ADHD関連

受動型ASの理解

 受動型ASの人の中で起こっていることを想像することは非常に難しい。特にADHDとは正反対であり、見当違いの推測をしないことが重要である。

 このことを理解するのに非常に参考になるあるケースの話を書いておこう。
 朝登校する前に腹痛や下痢になる思春期の発達障害の人は多いだろう。そのまま登校の時間が過ぎると腹痛や下痢は治る。表面的には仮病と誤解されることもあるが、ストレスによる身体症状だ。

 ところがここから先が根本的に違う。受動型ASの場合は、「登校したら腹痛は治る」ということが起こるのだ。
 厳密には痛みがあるのは、登校の途中までの間、愛着の親などと一緒に居る間だけで、学校の敷地に入った後は、驚くことに腹痛は無いのだ。
 
 別のケースでも、「送る車が学校の駐車場の敷地の境界線を横切るとそれまで運転する母親に怒号を浴びせていたのが急にすました顔になり行って来ますと降りていく」ということは聞いていた。

 この仕組みは、「学校に行くと学校モードの自分に切り替わる」ということで、学校モード即ち外向きのスタイルで学校で過ごすことは大きなストレスにならないのだ。   
 
 然るにそのことを依存できる家の環境で愛着の対象である母に話すときには、「家のモードで学校に行くことを考える」のでストレスになり、出かける前と家で学校のことを思い出す場合にストレスの状況になる。

 母から聞く限り、「学校でも大変なストレスの中で頑張って過ごして帰ってきた」という風に見えるが、実はぜんぜん違うのだ。

 ストレスを位置エネルギーのイメージに図式化すると、例えばADHDの場合には「多数派に合わせた普通」と「本人のマイペースに合わせた特別」の関係は、当然「普通」が一番ストレスが高くて、「マイペース」がストレスが低い一方向の坂の図になる。

 受動型ASの場合は、全く違う形になる。「普通」と「マイペース」はいずれもストレスが非常に低くて、その中間に山があるという形だ。

 即ち、「普通」に近いところでは「普通」に行くほうがストレスは少なくなり、ある程度「普通」から離れてしまうと、今度は極端にマイペースになるほうがストレスが少なくなる。

 通常の特別支援教育などでは、「普通」のストレスを考慮して発達障害への「理解と配慮」という形で普通から引き離すが、これがある程度より進んでしまうと極端な引きこもりの方向にしか行かないパターンに陥ってしまうことを意味する。

 私自身、ADHDの一方的な坂のイメージでサポートしてきた受動型のケースで結局引きこもりの方向から脱出できない状況になっているケアが何例かあり、ずっと悩み続けてきたのだが、やっとケアのイメージがはっきりした。

 受動型ASの人には、結局「多数派に合わせた普通」が一番楽なのだ。一番ストレスが少ないのだ。別の言い方をすれば、「普通」から離れるストレスのほうが大きいのだ。

 この意味で、表面的には一貫性が見えづらくADHDに似ている受動型ASを正確に診断することは決定的に重要である。


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コメント

    • KEI
    • 2012年 3月 05日

    うちの子、今不登校なんですが、学校に行く前はすごいストレスで死にそうになっているのに、学校に着くと先生の見たところは全然元気だそうです。ってもはつらつとしたタイプではないので、息子なりの元気、ですがね。PDDーNOSって言われてます。

    • 1124英太
    • 2012年 3月 08日

    この考え方は非常に納得できます。確かに、受動型は大人しい人が多い分、多数派に合わせた方がうまくいきます。我が道を行けという接し方は気質上合わないでしょう。

    • アメジスト
    • 2012年 6月 18日

    以前の記事を見直していて、ハッとしました。
    しばらく前に親戚の葬式があり、我が家代表で、私の主人と息子が出席することになりました。
    葬式の当日、息子はYシャツを着てネクタイを締めたとたん、オエッ、オエッと吐き気を催しているので、行けるか心配になりましたが、「少しすれば慣れる」と言って出かけました。
    帰宅後、「吐き気大丈夫だった?」と聞いたら「全く平気」と元気な答え。主人に息子の様子を聞いたら、「まめに手伝いしてたよ」とのことでした。
    先生の記事通りの内容が息子にもあてはまっていたようです。

    • edgar
    • 2013年 2月 07日

    受動型ASにADHDが弊害して衝動性が抑え切れなくなって、乱暴な子として仲間はずれになりつつある場合でもストレスにはならないのでしょうか?伝えたいことがうまく伝え切れなくて、お友達を叩いたりけったりして入りしているのに本人には記憶がないそうです

    • m2
    • 2013年 2月 08日

    ※受動型ASと仮定して、受動型ASの立場だとこうなります。
     受動型ASは普段は温厚ですが、いろいろな問題を重ねて、もう話合いでは歩み寄りが不可能と判断した場合には実力行使に踏み切ります。
     戦争です。
     まあ、このようなケースではほぼ相手はジャイアンですが。
     長い間の積み重ねの結果が原因なので、理由を説明するのは難しいです。ましてジャイアンは過去のことなど気にしませんので、絶対に話ではかみ合いません。
     その結果、
     ①相互理解が進み、仲良くなる
     ②相手と付き合うメリットを感じないので、切り離す
     ③相手との関係は続けたいので、一旦冷却する
     のどれかになると思われます。
     今回②③のどちらかだとは思いますが、覚悟の上で戦争をしていますので、ストレスにはなりません。
     ジャイアンのように衝動的に実力行使をしているわけではありませんので、記憶が無い、ということは絶対にありません。
     自分が悪いということを認識して下手なごまかしをしているか、相手が信用できないため、本当のことを話せないかのどちらかと考えます。
     もし、その子が受動型ASなら、嘘ではありますが「記憶が無い」ということを信用してあげてください。
     一方的にその子が悪いということはありません。
    ※自分の小学生時代の行動を発達障害理論にあてはめたて今の自分で考え直したらこうなる、ということで、当時こんなことまで考えてはいません。念のため。

    • あおいよる。
    • 2013年 5月 26日

    こちらに、投稿します勝手をお許しください。
    道産娘さまからの疑問に答えたく、また、ぬまお様のお子様や奥様のエピソードについて感じたこともあったので
    それぞれエントリー名と書き込まれた日時も明記してこちらにコメントしいたします。
    エントリー「参加者の皆さんへお願い」でのコメントより。
    written by 道産娘 / 2013.03.11 05:25
    >受動は、外で他者の価値観や考えに合わせて振り回されて生きている分、家の中では自分のペースを保ちたい…ということなのかなと思います
    はい、おっしゃっておられる(表記されている)とおりです、ほんっとうにそうだと改めて感じます。
    視界の端に誰かがいるだとか席替えだの新人(転入生)が座っているだとか風景が変わっただとか誰かの携帯のバイブが聞こえるだとか、
    そんな変化にすぐ感覚が向いてしまう、向かざるを得ない、自分で止めようとするのなら文字通りの「五感の遮断」or「自分なりの集中できる方法で集中すること」でしか逃れられない、そんな『脳持ち』(インプットアンテナ持ち)です。
    (でもって、これまた調子が悪くなると五感がそういう所にしか向かなくなって疲弊しまくります。)
    >「相手が知りたがっている情報を教える」ことで「自分が必要とされている」と感じたいのかな?
    >情報を教えてあげること自体は「支配」ではなく「奉仕・サービス精神」とも言えると思うのですが
    そっか、そうですね、ほんとです。
    確かに教えよう、シェアしようとする行為自体は「支配」ではないですね。
    自分にとっては、「情報を教えてあげること」は支配したいという行動動機(欲求)からくる行為、支配のための一つの手段、かなと感じました。
    たとえば、「教えることで相手を(その集団を)支配できる」から「教える」。

    • あおいよる。
    • 2013年 5月 26日

    (続きです)蛇足になるかもですが
    過去と今とではその教える行為の行動動機は異なります。
    学生時代は存在自体無視されることが常だったため、捨てられたくなくて「奴隷でも良いから名前を呼んで」な欲求のもと、必死に相手に必要とされようとしてましたから
    ノートを貸すだとか勉強を手伝うだとか、「便利屋として呼ばれているだけ」とわかっていながらもそういったことをすることで必死でした。
    捨てられることのほうがイヤ、だったんだと思います。(って自分のことなんですけれど。)
    けれども
    ある日を境に「一人飯」が平気になって、そっからは一匹狼状態、になれました。
    >おそらくその相手に対して、最初に情報を提供した時と「同じ反応」が返って来ないことに苛立ちを感じ(以下略)
    の部分なのですが
    わたくしの場合はそうではない、のかな、と感じます。
    「同じ反応」(たとえば「あなたはよく知っているね!」「いっつもありがとう!」のような賞賛や感謝)が返ってこないこと、へのこだわりはないです。
    (…苛立ちという語の定義が(ニュアンス)が違うかもしれない、と今書きながら感じたのですが
    まず、字義通りの苛立ち(またはムカムカ、または憤り、または殺意のようなもの)という定義であるとして、以下書き続けます。)
    どちらかと言えば「必要だと言うから提供したのに、ちっとも生かせてないこと」「あの時、資料を渡して見ながら説明して『わかった』と言ったのに『そんな資料あったっけ』って言うこと」などの時に苛立ちを感じます。
    そういうことを言うか言わないかはその時々で違いますし、毎回同じ人とがそう言うとも限らないですし
    何より情報提供初回でも苛立ちはあるので
    私の感じる苛立ちは、同じ反応が返ってこないこと、ではなく、その都度その都度の「反応の一部」に対する苛立ち、です。(なので(?)2度3度同じ人が上記のような発言を続ければ、その人そのものが「苛立ち」になります。)

    • あおいよる。
    • 2013年 5月 26日

    (続きです)もし、道産娘様の使われた『苛立ち』の意味(もしくはもちろん、世間一般的にも幅広い使われ方をすることも含め)が、
    『「自分の知っている相手の反応のバージョン」と全く異なる(または知らない)反応への焦燥、不安、驚き、畏怖等の感情を根底とした感覚』
    という意味であるなら
    …今、その定義で脳を一掃しましたが、情報提供場面においては該当箇所はなかったです。
    (想定外の反応に対しては、1~数回、相手のその反応の意図を図るための「お伺い」を立てて自分の今後の行動を計画しなおすことがほとんどです。)
    苛立ちと支配についてもう少し書いてみます。
    私の定義の『苛立ちを感じる』=『私は相手を(その場を)支配できていない』ということになります。
    じゃあ、「支配」とは?…脳内言語をそのまま書き記しますと以下のようになります。
    自分の脳内の情報や画像や認識していることを「自分の感じているとおり」に相手にも感じ取らせること、相手の知識を自分のそれで染め上げること、自分の情報発信がその場での「最初」になること、その場(今は職場)にいるたくさんの人の行動の見通しを少しでも持つために自分が「その人々の必要とする情報の大元の発信者」になること、その人々の聞きたい知りたいことはすべて自分が握っている状態になること
    です。
    さらにまとめると「すべてが一緒になること」「自分の脳の意識の下敷きを相手のそれに侵入させて支配下に置くこと」でしょうか。
    その相手が「愛着」だとそれらの最大級がおこります。
    現在、愛着という愛着があまりいない状態(まだ分析中ですがもしかしたら職場全体がor後輩が愛着的になりつつあるような。)ですが
    学生時代には相手の好みを調べつくしーの、アンテナ立てまくりーの、しまいには相手の思考も文字通りドンピシャ読み取れてしまうくらいに「重なり合って」ました。
    …すみません、長くなってしまいましたが以上が私にとっての「支配」「苛立ち」、になります。

