AC、人格障害関連

不合理と不条理

 発達障害は多数派と違い「空気」によるビルトインの衝動統制システムが働かないため、自前で「いびつ」な衝動統制システムを身につけ発展させつつ成長する。

 例えば中心志向型ジャイアンと私が呼んでいるグループの人は「ほめられるから我慢する」というシステムで生きるため、一番になること、表面的なステータスを追い求めて死ぬまで走り続けなければならない。

 成人発達障害の諸問題はこれらの二次的に身につけた衝動統制のシステムが二次的に現実と不適応を起こしているということが多い。

 多数派の人から見れば、そもそもこれらのいびつな衝動統制のシステム自体が異常であり、それが不適応を起こすのは当たり前であるということになるだろう。

 これらの中で最も現実的で二次的なマイナスが少ないと思われるのが「合理的根拠による衝動統制」即ち「根拠があるから我慢する」という衝動統制システムだ。

 しかしこれも当然であるが、自分がこのシステムで衝動統制をすると、必然的に他人にも「合理的な我慢をする」ことを要求することになる。
 これが発達障害の人が異常に理屈っぽいという印象を持たれることの理由だろう。

 しかしながら、実際の現実世界は合理的に動いているわけではなく、逆に不合理や不条理があまりに多い。

 したがって合理的な衝動統制を身につけてもこの「世間の不条理をどう考えるか?」という大問題に直面することになる。

 主に思春期以降、頭が働いて自分をごまかしきれないある年齢からは、大人がどんな風に説明しても納得できないことになる。

 私は最近この大問題をずっと考え続けている。世間自体が不合理で不条理であることをどう考えるか?

 一つの切り口は、「生身の人間である自分自身もそれほど合理的でもない」というもので、例えばジャイアンの「ひがみ」など、「自分自身の中にも不条理極まりない醜い感情が存在する」ことを自分に言い聞かせる。

 他には、「判断するだけの情報が不足している」という風な考え方もある。「情報は所詮自分のほうから見た一面でしかないから、えらそうに判断するまで行かない」という考え方だ。
 
 ただこういう「合理的なマイナス反論」ばかりだと、「生きているのが苦しくなる」という結果になってしまう。

 私自身は最終的には「意志による選択、決断」しかないと考えている。

 「世間には不条理はある。それを承知の上で自分は別の何かを得るために、楽しいこともあるからこの世間で生き続けることを選択する」。 
 
 合理的な世界観を「選択と決断」で補えば、とりあえず生きていくことは可能だ。


関連記事

  1. 他者のイメージへの説明①時間的継続性
  2. アスペルガーの躁うつ病
  3. 発達障害の診断の意味
  4. 「事実」と「意志」
  5. 責任の観念
  6. 人格障害と呼ぶ前に⑦
  7. ASと想像力⑦ 出会いと発見・創造の可能性
  8. 発達障害と性同一性障害

コメント

    • うにゃ
    • 2011年 7月 19日

    >「世間には不条理はある。それを承知の上で自分は別の何かを得るために、楽しいこともあるからこの世間で生き続けることを選択する」。
     再び社会参加することへ希望を持たせてくれる言葉です。
    ありがとうございます。

    • にこ
    • 2011年 7月 19日

    不思議なご縁で、学生時代のグループが6人ともADHD
    という不思議なご縁に結ばれました。
    関西在住ですが、関西型ADHDは異様な個人主義
    な気が致します。
    ちなみに父がASで母がADHDなのですが
    仰るとおり父は利用を禁止します。
    私っ母は良いことだけを信じ、見ることで
    健常者に近づきました。
    一般人からすれば我が家は限りなく幸せにみえます。
    公務員の父に若々しい母、スポーツマンの弟。
    現実は食と服意外には興味深いのない父。
    ACで情緒不安定な母。か集中型の娘。フォローに必死な弟なのですが。

    • グッピー
    • 2011年 7月 19日

    やんばる先生の鋭いコメントに助けられてます。
    <<発達障害は多数派と違い「空気」によるビルトインの衝動統制システムが働かないため… 9歳の息子は、「空気」や人の表情が読めない為に家族から注意をされる事が多いです。 先生が言われるように、将来 <<「世間には不条理はある。それを承知の上で自分は別の何かを得るために、楽しいこともあるからこの世間で生き続けることを選択する」 という思いをもってくれたらと思います。 今からソーシャルスキルなどで「合理的根拠による衝動統制」 を訓練しながら、この世界の美しいものや楽しいことを見せてあげたいと思います。 いつもコメントありがとうございます。  

