ADHD関連

「見下す」という方法

 ジャイアン(自己正当化型ADHD)には「一廉の者であらなければならない」「自分を下に見られるのは腹が立つ」という中心志向と、非常に合理的な志向との両方がある、この矛盾がジャイアンのさまざまな行動パターンを形成している。

 この二つを「うまくマイナスを少なく使いこなして乗り切る」方法の一つが、(表面上はきれいではないけれども)「見下す」という方法である。

 私自身はうまく出来ないが、実は「この相手はどうせ低レベルだ」と見下して、「それから合理的に理解する方向に行動できる」ということが可能になるのだ。

 「見下す」ことで自分の中の中心志向から来る「お前が何を偉そうなことを言うか」といった醜い感情の動きを一旦抑えると、あと残るのは合理的な部分なので、逆に合理的に理解の努力が出来てむしろ冷静で平等なADHDらしい関わりが可能となる。

 ASの非言語的な表現の中にある「自分のほうが世界の中心だ」という前提に反応しないジャイアンの人にはこういう認知の方法が出来ているのかもしれない。

 世の中の現象をすべて学歴で説明する浅はかこの上ない私の母親ジャイアンが、昔「負けるが勝ち負けるが勝ち」と自分に言い聞かせるように繰り返し言いつづけていたことを思い出す。

 表面的に見れば「なんて偉そうな」ということになるが、そうでもしないと感情的に反応して心穏やかに生きていけないのがジャイアンの現実である。

 私自身はこの「見下す」ということ自体への合理的な自己突っ込みが非常に強いので、合理的に理解するところまでたどり着けないというところだろう。


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コメント

    • むーん
    • 2008年 7月 15日

    ・・・最近、これ減ったと思っていたのですが、私なんかの中には、確かにあるかも知れない、この「見下す」という防衛システム・・・(特に、援助職相手には。)
    AS彼が、なんで5年も平穏に続いた「のだめ」彼女との仲をいきなり取りやめにして、「佐々木律子」の私に乗り換えたのかよく分からないんだけど、
    (一つには、アルコール依存性依存、おまけにヤの字の元彼と深入りしそうになって、診察室に駆け込んで泣いている私を、どうにかせにゃならん、と使命感を持ったらしい、)
    しかし、私とは1年しか続かなかったというのは、律子私が常に彼を「尊敬しつつも見下している面があった」からのような気がします・・・
    私は、昔「砂漠のライオン」ならぬ「北極のペンギン」と友人に言われたことがあります・・・北極のペンギンは白くまだって怖くない。しかし、その代わり、砂粒ならぬブリザードは始終体に吹付ける・・・という訳で、随分、損して生きてきたような気もするなぁ。
    私が、あまり見下すのが得意でなかったのは、成功者であるAS父ですね。しかし、その’尊敬’も彼のAC教育のおかげでどこへやら。世の中、箱入り娘もいつか外に出るように出来てます。(ハクション)

    • mmm(ジャイアン)
    • 2008年 7月 15日

    わたしはこれまでもあまりASの方の非言語的な表現にあまり反応することがなかったのですが、「見下す」ですか。
    うーーーん。。。
    以前、ジャイアンの高学歴やホワイトカラーのような「メジャー」への中心志向、というエントリーがありましたが、わたしはジャイアンですが「自分が満足すればマイナーでもok」というようなところが多い気がします。
    メジャーへの中心志向もなくはないのですが、母親がたいした理由もなく、ただメジャーであることを重んじる人だったので、わたしはそれを嫌悪してマイノリティーであることのよさを見つけてきた(現在も続行中)、というところがあるからかもしれません。
    ジャイアンなのに中心志向があまりない(ジャイアン母の反面教師で?)ため、メジャーよりマイナーという考え方をしていて、ASもジャイアンと同じようにマイノリティーであるというとらえ方をしているため、そんなに反応しないのかな、というような気がします。
    が、どうなんでしょう。。。
    ASの非言語的表現は自分中心の発言が隠れていておもしろいと感じることが多く(自分と違うので)、分裂したものを一気に含めてくるので分かりやすい、と感じます。
    逆に一番反応してしまうのは、多数派の方がよく使う「普通」とか「空気を読め」とか、その他そういった言葉を連想させるような些細な会話に、一々憤慨したり、飽きれたり、落胆したりしてしまいます。
    ASの方を「見下す」というよりは中心志向のメジャーとマイナーが逆になっている・・・という気がコメントを書いていてしたのですが、どうでしょうか?
    自分でもあまりわからないので、どういう回路を辿っているのか知りたいです。

    • むーん
    • 2008年 7月 15日

    >ASの方を「見下す」というよりは中心志向のメジャーとマイナーが逆になっている・・・という気がコメントを書いていてしたのですが、どうでしょうか?
    私がAS彼と、最大の大ゲンカになったのは、私が、「アメリカの生んだ最大の芸術家はヘンリー・ダーガーだ」(注・ヘンリー・ダーガーとは、知的障害者で引きこもりで皿洗いをしながらのコラージュ製作者で、死後爆発的に有名になったいわくつきの人です)と、言ったことですね。
    AS彼の怒ること怒鳴る事。あれが一番のケンカでした。
    私の家もいわゆる高学歴、高収入だったんですが、
    >わたしはそれを嫌悪してマイノリティーであることのよさを見つけてきた(現在も続行中)、
    というところがmmm(ジャイアン)さんと同じくあるので、こうゆう発言になってしまったのかも。これがせめて「アメリカで一番偉大なのはジョージ・ルーカスだ」にしとけば、彼もそんなに怒らなかったかも。

    • mario (AS)
    • 2008年 7月 15日

    ジャイアンは、自己評価を低く抑える必要があると思っていたので、今回の内容は新鮮でした(が、まだ良く分かっていません)。
    私はジャイアンから見下されても(多分)平気ですが、是非とも見下している部分を口に出して言って欲しい。何も言わずに見下されてたら、それと分かった時に信用出来なくなりそうです。一部分ではなく全面的に見下されてたら、どうだろう?無理かな?良く分かりません。
    私は、自分の山の頂にいます。自己評価を高めることで、「そっちの山も高いね」と他人を評価できます。自分の山の欠陥にも、人の山の欠陥にも目を瞑れます。そして、ASにはこの方法が良さそうな気がするけど、どうでしょう?山頂のジャイアンとも共存できそうです。
    (ただ、一番の問題はパートナーをつい自分の山に連れて来てしまう事なんですが…)

    • まり
    • 2008年 7月 15日

    先生の仰る「見下す」は、多数派は日常的にやっているような気がします。
    具体的には「見下す」とはちょっと違うのですが、
    『なんかこの人変わってるな』『なんか違和感あるな』⇒でも人それぞれだからそこはスルー⇒合理的な部分で話をする
    という感じだと思います。
    特に売られた理不尽な喧嘩を買わない場合などは心の中で「何言ってんだこいつ?」と思ったりします。
    むーんさん、
    >私がAS彼と、最大の大ゲンカになったのは、私が、「アメリカの生んだ最大の芸術家はヘンリー・ダーガーだ」と言ったこと
    なぜ彼氏さんが激怒したのかどうしても判りません。
    「事実と違う」ということなのでしょうか?
    「むーんさんにとってはそうである」と納得できないという事なのでしょうか?
    こういうことでも喧嘩になるのだと難しいですね。
    marioさんの
    >パートナーをつい自分の山に連れて来てしまう事なんですが…
    も気になりました。
    私にはこの深層心理は「俺の山の方が良いから」⇒「押し付け」ということのように思えます。
    本人にその自覚がなくコントロールできていない場合は、
    その人との距離の近いお付き合いは難しくなりそうです。

    • くらら
    • 2008年 7月 15日

    まりさんの言う通りかもしれません
    多数派はなんか違うと思っても「見下す」 というよりは「あの人かわってるししょーがないじゃん」でスルー。
    私自身は中心志向はあるものの個性を伸ばすことに主眼を置いているので日常生活では露骨に出すことは少ないかも。
    私に実害が及ばなければ別にいいのです
    けれどもここでASに反応するのは発達障害の理解のために正直に書いて良い所だと思うから
    そんな訳でMarioさん
    人に見下すことがあったら言ってほしい
    と頼む前にジャイアンからの質問に答えるのが筋でしょう?
    わからない
    なら
    わからない
    でいいのです。そのことでMarioさんの価値が下がる訳でも何もない
    人の質問に対して何もなかったかのような態度をとって頼むも何もないはずですが?
    ASはADHDと違いパラレルで物を見ず一つのチャンネルに集中してみているようですが、あなたが見なくなっただけで、終わってない物事って実生活にもありそうな気がします
    私はそんなASの後始末に最近追われてて、見下し半分、あきれ半分、自分に腹立ち半分という感じですね

    • むーん
    • 2008年 7月 15日

    まりさん
    >なぜ彼氏さんが激怒したのかどうしても判りません。
    単純に「オレ様の考えている事と違う」からだと思います・・・(ひっく。)
    当時、彼は主に引きこもりの治療に当たっていて、家で詩や評論ばかり書いている私への、叱咤激励と言うのもあったと思いますが、要はそういう事だと思う・・・
    「佐々木夫妻の仁義なき戦い」で、律子さんが「私のルールではこうなるのよ!」とか何とか夫に喚くシーンがあって、それはそれで滅茶なんだけど、
    ASには「自分の考え=事実」で、「相手にとってはそうである」とゆう事が、基本的に理解できないし、スルーできないんだと思う・・・
    (もっとも、そういう人だとある程度理解した上で、喧嘩売ってしまうのは、ジャイアンのKYところなんですが。)

    • むーん
    • 2008年 7月 15日

    >marioさんの
    >>パートナーをつい自分の山に連れて来てしまう事なんですが…
    も気になりました。
    私にはこの深層心理は「俺の山の方が良いから」⇒「押し付け」ということのように思えます。
    本人にその自覚がなくコントロールできていない場合は、
    その人との距離の近いお付き合いは難しくなりそうです。
    これが「正常な認知」というものだと思います・・・まりさん。
    何故、こういう人(AS)に限って、ほいほいついていくかジャイアン。と思わず自己突っ込み。
    私の場合、ジャイアンACで自己評価が低いせいかも知れないけど、それでも、ごり押しをしない多数派には、なんでか「磁石のように」は惹かれませんね。
    当然モラハラも起きる。私の場合、最終的にAS父(この人もやっかいな人なんですが)が、「こいつはその内、本当に暴力を振るうぞ」と乗り出してきて、診察室でドクター、彼、私、父との4人で怒鳴りあい。
    (「どらえもん」のようなキャラクターのドクターは、怒鳴ってはいませんでしたが、心底困っていました。)
    話が「見下す」からずれてますが、ASに対しては、ジャイアンはジャイアンらしく、くらら嬢の言うように「見下し半分」くらいの方が、あとあと面倒なことにならないのかも。
    「見下し」ていないと、喧嘩は起きない代わりに、どこまでもジャイアンに増長するのがASだから。(ー_ー)!!

    • kei_
    • 2008年 7月 15日

    >ASの非言語的な表現の中にある「自分のほうが世界の中心だ」という前提に反応しないジャイアンの人
    確かに、ここ最近、ジャイアンのツボには、全くはまらなくなっている私ですが、「見下す」ができているかどうかは、よくわからないですねぇ。
    >>>パートナーをつい自分の山に連れて来てしまう事なんですが…
    のコメントも、寂しいからなのかなぁ・・・なんて、呑気な考えしか浮かばなかったですし(笑)。
    多数派の「見下す」は、見下しても、見下さなくても、それによって、自身の足場は崩れもしないし、固まりもしないけれど、ジャイアンの「見下す」は、そうすれば足元がしっかり固まったような安定感が得られ、もし、しなければ、足元が崩れて、お山から転げ落ちてしまいそうになる・・・というイメージでしょうか・・。
    お互いに心地いい状態でいて、その結果が双方の利益に繋がっていけば、お山が1つでも2つでも、それほど問題はない気もするのですが・・・。
    多数派の間の似たような関係で、「持ちつ持たれつ」というのがありますが、協力しあうとなるとジャイアンには無理があるので、結果として、協力したのと同じような感じ(相手の利益も生んでいるというところ)におさまると、スッキリできそう・・・??

    • 銀の三角
    • 2008年 7月 16日

    むかし定型友人によく「負け惜しみ言わないの」ってたしなめられましたが同じようなものでしょうか。
    負けず嫌いなので何か一言言わないと素直に認められない事が多いのです。納得できないというか。
    「お前が何を偉そうなことを言うか」というのは醜い感情なのですか?私はニュースの政治家の発言などには常にこれ言います(独り言ですが)
    marioさん
    >是非とも見下している部分を口に出して言って欲しい。
    と言う部分は、上のコメントに対して、と言うことではなく
    「世のジャイアンさんへ、そういうこと(見下すべき)がある時には言ってもらったほうが信用できる。」という意味に思えましたがいかがですか?あっていますか?
    文字コミニュケーションも不得意な私は行間が読めないことを克服するにはやはり一々お聞きするしかないかと思いまして。
    山頂のジャイアンと共存できるのはいいですね。
    私は山頂のASと今後どうやって上手く付き合えるかと思案中です。そちら側から見たコツは何でしょうか。
    あと、山頂に素直に来てくれるパートナーさんはやはり定型の方なのでしょうか?
    ジャイアンの方なら反発されませんでしょうか。(私は居心地の良い間はちゃっかりいますが)

    • mario (AS)
    • 2008年 7月 16日

    > くららさん
    ここでは、個人vs個人のやり取りは推奨されていないと認識しています。それに、質問された事に一つ一つ答えたい気持ちもありますが、それに答えたとしても結論に達しないのがASとADHDじゃないでしょうか?答えることにメリットがないと思ったので、ワザとスルーしていますよ。
    個人的には、ADHDに対して説得を試みないと言う事で、自分が成長したなぁとも思ってるんですが、どうでしょうかね?
     :
    「パートナーを自分の山に連れて来てしまう」ってくだりも、私が思ったようには余り読んでもらえてないようですね。“問題だ”と書いているのは、それが結果として押し付けになるって分かってるからです。ASにとっては分かり合えると感じる相手が必要で、分かり合えると感じた結果(そうと認識せずに)自分の考えを押し付けてしまう傾向があります。結局、誰とも分かり合えないと認識して寂しさを味わいながら一人で生きて行くかないと思っています(正直言って絶望的な結論で、絶望的に寂しいです)。
    分かり合えないと分かっていると言っても、それをパートナーなり愛着の対象にそれを求めないのは、かなりの努力を要すると自分自身で感じています。身近な異性などに対して心の中で「あなたはあなた、私は私、分かり合えない」と念仏のように唱えて、愛着を持たないように努力している毎日です。

    • ねね
    • 2008年 7月 16日

    >見下すとうまくいく
    心当たりがあります。
    話しているときに「何言ってるんじゃぁ~!!」と腹が立ってきたら、この人は病気なんだとか障害者なんだとかあるいは未熟なんだとか思うと怒りを抑えて相手の気持ちをくむことが出来るようになります。
     それはとっても効果的な方法なんですが、相手が自分のことを理解してくれる優しい人と勘違いしてしまいます。
    それで要求が増えたりとか 馴れ馴れしくされたりとか 「信頼しています」なんて言われた日には「勘違いしないでくれ」と言いたくなります。
     それはやっぱり相手を見下しているからなんでしょうね。

    • 銀の三角
    • 2008年 7月 16日

    marioさん
    上の私のコメント、夜に書いたためか文章がわかりにくいので改めて質問させてくださいね。
    私が書いた>世のジャイアン というのは誤解をまねく表現でした。
    正しくは「marioさんが関わる中のジャイアンさんに、そういうこと(見下すような)がある時には口に出して言ってもらったほうがその人を信用できる。」(と書くべきでした。)
    このような意味で書かれたと私は受け取りましたがいかがですか?
    まさか「このコメントについて今試してみて」という意味のわけはないでしょうが、ADHDな私は常に早合点・思い込みで失敗してきたので教えていただけたら助かります。
    そして特にASタイプの人とのコミュニケーションの必要が個人的にあるものですから、
    行間を読めなかったり、読みすぎて間違える失敗が減るといいなと思いまして。

    • むーん
    • 2008年 7月 16日

    >ASにとっては分かり合えると感じる相手が必要で、分かり合えると感じた結果(そうと認識せずに)自分の考えを押し付けてしまう傾向があります。結局、誰とも分かり合えないと認識して寂しさを味わいながら一人で生きて行くかないと思っています(正直言って絶望的な結論で、絶望的に寂しいです)。
    ここでの私からは想像つかないかも知れないけど
    リアルの私はASの話を良く聞きます
    AS父の夕食後毎日1時間の演説も
    AS経済学者(70過ぎてますが)の会う度の喫茶店での3時間にわたる講義も
    AS弟のくどいメールも電話も全て「うんうん」と受けます
    否定は一切しません
    なんでかとゆうとそうしないと激怒するし
    そうしとけば後で危なっかしいADHDに優しいから
    しかし、AS彼の場合は、愛着が完全に私に向いてしまったので
    (他のケースと違って奥さんいない、いたら不倫だ)
    そういう訳でいくら話を聞いてあげても底なし沼に満足せず彼のお山のミーテイングに修行だと思っていくら通ってもまだ足りんと言う
    で、とうとう喧嘩になってしまいました
    >身近な異性などに対して心の中で「あなたはあなた、私は私、分かり合えない」と念仏のように唱えて、愛着を持たないように努力している毎日です。
    とありますが、これはジャイアンには無言の前提です
    「話し合う」楽しさと言うのはASには脳の働きからしてそもそもないのかな?
    ちょっち’不満’というより’不思議’だったので、投稿させてもらいました。(^_^;)

    • エイト
    • 2008年 7月 16日

    そうか~!わかりました。私は「自己突っ込み」で底なし沼にハマることはあるけど、ASは「自分の要求や満足」そのものが底なし沼なんですね。
    ありがとうむーんさん!!説明よくわかりました。
    (私は得体が知れないASの生態には興味があるので・・)
    >パートナーを自分の山に連れていってしまう
    marioさんにとってはそれは本能だから仕方ないのですね。連れて行きたい要求は止められないのですね。
    それに加えてそれがどうして、どういうふうに駄目なのかパートナーの立場にたった見方が全くできていませんから。自分の心を解説するだけですから。
    相手のことにまで想像がおよばないのですね。だから要求が底なし沼なんですね。
    ここでのやりとりもmarioさんの理屈で通したいみたいだし。
    私はmarioさんを見下していないから本当のことを言います。この場でいろいろなジャイアンとうまくコミュニケーションをとる訓練をすることはmarioさんの将来にプラスになりますよ。特に将来のジャイアン女性と末永くいい関係をたもつうえでは良い影響があると思う。
    それなのにもったいないですよ。自分ひとりじゃ不安で解決できないからここに来ているのですよね?
    それとも本能だからと諦めます?諦めるならジャイアンに質問などして絡んでこないよう重々お願いします。
    私ですか?やっぱりうまく見下せなくて、理解に到達する前に切り離すパターンが現実では多いですね。
    何故すぐに直球投げちゃうのか?こどものころから散々家族に指摘、いや馬鹿にされて来ました。だからその意味とか結果とか自覚は完璧です。ここが私とmarioさんの違いかな・・
    私のジャイアン家族はうまくまわりを見下して生きていたのだな~と先生のこのテーマで理解できました。見下せるジャイアン家族と私は気があわないということも再確認です。
    同じジャイアンでもステージ?ポジション?が違う気がします。

    • mario (AS)
    • 2008年 7月 16日

    銀の三角さん
    正確に表現すると
    世の中のジャイアンさんは、身近なASを見下すような事がある時には、それを口に出して言ってもらったほうがAS的にあなたを信用できるんじゃないかなぁ。少なくとも私自身に関してはそうだろうと感じてます。
    でしょうか?