    • あおいよる。
    • 2013年 5月 26日

    エントリー「一次障害と二次障害」コメントより。
    written by ぬまお / 2013.03.25 19:11
    >自分の場合、ACが抜けるまでの人生を振り返った時、時間さえあれば内省を繰り返す反省の人生だったと思う。常に何かに頭を使っていないと、脳みそが勝手に内省を繰り返してしまうのが受動型の本質だろうと
    (以下略)
    …なるほど、と感じました。
    確かに自分を振り返ると、知的探索行動や創作活動や単純な事務作業に集中している時…つまりぬまお様の言うところの「常に何かに頭を使って」いる間は一切内省は生じません、…ほんとだ、わぁ、新たな発見です。
    さらに私の場合
    出自の理由だとか学生時代の対人関係での体験だとかから、どうしても生きる意欲がない(常に生きるか死ぬかで自問自答する)ので
    「これだけで生きていけるんだったらそれが一番いいのになぁ、食欲眠欲性欲なんていらない、PCみたくスイッチオンオフの機械になれたらいいのになぁ」と思うくらいだったりします。
    内省時、過去の自分の記憶が再生されます、まるで録画されたビデオ(もう古いですかね、DVD、いや、ハードディスクになるのかな)のように。
    内省以外にも再生されますが、そのきっかけはたいてい脳内検索時や帰宅後にする「今日あった出来事の整理時」です。
    >その怒られた時の映像を「テレビのように頭の中で何度も繰り返し再生している」と、本人が言っていました。
    私の場合、リピート再生は幼少期から自分の記憶の整理や行動の自省として使うことが多いので「至極当然な脳の反応」だったりします。ぬまお様のお子様もそういう日常的なこととして再生しているのであれば…良いですよね、などとすみません、でもけして軽いねぎらいだとかではなく、そう感じました。
    けれど
    たまに、自分ではきっかけだと意識しないささいなこと、たとえば視界に入ってくる物体や文字が再生のスイッチになって
    急に来る(フラッシュバックというのでしょうか)もんで、しかも一度ではなく何度か再生されるもんで
    それが非常にしんどいこともあります。
    今はそれの止め方、避け方を探っているところです。

    • あおいよる。
    • 2013年 5月 26日

    連投で、本当に失礼しました。
    実は…まだ「自分の記憶が幼少期からバッチリある」ことについてコメントしたく考えているのですが(下書き済み)、
    さすがにこれ以上の連投はいけないのではないか
    と思い
    まずここまでとします。
    順番間違えていますが(申し訳ありません…)
    このエントリーに関することとして…
    >受動型ASの場合は、全く違う形になる。「普通」と「マイペース」はいずれもストレスが非常に低くて、その中間に山があるという形
    ものすごく同感、共感です。
    「普通」と言う名の社会、所属先の集団、人のいる場所、生活そのものに心身ともに疲労を感じずに適応するには
    先生のおっしゃるとおり
    愛着または一人の空間から離れる回数を減らすこと、もしくは
    移行する中間が最もしんどいんだと自覚しておくことだと、そのとおりだと感じます。

    • るる
    • 2013年 5月 27日

    「一刀流の起源」に続き、こちらも読ませていただきました。
    皆さまのコメントも含めて“目からうろこが落ちまくり~”状態です!
    この文章がアップされていた当時、すでに私は読者だったはずなのですが・・・。
    その時にはピンと来ていなかったようです。
    今日は読ませていただく機会を得られました。うれしく思いました。

    • 道産娘
    • 2013年 5月 27日

    あおいよる。さん
    覚えていて下さったんですね、嬉しいです♪
    お返事ありがとうございます。
    >私の感じる苛立ちは、同じ反応が返ってこないこと、ではなく、その都度その都度の「反応の一部」に対する苛立ち、です。
    多分「相手が自分を理解して(受け入れて)くれている」と期待していただけに、想定外の反応を返されて「裏切られた」気持ちになってしまったのかなと想像しています。
    >(想定外の反応に対しては、1〜数回、相手のその反応の意図を図るための「お伺い」を立てて自分の今後の行動を計画しなおすことがほとんどです。)
    これは「普通へのこだわり」かな。
    「あおいよるさんはもしかして孤立型?」と思ったことがあったのですが、「愛着」があるので違うようですね。
    「支配」についてのお話、驚いてため息が出てしまいました。
    あおいよるさんは、ご自身の行動パターンや感情をシンプルかつ率直に捉えておられるようで、私にはとてもイメージ&理解しやすかったです。
    新たな発見があって、とても参考になりました。
    ありがとうございますm(__)m

    • あおいよる。
    • 2013年 5月 28日

    道産娘様、ありがとうございます、何よりも
    >嬉しいです♪

    単純に純粋に良かった…と感じました。
    いつまで覚えてるの?!
    だとか
    んええぇぇええーっまだ覚えてたの?(ドン引き)
    ではなくて(と受け止めています、)
    良かったです。
    >多分「相手が自分を理解して(受け入れて)くれている」と期待していただけに、想定外の反応を
    ここに関して(すみません…)さらに自分の語の定義を記しますと
    自分にとって「期待」≒「自分が想定しうる相手の反応」OR「相手はその時の発言内容の字義通りに行動するに違いない、それ以外はありえない、という確固たる確信」、です。
    昔は「やってあげたのに!」的な恩着せがましい感覚もありましたが
    今は(一人飯バージョンになってからは)ただ単に『相手が自分の思う通りに動かないことへの憤り』(←…こういう自分って、…なんだかなぁ。)です。
    白か黒か、や、自他分離の不完全さ、とも言えるかなぁと。
    >「あおいよるさんはもしかして孤立型?」と思ったことが
    先日のやんばる先生のエントリーを拝読して、まだ疑ってます(苦笑)
    >私にはとてもイメージ&理解しやすかった
    …こちらにも御礼を。良かったです、ほんとに。
    そしてこのような分析につながったのは
    道産娘様の問いかけがあったから、です。
    改めて感謝です。

    • 道産娘
    • 2013年 5月 29日

    私の中学の頃からの友達が、あおいよるさんに似た感じの人でした。
    中学の時は人懐っこくて何でも人に合わせていたのに、成人してから会ったときは何だか他人行儀でよそよそしかったので、少し寂しかったのを覚えています。
    話を聞くと、あおいよるさんのようにある時期から他人に合わせるのをやめて一人で過ごすようになったそうです。(ちなみに、中学の時はKYだったのに、大人になってからは深読みし過ぎて外すほど空気を読んでたので、元々は情緒障害だったのでしょう)
    関係ない話ですみません(-人-)
    つい懐かしくなって話したくなっちゃいました。
    >「自分の記憶が幼少期からバッチリある」
    凄いとしか言いようがないです。
    私もこれまで何度も自己分析してきましたが、記憶が曖昧なので「本当は過去の記憶を都合良くねじ曲げて、自己正当化したいだけなのでは?」と思うことも多いです。(なのでジャイアンの自省は本当に難しい…)
    あおいよるさん、下書きしてあるのなら、せっかくなので載せてみたらどうですか?
    ぬまおさんからのコメントをお待ちになっているなら無理にとは言いませんが…私も聞いてみたいですね。

    • あおいよる。
    • 2013年 5月 30日

    道産娘様、はい、そうですね、下書きもバッチリ(苦笑)なので(←もちろん(?)時系列に全部書き出したらすんごい量になりますから、そこはちゃんと編集します)、
    週末に投稿してみます。
    もちろん、
    ぬまお様がどうお感じになられるのか、や、何かのヒントやきっかけになるような書き込みだったか、
    については知りたい思いがありますけれど
    自分が出してみたい気持ちもあるので
    こちらに出します。
    >私も聞いてみたい
    わぁ( ´ ▽ ` )嬉しいです。
    >何だか他人行儀
    もう一つ前にいただいたコメントの「普通」にも関連するやもですが
    今は、ひとりがやっぱり一番良い(無論、文字通りひとりで生きる、なんてすぐにはできないことだと重々承知の上で。)と脳が自覚してしまったので
    仕事上最低限必要なこと(仕事としてすべき、と決まっていること)以外では
    極力、「対人しない」ようになっちゃってます。職場の人間関係においても。

    • ぬまお
    • 2013年 6月 01日

    >あおいよるさん
    あおいよるさんのインプットアンテナは自分よりも精度がよさそうですね。好奇心が旺盛なのかな?自分の場合、はじめは気になるけど、しばらくすると慣れてきます。
    >「教えることで相手を(その集団を)支配できる」から「教える」。
    >「すべてが一緒になること」
    それは支配ではなくて情報の共有であり、相手に合わせる受動的な交流には不可欠なものだと思う。自分の場合、相手の情報を聞くには、まずは自分の情報を話さないと相手が本音で話してくれないことは経験上知っているので、相手に聴きたいことがある時は、まず自分のことを話すようにしています。あおいよるさんは、人に自分の考えを伝えるためのコントロールを「自分の脳の意識の下敷きを相手のそれに侵入させて支配下に置くこと」と捉えているのかな?と思いました。相手をコントロールすることは支配とは違うと思います。考え方が間違えていると思う人に「あなたは間違えています」とだけ言えば、ほとんどの人が怒ると思う。間違いを自分で気付かせるためのコントロールは自分も常にやっています。
    >その相手が「愛着」だとそれらの最大級がおこります。
    >学生時代には相手の好みを調べつくしーの、アンテナ立てまくりーの、しまいには相手の思考も文字通りドンピシャ読み取れてしまうくらいに「重なり合って」ました。
    自分も愛着に対しては知りつくし、思考が正確に読み取れるくらいになっています。相手の根本的な思考形態や好みさえ分かってしまえば、かなり正確に状況に応じた思考が読み取れるようになるね!自分の妻のように、愛着に自分ルールを強制するのとは違うみたいですね。
    >「必要だと言うから提供したのに、ちっとも生かせてないこと」「あの時、資料を渡して見ながら説明して『わかった』と言ったのに『そんな資料あったっけ』って言うこと」などの時に苛立ちを感じます。
    あーそういう人、いるいる。イラっとくるね(笑)。会社の上司がそういう人で、自己正当化のために知らないふりをした上、間違いを指摘すると逆切れする。自分も、せっかくもらった情報を生かせない時があるので反省してます(^^;)