    • らいと
    • 2011年 7月 25日

    「空気」は条理のひとつだと、私はそう感じます。
    集団の利益配分が決して公平でなく、
    その階層が非合理に決定されていても、
    「空気」という条理が「何か」を埋めている。
    人の「攻撃性」は「条理」によって蓋をされ、「不条理」によって発散されるとすれは、
    多数派は条理は「空気」、不条理は「KY」
    少数派は・・いえ・・私は・・
    条理は「合理」、不条理は「非合理な条理」
    つまり、「受け入れるのが耐えがたい空気」
    「受け入れるのが耐え難い空気」に出会い、どう行動するかを選択、決断した時、
    私たちの明日ができる・・・きっとそうです・・。

    • らいと
    • 2011年 7月 27日

    先生。やっと答えを拾い上げた気がします。
    優しさとか、愛とか・・一般的に「良心」と呼ばれるものは、「不合理」や「不条理」に含まれていると。
    ずっと探していました。
    私を陥れたり、悪口を言いふらしたり、露骨に馬鹿にしたりしながらも、体裁だけは整えようとする彼女たちのなかに「良心」を。
    それが見つからなければ、
    他者のために、自己を鎖で括りつけコントロールするような適応人格を作り上げて生きる理由を見いだせないと思っていたからです。
    けれど見つけられない・・汚い・・と思っていまいた。
    今、まちがいに気付きました。
    人の心が汚く見えるのはそこに「良心」が含まれているから、混ざって汚く見えるのです。
    ・・良かった。見つけることができて・・。
    (追伸)
    いじめの原因を自分に求めないのかとつっこまれそうですが、
    分かっても解消困難です。
    最大の原因だったのは、不安が強くなってでた場面かんもくやガンサー症候群みたいな症状だったと思われるからです。
    私のしゃべる努力はただ・・
    コケティッシュ(幼児言葉)で馬鹿(とんちんかんな会話)で横柄(無視)で
    どうしようもない女にみえるだけでした。

    • 2011年 7月 28日

    私は、この不条理さを、がんで亡くなる人々と接して感じました。自分の生において「死」があることなど思っていなかった人々にとって、「がんは治療して治す」か、「治療して治らなければ死を待つ」でした。私は内心で思いました。「ところで、貴方の生き様は、誰にも、何にも、影響を与えられなかったといえるか」だったのです。「スピリチュアルペイン」との出会いでした。
    私は、自己の特性について気づき自己診断に至ったこの2年弱の間に、自己探求としての学習と、これまでのさまざまな学習(経験からも理論からも)をくっつけて、自分を理解しようと努めてきました。ですから、一方的な見方であることは承知しておりますし、2年弱で医療専門的な文献をいくつか読んだとしても精神科医療をすべて理解することはできませんし、ましてや精神科医療に携わっている人間でもない者のいうことは「全くの素人」とあしらわれることは当然です。
    しかし、当の本人が自分のことについて「探索、探究、究明」しようとする姿勢に対し、「情報は所詮自分のほうから見た一面でしかないから、えらそうに判断するまで行かない」という考え方だと推奨するには、「当事者」が客観的情報をどのように収集し、どのように主観を排除し、どのように判断するかを、教え導かなければならないのではないかと考えます。
    多くの研究論文がインターネットで読めるようになりました。成人になり、疑問に感じたことを検索するという作業は、どの職場でも必要とされることでしょう。その延長上の自己探求にも、職場で培ったその能力は生かされるのではないでしょうか。また、1993年当時の大学・短大進学率は50%前後だと記憶していますが、初等・中等教育の受動的学習態度から高等教育の能動的学習態度への転換を迫られることへの適応を考えると、にわか知識が増えるのも仕方がないことでしょう。
    さて、「スピリチュアルペイン」との出会いを通して、「不条理を生きる人々」ががん患者だけではないことに気付いた私は、発達障害の思春期の子どもたちに接しながら、「生きる力」とはと考えています。

    • JET
    • 2012年 2月 12日

    「不合理ゆえに我信ず」ではどうですか?

