ADHD関連

発達障害を疑う自覚症状

 コメントありがとうございました。コメントを見てあらためて「自己診断」の意味を私も考えました。あくまでも主観的な体験から考えられるようになっている必要がありますね。先を急がないで第一章を検討しました。また感想とコメントをよろしくお願いいたします。

 

(改良案1)Ⅰ自己診断第一章 -- 発達障害を疑う根拠

 自分自身の発達障害(ADHD、アスペルガー症候群(以下ASと略記)、LD(学習障害)など)を疑う場合、大人の場合でも子供の場合でも、まず以下のポイントに注目する。

1.「過集中」がみられる。何かに夢中になっていると「話を聞いてない」と言われる。またその集中は一晩中でも数日でも続いてしまう。

子供でも専門家顔負けの知識を集め「博士」と呼ばれたり、マニア振りが高じて「オタク」以上に呆れられる様な人に理解されにくい集中状態がある。

2.自分では気を使っているつもりでも「天然」「馬鹿正直」と言われたり、「はっきり言い過ぎる」と言われたりする。自分では思ったことをそのまま言っているだけである。

言葉を文字通りそのまま真に受けることが多く、「冗談が通じない」とか「遠まわしな言い方が理解できない」と言われたりする。

ウソはつけない。ついてもすぐにバレることが多い。頭に浮かんだことを口に出さずにいられないことがある。

 3.場の雰囲気等の状況理解が多数派(発達障害に対して比較的一般的な大多数の人)とズレたり食い違ったりしてトラブルとなることがある。「空気が読めない」と言われたり、明らかに不適切な発言をしたという反応(多数派の人の表情や目つき、顔つきなど)を受ける。「ユニーク」「宇宙人」等といわれたりする。

4.人に対してはほとんど執着しなかったり、かえって執着しすぎたりして、結果として独特の極端なバランスを欠いた対人関係の行動パターンとなることが多い。「自立している」「他人に冷たい」、あるいは逆に「支配的」「干渉的」等と言われる。遠く離れると疎遠となったり、また好きな人には逆に極端に頻繁に手紙を書いたり携帯電話のメールをチェックしたりする。

5.物を捨て切れなかったり、置き場所が決まっていたり、特定の銘柄や身に着けたときの感触に極端にこだわったり、極端な偏食や服装のこだわりなどの、物に対する他人に理解されにくい執着がある。

6.結論を性急に求める。待てない。「意味が分からない」ことにストレスを感じる。

7.極端に近視眼的、場当たり的であったり、極端に計画的で予定の変更に対応できなかったり、時間意識に他人に理解されにくい特徴がある。

8.多弁、強弁したり、詩的象徴的な表現を日常生活全般でワンパターンで状況に関わり無くし続ける。「声が大きい」と言われる。言葉がそのままでは通じないことが多い。

9.思ったことを言おうとしても言葉が出てこなかったり、長い文章だと意味が分からなくなったりする。「耳で聞く、話す」、「書いたものを読む、書く」「数字の計算」のどれかが極端に不得意だったりする。

10.「話が飛ぶ」「何を言っているか分からない」「話が長すぎる」と言われたりする。話しているうちに何を話していたか分からなくなったりする。学童期に文章題の意味が分からなかったりする。  

http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/

 


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コメント

    • ALIVE
    • 2006年 10月 21日

    こんにちは。
    発達障害医師の雑感ともども、拝見させていただいています。
    私は発達障害と診断されている成人です。
    第1案に対しての意見をまとめていたところ、もう締め切られていて
    改良案1になっていました。このスピードでは、当事者の意見は
    なかなか聞けないのではないでしょうか?もしよろしければ、発達障害
    当事者の意見がある程度あつまるまで、ゆっくり進んでいただけたらと
    思います。
    以下、項目ごとに私見を記述します。
    5・6・7・8
    これは発達障害当事者としては、疑う根拠として、おおいに納得するのですが、
    私の場合に限って言えば、自分で気がついたのではなく、
    医師の診断を受けた後、私の状態に適した個別のコーチングを何度も何度も
    受けて、さらに、他のサポートも受けた上で、ようやく理解できてきたというのが
    実感で、自己診断は難しいのではないかなと思います。
    そして自己診断であろうが、医師による診断であろうが、支援という概念がなく
    診断だけが独立してあっても、当事者は混乱するだけだと思います。