    • ぬまお
    • 2013年 6月 01日

    続き
    >自分の情報発信がその場での「最初」になること、その場(今は職場)にいるたくさんの人の行動の見通しを少しでも持つために自分が「その人々の必要とする情報の大元の発信者」になること、その人々の聞きたい知りたいことはすべて自分が握っている状態になることです。
    それは場の空気を読んだ上で、自らがその場に空気を作り出し、コントロールしている状態だと思います。人を支配しているのではなく、その場の空気を支配していると言えるかもしれません。「空気」の説明として分かりやすいね!
    >ノートを貸すだとか勉強を手伝うだとか、「便利屋として呼ばれているだけ」とわかっていながらもそういったことをすることで必死でした。
    あおいよるさんは、愛着を喜ばせるために行動していただけだと思う。自分の場合、便利屋として使われようが、利用されていようが関係なく、自分が楽しい、自己満足が満たされると感じれば今でもやります。自分にとってのメリット、デメリットは楽しいか楽しくないか、愛着を喜ばせることだけで、損得はあまり問題にしていません。
    むしろ損をするような選択をしていることの方が多いけど、自分的には楽しいというメリットがあります。愛着のある友達が困っていれば、全てを差し置いても助けに行きます。おもしろい人を見ると近付かずにいられなくなるので、友達は変人ばかりです。
    >ある日を境に「一人飯」が平気になって、そっからは一匹狼状態、になれました。
    今でも一人飯は苦手で、ファミレスに一人で入れないよ。今は他人の目も気にならないし、対人緊張もほとんどないんだけど、自分から電話ができないとかも含めて、長年の習慣の名残がある感じかな。カウンター席がある牛丼屋とラーメン屋までは大丈夫なんだけどね。
    保育園から今まで愛着のある友達を絶やしたことがないので分からないけど、愛着のある友達が一人もいない状況になったら吹っ切れて一匹狼になるのかな?人に振り回されるくらいの方が楽しさを感じるけど、それはそれで楽に生きられそうだ。ACから抜けて対人緊張から解放されたということかな?内省を楽しんでいる様子は自分のAC時代と重なる感じもするけど、どうなんだろう。

    • ぬまお
    • 2013年 6月 01日

    続き
    ちなみに妻は、おしゃれなレストランに一人でも平気で行きます。家に突然、人が来た時に妻が引きこもる理由は、対人緊張ではなく、自分ルール違反の行動に対して怒りを感じているだけみたいです。妻は細かな自分ルールを積み上げ、それを徹底的に厳守することで全体的な普通の基準を自分の中に作り上げているように見えます。
    何かが起きるたびに新しい自分ルールがつくられるみたいで、自分が同じ失敗を繰り返したりすると激怒します。「二度、同じ失敗を繰り返してはならない」というルールは首尾一貫していて、一度目の失敗では何も言わなくても、二度目は許しません。職場では直接、相手に対して口に出して言うことはないみたいだけど、家で「あいつは使えない」などと怒っていることがあります。真面目過ぎて自分の失敗を許せないところもあり、職場で失敗した時に「責任を取って会社を辞める」と言い出して、職場の皆に止められていたこともありました。
    最近では「人にお土産を渡す時に袋から出して渡し、袋は持ち帰る」というルールを自分が破った(二回目)ので、激怒していました。「袋は使いみちがあるから渡したんだよ」と言い訳をしたけど、「それは、社会のルールに反する」と言って取り合わないので、「きょうお土産を渡した人は、人に何かをあげる時に紙袋に入れて渡す習慣があるので、あの人にとっては袋をもらうことはありがたいこと」と自己正当化したところ、「あの人に限っては、これからお土産を袋と一緒に渡すことにします」と納得できない様子で了承していました。
    生活全般にわたって、いちいちこんな感じで、とっても面倒くさいです。怒っている理由を口で言ってくれれば、まだましな方。妻が認知する「社会のルール」は、言わなくても誰もが当たり前に知っているものだと解釈しているようです。言っていることは正しいのかもしれないけど、融通が利かない感じがします。

    • ぬまお
    • 2013年 6月 01日

    続き
    あおいよるさんは一人でいることを選択したということですけど、生きる意欲がわかないのは、もしかして一対一で付き合える愛着のある友達を探さないからじゃないですか?自分の場合、積極奇異型母親の支配(干渉)から逃れるために家を飛び出しました。自分が一人暮らしをしている時に愛着がいなかったことを想像すると、内省を繰り返して孤立に向かい、うつ病的になって生きる意欲がなくなりそうです。
    愛着は絶対に必要です。趣味や愛着、問題のある環境など、行動動機になる何らかの依存が健康に生きるためには必要だと思う。結局、自分という明確な基準を持っていない以上、軸としての基準を相手に求めるしかないのかもしれないです。
    >リピート再生は幼少期から自分の記憶の整理や行動の自省として使うことが多いので「至極当然な脳の反応」だったりします。
    その通りだと思います。こればっかりは脳の性質的な問題で、避けられないような気がする。子どもにも遺伝したんだな。最近気付いたんだけど、記憶映像に自分が客観的に映っているものや見ていないはずのものが含まれている。特に、幼いころの記憶は思い込みで捏造されている可能性もあるな。
    ちなみに、自分の子どもは、前まで「赤ちゃんのころの記憶はない」と言っていてたくせに、今は「生まれてすぐから記憶がある」と、適当なことを言っています。知識がない子どもに映像のみの記憶はあったとしても意味は後付けされていると思う。

    • ぬまお
    • 2013年 6月 01日

    続き
    >視界に入ってくる物体や文字が再生のスイッチになって急に来る(フラッシュバックというのでしょうか)
    無意識で嫌な感情が伴うような映像が現れるのはフラッシュバックだと思う。普通の記憶ならただの関連付けかな?自分の場合、過去の失敗体験でも現在の自分なら対処できる内容については精神的な影響がない。出てくるたびに現在できる対処法で書き換えて潰していけば、なくなるかもしれないです。
    もしかしたらACの移行期にあり、脳がAC的な歪んだ認知を保とうとして、がんばっているところかもしれません。自分は20代前半に一度、ACから抜けそうになったけど、フラッシュバック的な内省で引き戻されたことがありました。19年ほど前にインターネットで出会い系(健全)サイトを立ち上げて、たくさんの利用者に喜ばれたことなどが原因だったんだけど、利用者間のトラブルなどで嫌気が差してやめてしまいました。
    >出自の理由だとか学生時代の対人関係での体験だとかから、どうしても生きる意欲がない(常に生きるか死ぬかで自問自答する)
    『あらたにひとり産むことで今の家族の幸せが保持できる、ということを信じ、そのために義務として産んだ』と親に聞き、自分の存在意義や定義が未だにかたまっていないということですが、自分も親を恨んだ時期がありました。どんなに頑張っても人とコミュニケーションがうまく取れないのは、親に友達がいないので家族以外の人との接し方を見ないで育ってきたせいに違いない、と勝手に思って中学時代には「親の育て方が悪い」と文句を言ったこともあります。
    受動型の特性がある以上、愛着を探して喜ばせ、一緒に楽しむことが生きる目的になるんじゃないかな、と思います。あと、ACであろうとなかろうと関係なくある、一次障害の「お世話焼きモード」で、人の世話を焼き続ける依存的な生き方しかできないかもしれない(笑)子育てには向いているような気がします。

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 01日

    ぬまお様。
    …ぅわあぁぁっっびっくりした、です、「さぁ投稿しよう!」とデスクトップの下書きを先に立ちあげて若干修正してこちらを覗いたら、ぬまお様が!(苦笑、でも感謝)。
    ありがとうございます、嬉しかったです、書いてくださったたくさんの言葉たちのすべてが沁み渡っています。
    いただいたコメントはほぼぬまお様のアセスメントどおり、だったです。
    殊、以下の部分には感嘆さえ覚えました、何というか哀しみをも含んだため息のように、自分の脳の認知が「そうだよな」としゃべります。
    >愛着は絶対に必要です。趣味や愛着、問題のある環境など、行動動機になる何らかの依存が健康に生きるためには必要だと思う。結局、自分という明確な基準を持っていない以上、軸としての基準を相手に求めるしかないのかもしれないです。
    軸のない自分の脳にとって
    それは「生きる」ためには必須だと
    そう認知しながらも、確信を抱きながらも、無論あきらめ(※明らかに見る、という言葉からの派生としてのあきらめ、)も十分にもちながらも
    『そうまでして生きるのか?生きたいか?お前は生まれてこなくても大丈夫だったんだぞ(と、(けして揶揄する意図はないです、)中二病のごとく自分を嘲笑ぎみに見つめたり)』『
    この脳を持っている以上、どうやったって組織でうまくいかないことが多い、仕事はすべきではないだろう』とぐるぐる考える、
    といった『生きる意欲のなさ』に今ははまっています。
    答えは既に自分の脳内にも出てはいました。
    おっしゃっておられる、「その」通りだと。

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 01日

    いきなり、生き方の核心部分から入ってしまいましたが(謝)
    もう少し、レスをいたします。
    >損をするような選択をしていることの方が多いけど、自分的には楽しいというメリットがあります。愛着のある友達が困っていれば、全てを差し置いても助けに行きます。
    うあ、おおむね同じです!そうですそうです、自分は捨てられますね、元々「自分が自分でしたい自分」がないので。
    相手の役に立てたらそれでいいのです。
    学生時代は独占欲もえげつなかったです、そういえば。
    この人の役に立つのは何が何でも自分だけなんじゃあ!的な。(うわー、ヤな子だなぁ)
    反面、いっつも仲良くできた人がイコール愛着だったというわけにいかなかったですから
    片思いチックな時だと
    相手の迷惑にならないよう空気になろうとひたすら隠れていたり(←何がしたかったんだろうって今自分を嗤う)、
    いじめられる前までは自分中心にできましたから
    相手の意向なんか気にせずに(そういう意味で片思いチック、)気に入った子にはやりたい放題だったり。うはは。
    >子育てには向いているような気がします。
    ああ、それは同感なのです(って自分のことなのですが(どうにも客観視するというか離人的になりがちなので、自分のことなのに他人事のようになっちゃいます))、乳幼児の発達のメカニズムは面白くって大好きで、子どもたちの様子とか見ていると発達段階の様子が教科書通りで面白いですし
    自閉症スペクトラム(ASD(←脱線。もう少ししたら診断基準変わっちゃうんですかね、自分のもうひとつの名前が変わるようで、それは軸を失うような感覚で哀しいですが))な特徴のある子どもたちには好かれちゃうっつうか遊んでいてめちゃくちゃよくわかるので楽しかったり。
    (明記しないことをお許し下さい、そういう系の仕事をかじってたりするのでした)

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 01日

    連投で失礼しました、いったんこれで締めます。
    記憶エピソードは後日にでも…(←どーにも「連投は慎むべきだ!」っていう自分ルール(エチケット??)が脳内で出てくるのです。←それが刻まれた背景(原因)は、あったりします、過去の経験です。)
    >人に自分の考えを伝えるためのコントロールを「自分の脳の意識の下敷きを相手のそれに侵入させて支配下に置くこと」と捉えているのかな?と思いました。相手をコントロールすることは支配とは違うと思います。
    なるほど、それらの手法はいわゆる一般的な「支配」とは言わない、と認識する方がベストかもしれない、…ということですね。
    自分の中の「支配」の語の定義でいくと、どーもそうなっちゃうのですが
    けれどコントロール、という表現はピッタリします、そうですそうです、支配下に置く≒コントロール≒意のままにする、です。
    (うーん、そっかぁ、支配とコントロールは違う印象を与えることが多い、のかー。ぬうー(と独り言。すみませんすみません。))
    やっぱり、「自他の区別」がついていないことによるんだろうな(って言ってもパーソナルスペースはあるくせに、とある場面ではこんな風に溶け合うかのごとく曖昧になっちゃう)、と再認識しています。
    たくさん、また考えることが言葉に変換することが出来ました。
    ぬまお様に、改めて感謝です。

    • 道産娘
    • 2013年 6月 02日

    あおいよるさん
    ぬまおさんからお返事があって良かったですね(^-^)
    「もしかしたら誤解されてる?」と思ったので言いますが、別エントリーにコメントした「ストーカー」は、あおいよるさんのことを指して言った訳ではありません。(コメントした後、「しまった、関係ないASの方達が見たら関連付けて誤解するかもしれない!」と後悔しました…)
    私の考えすぎなら良いのですが、もし「自分のことかも」とお考えなら誤解です。
    直前にあおいよるさんとコメントのやり取りをしてたので、ちょっと心配でした。
    紛らわしいコメントですみませんでしたm(__)m
    ※ちなみに、そのストーカーを私は無視してますので、普通に絡んでいた方達は違います。

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 02日

    まずは…道産娘様、大丈夫です、まったくもって大丈夫です。
    …と申しますのも、現時点でその他のエントリでのコメントをほぼ熟読していない状態だったりするのです。
    やんばる先生が掲載くださっていることに改めて感謝を申し上げながら
    ここまできたので本日二度目の連続コメント投稿になること、申し訳ありません、ここから過去の記憶に関して、書きます。
    そして、これを出し終わったら
    「一次障害と二次障害」等、各エントリーでの皆様のコメントを読んでいこうと思っています。
    (やはり、どーにも文字通り「一個ずつ」処理をしないと脳がフリーズします、同時処理はルーチンワーク以外はどーにも難しいです、そんな処理特徴がもたらす結果を情けないと再認識。)
    エントリー「孤立型AS」のコメントにて
    written by ぬまお / 2013.04.15 19:28
    >妻は縁を切った友達を「最初からいなかった人」として扱い、写真まで全て破棄します。
    この部分に、同感できるものがあります。
    私の場合は、脳内の記憶から少しでも消すために(想起するのを最小限にするために)その「具現化されたモノ(形のあるもの)」は捨てます、ごっそりと、文字通り何のためらいもなく。
    「事実」的には、その人が生きているうちは「最初からいなかった人」にはできないので
    私の場合は「もう思い出さないようにするためにできるだけ自分の脳の記憶認知から遠ざける、記憶の格納庫の底辺に沈めてきってしまう」ということになるでしょうか。
    ただし例外的に…自分の場合、こないだまでいた部署での、とある人たち(約3名)にされた出来事に関しては忘れようにも難しすぎます、たぶんにいわゆるフラッシュバックとして出てきちゃいます。
    written by ぬまお / 2013.04.16 19:49
    >友達とも家族とも遊ばず、ひたすら一人でおとなしく、ぬり絵をして遊んでいたそうです。本人が覚えていることとして、「ぬり絵をしていて、少しでもはみ出すと怒りがこみ上げてきて破り捨てた」と言っていました。
    この部分には、幼少期の自分の姿に重なるものも感じました。
    記憶、ですが
    私は1歳台からあります、映像として持っています。
    (続きます)

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 02日

    例えば、寝たあとに目が覚めて、薄暗かったから泣いたのだけれど誰も来なくて(お祭りにみんなで行っていたらしい)
    ヒーヒー泣いてたら兄弟が私の顔を上から覗き込んで、「おかあさーん、泣いてるよー」と呼んでくれたことだとか。
    兄弟からその過去の事実について「思い出話」とかいった類で聞く前に、いくつか自分のほうから確認したらその通りでしたので
    おそらく正しく文字通りの記憶、があるといっても大丈夫かなぁと。
    …無論、自分一人の時の記憶は夢で見た物語をあたかも実際の経験のように記憶し間違えている場合があるかもですし
    他者に確認していない事項の中には、兄弟から聞いた話をあたかも自分の記憶のように塗り替えてしまったこともあるかもなのですが。
    記憶はメインが映像で、画像ではありません。外から聞こえる音声はあまり残っていませんがその時自分が脳内でしゃべった言葉は記憶していることが多いです。(あの時私、頭の中で~って思ってたなぁ、のような。)
    就園前は、兄弟は皆学校に行っていて、父は自営の外回り仕事で、日中は母と二人きりでした。
    私は一人遊び(家と家の間に地面むき出しのちょっとした広場があったので、そこで土をいじったり水まきをしたり、室内では洗面台で洗面器に水を張って水の模様を見たり、兄弟の本を眺めたり、百科事典を見たり、小さな小窓があったのでそこから見える木々の動きや風の匂いや空の雲を眺めたりetc)を堪能するか
    もしくは
    文字通り母にくっついて一緒に動いていたか、で過ごしていました。
    小学校に入るまでは幼稚園に入ってもいわゆる母子分離不安の強い子でした、
    トイレでの不在は徐々に慣れてましたが、どこに行くか必ず宣言してもらってましたし、結構な勢いで母を振り回していた、というか、コントロールしていたように記憶しています。
    熱を出した時(つまるに不調の時)はトイレに行っただけでぎゃーすか泣いてました。(←映像で覚えています、しゃべれるのに、ウッギャーーと叫んで、その叫びで母を引き戻そうとしてました、何というかその時の心理状態はエゴの塊だった、そんな自分を思えています。)

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 02日

    そんな『分離イヤイヤっ子』だったのですが
    「最悪だな自分」と自分でも思うのが「一人遊びを満喫している時は人は不必要」だったことです。
    まだ小学校に入ってもいない「子ども」ではありましたが
    それにしても非常に自分勝手でうざったい子どもだった、と自分で感じています。
    幼稚園に行くまで、母はきっと子ども同士で遊ばせたかったのでしょう(確認していません)、
    公園デビューさせようとしたのですが
    私が本気で嫌がったので母は断念せざるを得ず、(という流れを映像ストーリーで覚えています)
    けれど
    とうとう(?)近所の子どもたちの輪の中には無理やり入れられました、
    「ほら!誘ってくれてるよ、誘われたんだから行ってきなさい」「ごめんね、遊んでやってくれる?お願いね」
    この台詞で私は行かざるをえませんでした、抵抗するという選択肢は当初私の脳内には存在していませんでした。
    実際、玄関先で自分の名前を呼ばれて「あーそーびーまーしょ!」って言われると何故だか逆らえませんでした。
    (で、「自分の認識として」なのですが、結果的にその子たちにいじめられてました。色々命令されてその通りに動かないと怖い顔されるor「ちゃんとしなさいよ!」的な言い方で叱責される、的な、そんな扱われ方でした。相手にしてみたら単にうっとうしかっただけだったかもですし、良いカモだったかもなのですけれども。相手の本心を今でも確認したい(←これは、何でも探求したい、知り尽くしたいという欲求からくる知りたい病の一種。)のですけれど、たとえその人に会えても「もう覚えてない」な確率のほうが高いor「いじめたつもりなんてない」、かなぁとか。…ってなことをうだうだ考えています。)
    幼稚園では、今思い返せばチョー自己中心な、言いたい放題し放題な、うっとうしい幼児だったよなぁと自分で感じてます。
    例えば
    「声が大きすぎる」んですけれど、それに関してクラスメイトからはうるさがられたし、「そんなに声を出したら無くなるよ!」って言われて信じてへこんだし、先生からは「声が大きいのは良いことだけれどね、みんなで歌を歌うっていうのはね」と根本を指導されました。

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 02日

    園では先生を一人占めしたくって主導権にぎりたくって
    思うがまま行動してたら「先生はあなたのものじゃない」的な突っ込みをくらって、しかも先生もそれに賛同したもんだから超ショックだったり、
    扁桃腺はらして休んだら先生から「さみしかったよ、静かすぎて火が消えたようだった」なーんてことを言われて、当時は嬉しかったけれどあとあとになって考え直したら「角の立たないようにうま~く言われただけなんじゃ、」とか。
    また、友人関係においては、基本命令口調で指示を出していたのですが、ある日(私にとっては→)いきなり「そういう言い方がイヤなの!」と切れられて、無茶苦茶ショックを受けたり
    …etcetc,たくさんの思い出(苦笑)が。
    そういう点からも、やっぱり何かにつけて人の勘にさわるタイプだったのでしょう、
    いじめ(私の中での、の域を出ないかもですが。)に関しては幼稚園時代~中学校卒業までずっとありました。
    …ひとつ、「これはいじめと言っても良いのではないかな」と思う出来事の一つは
    シャボン玉の液を「飲め!」と言われて無理やり飲まされたこと、です。何言ってるのこの人?!って思いながらも逆らえなかったです。
    こんな風に相手の言われるがままにすることは、上記のいじめ以外にも昔からありました。
    従順すぎるのは、親にとってある種苛立ちを覚えることだったのかもしれません(この心理は理解できます)、父に、従順すぎる事を叱られたことが1度ありました。
    その時のやりとりです。
    父が私に「~をしろ」(ニヤニヤしながら)
    →そのとおりにする
    →(徐々に、普段は言わない指示をする)例)耳垢を食べろ
    →その通りにする
    →(だんだんエスカレートした指示を出してそれを繰り返して)
    →ラスト「お前はなんでも言うとおりにするのか!今死ねと言ったら死ぬのか!」と急に怖い顔になって怒鳴られました。
    ……ああ、すみません、記憶はもっとたくさんありますが
    (寝ぼけて室内を出歩いた時期があったのですがその場面だとか、そういった夢全般)
    さすがにすべてを書くことは違うこと。だとわかっています(っていう表現もどうだかなぁ)、
    以上、そんなこんなで私は幼少期から記憶がある、というお話でした。
    お読みくださった方々、ありがとうございます。

    • 道産娘
    • 2013年 6月 03日

    あおいよる。さん
    まず、AS同士のやり取りって面白いですね。
    これが「妥協できない」ってことなんだなぁって納得してしまいました。(ADHDの私には通じないので、気付かないままスルーしてしまうことが多いですが…)
    とても印象的だったのは、過去を振り返ったときに「ご自身の気持ちをハッキリ覚えておられる」ことですね。
    私も幼稚園の頃友達に泣かされたことがあり、確かその時、家からお気に入りのおもちゃをこっそり持ってきて、それを友達に見つかって取られて泣いたのですが、その時の理由が「取られたのが嫌で泣いた」のではなく「先生に見つかったら、おもちゃを持ってきたのがバレて叱られるからとっさに?泣いた」というなまずるい理由だったような…(やっぱり幼少期は「暴君依存型」で決まりですね。認めざるを得ないと分かったからか、何だかスッキリした気分です。が、躁鬱は違うと思います)
    その後情緒障害(AC)になってからは真面目で大人しい、いわゆる「いい子」でした。
    「(やりたいことの衝動だけは)自分が我慢すれば済む」という発想になりやすいです。
    話が逸れましたが「従順過ぎる」というのは、親にとっては心配なんだと思います。

    • 道産娘
    • 2013年 6月 03日

    (続きです)
    例えば、知らない人についていったり、断れないまま犯罪に巻き込まれたり…そういったことを心配して、あおいよるさんのお父さんは怒ったのかもしれませんね。
    「一人遊びが好き」というASの人は結構いると思います。
    ただ、受動型AS同級生もそうなのですが、外では一人飯が平気で必要以上人と関わらなくても、家(内)では愛着家族がいたので、「全く愛着がいない」状態というのは、受動型ASにとって生きづらい状態なのでは?と思います。
    幼少期に「一人遊びが平気だった」のは、家の中に愛着相手であるお母さんがいて「安心できたから」じゃないかな?
    他にもコメントされていた方がおられましたが、受動型ASにとって「アイデンティティー(存在意義や出生理由等)」は凄く重要なんだなと感じました。

    • 道産娘
    • 2013年 6月 04日

    (さすがJETさん、受動型ASのことをよくご存知ですね!)
    しかし受動型ASと依存型ジャイアンって本当似てますね。
    あおいよるさんとの違いを探す方が難しくなってきましたよ(苦笑)
    唯一違うのは「人見知りしなかったこと」かな。(基本的に誰に対しても受け身ですが、あまりこだわらなかったし、一人でも平気でした)
    シャボン玉も耳垢もイジメに近いと、今の私ならそう思いますが「自分がない性格故に基準に迷う」ことはよくありました。
    小一頃公園で痴漢にあいましたが、自分の中で「嫌な思い出」として残ってません。(とはいえ、R15指定並の内容だったかな…)
    あとは置き引き等でお金を取られたりしましたが、「誰かに言おう、助けて貰おう」という発想も浮かばなかったです。
    きっとASの方なら、怖くて泣き叫ぶ等して抵抗するでしょうね。
    何だかあおいよるさんの話聞いてたら、つい私も話したくなってきました♪(…が、この辺でやめておきますね)
    あと先生、やっぱりまだAC治ってなかったようですが、いい加減諦めがつきました。
    何も言わずに自己診断コメント載せ続けてくださってありがとうございます。(たまに記事見てビクッ!としますが…)

    • 道産娘
    • 2013年 6月 05日

    (しかし依存型ジャイアンって、受動型ASとはまた違う意味でコロコロ言うことが変わりますよね…まぁ、依存型の悪い見本だと思ってコメントを読んで貰えれば幸いです)
    自分が「依存型ジャイアン」だと認めるまではいいのですが、その後すぐに気持ちが変わってしまうんですよ。
    記憶は残っているのですが、その時の「感情」がスッポリ抜けていて「実感として得られない」、そんな感じです。
    「上の基準」は我慢できるので、ジャイアン的なエゴは感じつつも「(本当のことなら)認める」ことは可能ですね。(そこは「合理的」かもしれません)
    ACと情緒障害はもうとっくに治ってるでしょうが、「自分にはまだ合理的思考は必要ないのかもしれない、まだ追い込まれた状況ではないのだろう」と投げやりになってしまう時もあります。
    なるべく「今変わらなかったら、この先ずっと同じだろうに!」と、自分に言い聞かせてますが…
    なるほど、あおいよるさんのおっしゃる「支配」とは、以前「一次障害と二次障害」でzzzさんが「ASは人に関心がない」とご説明されていた内容と似てるかもしれませんね。(読んでみたら、また新たに何かひらめくかも?)

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 05日

    まずは…道産娘様、括弧書きでのつぶやき、感謝です。
    無事(?)エントリー「依存型ジャイアンと受動型AS」に辿り着きまして、新たな言語化もできた次第です。
    そちらでわたくしは『「プロセス」を「支配」したいんだと思う』という表現に至りました。
    重ねて、ぬまお様の以下の返信コメントに該当するよな、と(すみません…)改めて実感している次第です。
    >人を支配しているのではなく、その場の空気を支配していると言えるかもしれません。「空気」の説明として分かりやすいね!
    語弊、誤読があるやもと思い、さらに述べますと
    けして「仕切り屋」ではないのでして、つまるに何でもかんでも空気読んで音頭取ってその場にいる全員を支配する人、ぢゃあありませぬ。はい。
    幼少期(ここで補足、父から出生の理由を聞いたのは16歳前後です、なのでわたくしの言う幼少期とは、それを知らない「ありのままの自分」だった頃。)では愛着相手にのみ尊大な偉そうな接し方をしてましたが
    今のように必死こいて集団で全体の空気読むには
    それ相応の経験値(いじめを筆頭に。)があったからこそ培われたんだなぁ、と振り返っています。
    道産娘様、そしてそしてそれ以外のいただいているコメントにも御返事を。
    幼少期、一人で平気だったことは…すみません、言葉足らずでした、以前さーこ様へのコメントで述べたとおり(そして道産娘様がおっしゃっておられるとおり)
    環境が整っていたからこそ孤独を楽しめた、と認識しています。
    父の叱責理由は、おっしゃられている背景があったんだろうと改めて記憶整理できました。
    依存型と受動型の違いもあわせて
    自分を分析しつつ
    他のエントリーにもまたコメントしたいなぁと今は感じています。

    • 道産娘
    • 2013年 6月 06日

    あおいよる。さん
    (括弧)書きの内容がお役に立てて何よりですが、JETさんは自称「のび太」なので、せっかく共鳴できても絡んでこれないかも( ´艸`)
    最近になって気付いたのですが、JETさんがのび太を名乗るのは、彼女なりの「意味や理由」があるのでしょうね。
    以前JETさんに「(気付いてないと思い親切心から)ASではないですか?」と聞きましたが、その必要なかったみたいです。(あくまで「親切心」からです。「損得」じゃ〜ないですよっ!)
    一口に「受動型AS」といっても、ジャイアン・積極奇異っぽい人、上昇志向があり妥協が許せない人、場当たり的に周囲に合わせる人等…色々な方がおられますね。
    「軸」がない性質故、幼少期の依存相手の性格の影響を受け易く、それが「性格やこだわりの基盤」になっているのかなって気がします。(依存型ジャイアンもある意味そうですが)
    別エントリーの「ASのイメージ」は、私が想像していたものに近いです!
    「近い・遠い」という表現が多いことから、「AS本人を中心に、放射状に世界が広がっているのでは?」と思っていました。
    あと、プロセスは「相手と同じであることを確かめる作業」かなって気がしますね。

    • ぬまお
    • 2013年 6月 07日

    >あおいよるさん
    >私の場合は、脳内の記憶から少しでも消すために(想起するのを最小限にするために)その「具現化されたモノ(形のあるもの)」は捨てます、ごっそりと、文字通り何のためらいもなく。
    自分の場合は写真なんかも全部取ってあります。見ると苦い思い出として記憶が蘇るけど、捨てようという気持ちにはなりません。男女の差かな?
    「一人遊び」については自分もしていました。「一人遊びを満喫している時は人は不必要」は同じです。一人でひたすらブロックを組み立てていました。それしかおもちゃがなかったから。一枚だけしかなかったパズルも擦り切れるまでやっていました。姉と一緒に遊びたかったけど、一切遊んでくれないどころか、いじめられてました。保育園の時に姉のあとをついていって、友達と一緒に大きい岩の上で遊んでいるのを見て自分も登ろうとしたら、おまえは来るなと言って突き落とされて岩に頭を打ちつけて血が出てきたこともあったな。姉に顔を爪で引っかかれて顔に傷が残ったりと、よく考えたら、姉は積極奇異型ではなくてジャイアンぽいな。
    >玄関先で自分の名前を呼ばれて「あーそーびーまーしょ!」って言われると何故だか逆らえませんでした。
    小学校時代は子ども会に強制参加で、ガキ大将のジャイアンに、いじめられまくっていました。同級生が家にも呼びに来て、家にいないと町内放送で呼び出されるので逆らえなかった。
    >相手の本心を今でも確認したい
    その後、仲良くなった同級生に、なぜ、いじめていたのかを聞いてみたら、「泣くのを見ているのが楽しかった」と言っていました。自分を誰が一番泣かせることができるかというゲーム的なことを、皆でやっていたと聞きました。あおいよるさんとは違って、理不尽な要求を泣くことで退ける対応をしてました。

    • ぬまお
    • 2013年 6月 07日

    >園では先生を一人占めしたくって主導権にぎりたくって思うがまま行動
    保育園では全く同じです。愛着の女の子が一人いたけど、今考えると孤立型。今でも近くに住んでいるけど、友達もなく、結婚もせずに会社と家を往復する生活をしているみたいです。普段は一緒に遊んでいて、自分以外との交流は一切していない様子だったけど、一人で遊びたい時が結構多いみたいで、遊びに誘っても「こっちにこないで」とか言って一人遊びに没頭していました。そんな時、自分は先生を捕まえて一方的に適当なことを話しまくっていました。この頃から孤立型っぽい人が好きだったみたいだ(^^;)
    >友人関係においては、基本命令口調で指示を出していたのですが、ある日(私にとっては→)いきなり「そういう言い方がイヤなの!」と切れられて、無茶苦茶ショックを受けたり
    自分の場合、命令口調というより、自分のことを「俺」、友達のことを「おまえ」と誰に対しても言っていたので、「おまえ」と言われたことに腹を立てる人が多く、「そういう言い方よせよ」と何度か言われて、自分はなんてひどい奴なんだろうとショックを受けて、相手の呼び方について思考錯誤しました。「おまえ」はやめて、あだ名で呼ぶか、呼び捨てにするか、君をつけるか、相手に合わせて変えるようになりました。
    いじめを受けていたのは小学校までで、一番ショックだったのは、三年生の時に転校生がいじめられていたので助けて仲間に入れてあげたところ、今度はそいつが中心になってクラス全体を巻き込んで自分をいじめ始めたこと。頭のいい奴で、ほかにいじめられる人がいれば自分は助かると思ったみたい。
    高校まで同じ学校だったけど、部活動が一緒になり、自分を陥れようとする兆候が見られたので、逆にいじめてやりました。個人的にですけど。人生で唯一のいじめ加害者経験と言えるかもしれない。そのほかのいじめられた経験は、ジャイアンの命令に逆らってボコボコにされるという典型的なパターンでした。

    • ぬまお
    • 2013年 6月 07日

    つづき
    あおいよるさんは従順だったということですが、自分はあおいよるさんほど従順ではなかったです。幼いころは泣くことで反抗していましたし、思春期には納得できないことに逆らっていたので、相手には合わせるけど、全く自分がないというわけではないような感じがします。
    「支配」についての認識を考えてみたけど、あおいよるさんの言う支配は、自分の感覚で言うと「支配されている」になります。そして、自分が「支配した」と感じることを思い起こしたところ、「相手に自分が的確なアドバイスをしたことで、相手の人生が飛躍的に好転し、この人が人生を語る上で自分の存在は欠かせないはずだ」と実感した時です。
    そんなに数は多くないですけど支配したと実感できる事例があります。人の人生に直接手を突っ込んで方向を変えて好転させることは、失敗が許されません。成功続きだったけど、後輩のカウンセリングに失敗したのをきっかけに辞めました。リスクが高いので、今はやるべきではないと思っています。
    あと、自分の空気についての捉え方は、その場における「共通認識」です。
    >「自分の感じているとおり」に相手にも感じ取らせること、相手の知識を自分のそれで染め上げること、自分の情報発信がその場での「最初」になること
    そのため、上記の手法はその場の「共通認識を自分で作っている」と捉えました。

    • 道産娘
    • 2013年 6月 07日

    (別エントリーのアメジストさんのコメント、勇気付けられますね。「心を解放してバカ正直な自分をさらけ出す」良い響きです♪)
    あおいよる。さん
    本当はもっとお聞きしたいことがあったのですが、とりあえずこの辺でやめておきますね。(と言いつつ、また別エントリーにコメントするでしょうが、ストーカーもまた出てきたことだし、とりあえず…)
    あおいよるさんの「脳内イメージ」面白かったです。
    あと、文面から「他のASの方が(フラッシュバック等)影響を受けないよう」細かく配慮されているのが印象的でした。(以前自閉症に関する仕事?をかじってたそうなので、それでかもしれませんね)
    コメントありがとうございます。