    • 182
    • 2015年 3月 26日

    「無理が通れば道理が引っ込む」と言うけれど、超合理的強迫的ジャイアンの私には
    「合理が通れば条理が引っ込む」「条理が通れば合理が引っ込む」な、日々。
    相変わらずバランスが悪く、折り合いの悪い発達障害者です。

    簡単に言うなら、私の繰り出す超合理的な数式を条理(道理)大事のASDが理解できない。
    ASDの繰り出す条理(=道理「人として行うべき正しい道」)を私が理解できない。
    正確に言うと、条理大事が繰り出す数式は論理的(数学的)に間違っている。(としか思えないってレベルで無く、確実に数学的にアウトだよ。)

    こんなとき私は「おいこら、ちょっと待て。コレくらい小学生でも理解できる数式だぜ。」って思って、たとえ相手が医学博士であっても「こいつはのろまのアホだ。」くらいに見えてしまう。

    しかし、この世は実験室では無い。
    実験室でさえ再現不能な定理を用いて、生きとし生けるものの現実を裁くことはできない。

    > 「判断するだけの情報が不足している」という風な考え方もある。「情報は所詮自分のほうから見た一面でしかないから、えらそうに判断するまで行かない」という考え方

    この考え方はとても重要の様です。自戒せねば。

    どこの誰が数学的(論理的)な正しさだけを求めているのか?
    求めていないのよ。ASDに限らず多数派も。
    あ、いや、違う。「程々に」求めてるのです。
    強迫的には求めてません。合理を超えた「超合理」も要りません。だ。

    しかし、、、やっぱり何か納得がいかない。
    大体、私の提唱する超合理的数式は、前提として昨年までの会計処理が脱法的だった事(要するに脱税です。)を認め、かつその事を言い逃れるための「詭弁」の論理的な証明に過ぎない。
    この前提をクリアしないとこの数式の「正しさ」が理解できない。

    去年までの自分に一切脱法的な処理が無かったという立場を貫いて、正しい数式を用いて解くと、とんでもない解が飛び出してくる。
    結果としての数字が「とんでもない」ことは理解できるので、それを自分の納得できる数字に収めようとするから論理的に破綻した数式を用いることになる。
    論理的に破綻しているので再現性が全く無い。
    「ほら、これでぴったり!」と喜んで、もう一度再計算しようとすると違う答えが出てくる。
    「あら、変ね。あたしさっきどういう風に計算しかしら。」って。。。。。

    しかしだね。私の根拠が「詭弁」であることもまた確かな事実。
    この詭弁は自分たちが損をしないために必要な詭弁であり、早い話、責任の付け回しでもある。
    責任を押し付けられる側にしてみれば迷惑な話かもしれない。
    でもね、責任を押し付けられる側に実損は無いのですよ。なぜなら免税業者だから。
    私の詭弁はそこまで合理的に考えての詭弁なのだけど、、、、

    まぁ、生理的に受け付けられないんでしょうね。ASDさんは。
    さっきから「下請けさんはどうなるの?」「クライアントの負担は?」ってしきりに心配してらっしゃるじゃあありませんか。
    うん。まぁ、ね。税金は正しく申告しなくっちゃね。それが人の道だもの。私自身が損するワケでも無いんだしさ。
    ふむふむ。確かに身勝手な詭弁と言われれば、そうだね確かに。その通りだ。
    あぁ、やっと、全体像が見えてきました。

    すみません。こんな内容を垂れ流しちゃって。。。。
    でも書いたおかげで理解が出来ました。
    毎度お世話になってます。ありがとうございました。

    • Jenga
    • 2015年 3月 28日

    再現性のない定理・・・・・(ーー゛)? 
    ・・・・つまり定理じゃないってこと?
    息のかかった取引先の免税業者に儲けさせて、あとから裏金として回収すれば「犯罪」で、回収しなければ「バカ」ですが・・・・?

