AC、人格障害関連

「過集中頼み」症候群

 言語性IQの高い(言語性IQ優位の)ADHDの場合に、過集中の時を「本来」とみなして、地道な努力をする気になれなくなることがある。

 過集中という現象はADHDには非常に快適だ。好きなことの場合、努力を省いても記憶出来、またしばしば多数派よりも高いパフォーマンスが可能となる。例えばある思春期ケースの場合には、難解な演劇の台詞を一度読むだけでほぼ完全に記銘し、家で練習しなくてもそらで言えたりする。

 このケースが受験勉強に関して「集中できないで困る」と訴えることをよくよく聞いてみると、結局演劇の場合のように短時間で記銘できる集中が受験勉強では困難であるという意味であった。

 私は主治医として「受験勉強は時間が長すぎるので過集中は使えない」と告げた。
 
 過集中が使えるのは高々テストの一夜漬け程度で、受験勉強は長丁場なので効果から言っても継続時間から言っても過集中が使えない場合であるのだ。

 躁うつ病の人は躁状態の時が絶好調であったと思い込み、「全く悩みが無かったあの状態に戻してくれ」と希望することがある。躁のときを「本来の状態」と思い込み、落ち着いた状態を「うつ状態」だと思い込んだりする。

 これと同じことがADHDの過集中の場合に起こるのだ。

 確かにADHDにとって過集中は快感であり、しかも能率も高く、これがずっと続くことがもしもあればありがたいことだろう。

 しかし残念ながら過集中は長く続くことは無い。3日過集中が続けば少なくとも同じくらいの時間は虚脱状態となるだろう。

 加えて過集中のときは「周囲の人との温度差でぶち切れてしまう」という問題の現象も起こり、チームプレイの中でも過集中は使えないと言って良い。ほとんどと言って良いほどチームの協調を破壊する。

 だから「過集中のときが本来出来るはずの当たり前の姿」と思い込むことはとんでもない非現実的な幻想であるのだ。

 ついでに書いておけば、最後の頼みの綱である「合理的な自己突っ込み」が停止した状態となる。ジャイアンの場合は人を攻撃したり、大体後で落ち着いてから後悔する行動となる。

 当たり前のことだが受験勉強などの長丁場を乗り切る自分なりのスタイルを確立する必要がある。


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コメント

    • YK
    • 2010年 1月 12日

    私の場合、高校の時、過集中は2~3年続きました。
    人間捨てて勉強に埋没。
    クラスメイトや先生の顔も思い出せない。
    郊外学習、修学旅行も、勉強の為パス。
    その頃はやってたものもわからないし、どう生活していたのかさえ定かではありません。
    しかも、記事を読ませていただくまで、
    またあのウェーブがくるかもしれないと期待していました。
    ウェーブさえくればこっちのもの、
    ただいつ来るか私にはわからないのが玉に瑕。
    そう思って待ってました。
    頼っちゃいけないんですねぇ・・・。
    それにもう体力、気力が・・・・。

    • あみ
    • 2010年 1月 13日

    今まさに浪人生で、数日後にセンターも控えています。
    ブログ主さんのおっしゃるとおりです。
    過集中→虚脱の繰り返しでなんとか勉強してきました。
    大学行けても留年しないかなど不安も多いのですが、2年も頑張ってきたことですし、ベストをつくして第一志望に合格できるよう、勝負に挑みたいと思います。

    • ori
    • 2010年 1月 14日

    過集中の度合いをコントロールすることで、集中力を生かす方法はどうなのでしょうか。
    興奮しすぎないように過集中の度合いを調整し、虚脱時は歩き回るとか音楽や簡単なパズルとか、刺激を脳に与えることで、自己突っ込み(暴走)を抑えつつ単純作業をこなします。
    こうすることで、割と安定した精神状態を保つことが出来ています。
    私が個人的に試している方法なのですが、他の方でも応用できるでしょうか。

    • 2010年 1月 14日

    ADHDです。いつも興味深く読んでおります。
    過集中のパワーは本当に素晴らしいものがありますね。
    私自身、面接で過集中するので、就職に困ったことがありません。
    それが続かないことが悩みでしたが、最近切り抜け方を一つ見つけました。
    『他人に頑張らせる』ことに過集中するんです。
    チームの中ではリーダー役を務める。
    ミーティングなどでは『意見を言う』ことに過集中すると、押し通したくなるので、自らのベクトルを『まとめること』へと変える。
    『周りが一生懸命、楽しく動くこと』が、私の仕事と考えるわけです。
    これで私の過集中はうまく分散され、過集中しない私の方が『頼れる』リーダーであるという現実を受け入れることができました。
    過集中は、趣味のスポーツやプレゼンの時だけ発動させます。
    『窮地になれば必ず解決するが、仲間にとっては優しきリーダー』
    しばらくこの形態で快適に生活ができそうです。