    • 道産娘
    • 2013年 6月 08日

    「孤立型AS」のエントリーのJETさんとちひろさんのコメントですが、私の話だったんですね。
    ちひろさんのコメントを見るまで、全く気付きませんでした。(お二人とも「詩的象徴的」な表現で、それに全く気付かない自分はやはりKYのADHDなんだなと思いました)
    >自分の人間性を求めてきた
    JETさんにはこう見えたのですね。
    私は、他エントリーの「依存型だと認められただけで合理的だと思う」というJETさんのコメントに意見(言い訳?)しただけだったのですが、それが「自分の人間性を求めてきた」ように見えたのですね。
    また「必要とされている」と勘違いさせ、JETさんを振り回すところでした。
    申し訳ありません。
    そんなつもりはありませんので、無視して下さって結構ですよ。
    >「譲渡した選択」っていうのは、こちらから相手に対して何もメッセージをおくらない無責任甚だしい行為であり、そのくせ相手が思うようにコントロールされなかったら拒絶する。これは傲慢以外の何者でもないってことでしょうか。
    「相手」というのは先生かみさんのことですか?
    ちひろさん、みさんのことを根に持ってらっしゃるんですね。
    とりあえず申し訳ありませんでした。

    • JET
    • 2013年 6月 08日

    >道産娘さん
    何をどう言ったらいいのやら分かりませんが、私に関して言えば全然道産娘さんと関係ないですよ。
    私は宛名をつけないコメントは先生に向けて書いている。
    たまたまコメント読んだからよかったが、今は全てのコメントを読んではいないのですよ。
    道産娘さんはASの人自身に関心があるのだと思っていたが違うのでしょうか。どうコントロールするか、だけなのでしょうか?やはりまずはADHDについて考えたらいいのではないか。そのほうが早いと思うです。
    今同居ジャイアン課長から「お前はいつから先生になったのだ」と私に突っ込みが入りました。それでは

    • ちひろ
    • 2013年 6月 08日

    エェ━━━━━( ゚Å゚;)━━━━━!!?
    とりあえず・・・・ぜんぜんまったくちがいます。
    JETさんも違うと思う。
    それに、私はみさんには感謝してるんですっ!!
    実はつい先日、ぎりぎりセーフでハローワークの推薦をもらい職業訓練校の入学試験&面接をうけてきたところです(*^^)vこれはみさんの影響です。
    もし合格して卒業したら、嫌でも夜勤つきフルタイムの職業を紹介していただけるでしょう(ToT)←ナンカマチガッテルヨウナ・・・
    倍率3倍弱なのでダメ元なのですが、高倍率だからこそ
    神様のサイコロになる。合格したら神の啓示があったと思い、フットサルとお別れして自立とキャリア(?)の道を歩こうと思います・゜・(ノД`)・゜・←サヨナラフットサル・・ウウウ・・マアデモチョットハヤルケドサ
    オリオン座すらがわからない人間からバカ扱いされた。
    夫からも性的侮辱を受けた。
    なぜ自分がそのような立場に追い込まれてしまったのかわからなかったし、そこから抜け出す方法などない・・いえそれ以上に「抜け出す必要性がない」と思っていました。
    ところが、試験用に基礎数学&算数と漢検3級(情けないっすが・・・)の勉強をしながら、私の落し物はこれだったんだと思ったのです。
    私の古いコメントに「あの場所に何かを落とした気がした、それを探して・・」なんてこと書いたことがあったのですが、
    その落としたものをやっと拾ったと感じました。
    私の行動はみさんに影響を受けたのです。
    みさんには感謝です。

    • アメジスト
    • 2013年 6月 08日

    道産娘さん
    JETさんとちひろさんは別に道産娘さんの話をしていたわけではないと思いますよ。
    お二人のコメントを見て、「わあ~!何と哲学的な会話!」と感じ、おばかでシンプルなことしかわからない私には話についていけませんでしたけど、道産娘さんのこととは全く思いませんでした。
    JETさんもちひろさんもユニークで、どことなくユーモラスな方々で、親近感がありますが、本当に思ったことは正直にストレートにおっしゃる方々だと思いますよ。
    私は道産娘さんのストレートさも好きですしね。
    お邪魔しました。

    • 道産娘
    • 2013年 6月 09日

    すみません、被害妄想の部分が強く出てしまいました。
    冷静に考えてコメントしたつもりだったのですが、直接お二人に訊いた訳でもなく、自分で勝手に判断して決め付けてしまったのがいけなかったようです。
    皆さん、申し訳ありませんでした。
    JETさん
    >やはりまずはADHDについて考えたらいいのではないか。
    そうですね、アドバイスありがとうございます。
    上記のようなコメントは「ジャイアン特有の関連付け思考」からでした。
    朝っぱらから同居の方を巻き込んで驚かせてしまい、申し訳ありませんでした!
    ちひろさん
    ちひろさんのコメントを見て「以前、私がみさんを無視してた時のことを根に持ってるのかも」と勘違いしてしまいました。
    みさんとのやり取りを含めたちひろさんの過去のコメント、読んでましたよ(^-^)

    • 道産娘
    • 2013年 6月 09日

    (続きです)
    >なぜ自分がそのような立場に追い込まれてしまったのかわからなかったし、そこから抜け出す方法などない・・いえそれ以上に「抜け出す必要性がない」と思っていました。
    私の場合は、幼い頃の痴漢や父の性的いたずらの話等を、何かのきっかけで親しい人に打ち明けて泣かせてしまいましたが、その時はあまりの無神経さに自分が情けなくなりました。
    一年前までは破壊衝動のようなものが常に心の奥底にあって、それが暴発しないようビクビクしてたのですが、最近では良い意味で「諦め」がついて、そういう自分を許せるようになった気がします。
    試験、合格してることを祈ってます。
    いつかフルタイムでバリバリ働いて、「自立した大人の女っぷり」をご主人やテニス(フットサル?)コーチに見せ付けてやりましょう♪
    アメジストさん
    コメントありがとうございます。
    JETさんとちひろさんの野球の例え話、ユーモラスですよね♪
    最近のやんばる先生の記事内容にマタタビ的な効果があったようで、気持ちが緩んでしまい、ジャイアンの衝動丸出しで調子に乗ってました。(おかげで大分AC良くなりましたが)
    恥ずかしい…頭冷やしてきます(^_^;)

    • JET
    • 2013年 6月 09日

    >ちひろさん
    私の違うとこ教えて下さいぃ

    • zzz
    • 2013年 6月 09日

    身近な人を見ていると、直感でパッと行動するタイプの人は、たまに直感が大外れして、「そう来るのか!」ということがあります。
    そこがその人の味であり、それを味わうのが「この部分はかなわんなぁ」と思いつつも楽しみであったりします。

    • ちひろ
    • 2013年 6月 09日

    >JETさん
    あ。違うというのは「JETさんも道産娘さんのことを書いたわけではないとおもいますっていう意味です(>_< ;) 「譲渡した選択とその拒絶は支配である」という言葉のパワーが道産娘さんの早とちりを生んだのかもです。 私もあの後もだうだうだ考えました。 よ~するに、 依存者「とっちでもいいよ」 カモ「はいど~ぞ:(;゙゚'ω゚'):」 依存者 「プイっ!!!!(ーー゛)」 っていう状態だと気づき、なんか難しいこと言ってるけど、ようはあれもイヤこれもイヤそれもイヤの駄々っ子なんだっ!っていう結論になったのですけど( ̄▽ ̄;) >道産娘さん
    「試験、合格してることを祈ってます」
    あ~ざす(´Д⊂・・・

    • JET
    • 2013年 6月 09日

    早とちりの連鎖・・!
    可笑しい グフフ・・

    • 道産娘(ちひろさんへ)
    • 2013年 6月 12日

    (別エントリーにすみません。「孤立型AS」のエントリーにコメントできないので)
    ちひろさん
    >みさんと交渉しようとするなんて、「ラブ&ピース」という旗をもって軍事境界線の前を歩くようなものですからっ(–;)
    「確かに!(笑)」とまた吹き出してしまいました。
    わざわざ拘束されに行くようなものですよね。
    あと「面倒」というのもありました。
    あの状況は「ジャイアンの醜い感情と向き合う」にはもってこいで、みさんに対し「気付いて欲しい」という気持ちもありましたが…早々に諦めましたよっ(汗)
    実はあれから気にしてたんです。
    いくら退場命令を出したのが先生だったとしても、そうせざるをえない状況を作ったのは私だった。
    ちひろさんを含め、みさんを好きな人達に寂しい思いをさせたのは、私のせいでもあるんだよね。
    「無視やスルーではなく、もっと他に柔軟な対応の仕方があったかも」って、今でも考えることがあります。
    きっとちひろさんに対して「悪いことをした」という気持ちが心の奥底にあったから、(傲慢・拒絶という単語から)「きっと私のこと恨んでるんだ」って関連付けてしまったんですね。
    みさん、元気だと良いですね♪

    • 道産娘
    • 2013年 6月 12日

    ちなみに、私は「ちひろさんがみさんのことをからかっている」とは思いませんでした。
    「(みさんのことは)気にすることはないよ」
    ユニークな例え話の中にそういった気持ちが込められているのだなと、私は解釈しました。
    …って、また確かめもせず決め付けてしまいましたが、まぁ良いか。
    ちひろさん、フォローありがとうございますv(・∀・*)

    • 道産娘(独り言)
    • 2013年 6月 13日

    (以下↓反省文です)
    う〜ん、直感とは違うんだけどなぁ…
    でも冷静ではなかったですね。
    「JETさんとちひろさんの間で、お互い会話の内容が食い違っているかもしれない」ということを想定する必要がありました。
    てっきり二人は「通じ合っている」とばかり思ってましたから、私はちひろさんのコメントを見て「…ってことは、JETさんのコメントも私のことを指して言ってる!?」と関連付けてしまったようです。
    あと、すぐ上↑の私のコメントですが…
    「表向きにはちひろさんに対しメッセージを送っているが、裏の意味では某ジャイアンさんを攻撃している」とも受け取れますね。
    これも「二刀流」に入るのかも。(自分では、ちひろさんに対する「一刀流」のメッセージだと思い込み、二刀流だと気付きませんでした。おまけにAS相手からの二刀流メッセージには気付かない…まさにKY!)
    きっとASさんの非言語メッセージはもっと繊細かつ複雑で、本人同士にしか分からないものなんでしょうね。
    自分でも気付かないうちに、ASの身内や知り合いの影響を受けていたようです。
    「一刀流」に戻さねば!

    • ちひろ
    • 2013年 6月 13日

    >道産娘さん
    こちらこそ、フォローありがとうごます(((o(*゚▽゚*)o)))
    そして・・・
    Σ(・∀・|||)ゲッ!!
    ・・合格してしまった(T_T)

    • 道産娘
    • 2013年 6月 14日

    ちひろさん
    マジかっ!!
    良かったですね、おめでとうございます♪o(*^▽^*)o

    • zzz
    • 2013年 6月 14日

    道産娘さん、いやぁ、「思い込み」と表現すると身も蓋もない気がして……。
    身近なジャイアンから、思い込みでブルドーザーのごとくガーッとこられて、(それは思い込みだよー)と思いつつ「直感でそう思ったのならしゃーないな」などと言ってみてます。
    そう思ったらそこに入り込んじゃうのは、俺も似てるなーと思ってみたり。
    昔と違って両方の流派を知ってる今、一刀流と二刀流を場面場面で使いこなす「場面流」もアリかと。どのみち、どっちかの流派では対処しづらい場面が出てきますもの。
    最後に、ちひろさん、合格おめでとうございますー。

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 14日

    他のエントリーへのお返事をお約束したところですが(「孤立型AS」)
    ぬまお様、それから道産娘様、
    こちらへお返事くださったことへもいくつかまたさらに共感できたことがありますので
    こちらへもまたちまちま書いていければと(さらにお返しできればと)考えています。
    まず先にぬまお様のこちらを。
    >一人でひたすらブロックを組み立てていました。それしかおもちゃがなかったから。
    …わたくし、洗濯バサミ組み立ててロボットだの飛行機だの作って(創って(苦笑))ました、だってそれしかなかったから。
    でも大好きっつうか、面白くて面白くて無茶苦茶熱中してました。
    モノを自分で創れる(≒コントロールできる)のが好き(脳が求める)なので
    既製品より色々脳内で想像(妄想)できるタイプのおもちゃ(orガラクタ)のほうが好みでした。
    「いじめられた話」そして「友達に怒られた話」も似たエピソードがあります。
    芋づる式に想起されました。
    名称?人称、ですかね、父に『お前』と言ったことがあり
    死ぬほど(注:文字通り。)怒られました、わはは。
    相手に無茶苦茶叱られて自分もドキッとして
    ようやく「一般的な方法」「ルール」を獲得していった経過は似ているなぁと感じています。
    獲得も独学でした、教わることもなく、否、そうならざるを得ないというか。
    (そうなりがちではないですか…??『教えられても言うこと聞かない子』に相手からは見られるから教えてやらない!(怒)になってたこともゼロじゃないだろーなぁと今想像したり。)
    また改めてつぶやきます。とりあえずここまで。

    • 道産娘
    • 2013年 6月 14日

    zzzさん
    ジャイアンの中には非言語表現の使い方に長けてる人もいますが、私の場合は無意識のうちに使っちゃってるんですねぇ(多分幼少期は使えてたけど、情緒障害でKYの期間が長かったためかな。通じたと分かった途端に罪悪感を感じるので、AC的な思い込みが残ってるのかも。もちろん中には被害妄想もありますが…)
    本当知らないうちに周囲のASの人を振り回しちゃってるので、気を付けなきゃいけませんね(^_^;)
    ちひろさん
    JETさんの「譲渡した選択とその拒絶」についての件ですが、JETさんは「(件の話で)ちひろさんと通じ合えたと思ったのに、実はそれが違う(分かった振り?)と知ってショックだった」んじゃないかな?
    多分「ちひろさんがLDかどうか」なんてどうでも良いんだと思う。
    JETさん、ちひろさんに対して珍しく突っ掛かってたから、私も気になってました。(まぁ、元はと言えば私のせいだし…)
    もちろんちひろさんは「分かった振り」等してた訳ではなかったんだろうけど、どうもJETさんの言い方から「騙された」とか「信じてたのに」とか…ちひろさんに対してそんな気持ちを抱いてたのかなって思いました。
    違ってたらごめんなさいm(__)m

    • 道産娘
    • 2013年 6月 14日

    「譲渡した選択とその拒絶」
    この言葉から夫婦関係だったり、野球だったり…色々な話に発展するので面白いなぁと感じました。
    個人的には、AS同士の言い合いがヒートアップした際「で?そもそも何の話から始まったんだっけ??」と突っ込みたくなります。(とりあえず黙ってますが、突っ込んだ方が良かったのかしら?)
    あおいよる。さん
    すみません!
    誤解を生まないために一つ質問させていただきたいのですが、あおいよる。さんは男性ですか?女性ですか?
    ずっと男性だと思ってましたが、少し前のぬまおさんのコメントを読んで「もしかして違うのかな?」と少し不安になりました…(男性の「私」口調は珍しくないですから)
    コメント楽しみにしてますね♪

    • ちひろ
    • 2013年 6月 14日

    > 道産娘さん
    あ・・そうですよね。
    私の話が二転三転するのでそれが嫌だったのですよね。
    コメント欄をおまえのチラシの裏にするな!巻き込まれるこっちの身にもなってよっ!ってことでしょうね(><)
    >ZZZさん
    ありがとうございます(o^-^)

    • ぬまお
    • 2013年 6月 14日

    >道産子さん
    文面から、勝手に女性だと思ってた(笑)
    >あおいよるさん
    ほかの誰よりも自分に一致するように思います。多分、遺伝子レベルで同じ特性を持っていると思います。
    >洗濯バサミ組み立ててロボットだの飛行機だの作って(創って(苦笑))ました。
    >モノを自分で創れる(≒コントロールできる)のが好き(脳が求める)なので既製品より色々脳内で想像(妄想)できるタイプのおもちゃ(orガラクタ)のほうが好みでした。
    完全に一致します。それ、やりました(笑)今でもガラクタが好きです。
    >相手に無茶苦茶叱られて自分もドキッとしてようやく「一般的な方法」「ルール」を獲得していった経過は似ているなぁと感じています。
    獲得も独学でした、教わることもなく、否、そうならざるを得ないというか。
    同じです。人に言われても自分で気づかないと身に付かない感じ。
    >『教えられても言うこと聞かない子』に相手からは見られるから教えてやらない!(怒)になってたこともゼロじゃないだろーなぁ
    はい、あると思います。今は人に教えてもらうのが仕事なので、そういうことがないように心掛けていますが、こだわりを主張するような場面も、もちろんあると思います。

    • ぬまお
    • 2013年 6月 14日

    つづき
    だけど、ちょっとショックです。今まで自分が後天的に身につけた個性だと思っていたものが、ただ遺伝子に従って動いていただけかと思うと、ガッカリした気持ちにもなったりして。同じような特徴を持った人なら、ACから抜けるのも同じようにすればいいのかな?とか思ったので、大きな変化があった当時の自分や後輩の行動を書くので、参考にしてもらえたら幸いです。
    ACから抜ける前の時期に参加していたのが、一人暮らしに備えてカルチャーセンターの料理教室に一年ほど通い、女性ばかりだったので苦手だった女性との交流をかなり克服。消防団に入っていて役員になったので、初めて人の上に立つ立場を体験して自信をつけた。その程度です。
    後輩の場合、自分と同じような体験をすればきっと自信をつけるはずだと思い、カルチャーセンターの話し方講座に誘って、受講していた男女を誘って10人程度のグループを作り、交代で仕切るような形で定期的に遊びに行くようになりました。さらに後輩は別の教室にも参加して友達を作り、「もう、自信持ってもいいんじゃないの?」と言っているうちに大きな変化が起きました。
    どうも、発達障害の型はともかく、人との交流体験が変化の鍵を握っているような感じがします。

    • ぬまお
    • 2013年 6月 14日

    つづき
    後輩はその後、ACから抜けたと思われる時期に、グループ活動を通じて親しくなった人との縁を、全て切り捨てました。親にも会社にも黙ったまま突然、ローンを組んで山奥の家を買い、一人暮らしを始め、「自分は神様だ」と思い込むようになり、自分の頭の中を解説したような本を自費出版しました。
    その頃から自分に対して嫌がらせがはじまり、まず、それまでは「ぬまおさん」と呼んでいたのが「ぬまお君」に突然変わり、常に攻撃の機会をうかがうようになり、ちょっとした隙をついては「この世の常識」を盾に、徹底的に攻撃してくるような感じになってしまいました。
    自立したと言えるのかもしれないけど、どうなんだろう。今は自費出版した本については「若気の至り」だと言っていて、本人は前より生き生きしていて、仕事も早くなりました。グループ活動をしている時は、「人と交流する機会を逃すなんて、もったいない」とか言うこともあって、本当に楽しそうだったんだけどなー。今は誰とも交流せずに、お見合いなどを毎月のようにしながら、ひたすら婚活に励んでいます。
    ちなみに、自分は体型が普通でメガネはなく髪の毛はフサフサ、後輩はかなり太っていてメガネをかけていて髪の毛が薄いと、外見上かなり大きな違いがあるにも関わらず、対面時の受動的な雰囲気が似ているため、自分と後輩を間違える人が非常に多く、多数派から見ると全く同じ人に見えるみたい。不思議だなー。雰囲気で人を見ているのかな?

    • 道産娘
    • 2013年 6月 17日

    んー?
    若干違うような…f(^_^;
    チラシの裏ってメモ帳や伝言板代わりってことですか(笑)
    「分からないなら、分かった振りしないでちゃんと分からないって言って欲しい!」ってことかと思ったのですが…実際は違うかもしれませんね。
    (以下↓このエントリーについて)
    >表面的には一貫性が見えづらくADHDに似ている受動型ASを正確に診断することは決定的に重要である。
    私も不登校だった時期がありましたが、私の場合は学校に行ってもストレスが軽減されることはなかったので、やはり受動型ASではないですね。(正確に言えば、授業中より給食や休み時間の方が苦痛でした。同級生より先生と話す方が気が楽でした)
    この頃から自分がADHDであることに気付いて、自分の特性や脳の仕組みに忠実に生きていたら、もっと変わった人生を歩めたかもしれません。
    「依存を止めて自分の脳に忠実になり、健康的に生きるか」
    「身体症状に苦しみながらも、ギャンブラーのように人に依存しながら生きるか」
    結局はこの二択にたどり着きますが。
    もう一つ気付いたのは、「本当の自分探し」はACを被った暴君ジャイアンにとってある意味危険だということでしょうか(苦笑)

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 17日

    まずは、ひとつ御返事を。
    性別は女性にあたります。
    ぬまお様、遺伝子の考え方についてひとつ先に御返事(わたくしが考えていること)なのですが
    『脳の機能障害』の結果として表出されるASDやADHD等の行動や認知の特徴の類似と
    『遺伝子(DNA)レベルでの一致』は
    わたくしの中では違う定義だったりします。
    前者という定義で(細かいかもしれません…申し訳ないです…)
    似ている、または、障害の部位が酷似しているかもしれないなぁと感じています。
    ぬまお様のコメントからさらに言語化できましたので
    おもちゃについて補足的に。
    おもちゃは単純なツクリで十分でした、たとえば前述の洗濯バサミは数色あって
    色を眺めるだけで充足してましたし
    単純とはいえ組み立てたり積み上げたりするだけで
    脳内は満足してました。
    洗濯バサミ以外だとビー玉やおはじきやお菓子の空箱や何かの入れ物、それから水も!…そういうもののほうが(そういう意味合いで『ガラクタ』、)
    脳内でいろいろ想像できたり見たてたりできて楽しめました。
    また御返事いたします。

    • 道産娘
    • 2013年 6月 18日

    ちひろさん
    分かりました。
    ちひろさんのコメントには「私も頑張らなきゃ!」と励まされました。
    これから忙しくなって大変になると思いますが、負けずに頑張って下さいp(*^-^*)q
    あおいよる。さん
    女性だったんですね…失礼致しました!
    ぬまおさんが正しかったようです(^_^;)
    (以下↓独り言)
    ジャイアンの「自己分析」は本当難しいです。
    何度もACを疑ってしまったのは「上の基準だけは合理的に我慢でき、調子に乗ることがあまりないから」で、「常に低い自己評価を言い聞かせていたから」だと思います。
    逆に「下の基準は本当我慢できなくて、嫌となったらどこまでも先延ばしする面倒臭がり屋」です。
    今思えば、先生が退場命令を出さざるをえなかったのは、私が無視することで先生に「丸投げ依存」してたからかもしれません(これから「面倒臭い」は禁句にしよっと!)
    「依存」はお互い様でしたね。
    (以下↓ストーカーさんへ)
    「一方的に他人の生活を覗き見して支配したつもりでいる」のかもしれませんが、こちらはただ気味が悪いだけです。
    あと、他のコメント者さんを攻撃するのはやめて下さい。