    • Self-Knowledge
    • 2006年 10月 21日

    こんにちは。
    発達障害医師の雑感ともども、拝見させていただいています。
    私は発達障害と診断されている成人です。
    第1案に対しての意見をまとめていたところ、もう締め切られていて
    改良案1になっていました。このスピードでは、当事者の意見は
    なかなか聞けないのではないでしょうか?もしよろしければ、発達障害
    当事者の意見がある程度あつまるまで、ゆっくり進んでいただけたらと
    思います。
    以下、項目ごとに私見を記述します。
    6・7・8・9
    これは発達障害当事者としては、疑う根拠として、おおいに納得するのですが、
    私の場合に限って言えば、自分で気がついたのではなく、
    医師の診断を受けた後、私の状態に適した個別のコーチングを何度も何度も
    受けて、さらに、他のサポートも受けた上で、ようやく理解できてきたというのが
    実感で、自己診断は難しいのではないかなと思います。
    そして自己診断であろうが、医師による診断であろうが、支援という概念がなく
    診断だけが独立してあっても、当事者は混乱するだけだと思います。

    • ALIVE
    • 2006年 10月 21日

    こんにちは。
    発達障害医師の雑感ともども、拝見させていただいています。
    私は発達障害と診断されている成人です。
    第1案に対しての意見をまとめていたところ、もう締め切られていて
    改良案1になっていました。このスピードでは、当事者の意見は
    なかなか聞けないのではないでしょうか?もしよろしければ、発達障害
    当事者の意見がある程度あつまるまで、ゆっくり進んでいただけたらと
    思います。
    以下、項目ごとに私見を記述します。
    6・7・8・9
    これは発達障害当事者としては、疑う根拠として、おおいに納得するのですが、
    私の場合に限って言えば、自分で気がついたのではなく、
    医師の診断を受けた後、私の状態に適した個別のコーチングを何度も何度も
    受けて、さらに、他のサポートも受けた上で、ようやく理解できてきたというのが
    実感で、自己診断は難しいのではないかなと思います。
    そして自己診断であろうが、医師による診断であろうが、支援という概念がなく
    診断だけが独立してあっても、当事者は診断結果を手に、途方にくれるだけだと思います。

    • ALIVE
    • 2006年 10月 21日

    (続きです)・・・
    次に、自己診断のメリット・デメリットの観点から検討してみました。
    自己診断によって、悩み苦悩している人自身が、自分の性質・脳の働き方
    の違いを知る事によって、予想されうる混乱に対して、事前にある程度の
    対策をたてられるというメリットは大きいと思います。
    しかし、同時にアスペルガー症候群のように、基本的資質として自閉症が
    ある場合、周囲のサポート体制がなければ、自己診断だけでは、
    どうにもならないというのが、発達障害の事実ではないでしょうか。
    また、自己診断シートのようなモノが存在すれば、それは同時に
    他者診断にも勝手に流用されてしまうのではないでしょうか。
    この自己診断第一章をYANBARUドクター様の手の届く範囲で
    使用される分には、何ら問題はないと思いますが、このように
    ネット上で発表されれば、当然の事として、YANBARUドクター様の
    手の届かない範囲で、勝手に使われてしまうのではないのでしょうか。
    例えば
    家庭で・・・この発達障害の専門家の自己診断シートによれば、
    私の妻は、もしかしたら「受動型AS」かもしれない、と使われたり、
    職場で・・・この発達障害の専門家の自己診断シートによれば、
    部下は、もしかしたら「ADHD」かもしれない、と使われたり、
    学校で・・・この発達障害の専門家の自己診断シートによれば、
    この生徒は、もしかしたら「積極奇異型AS」かもしれない、
    と他者による勝手な判断材料に使われる可能性は高いと思います。
    そしてそのような、専門家の書かれた診断基準を基にした
    非専門家による勝手な推測で、苦しめられるのは、発達障害を
    持つ本人や、医師による発達障害診断を受けられない人達です。
    自己診断用の文章を公表する上で、このような起こりうる可能性の
    高いリスクについて、YANBARUドクター様は、どのような考えを
    お持ちなのでしょうか。

    • ALIVE
    • 2006年 10月 21日

    (続きの続きです)
    以上、言葉どおり、現時点での忌憚の無い私見を書き込ませていただきました。
    そして叩き台との事ですので、おもいきりたたいてみました。
    なんにしても、発達障害診断の間口は狭いより、広いほうが良いと思います。
    私はこの自己診断という切り口から、YANBARUドクター様が本来希望している
    若手の精神科医が発達障害に興味をもってくれたらいいなと、おもいます。
    (自分の文章を読み直してみたら、自己診断という言葉を、自分独自の
    理解で、狭い範囲で使っている感じです。強迫観念も強いですね。
    そして被害妄想的思考ですね。長文ですね。
    私の言語は他者に伝わっているのでしょうか?
    まさに意味不明な人です。)

