AC、人格障害関連

ジャイアンACは褒められるのが怖い

 ジャイアンACで「褒められると苦しい」という話を何名か聞く機会があり考えた。

 最初は「親のジャイアンから徹底的につぶされて自己評価が極端に下がっているから」という風に考えてきたが、どうやらまったく違うメカニズムでそうなることがあるようだ。

 ジャイアンは褒められると相手の意図を問わず表面的に舞い上がって調子に乗ってしまう。表面的な世界に生きる悲しい性だ。そのせいで、例えば「いい嫁」と言われたら「本人の主義とか性格に関係なくいい嫁たるようにがんばる」ということになる。

 もともとジャイアンは人の言いなりにはなれないところもあり、周囲にあわせて優等生だけしていると本来のジャイアンの部分に大きな不全感を感じ、うつ状態やパニック障害様の身体症状(ふらつき、動悸、過呼吸、吐き気、下痢など)が出現して多くは身体的に不調となる。

 それらの症状で心療内科に受診してよく話を聞いてみるとADHDのACであり、ACの治療をしてくるともともとはジャイアンだったことがはっきりしてくる。   

 褒められて調子に乗りすぎて本来自分が出来ないところまでがんばってその結果病気になるところまで行ってしまうのだ。

 だから、褒められて頑張り過ぎてきた元優等生のジャイアンACはこれ以上褒められることに初めから怖さを感じる。

 これはAC的心理というよりも経験からの素直な学習というべきものとも考えられる。

 しかし私自身、ジャイアンの家族からの相談では「とにかく褒めなさい」と盛んに勧めてはいるのだが。


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コメント

    • 匿名
    • 2008年 2月 01日

    面倒をみたい衝動と同じですよね。自分の器を客観的に認識できないものだから。舞い上がったあとでしばらくしてから結構後悔はしたりするんですけどね。わかっちゃいるけどやめられない。

    • 黒すりごま
    • 2008年 2月 01日

    孤立型ASの私はエネルギーが少なく、脳が疲れやすいので
    「等身大の自分以上に期待されること」「その期待にがんばって答えようとすること」「人からではなく自分で自分に強い期待をかけること」を本能的に避けるようになっています。
    以前は人や自分自身の期待に答えようとして、がんばってしまう自分がありましたが、現在は全くありません。
    一瞬がんばりそうになる自分が浮かんでも、次の瞬間に自動的に心の中で「ダイナミックにちゃぶ台をひっくり返す」作業が行われるようになってからとても楽になりました。エネルギーが極端に少ない私にとって、この作業は生死に関わるくらい重要なことのようです。
    上記は一般化するのではなく、私の場合に限ったコメントです。

    • エイト
    • 2008年 2月 01日

    周囲の期待に応えようと必死だった頃、3年間過食症してました。
    太った自分に嫌気がさし1年間拒食症しました。
    自己突っ込みが激しいと軽いウツになります。
    幸運なことに今まで病院のお世話になることなく回復しました。
    今は「病気になる寸前すれすれの低い自己評価」を目標にするとなんだか調子が良いです。最初YANBARU先生に提示された時は抵抗感がありましたが実践してみたら効果がありました。ありがとうございます。
    ちなみに長男はプレッシャーを感じると蕁麻疹がでます。
    ほんとうにジャイアンって、手がかかります。

    • clov
    • 2008年 2月 01日

    やんばる先生にメールで相談中の者です。
    はっとしました。
    私は、褒められるのが苦痛です。心がもやもやして、身の置き所がなくなり、自分の中の軸が揺らぐからです。
    悪い評価を受けるとへこみますが、良い評価を受けると心がぐらついて、結局のところ、評価されるということ自体がつらいようなのです。予防線を張るようにして、最低の自己評価に自分を保っていることで安心できるのです。
    ジャイアンは他人の期待に応えようとする、とのことですが、要請されているような気がして、つい動いてしまうのが私の癖です。それで疲れ果てて鬱になることも多いです。
    やはり私は恐らくジャイアンなのでしょうね。

    • アールグレイ
    • 2008年 2月 02日

    ペアトレを続けて感じていることですが、
    始める前、子供たちはほめられるのをとても嫌がりました。自分はほめられるだけの価値がないと思っているところがあるので、ほめられても素直に受け入れてくれなかった気がします。
    私も、行動療法的にほめるということは出来ていませんでしたし、皮肉たっぷりにほめたり、二重の意味を込めてほめてみたり、セルフエスティームを高めるほめ方を出来ていませんでした。
    その結果、子供たちはほめられることに別の意味も感じ取っていたのだと思います。
    でも、出来ている事実をほめていく中で、子供たちは、素直にほめられることを受け取ることが出来てきたように感じます。
    頑張りすぎることについてですが、ひとえにセルフモニタリングが出来ないということなのではないでしょうか。客観的に自分を振り返ることが出来ないために、自分の限界以上にがんばってしまうのではないでしょうか。
    そこに気づくには時間と経験が必要になってくるのでしょうが、ほめることは大事だと思います。

    • 月の草
    • 2008年 4月 24日

    > 褒められて調子に乗りすぎて本来自分が出来ないところまでがんばって
    >その結果病気になるところまで行ってしまうのだ。
    >だから、褒められて頑張り過ぎてきた元優等生のジャイアンACは
    >これ以上褒められることに初めから怖さを感じる。
    この件、読んでからずっと書きたかったんですが、大事すぎて言葉にできませんでした。
    私は小さい頃、褒められることがとても好きでした。叱られることも多かったのですが、自分は「良い子」を自負していましたから、なぜ叱られるのかわからない、悪いことはしていない、という気持が強かったような気がします。自分の非を認められない。
    それで、褒められるのが嬉しくて、なんでも一番に真面目にやる風で小学校時代を過ごします。でも、ボロをださないように、いつもビクビクして、過度な緊張状態が続いていて、小学生なのに肩凝りがある風でした。1:1ならいいんですが、集団の輪からいつも浮いている気がしていました。皆から距離を置かれている。そして自分もまた距離を置いている。1人で静かで人気の無い場所を散歩するのが好きで、すっと開放された気分になっていました。
    ある時、他人との距離を縮めたいと思い、良い子の仮面を取り去りました。それと、褒められ続けることに限界を感じたんです。できないものは、できないといおう。さっぱりわからないのに、できるふりをし続けるのはやめよう。全てが崩壊しました。褒められると不安にるのは、子供の頃からだったのかもしれません。5,6才の頃かな。
    十代になってからは、自分を引き立ててやろうという人に出会っても、その波に身を任せることができません。褒められることが怖いです。
    でも、どんなに目立たない小さな仕事でも、引き立ててくれる人がいる、気に入る人がいるから成り立つわけで、人から認められることを必要以上に怖れる自分を、どうしたらいいのか…..
    考えがまとまりませんので、また書きます。

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