    • ぬまお
    • 2013年 6月 18日

    すみません『遺伝子(DNA)レベルでの一致』というのは情緒的に誇張した表現でした。遺伝子についての知識はゼロです。
    自分の場合は、洗濯バサミやビー玉をきれいだからと言って、ずっと見ていることはないです。どちらかと言えばコレクションに近く、ビー玉だったら、そのもので遊ぶより手に入れた経緯の方が大事だったりします。
    誰がくれたものだとか、買った時の記憶とか、思い出や付随する情報が関連付けられていることの方が多いため、なかなか昔のものが捨てられません。物を見て、記憶や情報を思い出している感じがします。物そのものはほとんど見ていないのかも。以前は旅先で石を拾ってきては庭に転がしておき、石を見るたびに旅を思い出したりしていました。
    ブロックは組み上げるのが好きで、いかに正方形や長方形に組み立てるかを試行錯誤していたような気がします。ブロックを全て使い切ったりするとかで、ブロックで飛行機や車を作って遊ぶという「目的」とは違い、完成させるまでのプロセスを楽しんでいただけだと思う。
    一方で、プラモデルの部品を取っておいてオリジナルのロボットに組み替えたりというようなこともやりました。今はパソコンを直しているけど、ガラクタ自体は何かに活用しようと思って残しているだけなので、「これ以上の利用価値がない」と判断した場合、一気に捨ててしまうこともあります。ゴミのようなガラクタが役に立った時などはとってもうれしく、しばらくの間は何度も眺めては喜びをかみしめたりしています。
    本来の使い方でない物の使い方やオリジナルの改造は今でも大好きです。改造するためだけに入手した物もあったりします。物にも愛着があるものと、そうでないものがあるみたいです。お菓子の空き箱、ラップの芯などを集めていたけど、洗濯バサミと同様に、何かに活用するための、ただの物でした。自分が手をかけたものは大事にしていて、昔作った陶芸作品や絵画など、子どものころからの全作品を自分では捨てられません。誰か勝手に捨ててくれー!って感じです。

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 22日

    ぬまお様、まずは語彙の定義のお返事、ありがとうございました、嬉しかったです。整理できました。
    とても似ているエピソードが多くありますので
    わたくしも『遺伝子レベル』での類似を感じます。
    似ているエピソード、さらにいただいたコメントからの追記を。
    (とかいうことやっちゃうから
    書きかけのお返事が延期するんぢゃん、
    と自分を客観視しつつ(苦笑)。ああ、ぬまお様のせいではもちろん決してありません)
    >どちらかと言えばコレクションに近く、ビー玉だったら、そのもので遊ぶより手に入れた経緯の方が大事だったりします
    ここと
    >記憶とか、思い出や付随する情報が関連付けられていることの方が多いため、なかなか昔のものが捨てられません
    ここはわたくしの脳での処理と同じカラクリだと思います、
    あとプロセスのほうが楽しいというあたりも。
    「物に付随した情報」はその物によって強弱(濃淡)ありますが
    人から渡されたものだとかでその人のことを想起したくない時に
    …つまるに
    物に付随した情報があるがゆえに「全消去」をはかるのでした。はい。

    • あおいよる。
    • 2013年 6月 22日

    ここでひとつ。
    このエントリーに関連して。
    愛着のいる空間(この記事では家庭)とそうでないいわゆるオフィシャルな空間(この記事では学校)において
    自分の脳が場面転換についていくために(時に無意識に脊髄反射的に)
    キャラを被ったり外したり
    一生懸命「素の自分」と「普通」を行ったり来たり、私もそうするのですけれど
    一度たりとも「人格の嘘」「相手を騙そうとする嘘」はついたことがない、つくこと自体思いつかない、もしくはつくのを全力で脳が拒否するなぁ
    と振り返って再認識しています。
    つまるに
    いくら演じても元の自分は脳にいるので(個人的な比喩表現として『左上3cmにずれた自分』)
    自宅に帰ったら巻き戻して再生しては記憶整理したり
    社会人としてどーよ?!アレは適切な返答かえ?!
    って反芻してしまいます。
    違う解釈してるだけかもですが
    嘘がつけない、とよく見聞きするASの脳の特徴かなーと感じています。
    (怒った相手への、その場しのぎの言い訳は『バカ丸出しなくらいのミエミエな作り話』はしますけれども(←これで何度自分の首をしめたことか(落涙))

    • 道産娘
    • 2013年 6月 24日

    あおいよる。さん
    まず、あおいよるさんの比喩表現って面白いですね。
    以前他のコメントを拝見した時も思ったのですが、「幽体離脱やテレパシー(透視?)かしら」と思ってしまいました。
    >一度たりとも「人格の嘘」「相手を騙そうとする嘘」はついたことがない、つくこと自体思いつかない、もしくはつくのを全力で脳が拒否するなぁ
    これは周囲のASの人を見てると何となく分かります。
    相手がジャイアンの場合「損得利益が主」で、嘘を付く理由が分かりやすいので被害妄想に陥ることがほとんどありませんが、ASの人は「私の言動に振り回されながらコロコロ言うことを変えている」ように見え、何故嘘を付くのか分からないまま、だんだん「私が悪いのか?」とモヤモヤした気持ちになるんですね(汗)
    なるほど、ASの方のご意見参考になりました♪
    1つ質問良いですか?
    自己分析の過程で自分がACか迷うことがあるのですが、ASの方がゼロ百思考から自己評価が下がるのとどう違うのか?よく疑問に思ってました。
    私の場合「自分はダメな人間だけど、それが当たり前であり等身大」という感覚ですが、ASの場合は違うのかな?
    答えづらかったらスルーして下さいね。

    • あおいよる。
    • 2013年 7月 12日

    道産娘様。…もうこちらを読まれないのかもしれませんが(もしくは時間が経過しコメント歴(画面上に右端に表示されるもの)が流れて消えてから来訪されるのかもしれませんが)
    御返事させてください。
    (わたくしが、『スルーはしないです、必ず御返事いたしますから』とまず宣言しておけばよかったのだと今になって気が付きました…これはけして道産娘様の他記事へのコメント一群があったからそうする、というよりも相手への意思表示として必要(大切)なのではと。)
    お尋ねの
    >自己分析の過程で自分がACか迷うことがあるのですが、ASの方がゼロ百思考から自己評価が下がるのとどう違うのか?
    についてですが、脳内でACの定義ともあわせて分類してみました。
    けれど『わたくしの場合』と、少なくともこちらにコメントされている他のASの方、そしてASD(自閉症スペクトラム障がい)の方とは異なるやもしれません。
    参考までに。
    (そして、エントリー「孤立型AS」の拙コメントもお読みくださると幸いです、出自を聞いての自分自身の評価がどう変化したか?について投稿(掲載)させてもらっています)
    結論は、「自己評価を落とす基準が、他者との関係性に依るか否かという点で違う」です。
    白か黒か、ゼロか百か。
    AC以外での自己評価の低迷は、自分の場合『調査不足、空気の読み方の失敗、過集中、冗談だったのに真に受けた』etcetcからきます。
    単純に自分の脳の特徴によるものなので、評価を最大に低めつつ
    冷静に原因分析してひとつの情報(経験値)とすることもありますし、
    時にそんな自分に苛立ったり、またやらかしたと引きずったり、引きずりすぎて次も同じ過ちをリピートする悪循環になったり。
    ACによる評価低迷ですと、相手の顔色見まくっておべんちゃら言いまくるだの嫌われたんだ!だのほうらお前は死ぬべきだだの
    そういった脳以外への『自虐、自嘲攻撃』のような自己否定になる、
    …そんな風に言語化できました。

    • 道産娘(暴言アリ、ASノ方々閲覧注意!)
    • 2013年 7月 13日

    あおいよる。さん
    コメントありがとうございます。
    実は先生のHPやブログの内容だけでは「自分はASかADHDか」判別しづらかったので、ここに集うASの方達のコメントをずっと参考にしてました。
    「人に必要とされたい」とか「受け身で自分が無い」とか…ASの人らしい部分が私にもあったので、直接ASの方々の考えを伺いながら比較できたことは、自分を知る上でとても参考になりましたよ。
    あおいよるさんを始め、ASの皆様に感謝致します!
    (以下↓独り言)
    別エントリーの「相手に自己責任を突き付ける発言」についてですが、のび太型はKYで「人を見る」ことができないので、共依存状態でも気付かない…
    「相手を依存させないよう気を付けなきゃ」と思ったところで土台無理な話かもしれませんね。(「現実的な必要性」で行動するスタイルを身に付ければ、それで良いのかなって気がしてきました)
    しかし最新エントリーのコメントの中に「相手を依存させ、それを相手のせいにしながら自分は『カモ』にされている」と発言された方がいましたが…怒り通り越して笑っちゃった。
    まぁ「責任が自覚できない脳」だから仕方ないよね。
    「人は人」と割り切ることにします♪

    • hiro
    • 2013年 7月 14日

    スイングバイは成功したようですね?

    • アメジスト
    • 2013年 7月 14日

    hiroさん、こんにちは。
    すみません。ちょっと教えて頂けますか。
    「ブースト」とか「スイングバイ」というのは専門用語のようですが、素人が誰でもわかる表現では、どういう言葉になりますか。
    特におばかな私でもわかる表現を教えて頂けたら有難いです。

    • hiro
    • 2013年 7月 14日

    >アメジストさんこんにちは
    ブーストは英語なんですけど、後押しするなどの意味があります。今回keromonさんとしての道産娘さんを後押ししました。
    素の姿だと思い・・
    またスイングバイはスイングバイ航法のことで、惑星の重力を利用して惑星探査機の軌道を変える航法です。惑星探査機は惑星の重力を利用することで省力化でき、ついでに加速・減速する省エネ航法です。
    惑星は何も考えていません。

    • アメジスト
    • 2013年 7月 14日

    hiroさん
    ご回答ありがとうございました。
    ブーストに関しては、「keromonさんとしての道産娘さんが素の姿だと思って、後押しをした」ということで、よくわかりました。
    スイングバイの方は「~の軌道を変える」ということを例えで使って「道産娘さんがコメント欄からしばらく姿を消しているが、その軌道を変えてまた登場させる」という意味を表現されているのかしらと思いました。
    私の解釈が間違っていたら、お手数ですが訂正をお願いいたします。

    • 道産娘
    • 2013年 7月 15日

    まず、アメジストさんへ
    私も「ブースト」と「スイングバイ」についてhiroさんに意味をお尋ねしたいと思っていたので、訊いてくださって助かりました。
    私は「ブースト」については「道産娘がこのブログを去ることを後押しする」という意味だと思ってましたが…違ってたんですね(汗)
    hiroさんへ
    keromon(kerokuma)も道産娘も、言うことは何も変わりませんよ!…と言いたいところですが、道産娘の時は周囲の人達に気を遣いすぎるところはあるかもしれません。
    「のび太と依存」のhiroさんのコメント読みました。
    確かにhiroさんの仰る通り、嫌味に聞こえるかもしれませんし「これはのび太らしく無いな」とも思っていました。
    他のASの方達が私のコメントを見てフラッシュバックや関連付け等を起こさないよう、「やんわりとした表現」を心掛けてましたが…これも「人からの要請」に含まれるのか?
    まぁ良いや。
    hiroさんには後々別エントリーにコメント致します。(他のASの方達が誤って見ないよう、またHNで知らせます)

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