさぼりつつ、家で家事見習いをしています。

    • エイト
    • 2008年 7月 12日

    ほんとうに普通って何でしょう・・
    次男はジャイアンだと思いますがF氏とは逆で「普通」にしたいという気持ちが全くみられません。
    4年生の後半から「みんなのようにはできない」と言いました。
    親や学校の先生がなるべくみんなと同じようにさせたいと誘導すると、それを全身で拒否するかのように家よりも学校で攻撃的になりました。今度はそのことで注意されさらに攻撃的に・・悪循環でした。
    学校に行く日を1日でも減らせるから彼にとって(担任の先生にとっても)息抜きになるだろうと思い、特別支援の通級に週1回行くことをすすめてもそれも拒否しました。
    それでも行動しないでただぼんやりと現状に翻弄されるのは私が嫌だったので、ゲーム機と交換条件で通うことに交渉成立。(この点は非常に「普通」の親のやり方や発想じゃないと自己突っ込みの嵐でしたが・・)
    その結果、なにも期待していなかったその通級が、彼はとても気に入って「毎日行きたい」とまで言います。ラッキーなことに彼の曜日はたまたま生徒は彼だけなので2人の先生にきっちり向き合ってもらえるのです。
    残りの日は学校に行きますが、攻撃的なところは以前にくらべかなり治まって、個別の特別支援の先生との勉強も集中してできるようになりました。
    ジャイアンには人は必要なくても「自分を理解して受け止めてもらえる場がある」ということがとても大事なのだろうと思います。(私が先生のブログに支えられていることと同じです)
    学校でご丁寧に情報収集してくれた病院のリストは目も通さずに捨ててしまったし(仕事をしながら病院巡りしたくない)、次男の主治医の先生の薦める指導教室は1年待ちなので、YANBARU先生のブログで自分自身を理解、分析しながら子育てをやっていこうと思います。

    • エイト
    • 2008年 7月 12日

    ジャイアンは人を必要としない・・これはジャイアン親子にもあてはまると思います。
    支配したり依存したりは有害で、親子であってもドライにあっさりとかかわって、基本的には各自のやりたいことをする関係こそ健康的なジャイアン親子なのだろうと思う。
    無意識に↑を選ぼうとする私に、こどもの頃からの「普通への憧れ」を引きずるもうひとりの自分が、”そんなやり方は普通じゃない”って非難するから、とても育児が辛かったのだと、今はっきり自覚します。
    育児書の「~こどもには愛情をもって~しましょう」というような普通の文言でさえ自分が責められているようで恐怖感でいっぱいでした。

    • むーん
    • 2008年 7月 12日

    >ジャイアンは人を必要としない・・これはジャイアン親子にもあてはまると思います。
    支配したり依存したりは有害で、親子であってもドライにあっさりとかかわって、基本的には各自のやりたいことをする関係こそ健康的なジャイアン親子なのだろうと思う。
    これが出来ているエイトさんはすごいと思います・・・家の出て行ったジャイアン母、そして亡くなった姑であるジャイアン祖母は、常に私を「突き落とそう」としていた。その恐怖は未だにあります。
    ASと勝手に決め付けている例の彼のことですが、彼が現れたタイミングとか、「彼はどことなく祖母と母に似ている」という恐怖感をいつも持っていたところ、本当は彼もまたACジャイアンだったのかも知れない・・・ものすごい依存関係になっていたので。
    話は戻りますが、ゲーム機との交換条件、ナイスじゃないですか。(ジャイアンにこの際ピッタリだと思うけどなぁ。)
    エイトさんのからっとドライな子育てを応援します。

    • あおがえる
    • 2008年 7月 12日

    僕も中学では相当苦しみました。
    自分がASとは診断されておらず、誰もそれを指摘もしなければ、僕をおかしいとは思いもしなかったようです。
    自分で実験してみないと納得しないという強固な姿勢があるので、自分の意向を受け入れて挑戦や実験させてもらえるのはありがたいです。そうやって限界を見極めれば、自分に対して柔軟な姿勢を取ることを進んでするようになるだろうと思います。
    現実の僕はそういう対応はなく、中学では優等生を通しましたが、台風の日になると水の増した川縁にたって、ジッと水を見つめていました。”自分は学校では通用しない”と分かっていたのです。優等生でいることはあまりに辛いことでした。学校で通用しない人間が社会で通用するかどうか確信は得られませんでしたが、明るい未来の希望を持っていた訳では全くありませんでした。