    • 2010年 1月 15日

    過集中か躁がないと死人の状態です。
    慢性的な鬱がある感じですし…

    • エイト
    • 2010年 1月 15日

    長男が言語性IQ優位です。
    自分が好きなスポーツに集中できる状態を過信して、自分は「できる人間」だと思っているみたいです。
    実際はスポーツ以外は慢性的虚脱でゴロゴロするばかりで、学校での評価も「やる気のない子」「だらしない子」です。
    スポーツといっても根気のいる筋トレは嫌いなので成績は伸び悩んでいます。
    個人競技なのが幸いですが一番を取れないのでしばしば私に八つ当たりをしてきます。
    どうせプロにはなれないのだからそこまでイライラして上を目指さなくてもいいのでは?と言うと、「どうしてだ?誰だって上を目指しているんじゃないのか?」と言うので、あんたがADHDのジャイアンだからそう思うだけでは?と言うと、驚いていました・・
    受験勉強は彼を見ていて「普通の受験生」を期待するのは無理だと2ヶ月間で悟りました。
    きっと自分にとって本当に勉強が必要だと思うことがなければ、一生勉強とは縁がないでしょう。
    私自身は言語能力が低いジャイアンですが、過集中するとイライラして攻撃的になるし、先生の仰るようにあとで反省することになるし、それが楽しくない事だと胃潰瘍になるし、消費した時間のわりには思うような結果がでないので、今は過集中が心地よいとは感じません。
    (主人には過集中の時は「元気がええの~」とひやかされますが・・)

    • ぴよよ
    • 2010年 1月 16日

    あみさん、これを見る頃は試験後でしょうか。
    直前でしたら多くの言葉は要りませんね。程よく受け取ってくれると良いのですが。
    がんばってください。
    等身大の、努力してこられたご自分の力を、悔いなく発揮してこれることを祈っています。
    中学? 高校? 予備校?(回答は無理して書かなくていいですよ。) を卒業された後も、進路先に進んだ後も、このブログを見る当事者達の多くは生きる困難に会います。
    でも、何か待っていたとしても、出くわしてから対処を考えるしか無いこともあります。
    ブログも支援センターも情報も何も無かった頃よりは、世の中は進歩しています。
    先の心配事はすべき時にするしかありません。
    今は一番大切な、試験という努力をすることを、あみさんはご自分で選択しています。
    お若い時は、結果に関わらず、選択の全てがご自身にとってかけがえのない経験になります。何歳になっても役に立てられる、自分自身の生き方の資料になります。
    だからどんな選択でも漏れなく役に立ちます。悔いることは無いのです。お若い時というのは、そういう経験を積める、宝のような時期だと思います。
    暖かくして行ってきてください。終わったら、ゆっくり休んでください。
    次は私個人のコメントに戻ります。

    • ぴよよ
    • 2010年 1月 16日

    ぴよよのコメントに戻ります。
    ADHDにもASにも他にも言えることですが、それぞれに、過集中の度合いが非常に強いタイプが存在しているのではないでしょうか。
    インターネットを見てきても私を含め、過剰に感情を込めたりする癖が見受けられる人がいたり、他、感情の起伏、注意力を複数に向けられたり、想像力も複数の舞台で同時進行させてるのではと思わされる場合もありますよね。
    いづれもやり過ぎると、確かに周囲の人間関係に対処しきれなくなりますよね。
    特に側頭葉脳波に乱れがある人に、そういう起伏が激しい場合があると昔読んだことがあります。間違いでなければ良いのですが、多動の場合は抗てんかん薬に近い成分の薬が効くケースもあるそうですね・・・。
    私は年と共に再燃と残像以外の力の起伏は、順調に衰えていっていますので、投薬の対象ではないと思っていますが、人間関係に悩みが出る程の支障が出るようであれば、検査の価値はあるのではと思ってしまいます。
    検査と聞いて浮かぶイメージは、検査、投薬、過集中力の封鎖、等と連想してしまうかもしれませんが、まず自分の特徴を知るためであると医師に説明を受け、十分理解できれば可能な話ではないかと思ってしまいます。
    過集中が全部いけないのではなく(白黒思考や障碍理解不足であったりしたら、分からない人は分からなそうですが・・・。)少なくても車の運転は十分集中すべきであるし、余りに片づけ物が溜まり過ぎて身体の危険を伴う状態になってきた時等、そうは言っていられない場合もあるでしょう。
    人間関係に支障が出たときに、意識の中で過集中状態を正当化するか、全否定するかしかすることが思い浮かばない位選択肢の無いことが、行動改善を諦めさせてしまうのならば。
    まだ選択肢があることを、目から見せて分かってもらうなりの手立てを考える価値や意味はあるのではないかと思ってしまいました。
    過集中とは、感じ分ける練習を積まないと、どういうものかよく分からないと思います。
    誰であれ、幼児の頃は集中のオンオフは成長のために大切な位だし、頑張れば大人は誉めるものだからです。
    集中のし過ぎも危ない、という概念も難しそうですね。

    • くらら
    • 2010年 1月 19日

    まさしく
    過集中は楽しい!
    です
    高校時代暗記科目はほぼ一夜漬けでのりきりました
    古典にいたってはノートもとってないのできっと聞いていただけで覚えられたのでしょう
    しかし英語や数学など普段の反復がものをいう科目には歯がたたず
    まだセンター試験など範囲が広大なものには絶対に通用しないのもわかっていました
    でもこんなに短期間にこんなに効率よくあれこれできるならなぜ普段できないのだろう?
    といつも思いました
    大人になってからも暗記ものはほぼ一夜漬けで乗り切っています
    こうするとこの位は一晩でいける
    と高校時代わかったのはよかったと思います
    ピアノの練習も切羽詰まると過集中です
    とても効率よいのでうまく使うと楽しいです
    しかし確かに過集中に入ると攻撃的になります
    虚脱もしますね
    大体半日使い物にならなくなります
    いつ過集中を使うか
    が結構大事な気がします
    私の場合は
    人は「人財」であると思ってけとばさないように気をつけていますが
    確かに意見を言おうとすると負けん気にスイッチが入りますね
    まとめる方向に集中してみます

    • ぴよよ
    • 2010年 1月 24日

    過激な憶測かもしれませんが、過労死と言う言葉があるように、能力が高い者は過集中で他人か自らも殺せると思います。
    視野が狭まり、心身の限定した部分しか使わないということは、その他の物事を感じ取る感覚は全部オフになるわけですから。能力が高い者はその危険を言葉のあやで言いくるめることが出来ます。日本人は特に、現実に感情を上手に織り込む言葉が上手だから・・・。
    過集中の次に自然体で同じ結果を残せないなら、その過集中の価値は無いと考えることがあります。したとしても、止められなくても、それが実力のような顔をするのは危険であり間違っていると思っています。
    だからよく初心者が思う「がんばったら出来たから、自分は出来るのだ。」は細かく言うと間違っている。周りが「やれば普通に出来たじゃないか。毎日続けられないのは怠けているからだ。」言うことも、厳密に言うと間違い。
    見方によっては、これで周囲を“騙す”ことにもなります。
    やる気になってやれば自活できるので、やらないことは間違い。
    しかしやる気になった時にしか成果が出せない、安定した成果が毎日、常に、自然体でも緊張状態でもいかなる時でも、必ず出せないことは、周囲の自分に対するイメージへの裏切りになるので、そう見れば責任遂行をきちんとやることも、間違い。
    やってもやらなくても間違い。私に正解は無い。私は正しくない生き方をするために生きている!
    初めからこの位決めてかからないと、何も問題が無い時や場所からも、白黒付かないことの未処理事項が勝手に頭の中で騒ぎ続けて、日常生活が機能しなくなります。
    続けます。

    • ぴよよ
    • 2010年 1月 24日

    続きます。
    ただ、私のこういうスタンスも本当は正しくないのです。
    こういう話も感情的なAS誰にでもは適用できない。対象を選ばないと感情的な発達障碍特有の興奮で話が広がって大変なことになる。
    ただ、ではどんな対象なら理解してくれて、どんな段階にいるASなら受け付けられないのかの勝手な分析? は、連休のオタク的考え事でメモを少々溜めたので、気が向いて文に起こせる日がきたらまたいつか・・・。
    短くなんてなかなか書けません。昔、勇気を出して少しずつ短文を書いたら、誤解されて傷つき過ぎました。だから省略もその記憶を乗り越えてするエネルギーが要るのです。伝えたいくせに、エネルギーは無い。増してや限界を超える過集中ももう出来ない。日常を回すための規則性も狂う。余力なんて財産、全然蓄えられません。省略の訓練は私のまだまだこなせない課題でもあります。
    多数派は、手抜きをしたときにこそ短く書けるのにね・・・。

    • ヒゲ達磨(AS?)
    • 2010年 1月 25日

    下らん感想ですが、
    男の家事、料理に似ているな
    男の料理は、たいてい調理するところにだけ集中する。
    しかし、三度三度ご飯を作るには
    1-買い物
    2-冷蔵庫などに収納
    3-調理
    4-洗物や道具の収納
    5-ごみ捨て
    こういったステップを滞りなく進めなくては三度三度ご飯にありつけない。
    ところが大抵は調理にだけ集中する男がご飯を作ると
    1-買い物・・使わないものを買ってくる
    2-冷蔵庫などに収納・・台所のそこら辺で腐っていたり、乾燥野菜になっている
    4-洗物や道具の収納・・流しに鍋、お皿が山積み
    5-ごみ捨て・・生ごみの日に出すのを忘れて、ゴミ箱がにおう
    いやこれ、私のことではないですよ、・・この前、溜まっていたゴミは全部捨てたし、、
    いくら出来上がった食べ物が美味くてもね、これでは喧嘩などの元になる。
    どこかの部分、パートに集中してしまうのは、脳ミソの出来から仕方がないけど、前後もやらないと結局廻らない。気が向かなくてもやらないと廻らない。これに気付くのが大変。

    • Musigny
    • 2010年 3月 03日

    ああ、確かに。
    私も過集中の威力が絶大なあまり、また普段とのギャップが大き過ぎるあまり、自分の真の実力が掴めず、自己不信や社会不適応に悩んでいます。
    oriさんの解決策は素晴らしいと思いますが、いい意味でも悪い意味でも他人のすることに全く関心の持てない自己中の私には無理かと…。
    過集中(断続的であったとしても)の成果を貯めて、世に問うような仕事がしたい、という目論見は誤った方向性でしょうか?

    • いなほ
    • 2010年 7月 16日

    はじめて、コメントします。
    この記事全体がすべて私のことだと思いました。
    どうしよう。集中力だけで生きのびてきたのに・・・
    この年になるまでこんな大切なことに気づけなかった。・・・茫然自失です。
    でも、「どうするべきか」、というか「どうするしかないか」も同時に教えていただいているので、この記事を何度も何度も読んで、自分の実力をありのままに見つめて生きます。これはそのまま、「自己評価を下げること」につながりますね。

    • むしば
    • 2012年 4月 30日

    こんにちは。初めてコメントです。
    僕もIQが高いタイプのADHD(120くらい?)で、
    過集中で受験を乗り切りました。
    中学までは完全に劣等生で、周りからも馬鹿にされていましたが、「本気だせばすごい」と信じこみ、過集中をつかって見事、一流大学に合格しました。
    しかし、「やっぱ俺すげー♪」と思っていましたが、入学以来さっぱり波が来ず、3年も留年してしまいました。
    すごい能力ですが、やっぱりあてにはなりませんね。
    経験上、過集中は明確な目標や目的があると出やすいので、ADHDの人間は大きな夢や野望を持つと良いかも知れませんね。

    • reo009
    • 2012年 8月 28日

    主さんの過集中のお話、読んでいて本当に納得という感じでした。
    自分は大学にいっているとき以外は、(いっていても授業中は睡眠)いつもだらだらと過ごしており、たまーに過集中になることがあります。
    過集中が起こるのは、たいていは二人でいるときです。もしくは勉強時か。
    女の人と一緒にいるときは、がんばろうと思い、過集中で笑わせたりできてよいです(笑)
    全体的にみれば生まれてこなければよかったと思わざるをえませんが。

    • 獅野
    • 2013年 11月 22日

    物忘れが酷くてADHDを疑って通院中です。
    過集中って期間があるんですね。
    確かにそうかもしれません。
    私は、編み物や読書、裁縫なんかの細かい作業の趣味的なものに集中出来てしまうために、現在の診断である注意力、集中力が維持できないって部分を主人や親族に信じて貰えません。
    でも、やってられて1~2時間程度で、途中で嫌になって未完成品が多いです。
    理解してもらえないので辛いです。

    • ななみ
    • 2014年 6月 03日

    チクセントミハイのゾーンに入るβ-エンドルフィンが多く分泌される要因について、教えて下さい。
    自分のどこが違うのか?
    幼少期の孤独を楽しむことで外界を閉ざし異様な集中力で直観的な自己支援が「フロー体験」(過集中)だったのではないか、この時β-エンドルフィンが多量に分泌されていたようです。
    この状態を意図した引き出す仕組みが解れば、第三者に効率的な出力を教えられるのではと思います。
    教えていただけたら嬉しいです。

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