    • yurin
    • 2006年 10月 21日

    ALIVE様のコメントより:
    >専門家の書かれた診断基準を基にした
    >非専門家による勝手な推測で、苦しめられるのは、
    >発達障害を持つ本人や、
    >医師による発達障害診断を受けられない人達です。
    >支援という概念がなく
    >診断だけが独立してあっても、
    >当事者は診断結果を手に、途方にくれるだけ
    確かにもっともだと思います。
    だけど、『一歩のところで診断されない当事者』を
    私も何人か知っています。
    そういう人達の苦しみは
    『自分を何物と知って生きていけばいいのかわからない』
    というところにあるように、私は感じています。
    過剰診断はもちろん問題だと思います。
    何でも発達障害っていうのはどうよ、という意見も理解できます。
    自己診断で『その程度で発達障害を名乗るな』っていう言い分もあるでしょう。
    でも、診断されずに混乱の中、『羅針盤が欲しい』と願う『自称当事者』は確かにいます。
    ・・・・・
    ※私自身、文章の全体の流れから言いたいことを読み取るのが苦手なので、『引っ掛かったフレーズ』を中心に自分の意見を述べています。決していい加減な気持ちで書いてはいませんが、誤解の元となりそうでしたら、管理人様の判断で非公開にしてください。

    • yurin
    • 2006年 10月 21日

    ALIVE様
    >私の言語は他者に伝わっているのでしょうか?
    私は貴方の文章を読んで、貴方がお伝えしたかったことすべてを
    正確に読み取ってはいないかもしれません。
    でも、貴方が書かれた言葉のいくつかを、私は納得しながら読みました。
    私はこのコメントを数回読みました。
    そして投稿するのは3回目です。
    3回のうち、一番大事なのはこの3つ目だけかもしれません。
    だから公開していいのは、これだけかもしれません。

    • 匿名
    • 2006年 10月 21日

    YANBARU先生始めまして。今日、NHK総合で「探検ロマン世界遺産・日本」で沖縄・琉球王国をしていまいた。
     先生がブログを書き始められた時から、臨床医でなければ書けない、文章だと思いました。告白から始まって、かなりのインパクトを持ってましたね。自己のADHDの人生経験と臨床医としての診療経験を両方持っておられるだけに、行間から感じる非言語的な納得感がありますね。
    1、の過集中は納得できます。
      自分の場合、小学校の夏休みの宿題で絵画がありましたが、1週間朝から晩まで1枚の絵を制作することに熱中していて父親から「何日間、絵ばっかし描いとるんじゃ。ええかげんにせー」と言われて、はじめて1枚の絵に1週間もかかっていることは普通でないと気付きました。
    2,3,4,5も納得です。
    6、も納得です。
      自分は中学に入学して(-)X(-)=(+)がどうしても理解できず父親が「もう分らなくていいから、そのまま憶えろ」と匙を投げられ、「分らない自分はバカなんじゃなかろうか」としばらく悩みました。
    9、も納得です。
      小学校の頃、他人の話が聞き取り辛くてしばしば意味が  理解できなくて、作り笑いで誤魔化してました。
    1つ提案ですが、神経学的な軽い支障を持っている場合が多いと思うのですがどうでしょうか。自分自身も持っております。
    私、このブログを書き出して1日も欠かさずに書いているのも、こだわり、強迫傾向でしょうね。

    • 匿名
    • 2006年 10月 22日

     皆さんコメントありがとうございます。
     私自身がADHDであるからかもしれませんが、「本当のことに近づく可能性があることはマイナスではない」と考えています。例えばご家族がある資料(こういった資料はネット上でも書籍でも実はたくさんあります)から本人の発達障害に気付くことができれば、それは本人の自己理解に近づくことで、みんなでその機会をプラスに生かす努力をすれば良いと思います。
     「専門家の書かれた診断基準を基にした非専門家による勝手な推測」の可能性はありますが、そうでない場合にある現実は、私自身の経験でも、大半が「自己中心的な悪人または怠け者、悪意からの行動もしくは人を馬鹿にした行動」「反省しない」という周囲の受け取り方であり、また「自分は多数派と比べると何も分からない無価値な人間」という自己評価となっている場合が多く、告知は「自分が悪いのではなかった」という意味になることが多いと思います。
     ALIVEさんのケアの体制は現在ではまれに恵まれた非常にラッキーな立場に居られると思います。みんながそういう環境に恵まれると想定すれば確かに自己診断は不要ですね。
     私は多数派が発達障害と誤解されたり、また発達障害が別の発達障害と誤解される可能性は、発達障害が悪意や怠慢と誤解されるよりははるかに害が少ないと考えます。
     もうひとつ、「専門家」というのが実際には必要とされているよりも圧倒的に少ないと思いますし、精神科や小児科の専門家がみんな成人発達障害をきちんと診断できるわけではないのも現実です。
     自己診断の前書きには、「自己責任」を明確に書いておくことにします。当然のことですが、自分の人生の決定は医師がするものでもなく、自己診断ですから、当然本人に責任があります。
     私が自己診断を考えるのは上記のような理由です。納得が行かなければどしどしご意見をお願いいたします。