    なんだかよくわからないけれどよ~するに
    「この命題は偽である」
    ってことが、言いたいのかしらん。

    • 182
    • 2015年 3月 28日

    「再現性のない定理」って、、、、トホホ。
    まさか、「実験室で再現不能の定理」という表現をその様にとる方がいるとは想定外でした。反省。

    しかし物理の定理なんて殆ど学校の実験室でマトモに再現されないんですけど。。。
    っつーか再現できなくて混乱するから実験したがりませんね、教師が。

    それと「再現性のない定理」では全く意味が違うっちゅーの。
    私が「再現性」の無さを批判したのは根本的に論理が破綻しているASDおばさんの方。
    それが混乱しちゃったんですね。

    でも、ま、誤解されるのは誤解される側の責任。
    理解できない人がいると想定せずに妙な例えを用いたのは大失敗でした。

    失礼致しました。

    • Jenga
    • 2015年 3月 28日

    え・・・まだ意味がわからない・・・・。

    「再現性のない定理」っていう言葉をもうすこしわかりやすく説明していただけないでしょうか?
    ・・・再現性って超重要じゃないんですか?

    • Jenga
    • 2015年 3月 28日

    再現性が超重要だからこそ、設備もなければ腕もない教師は実験したがらないのじゃないんですかっ!!!(ー_ー)!!

    • Jenga
    • 2015年 3月 28日

    あっ!そういうことかっ!
    「再現性のない定理」じゃなくて・・・・・「定理を再現できない現実」ってことかっ!
    まあ確かに時間旅行が再現できるとは・・到底思えないです・・・・(;一_一)

    すみません・・・・・私の文字どーりモードによる誤解でしたm(__)m

    • 182
    • 2015年 3月 28日

    だから私は最初から一言も「再現性のない定理」とは言ってないでしょ?
    よく読み返してね。

    わたしは「定理」が「実験室」で再現できないと同様に、「強迫的超合理」は「生きとし生ける現実」で忌み嫌われる話をしているのです。

    落ち着いて、落ち着いて、よく考えてね。

    実験室で論理通りの数字が出ずに冷や汗かいて焦る教師を多数派学生は「先生、分かってますよ。論理通りにはいかないって。」と生ぬる〜い目で見守るのです。

    「おかしいじゃないか!論理が間違ってるのか?それともお前が無能なのか?」って反応は、、、確かに発達障害者らしくはありますね。

    • Jenga
    • 2015年 3月 28日

    あ。時間旅行を再現・・・とはおかしな言葉・・・一回も成功していないのに・・・(ー_ー)!!

    数学は中学から完全無敵の概念の世界だけど、物理は不思議ですね・・・それともそれを不思議だと思う人間のほうが不思議なんでしょうか?
    コンピューターなんて、0と1と足し算だけしかないし、それで計算し、ロケットを宇宙に飛ばしているわけで、それに気づいたとき、実在する「数」なんて0と1と加算しかないのかよっ!って思っ
    ことがありました。(←それは違うとおもうけれど)
    「現実」も数学のように0と1と加算で構成された座標の中にあれば、182さんは生きやすかったのかなあ・・・・・・・・・。

    • Jenga
    • 2015年 3月 28日

    あ。上のを読まずにコメントしてしまった。

    あそうか・・・再現不能の定理と書いてあります・・・度々すみません。
    「不能」を「ない」と読み間違えたのか・・・・。
    私は・・・文章の意味がわからないと問い合わせをしただけなんだけど・・・・・。
    「私はかくかくしかじかと受け取ったけれど」
    「違うわ!!!!」
    「そうですかっ・・すみません。了解っす」
    っていう・・・流れのつもり。

    ・・・もしかして182さんは、質問、反論、異論があったら・・・・
    その相手は自分のことを無能である、バカにしている、攻撃していると思うの?
    だからムキになるって、叩き潰そうとするの?

    • Jenga
    • 2015年 3月 28日

    あ・・また読み間違えた。
    「おかしいじゃないか!論理が間違ってるのか?それともお前が無能なのか?」って反応は、、、確かに発達障害者らしくはありますね。
    が、さしているのはジャイアンであるご自身のことか・・・・・私のことかと思いました・・・すみません。

    あれ・・やっぱ違うかな・・・・なんか不毛なループになりそう・・・・
    ・・・・・で、終了です。
    おやすみなさい。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP