ADHD関連

ジャイアンACと抗精神病薬

 ジャイアンACは反応性にさまざまな病的な状態を呈する。強迫症状や、統合失調症に酷似した被害関係念慮なども見られ、誤診されることも多いだろう。

 ある統合失調症と診断されていたジャイアンACのケースで、メジャー(抗精神病薬)をリチウムに完全に入れ替える試みをした結果、抗精神病薬を切る段階で被害妄想的になり、一見「統合失調症は否定できないのか」と思われたが、その後の経過には私にも予想外だった。

 本人の判断で以前のメジャーを最低限で調節しながら使いながら経過している間に、自分自身のスタイルに関する振り返りが進み、その結果薬が減った分本人のコントロール能力がアップしつつある。

 このことから逆に考えれば、抗精神病薬の作用は、「症状は抑えるが、症状は見かけ上なくなり、また考える能力自体も抑えるために、根本的な解決が全く進まなくなる」ということだった。

 本人には表面上は辛いが、病的な症状が出て来るギリギリまで薬を減らして、自分で薬を微調整しながら、症状を本人が自分の力でコントロールすることをさせ続けるのがベストのケアと言えるだろう。

 正常な頭の働きを抑えないので、その状態で自分の考え方や生き方への振り返りを行い、厳しい直面化を行いながら、新たな生き方のスタイルを模索する。

 その結果ジャイアンAC自体、ACの部分をクリアして、冷静で合理的な自己突込みが復活してくれば、長期的には薬は減らせるだろう。ここが本当の統合失調症と違うところだと私は考える。

 もちろんこのプロセスをフォローできる実力のある精神科主治医の下で行うことは最低限の条件だが。


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コメント

    • むーん
    • 2008年 9月 18日

    これが本当なら、私のような患者には一番嬉しいです。
    >このことから逆に考えれば、抗精神病薬の作用は、「症状は抑えるが、症状は見かけ上なくなり、また考える能力自体も抑えるために、根本的な解決が全く進まなくなる」ということだった。
     正常な頭の働きを抑えないので、その状態で自分の考え方や生き方への振り返りを行い、厳しい直面化を行いながら、新たな生き方のスタイルを模索する。
    何だかおっしゃる通りの事を、薬を飲み忘れた時に感じているんです・・・AS彼と再び会えなくて辛いとか、(しつこいけど)そういう普通の感情が、心に沸き起こって直面化を迫られる感じなんです・・・
    今エビリファイとセディールを主に服用していますが、(あとは血圧を上げるメトリジンと眠剤、)これでもAS彼と、彼の紹介したセラピストの圧力のおかげで、前よりはずっとドクターが薬を減らしたので好調です・・・
    (好調と言ってもやはりしかしだるいし、感じ方が鈍い。)
    ちなみにリアル専門医の方は、今の所慎重で、メジャーはきちんと飲むようにと仰いますが。
    あともう一つ大問題なのは、現行法では発達障害支援を受けるより、現在のままの方が支援が充実しているという見も蓋もない現実であったりします・・・(働けるようになれば、その方がいいには決まってますが。)
    私も、確かに国から金を受け取るのは心苦しい面もあるのですが、こう20年も苦労させられたのでは、貰っておけるものは掠め取っておいた方が得かとも・・・(なんか言ってる事滅茶苦茶)
    >もちろんこのプロセスをフォローできる実力のある精神科主治医の下で行うことは最低限の条件だが。
    ・・・沖縄に移住しようかなぁ。(まじで)肺気腫の父はどうするよ!?

    • kei_
    • 2008年 9月 19日

    自分が薬物(医薬品)の使えない=体質的に不向き、ということで、クスリに対する見方がかなり一般常識からかけ離れている・・・と自覚していますが、
    この記事に書かれているような内容を患者、もしくは世間に対しておっしゃるDr.は、ほとんどいないのではないかと思います。
    特に精神科領域では薬オンリーの先生のほうがノーマルでしょうし・・・。
    統合失調症の詳しいことは知識として持っていませんが、メンタルな部分でバランスを崩し易い人の大半は厳しい直面化での乗り切り方、あるいは流し方がうまく出来ない・・・。
    親戚の娘・・といっても歳も歳ですが、
    寝たきりの母親を看取ったあとに、ウツと統合失調症と言われて投薬を続けています。
    最近は症状も落ち着いているようで、外に目も向いているようですが
    今回の記事を読むとやはり自分で考えるという部分で、本人が苦労している様子も伺えます。
    それが薬のためなのか否かはよくわかりませんが・・・。
    現代医療では、「症状」=「病気」という考え方だと思うので、症状を消すことが第一・・
    もちろんそれが苦痛で軽くなってはじめて次のステップへ進めるのだけれど、結局はそこで止まって(留まって)しまう。
    症状が消えた=病気が治った、ではなく。
    やんばる先生のようなフォローやサポートがあってはじめて成せることではあるのですが、少しつづでもこういう方向の治療が主流になっていくといいのに、と思います。
    「自力回復応援療法」・・・患者の自力を最大限に発揮できる治療・・・。

    • rid
    • 2008年 9月 19日

    「統合失調症」患者の処方の変更を嫌がる医師は多いらしいので
    こういった成功例を聞くととても嬉しいです。
    抗精神病薬は副作用も強いですしね。

    • ぴよよ
    • 2008年 9月 20日

    ジャイアンの記事にコメントしてごめんなさいね。
    この話もとても過去の経験とだぶるのです。
    発達障害名が分かる前、いくつかの精神安定剤を試されていた昔の頃は、医師個人じゃない、多数派社会全体が私に『治るな』と命じているような錯覚を感じました。
    私のことが分からない、持て余した人類の、最後通告のような気がしていました。
    『生きるのを許されたければ治るな。』
    雑多な疑問と罪悪感を突き止めよう、整理しようとしては、思考を薬と抑うつに打ち切られ、打ち切られして、打ち切られてはそれすら正しいのかどうかも分かりませんでした。
    現実に私の頭は自分の思考を打ち切っている。でもそれも違う。私はそうすべきではない。私は間違っている。自分で自分のことを知ることを拒否することは怠惰であり、責任放棄であり、悪いことである。
    しかし壊れた私の行くところは病院しかなく、病院で出されたのは目の前のこの薬しかなく、薬を飲んでいる私は、周りから努力の結果を出すことを望まれ、待たれていて、特に職場には結果を見せなくてはならなくて、でも思考が打ち切られていては結果の出し方が分からなくて、医師との話し合いでは打開できない現実を何も否定してもらえず、新しいことも教えてもらえず、許されない板挟みの中に居続ける苦痛を放置され、無視され。
    最後はその状況を『治るな。』という命令として解釈していたのでした。
    私の尊厳を、人権を許さなかった人達。(たまには“社会”の言葉を使うことを我慢した方がいいのでしょうか?)
    個人の責任を問われない数多くの人達!!!
    この人達に、自分たちが無意識に取っている態度の意味に、直面化させてやりたい!
    そして、一人(厳密に言うと違います。本を書き、出す人が居たから私は見つけられた。)の努力でたどり着いた発達障害名を無視し、薬まで取り上げた厚生労働省も許さない!
    忘れない!

    • むーん
    • 2008年 9月 20日

    ・・・土曜なので、半ドンですが、今日も行って来ました作業所・・・
    私が、家でごろごろしていなくなったら、何故かヘルパーさんが掃除を始めました・・・(めでたい。)料理もなんか凝るようになってきたし。
    ところで、言いたいことは殆ど他の方が仰って下さったのですが、100人に1人が統合失調症と診断されて、「薬&長期入院だけが手立て」となっている現状は、本当に何とかして欲しい・・・
    ・・・知り合いの話なのですが、お父様が破産されて息子さんが明らかにおかしくなってしまったのだが、医者にかける金もないし、世間体を気にするお宅だったので、そのままだった。しかしその内、お父様が有田焼の会社で再出発し、息子さんにもやらせたところ、昔ながらの「手先をひたすら動かす」という治療法に結果的に繋がって、ほとんど寛解してしまったという、嘘の様な本当の話を知ってます・・・
    まぁこれは、極端な例だとは思いますが、現代の医学界の態度は、基本的に『生きるのを許されたければ治るな。』だと言われても仕方ないです。

    • ぴよよ
    • 2008年 9月 26日

    先生に比べると、私の目にしてきたACは数も少なく軽症だと思いますが・・・。
    ACは養育者が原因ですから、赤ん坊の頃から作られるケースが多いと思いますが、赤ん坊から作られたと言えば、発達心理学の始めに大抵出てくる、オオカミに育てられた姉弟の話を思い出しました。
    あの視点で改めて見ると、ACの矯正は想像を超える大仕事だと感じました。
    残存能力のどこを残していいかも分からないくらい、認知の仕組みも問題解決能力も、全部の書き換えを迫る作業になりますよね。
    学校のような集団生活の場で出来ることには、当然限りがあると思います。今は特殊な場所に行かない限り、病んでいる人が多すぎると感じてます。
    折角薬を減らす所までこぎつけた人には、寝泊まりして学び直す訓練機関もあるといいと思いました。以前に空想した専門学校のような・・・。
    文献や実際に耳にした言葉で「赤ちゃんから育て直されたい」という台詞がありますが、そう思うのも無理は無いのでしょう。
    私も治すべきところはある愚かな人間ですが、私はもう経験は要らないかな。経験から正確な真実を知ることがどうしても下手なようで。
    私が知るべき結論、というか、大量の手取り足取りした詳しい情報が欲しいです。贅沢ですが。

    • むーん
    • 2008年 9月 26日

    >ACの矯正は想像を超える大仕事だと感じました。
    残存能力のどこを残していいかも分からないくらい、認知の仕組みも問題解決能力も、全部の書き換えを迫る作業になりますよね。
    ・・・私なんかは、最近作業所に行って、「ありのままの自分」を認めてもらえるようになって、(古い例ですが、)『寅さん』みたいな、多少人に迷惑をかけつつもそれなりのよさを持って生きている人がこの世にいても、それはそれでいいんじゃないかとも思うんですよね・・・
    全ての人が、会社に行って金を稼ぐなり、主婦になって家事をこなすなりしなくちゃいけない世間と言うのがどこかおかしいような気もする。
    なんか現代の世の中って「蜜蜂の巣」みたいな気がするんですよ・・・全ての人が団地なりなんなりに住んで、毎日同じものを食べて同じTVを見て同じ価値観で笑って・・・
    元彼は、ある時「回復の際に、僕は自分の”個性”は捨てました」とぼそっと言っていたけど、なんかちょっぴり悲しげだったなぁ。そんな想い出があります。

    • むーん
    • 2008年 9月 26日

    (作業所に行き始めて思うこと)
    流石に、自分で豆を挽いて淹れた170円のアイスコーヒーを飲むようになってから、(親に悪くて)上島珈○店には行けなくなりましたが・・・
    ASのACっぽい友人がいる。・・・彼女は、明らかに病気なんだけど、他の尻をもうちょっと叩けば喫茶店につとめられそうな(でも、悪いけどそれしか出来ない)娘と違って、哲学書と五木寛之を難なく読みこなして、独自の哲学を持っている・・・
    彼女がデカルトになることはないと思うけど、そういう人から本を取り上げて、ACを治して”勤労”させる事に果たして意義はあるのか!?
    市井の哲学者あっての世の中と言う考え方もありだと思いました。・・・AS彼をはっきり「患者で遊んでいるんだよそいつ」と見も蓋もない真実を言ったのは、彼女だけだったし。

    • むーん
    • 2008年 9月 27日

    >その結果ジャイアンAC自体、ACの部分をクリアして、冷静で合理的な自己突込みが復活してくれば、長期的には薬は減らせるだろう。ここが本当の統合失調症と違うところだと私は考える。
    なんかここの最初の主旨に戻りますが・・・
    やっぱりジャイアンACと統合失調症は少し違うような気がする。
    作業所に行っても、統失患者は、普通に気を抜いたり嫌味を言ったり、出来る人は出来るけど私は出来ない・・・
    普通のACとは、もっと違って、彼ら(彼女ら)には、アルコホーリクの妻になったりする強さがあるけど、(もちろん全員じゃないと思いますが、)私は自己突っ込みが入って出来なかったです・・・
    なんか、多数派ヘルパーさんといても、いつも気を張って頑張ってものすごく頭が痛くなる・・・上手く人の気を引いたり、軽く受け流したりが出来ない。(出来ない出来ないってかなり落ち込んでますが。)
    ・・・もちろん、統合失調症の患者にもありがちな不器用さではあるんですが、PSWにも「君が一番社会性に欠ける」とはっきり言われた。
    だけど、口は回るし頭は回るから「出来る筈」と皆が期待するんですよね。実際には、(体の実感としては)色々子供っぽく、年齢相応に許せない事が沢山あるんですが。

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