    • yurin
    • 2006年 10月 22日

    >YANBARU先生
    私の投稿を選別して公開してくださって、ありがとうございます。
    実はALIVE様の投稿に意見することは、コメントを前に、ずいぶん迷いがありました。なぜなら、私は実生活もインターネットでのやりとりでも、人間関係での失敗が多かったので、私はここででしゃばるべきでない、と、なんとか自分を抑えようと頑張りました。でも、結局自分を抑えることができませんでした。
    ALIVE様のご苦労の全ては、私にはわかりません。でも、きっと私にはないご苦労があったのだろう・・・と察しております。
    自覚症状ですが、読みながら、自分には9、10の項目も思い当たりました。
    小学校低学年のころ私は計算が苦手な子でした。それを心配して母親がそろばん塾に通わせてくれたのですが、今も、1桁の計算でも、頭の中で?そろばんの玉に自動変換してやっているかも・・・、と、気が付きました。自分は計算ができる、と思いこんでいたけど、それはそろばんの玉のおかげでした。
    長い文章を全体から読み取るのも苦手だ、と気が付きました。
    インターネットでのコミュニケーションの失敗も、なんとなくですが、そこにあるような気がしてきました。今回の投稿は、少しそれを意識してコメントを書いたのが良かったのかもしれません。
    (続きは以下)

    • yurin
    • 2006年 10月 22日

    (上の続きです)
    『聞く、話す』は、今も苦手です。私の苦手は特に『話す』ことだと。これは思春期頃から感じていたことです。随分長く、個性の範囲と思っていましたが、思い出せば小学校のころから、ちょっとしたことが親に言えなくて(学校の持ち物とか)、『どうしてそんなことをいつまでも黙ってるの』と、叱られたことがありました。恐らく『聞く』ことも苦手かもしれません。
    人から言われたことを、確認のために内容を聞き返すことはよくあります。とくに学校の連絡網など。
    タイトルの『自覚症状』ですが、よーく思い出すと正確には『自覚』したのではなくて、本などに書かれたものを読んで『ああ、そういえば』と思い出すことがほとんどでした。
    それから、長い間、自分はこんなものだから、ほかの人も同じ・・・と思いこんでいました。だから他の人はどうして雑踏の中携帯電話で話ができるんだろう、と、不思議でした。人が集まるホールの中で、人の声や内容が聞きとれず、何度も聞き返して嫌な顔をされたとき、なんとも言えない気持ちになったこともありました。私からすれば、『こんなにうるさいのに聞こえるわけないじゃない、どうしてそんな嫌な顔するの?』って。
    それに私は自分の携帯電話が鳴っても気が付かないことが多いので、私の相方は連絡があるとき、私の携帯に電話を入れて、娘二人にも電話を入れる・・・と2重3重の対策を施しているようです。そういうことを見てると、自分の鈍さ(不注意?)は並レベルでないような気がするし、家族にも、気が付かないところで気を遣わせているのかも・・・と思えて申し訳なくなることもあります。
    そういう意味で『自己診断』の手引書が役に立つといいな、と思いました。
    またまた長々と書いてしまい申し訳ないです。
    もしも不適切でしたら非公開にしてくださってかまいません。
    状況の判断も下手なので、本当は黙っているほうがいいのかもしれません。
    だけど、誰かに聞いてもらえたら、私はそれでいいんです。

    • ちゃしー
    • 2008年 12月 18日

    はじめまして。
    今年の8/29にHPからメール相談をしたものです(件名:発達障害についてのご相談)。
    お返事ありがとうございました。とてもうれしかったです。
    自分がほかの人と違う理由がわかり、なんともいえない安堵感を覚えました(正式な診断ではないことは承知しています)。
    HPを拝見して、今日こちらのブログの存在を知りました。
    メール相談のお礼も兼ねてご挨拶をしたいと思い、コメントしています(だいぶ昔の記事に対するコメントで申し訳ないです)。
    自己診断の内容を読ませていただきましたが、7,8と9の後半以外はすべてぴったり当てはまります。
    お返事のとおり、やはり自分はASなのだなぁ、と思いました。
    メール相談のお返事で勧めていただいた「各都道府県にある発達障害者支援センターへの相談」ですが、じつはまだ行っていません。
    メール相談をする数ヶ月前に勇気を出して総合病院の精神科の受付に行ったことがあるのですが、そのときにとても辛いことがあったのです。
    (近づいただけで看護師さんに胡散臭げな顔で見られ、身体症状の有無を訊かれたので身体症状はないこと、相談のようなことになってしまうのだが受診できるのか、ということを訊いたところ、ここは病気を治療するところです、相談するところではありません、とにべもなく断られました)
    精神的に辛い今、同じようなことがあったときに耐えられる自信がなく、病院にかかりたい気持ちは強いのですが二の足を踏んでいる状況です。
    またおじゃまさせていただきます。

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