    • ひまわり
    • 2008年 7月 12日

    私は、『普通』の基準がよく分かりません。
    私の実父は、代々続く家柄の3男でしたので、親戚付き合いも、なかなか大変でした。
    私は、親戚一同の、世間体ばかり気にする、外面がいいだけの世界を見て育ちました。
    その中で、私だけは、その空気に沿うことが出来ず、自由気ままに振る舞い、そのため叱られてばかりいました。
    本当に、私だけ違う!と感じて生きていました。
    いまでこそ、軽度発達障害の子どもの支援体制は整っていますが、
    昔は、『変な子』『変わった子』という目で見られ、そんな子はどこのクラスにもいたように思います。
    私は、子どもの頃、叱られてばかりいて、大人になるにつれ自己評価はどんどん下がりました。
    でも、子どもの頃は、お気楽に言いたいことを言ったり、楽しそうなことには顔を突っ込んだりして、自分の毎日を不自由に感じていませんでした。
    私の母親は、そんな私に手を焼いていたのかどうか・・・?!
    、と考えなければいけないくらいなので、母親もジャイアンよりだったのだろうか、
    >親子であってもドライにあっさりとかかわって、基本的には各自のやりたいことをする関係こそ健康的なジャイアン親子なのだろうと思う。
    ・・・というのが、ピッタリきました。
    私も、周りの大多数の母親達に比べると、子どもに対して望むことが多くありません。
    『普通』がどういったものなのか分かりませんし、私が特別ドライなのかどうかも分かりません。
    でも、周りの子ども達とは馴染めずマイペースを決め込んでいる我が娘3姉妹達は、それなりにハッピーそうなので、それでいいように思います。
    『普通』=『常識』なのかな?
    世間様に迷惑かけない範囲の『常識』を伝えてあげたら、
    後は、その子そのままを受け入れてあげられたらいいのに、と思います。
    (つづく)

    • ひまわり
    • 2008年 7月 12日

    (つづく)
    >ここで「気の利いた」理解あるベテランの先生が関与できれば、上記の事情をよく理解して、「本人に実際上はかなり特別に対応しながら表面上は特別でなくごく普通に」と接することが出来るはずだ。
    そうですね。
    でも・・・現場は悲惨です。(ウチの施設も、頭デッカチか新人の支援者ばかり)
    私は、乳幼児施設の支援者ですので、学校の様子ははっきりは分かりませんが、
    なかなか、理解が得られない先生も多そうです。
    『ベテラン』というのが、曲者だったりもします。
    将来ある子ども達を、認め守ってあげたいと、切に願いながら、支援に当たっています。
    その為にも、自分のことを含めた発達障害者(児)の考え方、感じ方、思いをここで勉強したいと思います。
    『普通』は、その子どもを幸せにするのか、行き難くするのか・・・?『普通』は難しい。

    • エイト
    • 2008年 7月 13日

    私も子ジャイアン達を崖から突き落としました。数え切れないくらい何回も。支配もしていた。
    その頃私にとって子どもとは、”かわいいけれどかわいくない” ”愛したいのに愛せない”存在だった。
    こうして言葉にすると「怖い」ですね・・
    「何故自分はこうなのか?」嫌というほど自分を責めましたが、答えは先生がブログで教えてくれました。先生が治療で得た経験と先生自身の経験から書かれた言葉の数々・・
    言葉を納得して、自分を分析して(まだまだその途中ですが)、自分の親子関係もACもジャイアンも理解できました。全くそのとうりなのですから。
    そして自分だけが悪かったわけでないこと、「脳の特徴」の問題だということ。
    そして止めることができてほんとうに良かった。
    でもひとつ疑問が・・(私の)ジャイアン母に怖いことをされなければ私も子ども達に怖いことしなくて済んだのでしょうか。むーんさんのお母様も・・
    ひまわりさんはお母様から怖い思いをしなかったから自然にお子さん達にドライにできるのでしょうか。
    過去に戻ってやり直せるわけではないので考えても仕方のないことですが・・

    • むーん
    • 2008年 7月 13日

    (スレッドの内容から少々逸脱しますが)家のACジャイアン母は、自分の母つまり私の母方の祖母(ASかジャイアンか、よく分からない・・・私の事は可愛がっていたけど、あまり交流がなかったので・・・)から、かなりこっぴどく突き落とされたみたいですね。こうしてACは連鎖する。
    でも、家の母の場合、その分AS父がどっぷり愛着の対象にしていたので、娘としては何だかなぁ、という感じです。AS彼と恋愛して、少しは母の苦しさも分かるようになりましたが・・・今も、別居と言っても父の庇護の元ですし、父の気持ちとしては「私が追い出した」ことになってます。(@_@。
    話は戻ります・・・>いまでこそ、軽度発達障害の子どもの支援体制は整っていますが、
    昔は、『変な子』『変わった子』という目で見られ、そんな子はどこのクラスにもいたように思います。
    わたしの時代はそうでしたねひまわりさん。で、今私の精神的母親代わりをしている親友(多数派だと思う)の一人娘さんが、やっぱりどうやらADHDらしい。かの黒柳徹子さんの幼少時みたいに、授業中に筆箱の開け閉めを立て続けにするので、担任の先生に呼び出されてかなり悩んでます・・・
    彼女(親友)はジャイアンじゃないと思うけど、今は、そういう子(小3だと思った)の支援体制も、ある程度の小学校なら完備しているのでしょうか。

    • ひまわり
    • 2008年 7月 13日

    私の母親は、何だろう?
    母親は、マイペースな人です。
    母親は、怒りを『無視』という形で表現しました。
    私がいつものように話し掛けても、突然『無視』されるので、『あーまたかー。私、何かしたのか?」と、酷く嫌な気持ちになりました。
    母親は父親とは違い、長屋住まいで育った人で、
    >高学歴偏重、ホワイトカラー偏重、公務員偏重、「家柄」「血統」へのこだわり
    ・・・といったものは感じられませんでした。
    そんなものより、自分(母親)に対して、私がどういった態度をとったか?ということに反応し、気付いたら怒っていた、という感じでした。
    私は、実のところ母親に全く頭があがりません。
    今現在、顔色を伺いながら親孝行のつもりで、遊びに誘ったりプレゼントをしたりしています。
    そうすることで、母親の機嫌がいい事を知っているからです。
    かといって、母親が私に何かを求めたわけではありません。
    私は、人との会話の中で、異常なまでに相手の好みそうな物・事に気付いてしまうのです。(これはAC?)
    だから、疲れます。だから、依存の対象にされやすい気がします。だから、完全に切ってしまわずにはいられません。
    誰かと関わると、色々気付いてしまい、適当に『無視』することができなくなってしまうため、私が私らしくお気楽に生きることができなくなるんです。
    この『無視』に対する異常なまでの罪悪感は、母親の『無視』がトラウマになっているからのでしょうか?
    私はこの関係を、ドライと言えばドライなように感じます。
    私は、結構な多動娘だったのですが、母親がそんな私を心配するのではなく、私を柱にくくり付けて、そのままにしておくような人で、良かったように思います。
    (心配されて、療育機関にでも連れて行かれて、ウチの職員のような頭デッカチの人に療育されていたら、たまりませんでした。ドライ?な母親でよかった)
    今回のテーマから外れてすみません。
    自分を見つめ、自分を知ることは、辛い作業ですね。

    • ひまわり
    • 2008年 7月 13日

    続きでコメントすみません。(むーんさんへの返答ですが、自己本位過ぎるようでしたら、削除をお願します)
    >彼女(親友)はジャイアンじゃないと思うけど、今は、そういう子(小3だと思った)の支援体制も、ある程度の小学校なら完備しているのでしょうか。
    私達の市では、かなり勉強を積んだ先生方がいます。
    幼・保と学校の連携も取り始め、研修の数も増えつつあります。
    私の場合、家族も怪しい面々であるため、研修での話はストレートに入ってきて、よく分かりますし、
    何人もの発達障害の子どもと関わってきた方々の、見立てや対応の素晴らしさは、目を見張るものがあります。
    それに、反して、教科書通りだったり、感覚統合だのペアレントトレーニングだのex、講演を聞いたらすぐに洗脳されて、経験や勉強も積まずに、すぐ子どもや親に実践しようとする支援者もいます。
    難しいことを並べてもっともらしく説明する職員より、自分の子どもをよく見てくれる職員と、一緒になって子どもについて考えていくことがよいと思います。
    今は、どの学校も自立支援法により、環境が整っているはずです。子どもに合った環境で学ばせてあげられると、良いですね。

    • エイト
    • 2008年 7月 13日

    >自分の子どもをよく見てくれる職員と、一緒になって子どもについて考えていくことがよいと思います
    ほんとうにひまわりさんの言葉のとうりだと私も思います。
    担当の先生が子どもに合っていれば子どもが変化するからすぐにわかります。
    次男は週に1回4時間程度の通級ですが、迎えにいくと本人はとても満足気な顔をしています。・・先生はお疲れのご様子ですが・・ありがたいです。
    そういう先生とはお話をしてもほんとうによく話しが通じます。
    ここでのやりとりのように、深く考えている人同士だからかな?不思議なくらい「思考を共有している」と感じます。

    • Tama
    • 2008年 7月 13日

    現在の教育現場の中に、良い動きがあることは確かですね

    • むーん
    • 2008年 7月 20日

    再度。「普通」って何でしょうか・・・
    明るいマイホームに生まれて、そこそこ可愛い赤ちゃんで、幼稚園で友達が沢山出来て、小学校中学校とそこそこの成績で登校して、それなりの高校大学に進学して、男だったら中小企業に入り、女性だったら可愛いお嫁さんになって、二人で団地で暮らして、赤ちゃんができて・・・以後また同じルーティーンを繰り返すこと?
    そこには「病」とか「老い」とか、言うものは範疇に入ってこないんでしょうか・・・
    もっと不思議なのは、(これはAC関係の本を読んでいて思ったんですけど)「恋愛」は高校でテニスしながらだったら許されるけど、「不倫」はセレブでないと駄目なのか。「芸術」はそれで金を稼いでいて、そこそこの名声があれば許されるけど、引きこもりながらひたすら「アート」をやっているのはなんでペケなのか。
    前にカキコしたヘンリー・ダーガーは、アメリカ社会のどうしようもない落ちこぼれですよね。でも、それって「普通」じゃないけど、彼が「いないほうがよかった」のか、治療を受けてコンビニの店員になっていたほうがましだったのか、そうではなかったことは彼の死後、世間が決めたことでした。・・・それは、いつの時代でもそうなんだと思う・・・
    問題は、死後たとえ有名にならなくても、サラリーマンや奥さんだったら許されるのに、「普通」じゃないと、どうしてこんなに風当たりがキツイのか。
    誰か教えて下さい。

    • むーん
    • 2008年 7月 20日

    (連投します)
    私は、今の世の中にもっと「すきま」があればいいのになと思います・・・
    石井桃子さんの、「幼ものがたり」という著作の中に、幼い時家に居た「まあちゃん」という人物が出てくる。その人は、明らかに知的障害者なんだけれども、家の手伝いをしたり、子供たちをおぶったりして、おかしな逸話を沢山作りながらも、独特の存在として家にしっくり馴染んでいる。
    その人が、知的障害のまま亡くなった時、「生まれた時から家にあった古い木が倒れたような感じがした」と石井桃子さんはお書きになられていました。
    百年も前の逸話を、厳しくなってしまった現代に持ち出しても仕方がないのだけれども、今の世の中では、そういう人は病院に隔離されるか、ボランティアの手で施設にバスで通うしかない。
    そういう事ではなくて、発達障害は発達障害なりに、認知療法とやらで「修正」されるのでもなく、「特別支援学級」で「訓練」されるのでもなく、ありのままの姿で、そのよいところを生かして、社会にそのまま存在できたら、どんなにいいだろうかと私は泣きながら思いました。

    • エイト
    • 2008年 7月 20日

    >ありのままの姿で、そのよいところを生かして、社会に存在できたらどんなにいいだろうか
    むーんさん、私もいつも同じことを思っています。
    義務教育という檻がどんなに次男を苦しめているか、また私にとっても憂鬱な場所でしかないことを嫌というほど感じて生きてきました。
    学校に行けば即「問題児」。
    行かなければ行かないで社会からみたらやっぱり「問題児」。
    去年の担任(多数派)が次男に「○○君はそのままでいいんだよと言ってあげたい、でも言えない」なんて訳のわからんことを私に言った。
    くだらない世間の評価なんてぶち壊したい。
    こんな日本を飛び出して、親子でインドやアフリカの大自然のなかで動物とお話しながら暮らしたい。
    ほんとうに砂漠のライオンになってしまいたい。砂漠を放浪してみたい。
    ついついそんな妄想にふけってしまいます。
    現実は私は放浪なんてできなくて、ライオンならぬアリのように働いています。
    でも、次男には「普通」を求めないと心に決めました。
    お金にならなくてもいい。世間に認められなくてもいい。変人呼ばわりされても気にすることないよ。
    魂だけはなにものにも束縛されちゃいけない。
    いつもどんなときも、自分が信じることを、魂が求めることをライフワークにしてほしい。
    次男をみていると、こういう生き方がいちばんふさわしいのじゃないかと心底思います。
    それでもこういうふうに私が頭で理解することは容易なこと。
    どういうふうに生きても、彼はすごく辛いのじゃないかと・・私自身が味わってきたことを振り返るとそう思う。

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