    • mario (AS)
    • 2008年 7月 16日

    むーんさん
    > 「話し合う」楽しさと言うのはASには脳の働きからしてそもそもないのかな?
    話し合いは楽しいですよ。
    幾らでも議論します。
    ジャイアンの方々と違うのは多分、共通の一つの真実に到達しようとしてしまう事ではないかなー。自分の居る山に自信がありますが(自信がないとその山に居られない)、説得されれば自信を持てそっちの山に行きます。その意味で、やっぱりASの山は一つなんですよ。ASにとって分かり合うとは一つの山に共に居ること、ジャイアンにとって分かり合うとは「その山もありだ!」と思うこと、じゃないのかな?
    ので、何とかしようと思うなら、AS側からは上記の欲求を抑え寂しさに耐えて、ジャイアンの山を尊重して、自分と同じ山に来る事を求めない。で、どうでしょうか?
    ジャイアン側からどうしたら良いかはよく分かりませんが…例えば内容ごとに判断するとかどうでしょう?ASの山が許容できる事に関しては寄り添ってあげて、寄り添えない事に関してはとことん突き放す。突き放した事を受け入れられるAS(合理的なAS?)も居るんじゃないかと思ったりしますが、どうでしょうかね?

    • まり
    • 2008年 7月 16日

    なんだかほんのちょっと分かってきたような気がします。
    多数派はスルーするし、スルーされた事もスルーする、という事をよくやります。
    その「スルー」にはむーんさんが仰ってるように「人は人、同じであることは在り得ない」というのが無言の前提になっています。
    多数派でも「オレ様に同意しろ」と怒る人がいますが、
    「オレ様AS」との違いは『違って良いという当然』を知っている、違っても不安にならない、
    「ジャイアン」との違いは『スルー&スルーのスルー』をするので諦めが早い。
    なのかなと。
    こう考えると『最悪の相性』も理解できそうです。
    marioさん、
    ASでない人も『分かり合える相手』を必要としています。
    ただ『分かり合える』の意味は同じではなさそうです。
    私にとっては「あなたはあなた、私は私」と違いを知ることが、『分かり合えた』事になります。
    「そっちの山もいいね」と言われたのに違う山に移されたら「いいねと言ったのは嘘だったの?」と疑い、分かり合えてなかったことになります。
    『同じ=分かり合えた』ならば、相手方の山に自分が行くという選択肢もあると思うのですが、それではダメなのでしょうか?

    • むーん
    • 2008年 7月 16日

    >>パートナーを自分の山に連れていってしまう
    >marioさんにとってはそれは本能だから仕方ないのですね。連れて行きたい要求は止められないのですね。
    すみません、エイトさん、これ笑いました。(^。^)y-.。o○そうなんですね、AS男性(女性もかも)にとっては、「分かっちゃいるけどやめられない」なんですね。まぁ、それがジャイアン女性には「男らしさ」として映ることもありだから、
    あとの「寄り添えない事」の議論に関しては、「ごめん、あたし頭悪いからわっかんないぃ~」で通すしかなさそうです。もっとも私には、なかなか出来ないことなんですが、いるからそういうすっとぼけられる人。
    marioさん
    実は、私のAS元彼が今上手く行ってる(私の後釜)女性は英国留学帰り。彼女は、どんな山でも「行けないものは行けない」とNOと言う。で、彼はそこが「手ごたえあるぜコイツ」と気に入ったらしい。
    彼女が、ジャイアンかどうかはよく分からないんですが、彼はますます「自分の山」を主張して夢中になっている。たまには、そういう頑固つかマイペースの塊みたいな女性と、付き合ってみたらどうでしょうか・・・。何か発見があるかも。(・_・;)

    • mario (AS)
    • 2008年 7月 16日

    まりさん
    「説得されれば自信を持てそっちの山に行きます。」と書きましたが、表現が曖昧でした。「説得され、それに納得すればそちらの山に行きます。」です。つまり、相手の山に行くこともあるんですよ。
    ただ… 相手の山に行く事も簡単ではない(信念を持っているAS者を説得するにはかなりの根気が必要)のと、相手の意見に納得して相手の山に行った場合でも微妙なズレの修正を試みてしまいそうだと(過去の自分を振り返って)思います。
    ジャイアンからすれば、いや全ての人がそれを辛いと感じるだろうと自分でも思いますもん。
    そんな訳で、どの位上手く行くかどうか分かりませんが、自覚のないAS者に対しては「あなたが正しい。でも私は違う。」ってのが現実的な対処方法かなぁ… 自分で内省していても扱いにくい代物です、ASって。

    • まり
    • 2008年 7月 16日

    やはりASのキーは「納得」なんですね。
    『どっちの山も良い』と表面上は言っていても、最終的には『どっちの山が良いか』で白黒つける必要があって、
    納得するも行って見たら思っていたのと違うと『豪に入って間違いを探せ』になる。。。と
    「殆どの物事は白黒でなくてグレーであり実はそれが正解で最もバランスが良い」と納得できたとしても、他者も同じ考えのはずだという無意識の信念は変らなさそうですね(それこそがASというか…)。その信念が、ノンASからは『底なしの欲求』と見えるのだと思うのですが。
    >ジャイアンからすれば、いや全ての人がそれを辛いと感じるだろうと自分でも思いますもん。
    これは、自分がそうされたら辛いと思うから ということでしょうか?

    • まり
    • 2008年 7月 16日

    連投になりますが、
    多くの人は、
    『今日そっちの山に行っていい?』『いいよ~』
    『今日はこっちの山にしない?』『それもいいね』
    『今日は一人で山にいたいの、来ないで!』『じゃ、向こうでおとなしくしてる』
    という感じで、コミュニケーション交わして山の行き来をしてると思うのですが、
    ASの方はこれが苦手でどっちかに『決めたい』というのはなんとなく分かりました。
    ADHDの方はどうですか?
    「人を必要としない」というのは「あまり自分の山に長居してほしくない」という感じなのでしょうか?
    「依存したい」部分では「山を支えてほしい」のでしょうか?

    • クリスチーネ
    • 2008年 7月 16日

    marioさん
    ある時は小粒なジャイアン、またある時は凶暴な合理的ADHD、クリスチーネと申します。
    どうもASの方とジャイアンでは山のイメージが全然違うような気がします。
    ジャイアンの山は寒風吹きすさぶ岩山で登るも地獄、降りるも地獄なのです。
    説得なんてとんでもございません。山が険しすぎて人一人座る場所もないのですから。
    おそらくASの方々の山は愛着の対象を連れて行きたくなるような緑したたるる素晴らしい場所なのでしょう。
    しかし生粋のジャイアンはそんな素敵な場所では自分が自分でなくなったようで生きていけません。
    美しい花園よりも森よりも、草一本生えない岩山の方がいいのです。
    私もおぼこな箱入りジャイアンだった娘時代にASの山に喜んで登るという愚行をやってしまったことがありますが、辛く苦しい日々でした。下山するのに3年以上かかりました。
    いくら箱入りでもジャイアンは猛獣であって、可愛い子猫にはなりえないんですが・・。
    不惑を過ぎた私にとって、AS男子は好き好んでトラの檻で昼寝をしたりパンツの中に毒蛇を入れたがる酔狂な人にしか見えなくなっています。
    でも子猫では満足できない脳だから猛獣に惹かれてしまうのかもしれませんね。
    とりあえず有能な動物保護区員または調教師のような気持ちで、いつかは野に放すものとして噛まれない程度の距離を保てばある程度はジャイアンとも分かり合えると思います。
    それから、ASの方は「信用」という言葉がお好きなようですが、猛獣を信用するのは・・・無茶です。

    • むーん
    • 2008年 7月 16日

    ジャイアンの場合、YANBARU先生が「岩山のライオン」と言う例えを使っておられて、滅多にそこまで登ってくる人はいない、と言うのが現実だと思います・・・(誰だって、「見下す」人と一緒に居たくないと普通だったら思うと思う。)
    しかし、たまにこのライオンがASのいる山に一緒に、いや一心同体に登ってしまうことがあって、これが「依存」と言う状態だと考えます・・・
    具体的な話、私のAS元彼は、「殆どの物事は白黒でなくてグレーであり実はそれが正解で最もバランスが良い」とは言っていたものの、実際は「ハイヤーパワー」(アメリカの神学ですね)の熱烈な信望者で、「その信念が、ノンASからは『底なしの欲求』と見えた・・・」。です。
    なんで、「神も仏もあるものか」の芸術家気質の私が、そこに惚れ込んだのか自分でもよく分からないんだけど、とにかくしばらくはその「ハイヤーパワー」の山にしがみついてました。
    (正確に言うと、しがみつくふりをしていたと言う方が正しいかも知れないけど・・・)しかし、結局1年で自爆しました。
    彼が、同じ山にいる限り、可能な限り私を理解しようとしてくれたのが嬉しかったんですよ。だけど、
    元の岩山に帰りたくなったと言うのもあるけど、彼の強烈なコントロールに身体症状が出て、ヒステリー起こしちゃってダメだった。
    まぁこれは、極端な例だと自分でも思うんですけど、ジャイアン側から解説すると、大体こんな感じです。

    • エイト
    • 2008年 7月 16日

    相手を見下してかかわらず、なるべく無駄なエネルギーを使わない。
    私はそういう高度なことはできないので、どうしてもほんとうのことを言ってしまいます。裸の王様の最期にでてくるこどもです。
    その一例
    ここでのやりとりでmarioさんは
    >是非とも見下している部分を口に出して言って欲しい
    とジャイアンに対してアピールしているにもかかわらず
    くららさんに対して
    >ここでは個人vs個人のやりとりは推奨されていないと認識しています
    ?????
    普通の人なら、この場でmarioさんはジャイアンからの意見を求めていると受けとります。実際に過去にmarioさん自身が「この場でいろいろと叩いてもらった」と書いていましたし。
    むーんさんや銀の三角さんのコメントには応えているのだから、自分にとって居心地のいい質問にだけ答えたいだけですよね。marioさんの理屈は筋が通らない。
    marioさんは自分の言葉に責任をもってコメントするべき。
    意見してください&個人的やりとりはしない&個人的やりとりしてる 
    って、あり得ないほど矛盾しています。気がつかないのかな?
    こういうところをみてしまうと積極奇異ASの人はつじつまがあわないなって思う。本人的には合ってるんだろうけど。

    • くらら
    • 2008年 7月 16日

    Marioさんへ
    ここは個人のやりとりはいけないみたいだから
    とその場はもっともらしい理屈で私の質問をかわし、以降やりとりを続ける心境とはどんなものなんでしょう?
    私は英語の
    I´m understand.But I don’t agree.(私は理解はするよ。でも同意はしないよ。文法等間違えてたらごめんなさい)
    という考え方が好きです
    日本はASに限らず多数派もできない気がします。
    なので同じ山には到底登れません
    またある部分だけ同意しても(ADHDには良くある)、ASは全て同意したと勘違いすることが多いので面倒です
    なのでよっぽど魅力的な山でなければ一歩も足を踏み入れたくないのが最近の心境です

    • むーん
    • 2008年 7月 16日

    あり、またしてもエラーかな。
    まず、個人的にはクリスチーネさんに座布団1枚!です。(もっとも、自分の岩山がオアシスに思えて、ASの山がホ極の氷山に思える自分はおかしいのか・・・)
    ところで。
    くららさんが指摘したのは、marioさんの「科学的信念」を、「音楽理論」から見下した、まさにそれですよ。多分逆襲しか出来ないからスルーしてる(んだろうと思う)けど、それでは、山頂のジャイアンとの共存は夢のまた夢です。
    やっぱりASは、ジャイアンを「議論したおすというより”折伏”」は出来ても、「真の話し合い」は出来ないのと違うかなぁ。

    • mmm
    • 2008年 7月 16日

    やっぱりわたしはmario (AS) さんのコメントには反応しないようです。。。
    一旦見下しているからASの方の発言を受け入れられるのか?とずっと考えていましたが、合理的という美徳を追求していることのような気がしてきました。
    (「見下してる」という嫌な言葉を都合よく回避しているだけなのかもしれないのでそれが垣間見えたらつっこんで欲しいです。)
    わたしの場合、議論は結果の白黒をはっきりさせたいので、合理的に展開できることが最優先です。(白黒つかないときは、「分かり合えない」という結果が最も合理的で納得できます。)
    そして自分の感情的な発言で議論をストップさせるのは不本意であると感じますし(最適な結果に近づかないため)、相手の情緒的な部分だけを深く読み取ることはできるだけ避け、発言の中で目立つ部分はあるけどトータルしてどういうことを言いたいのか(これも最適な結果に近づかないため)、というのを考えることは必要と感じています。
    もちろん、ASの方にはこれがびっくりするほど通用しない相手もいます。
    そういう場合は議論を断念して「分かり合えない」を理解するしかありません。
    (つづきます。いつも長くてすいません。。。)

    • mmm
    • 2008年 7月 16日

    (つづきです。)
    ただ、mario (AS)さんは、ジャイアンへの歩み寄りがなかなかできているのではないかと感じます。ジャイアンにとっては押し付けがましい言い回し(marioさんごめんなさい)も少々ありますが、ジャイアンを理解してどうにか依存しないように奮闘している様子が、わたしには伺えます。
    ASの愛着を考えると、依存関係に持ち込めない辛さはジャイアンには理解し得ないものだと思いますが、なんとかジャイアンと距離を保ってうまくやっていこうと、努力されているのだと思います。
    くららさんへの回答は、誠実に答えるべきではないかと思います。
    >ここでは、個人vs個人のやり取りは推奨されていないと認識しています。それに、質問された事に一つ一つ答えたい気持ちもありますが、それに答えたとしても結論に達しないのがASとADHDじゃないでしょうか?答えることにメリットがないと思ったので、ワザとスルーしていますよ。
    と仰っていますが、周りの環境がどうとか、質問返しではなく、mario (AS)さんの気持ちだけを知りたいのです。
    わたしがくららさんの立場であれば、3番目の「答えることにメリットがない・・・」で返されたら腹が立つけど「あ、そうなんですね」と議論は終了します。
    だんだん自分がジャイアンだけなのか怪しくなってきてまぎらわしいので、ハンドルネームからジャイアンの肩書きをはずしました。。。。

    • mario (AS)
    • 2008年 7月 16日

    何だかADHDとは思えないほど緻密に、答える・答えないの明確化を求められている気がするけど…ジャイアンだからなのかな?
    答えないと色々と言われているので、答えてみたら矛盾してると言われる。まぁ、都合の良し悪しと言うより、私が質問を不毛だと感じるか(同じ事?)とか、仕事の余力のあるなしのタイミングとかだけなんだけど。逆に私からすると、何としてでも相手を叩き潰したいジャイアンの性質による追求に見えます。そして、そんな時はスルーすると良いと学びましたので(これを書いた時点でスルーしてないですね)。
    とにかく、ジャイアンとASの山のイメージの違いは何となく分かったし、どうしたら良いかも(私だけかも知れないけど)ある程度分かりました。私のこの巣晴らしい緑の山が、ジャイアンにとっても素晴らしい訳ではないと、肝に銘じる事にします。

    • kei_
    • 2008年 7月 16日

    私個人としては、対人面ではAS的・・・と思っているせいか、やはりmarioさんのコメントには、皆さんのように反応できないんですよね。
    mmmさんのように,きちんと整理して文章化できませんが、例えば、「最悪の相性」で私は、やんばる先生へ、個人宛のコメントをしてもいいのかどうかも分からないまましてしまって申し訳ありませんでした・・
    と謝罪した後も、次にむーんさんがくれたコメントに返信したい気持ちになりました・・・(笑)。
    ASさんの矛盾とは違うのかもしれませんが・・。
    marioさんが、
    >>パートナーを自分の山に連れていってしまう
    と書かれていたときもそうでしたが、奥にある「寂しさ」みたいなものは見えても、
    それはジャイアンにもあって(多数派にも、もちろんあって)、でもその質というか、カタチというか、それぞれが違っていて、
    ましてや、それを解消もしくは癒す(or満たす)手段や方法もこれまた様々で・・・。
    どうも「似たもの」が見えてきちゃうと(自分にも相手にもあるわけだから)、どっちもどっち!!的になってしまう・・みたいな感じです・・・。
    これが、「見下す」なんでしょうか(笑)。
    「平等」にもっていこうとしてる??

    • むーん
    • 2008年 7月 16日

    現実問題として、ここでmarioさんにいなくなられると、「もぐら叩き」の「もぐら」がいなくなって、皆がっかりすると思います・・・(ひどい言い草だが。)
    marioさんが、お仕事(科学)に、精神的命をかけてらっしゃることはよく分かるので、AS男性に慣れている(?)私は、「仕方ないかなぁ」と思うかなぁ。もっとも、最初くららさんを挑発したのはmarioさんの方なので、それは忘れちゃいけません。
    個人的には、わがまま頭でっかちなジャイアンとの共存を、主に頭脳で探っておられる面白い方と認識してます・・・。でも、人生は実践あるのみ。と、いいつつ、私も手痛い失恋を、ここでアタマで癒そうとしてるあほですが。(笑)
    いつもながら、傷口に塩をすり込むようなフォローでした・・・ああ、頭痛いよ。うう。

    • 月の草
    • 2008年 7月 17日

    そうですね。確かに「見下す」という遣り方は、時々しています。
    「自分には理解できない、不可解なことをいう人に出会ってしまった時」
    □前提
    ・世の中は、自分とは違う世界に住む人たちで埋め尽くされている
    (自分と同類などは皆無に近く、自分はマイノリティであるという
     認識)。
    ・自分の痛みが他人には理解し得ないように、100%の相互理解は
     有り得ない、という認識。
    □対応
    どのような世界に属する人なのか分類して、格納。
    ・許容する
    ・受容する
    ・距離を置く
    # 自分は相当変わってるらしいし、日頃から猛獣的我が侭気侭の限
      りを尽くしているので、たいていの人の存在は笑って許せます。
      変人のイケない行動パターンや、身勝手な人の失敗を発見すると、
      同類発見とばかりに手招きしたくなる。
      そのためか、一見大人しく、礼儀正しく、規則正しいASを簡単に
      受容してしまう。
    □ジャイアン&ASからちょっとしたジャブが繰り出されたと感じた時
    ・自分の立ち位置(市井の人)まで、相手を引きずり下ろす。
    「何を偉そうに!自分だって○×の癖に!」と相手を罵倒するのは、
    相手との高低差を縮める作業。
    □ジャイアン&ASから度を越した攻撃を受けた場合
    ・眉をひそめて見下し、溜飲を下げてやり過ごす
    ・二度と近寄らない
    ・ほっておく
    ・聞き流す
    ・聞こえない振りをする
    ・知らぬ顔をする
    あまりに動揺している時は「矛先を変える」という一番いやらしい遣り方で対応してしまうので、後でしまった!アンフェアと嘆息です。
      *
    marioさん、お久しぶりです。だいぶやられていますね(笑)。そして、相変わらず頑張ってますね(笑)。ある種のASの人の辛抱強さといったらないですね。プロセスや結果に問題があるにせよ、揺らがずにあろう努める精神力の強さ。これは美点と私は思います(そして、私は“けして持ち得ないので賛美の対象”)。そして、つい現実の世界で、私がASに信頼を寄せてしまう(気を許してしまう?)理由の一つです。また書きにきますね。

    • 月の草
    • 2008年 7月 17日

    読み返して。ずいぶん綺麗なことを書きましたが、これはあくまでも外でのことです。夫とはこんな冷静な関係ではありません(今はかなり距離を置いたので、振り回されなくなりつつありますが)。
    知りあった頃、このようなことをしていたら「もっときちんと言葉で気持を話して欲しい」というニーズを向けられ、白熱した議論をする関係が生まれました(もちろん決裂)。他の人とは有り得ないので、とても深い繋がりを得たと感じたものです。
    いつも「ほっておいてほしい」「私を説得しないで」と思ってきた私は、自分の気持を言葉にするのは苦手で、苦しかったです。
    AS夫には触れてはいけない、踏み込んではいけない場所があるように、私(ADHD)にもそういう場所があるのに、互いにかなりの無理をする結果になったのではと、この頃思います。自己開示も時と場合によるな、気持を開けたくない時は、しない方がいいな、といった感じのことを思う今日です。

    • 銀の三角
    • 2008年 7月 17日

    marioさん
    返信ありがとうございます。
    大雑把なジャイアンとしてはまあだいたい合っていた様なので良かったです。
    あと全く個人的な意見なのですが、ASさんの意見とか考え方を学ぶには当事者から直接聞けるこういう場所はとても貴重だと思っています。
    ブログ主さまのルールにのっとって来られているASさんからの忌憚無いご意見を、私は聞かせていただきたいです。
    個人的には、猛獣ジャングルにせっかく来てみようかという勇者?なのですから孤高のトラとして(見下すテクニックなのかな?)心落ち着いていることができればお互いに良いなと思います。
    実生活では本当に難しいのですけど。トラどころかキングギドラな私です。(苦悩)
    そもそも脳が違うんですものね。
    理解したい半分、こちらの怒りなど意に介さず相手が悠然としていたりすると、あまり深い意味の無い言葉をこっちで勝手に行間読み違えて穿って悪意に取ったりして「おちょくってんのかぁ?!」なんて怒号をとばす事もしばしばです。
    (なんて怒鳴りあいの最中だったら悠長に考えられやしないんですが)
    それでも定型男子には針の先程も興味も共感もわかないので
    困難な脳の持ち主です私。

    • mmm
    • 2008年 7月 17日

    > mario (AS)さん
    わたしの書き込みの、
    「くららさんへの回答は、誠実に答えるべきではないかと思います。」
    は語調が強いと反省しました。申し訳ありませんでした。
    そして、mario (AS)さんが「誠実」に答えていないわけじゃないのにその言葉を入れるべきではありませんでした。
    ただ、くららさんの質問には答えたほうがよいのでは?とは思っています。これは言葉の責任を重んじるジャイアン的な考えではないかと思います。
    そしてmario (AS)さんの仰るように、忙しかったり、ご自分がどうしても「不毛だ」と感じる議論はスルーでよいかと思います。(わたしもそうするだろうと思うので。)
    >kei_ さん
    なんだかもっともらしい口調になってしまうことが多いのですが、実はあんまり整理できていません。思いつきで書いていることが多いので・・・。
    わたしもkei_ さんと同じように対人面に関してはASも混ざってくるような気がたまにします。それとも合理的ADHDなのか・・・。
    スペクトラムでとらえることにするのがよいのかもしれないですね。
    どっちもどっち的になってしまうのも、理解ができます。そう、平等という感じですよね。うーーん、もしかして「見下し」をしているけど「ASのオレ様」と似たようなもの、と打ち消しているのでしょうか??
    どうなんでしょうね・・・。

    • mmm
    • 2008年 7月 17日

    以下はこのエントリーにはあまり関係がなく、話しの方向がずれて申し訳ありませんが、サンプルとしてお役に立てば、と投稿してみました。
    わたしのジャイアン特有の愛着のなさ(人を必要としない)という部分をASの知人男性は「振り回す」「支配的だ」と感じるようです。
    ここに至る原因は、その知人の言い分を同意できないけど理解はできる、と受け入れると愛着の対象となり、途端にお互いの距離を縮めて許容し合おうとしてくるが、自分がその「近さ」に応じれないことにあるようです。
    「言い分を理解できない」と嘘をつけば愛着の対象からははずれるのですが。。。
    とはいってもジャイアンの「人を必要としない」のはしょうがないことで、これに自己突っ込みを入れると自分が壊れるので、やっぱりしょうがないことと割り切るしかなさそうです。
    「支配している」と自覚し、嫌悪しているのに自己突っ込みの入れようがないパターンです。
    すでにどこかで先生が書かれていたり、議論済みでしたら申し訳ないです。

    • くらら
    • 2008年 7月 17日

    ふと思いました
    私は出来あいの素晴らしい山に連れてってもらうよりも
    自分で山を作りたい。
    できればASさんと比べあいながら一つの山でなく二つの山を二人で持ちたい。都合にあわせて行き来。
    我ながら可愛げない女、と思う
    パートナーを半分ライバル視しかできてないかも、、、。
    皆様。Marioさんへ返答を促して頂きありがとうございます。どーでもいいといえばどーでもいいんだが、今回のは色々ASらしさを含んでいて、そこクリアすればいいのに、と思う壺ありまくり。なので「わざわざ」言ってあげてみてたりする。
    Marioさん
    返答するメリットない
    とのこと
    それはMarioさんの価値判断であって私にとってメリットかどうかどうしてわかる?
    そういう所がASの自己中なとこ
    自分の判断が相手にも通用するだろうと勝手に思い込む
    余計な判断しないで自分がすべきことをする
    わからないならわからないという
    自分が振った責任は取る
    間違えたら謝る
    これができたらASが生きやすくなるような気がするのは私だけ?

    • むーん
    • 2008年 7月 17日

    一夜明けまして・・・
    marioさん、昨日スルーしたご質問にお答えいたします。
    >ジャイアン側からどうしたら良いかはよく分かりませんが…例えば内容ごとに判断するとかどうでしょう?ASの山が許容できる事に関しては寄り添ってあげて、寄り添えない事に関してはとことん突き放す。突き放した事を受け入れられるAS(合理的なAS?)も居るんじゃないかと思ったりしますが、どうでしょうかね?
    これが出来る女性は確かにいます・・・が、大抵が定型(だと思う。)
    どうも、ジャイアンはASの山にふらふらついて行って、(ASも何故かジャイアンに限って、猛攻をしかけるという傾向もありますが・・・)あとで「あいつが悪い」と泣き寝入りする傾向があるみたいですね。ま、AS自分勝手、ジャイアン甘ったれ。
    その甘ったれの依存ジャイアンに、「これこれは同意しこれこれは同意しない」というルールを理性で守るのは、これ率直に言って非常に難しいです。・・・だから、「磁石のように引き合う」という表現になるんだと思いますが。
    解決策としては、銀の三角さんのように肉体的距離を置いてしまうか、
    もしくはねねさんのように、「私はこの人を必要としていない」と自分に言い聞かせつつ、「幸せが感じられればそれでよい」と割り切る他ないように思います。(精神的距離を置くという事ですね。)
    と、言うわけで、お答えになっているでしょうか。

    • mario (AS)
    • 2008年 7月 17日

    >くららさん
    ASは確かに謝る事が難しいですね。特に相手に沸き起こった感情に対して謝る事が出来ない。勝手に沸き起こっただけで、自分が意図した事じゃない(と思う)から。でも、多数派もADHDも相手の感情に対して謝ることで、その場を収めるみたいなので、最近は(リアル関係では)頑張って謝ってますよ。
    あと私にメリットがないから、私が答えないのは私の自由ですよね。
    >むーんさん
    回答、ありがとうございます。
    実は先の例、(余り正確に観察できてませんが)私の母(多分合理的ADHD)を参考にしてたりします。父(多分AS)の要求を、「ごめんなさい」「今度するから」「気を付けます」などとサラッとかわしながら、ちゃんと寄り添ってます。時代も違うし、長い時間が作った落し所もあるでしょう。そして、ハッキリとジャイアンとは違いますから。
    まぁASパートナーとの関係を何とか維持したいジャイアン(居るのか?)が努力して合理的に振舞って、相手のASも努力して、何とか可能性を見出すってところでしょうか?双方が自覚する状況自体が少ないだろうけど。
    で、ASとジャイアン、肉体的にでも精神的にでも距離を置くのが良いかも知れませんね。私も別居して1年半、ここのところ元妻の態度もガラッと変わって来ましたし、私も息子の母としてだけ尊重することで楽にやり取りができるようになって来ました。まさにここが精一杯の落し所かなと思ってます。

    • むーん
    • 2008年 7月 17日

    う~、今頃夜中の禅問答読んで頭イタイです・・・marioさんのくららさんへのお答えは、ASパワー全開で・・・(と、言っても何のことだかわかんないと思うけど。)
    これだから私は、AS父の「経営論」AS経済学者の「教養論」そしてAS弟の「音楽論」だけには、首を突っ込まないようにしているのですが。”科学に関する知識も造詣も無い筈なのに、神を信じる科学者がどうとか何様のつもりで私の山にコメントしているのでしょうか?”と怒るだけだから。
    ここはバーチャルだから、marioさんの表情が見えない分、突っ込みたくなるけど、ここで果てしなく「科学、音楽、そして宗教とは」論を展開しても仕方ないのであえて黙っときます。(ーー;)

    • kei_
    • 2008年 7月 17日

    Marioさんの私のすぐ前のコメント(2008.7.16 21:49付)を読んで、ますます、自分が分からなくなりました。(笑)
    再三持ち出して申し訳ないのですが、「最悪の相性」で私がやんばる先生へ謝罪した一文の、2つめの理由がこれだったんです。
    ここを読まれている方 ~AS, AS的な方も含めて~ が、何かコメントをして下さって、それに反応して返信を付けて、ソレに対する返事やもし「いや~、それよりもこれを伝えたかったんだけど・・・」という場合、(ジャイアンは、相手がそう受け取るなら、それでいいよ~、なんですよね・・なので、AS的な場合)次の投稿の為に、時間や体力(脳力)も必要で、日常生活の中で捻出しないといけなくなる。
    そうなると、「気軽に」は投稿できなくなってしまうように感じて、個人宛のコメントがいろいろの方の意見の交流に妨げになりはしないか・・・と。
    でも、この同じ頃私は、銀の三角さん宛へ大きなポカッをしてるんですよね(笑)。
    勝手な思い込みから入って、○○→○○→○○→・・・というように、同じ思考パターンで。
    ADHDの空気を読めないところからくる、先読みのクセなのか、AS的な自分の考えていることが現実と思う傾向なのか・・・。
    どなたかも書かれていましたが,ASの声を聞けるのはとても貴重なことですし、それをもぐら叩きのもぐらにしてしまったら、marioさんはこうして書き込んでくれていますが、他のAS, もしくはAS的な方は参入し難い状況ですよね。
    ジャイアンが今までの辛さを投影してしまう、というのかもしれませんが・・。
    たぶん私は、こうやって「横並び」?!に考えて、「平等」にもっていきたいのでしょうね(笑)。
    そうでないと、ジャイアンにとってもASを理解する機会が減るし、ASにとっても
    ジャイアンの理解を深められないと思うので。
    いかにも、損得勘定のジャイアン的!?・・・なんでしょうか(笑)。

    • エイト
    • 2008年 7月 17日

    先生、”「見下す」ということ”のテーマからどんどんズレてすみません、お許しください。
    「私とmarioさんの物語」
    marioライオンさんがわざわざ砂漠にやって来て
    「俺もライオンなんだ、同じライオン同士共存の可能性を探ろうぜ」と呼びかける。
    ”暇だし少し相手をしてあげよう”と思って、本音を言ったりアドバイスをしてあげると
    「あんたとは違うしあんたと話してもメリットないし」と生意気な態度にでる。
    しかも言ってることがなんか変。
    良く目をこらしてみたらライオンの皮をかぶったモグラだった。
    ”なんだよあんたモグラじゃん!嘘つき”
    なんだかもっともらしく言うから、てっきり同じライオンかと思ったけど、モグラなら用はない。
    視界に入らないように地面にもぐってな。
    ライオンに話しかけたりしたら許さない。
    ・・でもほかのライオンさんならハンマーで遊んでくれるかも・・
    私はご免被ります。
                       作 エイト
    というわけで「井戸の中」から出たASの人お待ちしています。

    • さーこ(AS)
    • 2008年 7月 17日

    kei_さんの投稿でちょっと引っかかったので、個人的見解を少し。
    このブログはもはや、私個人にとっては、「気軽に」投稿はできなくなっている場なので、(ジャイアンさんの、自分自身を深く分析する孤独な作業を邪魔しない為。)、私は、YANBARU先生がASの事について主題にしていただいたエントリしか投稿しなくなっています。
    このブログに対して、私個人が私個人としてわきまえるべき、と考えている、私個人の見解を書き込んでみました。
    お騒がせしましたm(_ _)m

    • まり
    • 2008年 7月 17日

    エイトさんの物語、面白かったです。
    「砂漠のライオン」の心理が少し分かりました。
    シマウマのように群れている多数派なら、
    「あれ、本当はモグラか?…本人気付いてないし…まあいっか思わせておけば…」となりそうです。
    これが多数派流「見下し」なのでしょう。
    marioさん、
    >ASは確かに謝る事が難しいですね。
    これは理解できます(正しいと言ってるのではないです)
    自分のした行動と相手の感情が連動しているという事がASの人は読みとれないわけですから。
    しかし、謝れないと損ですね。
    謝る動作をパターン化して覚えて、連動している部分が読めずにただ謝っても、
    ノンASからは「気持ちがこもってない」「心から謝ってないように見える」事は多いと思います。
    そこで、ちょっと教えてほしいのですが、
    >ジャイアンからすれば、いや全ての人がそれを辛いと感じるだろうと自分でも思いますもん。
    というのは、「自分がされたら辛いだろうから」なのでしょうか?
    もしそうなら、自分がされたら嫌だと思うことを人にしたかも⇒申し訳ない事をした という感じで、
    「自分の行動」⇒「相手の中に生まれる感情」の関係は見えてきそうな気がするのですが、どうですか?

    • まり
    • 2008年 7月 17日

    連投すみません。
    「井戸の中から出たAS」を見つけるのは無理なんじゃないかって思います。
    「井戸の中にいる」のがASであって、出てしまったらASじゃなくなってしまう。。。
    「井戸」はASだけには見えない本人の体の一部であると私は考えています。
    誰かの眼鏡顔に慣れてしまうのと同じように、そうするとあまり気にならないんです(私の場合)

    • エイト
    • 2008年 7月 17日

    ”砂漠の岩山の孤独”は先生がジャイアンのことを例えたのであってASのことではないです。
    甘やかされたジャイアンはまるで砂漠の岩山の頂上で「自分の山が一番高い」とひとりつぶやく。
    それは滑稽なことだと自分でもわかっているはず。
    辛くても、砂嵐にたたきつけられても、山から砂漠に降りて、強く孤独に生きていくのがふさわしい。
    私はそう理解しました。
    だからASが自分もライオンだ、山もあると思うのは勘違いもはなはだしい。
    砂漠にでてきて遊ぶのは大迷惑。
    試練を経験していないASはみんな「井戸の中」。だからカエルとかモグラとか言われるのです。
    そういうASは迷惑だから、棲み分けが必要だと私も思う。
    私は「井戸の外」にいるASの人は歓迎します。
    そういうASの人と話してみたい。

    • むーん
    • 2008年 7月 17日

    う~だんだん見えてきた真実が・・・
    ASの「山」と言うのは実は「井戸の中」なんだ!だから苦しいんだ!そんな狭くて底なしのモグラ一人しか入れないような真っ暗なところへ連れて行かれるから・・・
    ここにいるジャイアンの面々のほとんどは、「ASの井戸の中に落ちた経験あり、または体験続行中」のライオンの方々なんですよ・・・多分。
    這い上がるのに時間かかってそりゃ当然。一緒にずっと居ればもっと苦しくて苦しくて当然。つか当たり前だ・・・
    AS父が、私に無関心でほんとによかった。今は切にそう思うなぁ。ジャイアン母と同じ生き方はしたくないよ・・・
    ってMyこころの叫びなんですが。

    • エイト
    • 2008年 7月 17日

    そうそう!むーんさん、ASが「山」だと思っているのはまさに「井戸の中」ですね!
    私も何ヶ月か前にASのことを「モグラたたき」と表現したのです。
    だから今日、むーんさんのコメントに「モグラ」の文字をみつけて爆笑でした。
    砂漠のライオンが、モグラの穴(井戸の中)にはとてもとてもは入れません。
    モグラの穴は砂漠に仕掛けられた「落とし穴」なんですね~。
    なんてわかりやすいんだろう。
    私の嗅覚は敏感だから、穴はすぐに見つけられる。

    • むーん
    • 2008年 7月 17日

    ・・・以前、私が、「自分が欲しいのはAS夫ではなく嫁さんだ」と言ったら、周りに「何夢みたいな事言ってんの」と一笑に付されたけど、
    ライオンに必要なのは、砂漠の落とし穴ではなく、やはり嫁さん(この際、男性でもいいけど、というか男性の方がいいけど、要するに家事をやって尽くしてくれる人)かも知れない・・・夢は捨ててはいけない。
    PS;キムタクって、なんか(イメージですが)ジャイアンぽくありませんか?孤高のライオンの割に、工藤静香に甘えてそうな雰囲気とか。

    • mario (AS)
    • 2008年 7月 18日

    まりさん
    私の「ジャイアンからすれば、いや全ての人がそれを辛いと感じるだろうと自分でも思いますもん。」のくだり、2回も聞いてきているので答えておきます。
    自分がされたら辛いだろうと思うから、です。ここで内省を続けて来た結果、幾らか分かるようになった事です。また、それに近い経験を受けた事があるから分かるのかも知れません。
    ただ、自分の行動の結果相手に生じた感情が、自分の意図したものでない場合は「それは自分の意図とは違う」と言います(ここでも何度かやってますよね)。意図してないので自分は悪くないと感じます。曲解したあなたの責任だと思います。
    上記は(これまでの書き込みの多くは)、内省をしない素のASを全開にして書いています。私はいい歳をした、経験を積んだ、社会に適応しているASですので、リアルの関係では素のASをそのまま出す事は殆どありません。(一方で上記のように感じるのは、もう脳の機能の問題なので、にじみ出るそれを抑えることも難しいかも知れませんが)。
    元に戻って私の経験の話ですが、以前、自分が精神的にボロボロだった時に、相手に依存する形でお付き合いした女性がおります。何でも受け入れてくれる、そう感じて付き合い始めた結果、全ての自由が失われた感じがして、辛さのあまりにごく短期間で私から別れを切り出しました。ここで内省を続けているうちに、ASの支配とはあれに近いものなんだろうとか、彼女は受動型ASだったのかも知れないと思うようになりました。
    今は、相手の自由を奪わないという志だけはあります。
    それがどの位実践できるかは、全く分かりません。

    • kei_
    • 2008年 7月 18日

    さーこ(AS)さん
    さーこさんが書いて下さったおかげで、少し忘れかけていたことに、気付く機会をもらえたように思います。
    私にとっても、ここに投稿するのは、「気軽に」なんてできません。
    自分もそうなのに、他の方々に「気軽に」なんて、そもそもですよね。
    やんばる先生が今後の方針を決められた時に、あいまいなポジションで中途半端な状態の自分が投稿をして、方針に反するコメントを書いてしまわないかなぁ・・・という気持ちが、ここのところ薄らいできていたかもしれません。
    >ジャイアンさんの自分自身を深く分析する孤独な作業を邪魔しない
    そうなんですよね。
    そんな中、mmmさんのコメントなどを読むと(こんなところでお名前を出して、ごめんなさい!!)、とても参考になり、中途半端な自分探求につい気を取られがちになっていました。
    今後も先生の方針を踏まえたコメントであるよう、心がけていきたいと思います。
    P.S mmmさん、ほんと、こんなところでお名前を出して申し訳ありません。
    でも、HNからジャイアンを外したということで、コメント内での出来事に、う~~ん、なるほど、と思うフシが度々あるんですよね。
    例えば、「支配的」「振り回す」と言われる・・・というのが、「他人を必要としない」からきている・・・というのを読んで、お~~っ!そこからもきているものなのか~??とか(笑)。
    私自身が、中途半端な状態なので、よくわからなでいますが・・・。
    中途半端だから、ジャイアンのツボにはまらないのか、ADHDの合理的モードに入っているからのかも・・・??とりあえず、今はそんな感じでいます。

    • むーん
    • 2008年 7月 18日

    >で、ASとジャイアン、肉体的にでも精神的にでも距離を置くのが良いかも知れませんね。
    >まぁASパートナーとの関係を何とか維持したいジャイアン(居るのか?)が努力して合理的に振舞って、相手のASも努力して、何とか可能性を見出すってところでしょうか?双方が自覚する状況自体が少ないだろうけど。
    これ、私の場合AS弟(もう結婚して家を出てますが)とは、比較的出来てるように感じます・・・
    とにかく、弟は、こっちがボロボロで依存しそうだと見抜くと冷酷非情にも見透かしたように、絶対直接会わないし、連絡もよこさない。私が入院中だろうが、母親が実家から出て行こうが正月にも盆暮れにも帰って来ない・・・
    で、ことが収まると、案外ひょっこり顔を出したりするけれども。でも、そのおかげで弟とは喧嘩せずべったりせず上手く行ってます。(私も、弟と嫁さんの仲をぶちこわしたくないので、合理的に振舞ってるつもりです。)
    この年にしては、やっぱり電話しすぎ仲よすぎだと思いますけど。肝心なところでASがジャイアンを「依存」させない、ジャイアンはASに「口」を出さない、ってとこでしょうか。

    • mmm
    • 2008年 7月 18日

    エイトさん、
    >marioライオンさんがわざわざ砂漠にやって来て
    「俺もライオンなんだ、同じライオン同士共存の可能性を探ろうぜ」と呼びかける。
    ”暇だし少し相手をしてあげよう”と思って、本音を言ったりアドバイスをしてあげると
    「あんたとは違うしあんたと話してもメリットないし」と生意気な態度にでる。
    しかも言ってることがなんか変。
    と書かれていましたが、わたしだったら、「暇だから相手をしてあげよう。アドバイスをしてあげよう。」というように言われたら「何様?」と思ってしまいます。
    そのように明らかに上からの物言いの相手には「あんたとは違うしあんたと話してもメリットないし」と言い放ったり、議論をスルーしてもしょうがないのではないでしょうか。
    わたしにはmarioさんは既に「井戸の外」であると見受けられます。
    marioさんの「山」は緑あふれる山でいいじゃないですか。わたしから見てもASの方の山は魅力的に見えます。しかしジャイアンは一緒には登れるがそこにずっと留まると息苦しくなってしまう。であれば、自分が登ったり降りたりできることを目指せばよいのではないでしょうか?(marioさんのお母様のように)
    もちろん簡単なことではありませんが、決して無理だとは思いません。
    (つづく)

    • mmm
    • 2008年 7月 18日

    (つづき)
    さーこ(AS)さんが書かれているように、ジャイアンの自分自身を深く分析する孤独な作業を邪魔しない為に多くのASの方がこのブログへの書き込みに配慮してくださっているのでは、と思います。なのにASを理解するというよりは、AS(marioさん)叩きのようになっていたことに、なんだかなーと思って書いてしまいました。
    偉そうにすいません・・・。確実に自己突っ込みが入ると思うので、先に謝っておきます。でも、エイトさんの奔放な発言は面白くて好きだったりするので、これからも書き込み楽しみにしています。ジャイアンとして、色々大変であることもお察しできるのに、このような意見を書いてしまってすいません。
    ただ、ASとADHDの相互理解が進めばいいな、と思うのが私にとっては第一優先なのかもしれないです。合理的でロボットのように冷血な人間ですね。。。
    ※先生、不適切な発言だと思われれば掲載しなくても構いません。

    • まり
    • 2008年 7月 18日

    marioさん、
    丁寧なご返答ありがとうございました。
    >「それは自分の意図とは違う・・・曲解したあなたの責任」
    は、私が関わっているAS(無自覚)の方に頻繁に見られます。(診断は受けてるが「困ってないから障害じゃない」と本人は言っている)一方、他者が意図しない普通の「指摘」に深くプライドを傷つけられ、凹んだり機嫌が悪くなったりします。そこは『障害なので仕方がない』と周囲は反応しないようにしていますが、自覚・自己分析が進めば変化が生じるということが分かり、大変参考になりました。

    • まり
    • 2008年 7月 18日

    ちょっと話がそれて、一多数派の自己分析みたいになって申し訳ないのですが、
    >曲解したあなたの責任
    というASの思考は、私は見習いたいなと思っています。
    ボーダーと診断された私の友人は、以前はいつも些細な事や思い込みで傷ついては相手を攻撃し人間関係を壊していました。認知療法で『なぜ傷つくのか・腹が立つのか』の答えを自分の中に見つける試みを始めてからは対人関係が一段と良くなりました。そんな彼女がこんな事を言いました:『真実に間違いは無い。真実に傷ついたなら、それは自分の何かが間違っているということだ』。相手の意図とは無関係に、反応してしまう原因は自分にあるのかと納得した言葉でした。
    『気を使う』『相手の意思を察する』事が美徳とされる日本では、語られていない部分をネガティブに取って相手を責めても許容される範囲が広いように感じます。「あいつは気が利かない」という文句は日本特有のようですし。と同時に、「同じであるべき」と少数派への風当たりも強い気がします。
    「非言語メッセージにネガティブに反応しない」ことは、対ASだけでなく、あらゆる対人関係で重要だなと思いました。
    更にそこにAS側の「相手の自由を奪わない」努力があれば、私としては共存できそうです。

    • むーん
    • 2008年 7月 18日

    まりさん
    >多くの人は、
    『今日そっちの山に行っていい?』『いいよ~』
    『今日はこっちの山にしない?』『それもいいね』
    『今日は一人で山にいたいの、来ないで!』『じゃ、向こうでおとなしくしてる』
    という感じで、コミュニケーション交わして山の行き来をしてると思うのですが
    AS&ジャイアンからすると、実はこの多数派の融通性が一番不思議です・・・何故、このようなことが融通無碍に出来るのか。やっぱり脳の構造の違いなんでしょうか。
    ASの山が、緑なす山なのか井戸なのか、(あるいは砂漠に現れた苔むすオアシスなのか・・・)はどうでもいいです。問題は、「どっちかの場所にいつも一緒にいないといらんない」というAS&ジャイアンのお互いの依存性だと思う・・・
    んですけど、このエントリーも長くなってきたのでこの辺で・・・

    • エイト
    • 2008年 7月 18日

    mmmさん、謝らないでください。
    私、なぜか今回は自己突っ込みが入りませんでした。
    「物語」を書いたあとで少し茶化し過ぎたかな?と反省しかけました。
    でもmarioさんには悪いけど、marioさんのために自分に突っ込む気持ちになれない。
    それは自分が大事にしていることには、前提とか流儀とかに私はすごくこだわるから。
    ASはジャアインの場にでてものを言うなら、意見を求めるなら、議論したいなら、ジャイアンのやり方に従ってほしい。
    ジャイアンが(相手を尊重して)やりとりしているときはたとえ追及だと感じても最期まで疑問や質問に答えてほしい。
    (少し前の別のテーマでmarioさんに謝りつつ疑問をぶつけたけれど返事が返ってこなかった。小さなことでも気持ちが通じないとがっかりするんです)
    彼の、(こっちからみたら)矛盾だらけの発言についても、むちゃくちゃな理屈にも、いっさい説明も謝ることもなく無視される。
    もう同じ人類とは思えません。
    それならばと図々しくあれこれ本音で言うと、結果的に「モグラたたき」になっちゃうんです。
    私には「相互理解」は必要なくて、marioさんは積極奇異のASの代表例としてジャイアンは参考にすればいいのかなと思っています。
    marioさんの「かまってほしい」攻撃は、叩かない程度にやりとりできる温和な方にお願いしたいと思います。
    やっぱりmarioさんと私のやりとりは何もメリットはなかったです。

    • mmm
    • 2008年 7月 18日

    >エイトさん
    エイトさんが何故「モグラたたき」のようにされていたのか理解できました。このお話しが聞けてよかったです。
    少々厳しいことを言ってしまったのに、スルーしないでちゃんと答えてくださったのは、まさにジャイアンの流儀ですね。清々しくも感じます。
    >少し前の別のテーマでmarioさんに謝りつつ疑問をぶつけたけれど返事が返ってこなかった。
    小さなことですが、こういうことに敏感になってしまうのはわたしもあります。そして、後々もずるずる引きずってしまうことも・・・。何とか偏見を持たずに接したいけど、エイトさんのように無理なことは無理、と考えることも大切なのだろうと思いました。
    「相互理解」は必要ない、というのもエイトさんがそう考えていらっしゃるなら、何も言うことはありません。
    エイトさんの考えもしらず、わたしが頑なに「相互理解」を推し進めて正義ぶっていたことを恥ずかしく思います。。。
    とはいえ、こうしてレスを下さって、ありがとうございました。スルーされるか、論点をかえて回避されたら嫌だなーと正直ドキドキしていました(小心者ですね)。
    でも、流石です。
    これからもエイトさんらしい発言、楽しみにしています!

    • kei_
    • 2008年 7月 18日

    むーんさん
    >実はこの多数派の融通性が一番不思議です ~略~問題は、「どっちかの場所にいつも一緒にいないといらんない」というAS&ジャイアンのお互いの依存性だと思うんですけど・・
    前に「最悪の相性」で私が、>自分の依存体質と真正面から向き合って ~略~ 自分次第なんだと思う・・・と書いて、
    この時に「分かっていてもできない」というのがキーワードで、その後、むーんさんとも話が続いていったのですが、
    自身の「依存」に対して向き合う時にも、このキーワードが当てはまりますか?
    もちろん、多数派でも自身の依存と向き合って直面化し、自立の道へ進むことは、そうそう簡単にできないでしょうし、出来てもいきなりではなく、少しづつだろうと思います。
    しかし、行動面のときと同じように、「分かっていてもできない」が、多数派のソレとはちがうものなのかどうなのか・・?
    男女の仲、恋愛関係においては、分かっていても似たような人を好きになったり、似たような破局を迎えたり、と一筋縄ではいかないことも承知の上で。
    先生の記事の中で、ジャイアンの依存は「出来ない」と認識したときに「この相手にやってもらおう」という丸投げからはじまって、それで一時的にでも自己突っ込みから逃れて、依存と引き換えに自分の思考の一部を停止する・・・とありました。
    ちょっと、ややこしくなりますが、自分の依存と向き合うことを「無理。出来ない」と認識してしまうと、依存のスパイラルから、脱出困難になりそうで・・・。
    「依存」自体が、多数派、少数派に関わらず持っていることで、ソレと向き合うことがどれほど大変なことなのかも、それぞれが自覚していることと思うのですが。

    • kei_
    • 2008年 7月 18日

    エイトさんとmmmさんのコメントのやり取りを拝見して、
    これが、ジャイアンの流儀??  かたの付け方?? と思いました。
    >「相互理解」とは・・・今一度、考えている自分がいます。
    失礼しました!!

    • むーん
    • 2008年 7月 18日

    kei_さん
    「依存」から脱出して、本来のライオンたる視力回復ともに筋トレに、ここで励んでいるむーんですが・・・
    >男女の仲、恋愛関係においては、分かっていても似たような人を好きになったり、似たような破局を迎えたり、と一筋縄ではいかないことも承知の上で。
    どうも、「多数派」の友人との体験談をしてみると、確かに彼女も「恋愛すれば頭痛はする」とゆう。しかし、私の金縛り的頭痛を事細かに説明したら、のけぞっていた。
    まぁ、彼女はもともと恋愛に淡白なんだけど、他に頭痛で脳外科に1年通うというのは、同じミーテイング(それ自体は嫌いでしたが)の、DV旦那から離婚したACで鬱の人くらいでしたね・・・
    なんか、ASとジャイアンが引き合っちゃうのは、同性愛の場合の(何度も引き合いにだしてすいません)同性同士がひきあっちゃうのに近い状態があるかと思います。
    私も、10年に1度位の割合で大穴におっこってます。で、この体質自体は変わらないから、アルコール依存とかそういう依存と同じ位にとらえてかからないと、これ仕方ないと思う。
    対策は、よく分からないんですが、精神療法もいいけど、今は個人的には「自分が気持ちいい程度でやめる」というTamaさんの意見を参考にしてると言うか・・・無理に多数派と「自立した」恋愛をしようとすると、また別の肉体的影響がありそうで・・・。(お答えになってません、すいません。)

    • むーん
    • 2008年 7月 18日

    (PS;kei_さん、連投します)
    それに、私の場合、「魔性のゲイ」ならぬ「魔性のクライアント」なんで、(とにかく4才から、あらゆるカウンセラーに預けられていたので)「認知療法」なるもの自体が既に「危険信号」なんです・・・(これは、個人的事情ですが。)
    相手が女性だと、大抵喧嘩になって病状が悪化するし。男性だと必ず共依存関係になるし。そういう意味では、まさに「自分で向き合う」しかないんです・・・
    AS彼も、カウンセラーとして優れた資質を持っていたが故に、ミイラ取りがミイラになったとも言える側面があり。彼も気の毒なんですよ。(ちなみに、多数派で気の利いた援助職は、私には最初から一線置いてますね・・・)
    どうも、個人的なお話になって申し訳ないです。が、大体そういう事情です。

    • むーん
    • 2008年 7月 19日

    3連投します。
    kei_さん
    >結果的に本人の中のどこかの過程において、「修正」がなされた・・・ということはあるかと思いますが、それを目的にして圧力が外部から掛かれば、身体的にも精神的に辛くなるでしょう・・・。
    と、「最悪の相性」でお書きになられていましたが、真夜中の不眠を人様のせいにしたくないのですが、どうもkei_さんは、仰る通り実は「対人的にはAS的」に思えます・・・
    と、いうのも、銀の三角さん宛にもそうなんだけど、なんか言動のニュアンスに「気付き」を内省化させようと言うか、
    「やっぱりこうでしょ」的「修正」発言が多い感じがする。
    これは、ジャイアンからすると、あとで余計自己突っ込みが酷くなってはっきり言って辛いです。
    >自分の依存と向き合うことを「無理。出来ない」と認識してしまうと、依存のスパイラルから、脱出困難になりそうで・・・。
    とありますが、それはkei_さんが自分で解決すべき問題で、私がkei_さんにそういう思考回路を押し付けた覚えはないです。あなたはあなた、自分は自分。
    >「依存」自体が、多数派、少数派に関わらず持っていることで、ソレと向き合うことがどれほど大変なことなのかも、それぞれが自覚していることと思うのですが。
    と、いうのもはっきり言わせていただけば「余計な言い草」です・・・今、私は自分で自分の依存と戦っているのです。そこに「いかにも」的な一般論というか、「わたしの言う通り自覚せい」みたいな余計なちょっかい出さないで欲しいです。不愉快です。
    きつい言い方になったかも知れませんが、どうかお許しを。

    • むーん
    • 2008年 7月 19日

    Kei_さん
    夜中のレス、大変失礼な投稿になりました・・・ジャイアン丸出しです。以後、気をつけます。
    PS;先生、出来たら削除をお願いいたします。

    • むーん
    • 2008年 7月 19日

    Kei_さん
    正直に言いますと、私も多数派の”恋愛依存症”という発想で、なんとか共依存のミーティングに通って、自分を「修正」しようとした時期はありました・・・
    (いわゆる、ロビン・ノーウッドの「愛しすぎる女達」や、ピア・メロディの著作を読んでいたのもその頃です。)
    しかし、多数派の集まるリアルのミーティングは(あちこちのスレッドに書き込みましたが)ジャイアンには負担が大きすぎる。おまけに、多数派ACの集まるブログではいじめられるだけ。
    何かが違う、そう思って、ここのYANBARU先生のブログにやっとのことでたどり着いて、起こっていることがすとんと腑に落ちた訳です・・・
    もちろん、「依存」に向き合うこと自体を否定しているのではありませんが、多数派と同じ解決法を取ろうとすると、私には苦しいだけでした。・・・正直、少数派とでは何かが異なっているような気が致します。

    • mmm
    • 2008年 7月 19日

    むーんさんがKei_さんあてに書かれた、
    >と、いうのも、銀の三角さん宛にもそうなんだけど、なんか言動のニュアンスに「気付き」を内省化させようと言うか、
    「やっぱりこうでしょ」的「修正」発言が多い感じがする。
    あーー、これ、わたしも結構ありますね。。。
    やっぱりわたしの発言もAS的に見えるのかもしれないですね。でも、こういう風にすぐ認めてしまうところはADHD的なのかな?、と思います。
    むーんさんの夜中のレス、大変役に立ちました。

    • むーん
    • 2008年 7月 19日

    (YANBARU先生、診断的になるかも知れませんので、問題を感じたら削除して下さい。)
    私は、mmmさんは物事の内省方法がAS的であるだけで、対人的にはジャイアン的だと思います。(ジャイアンと言って失礼なら、合理型ADHD的だと思う・・・)
    だけど、kei_さんのコメント(特に私が過剰反応した07.18.22:11)には、はっきり言ってAS彼に、AC資料を無理やり音読させられた時と、同様の感触を感じます。
    ここで、個人のあり様について議論をしない、というのは、marioさんですら(すらなんて言って御免なさい、)わきまえている原則だと思います・・・だから、marioさんはくららさんの質問をあえてスルーなさったんだと思う。(思います。)
    だけど、kei_さんの前付け(7.18.22:11)投稿は、はっきり言ってジャイアンの人権を侵害していると感じます。
    kei_さんにはKei_さんなりの流儀があるので、仕方ないかも知れないけど、せめてこれからは肩書きにはっきりkei_(AS)とつけて欲しいです。で、ないとこちらも混乱するので。以上。

    • kei_
    • 2008年 7月 19日

    むーんさん
    返信、遅くなって申し訳ありません。昨日の夜中から、たくさんのコメント、ありがとうございます。
    何から書いていいのか、まとまっていませんがとにかく書き始めてみますね。
    「対人面でAS的」は本人も自覚していますが(あっさり認めてしまうのはADHD的なんでしょうか?? 笑)、最近は、ADHDのようで実はASとかってあるんだろうか・・・?と思ったり。
    今回のコメントでもAS的な部分が混在するかもしれませんが、どうかお許しください。
    まず、むーんさんがはっきりと
    >不快です。
    と表明されているわけで、私としてはハッキリと謝罪したいです。
    ごめんなさい!!
     真夜中の時刻表示を見て余計にそう感じました。
    「認知療法(認知行動療法)」に関しては、
    >「認知療法」なるもの自体が既に「危険信号」なんです・・・(これは、個人的事情ですが。)
    と書かれているむーんさんに対して、私は土足でむーんさんの過去に入り込んでいたのだと思いました。
    そしてむーんさんが過去において、様々なカウンセリングやセッション(ミーティング?も含め)、そこで繰り広げられたであろう出来事も私は知らずに、
    単に私自身の「認知行動療法」に対する、希望だったり、有効性だったりを聞いたり、話したりしたい・・という欲求の表れだったように思います。
    つづく・・・

    • kei_
    • 2008年 7月 19日

    つづき・・・
    そして、「気付き」を内省化させようとしている・・・という部分も、AS, ADHDに限らず、特徴的な「自動思考」があるならば、
    気付くだけでも何か道が開けるのでは・・・という気持ちがそのように感じられたのでは??と思います。
    (なので、そういう意味で、まりさんがお友だちのことを書かれたコメントは、とても興味深く読ませて頂きました。)
    正直、私は、あなたはあなた、わたしはわたしになりがちで、「薄情者」「冷たいひと」だと思っていたので
    >私がkei_さんにそういう思考回路を押し付けた覚えはないです。あなたはあなた、自分は自分。
    と言われたときに、押し付けられていたの??みたいな・・・、ボケていました。(笑)
    私も私の「依存」と向き合っています。
    AS的対人である以上、今以上に邪魔をしないよう、気をつけなければなりません。
    こうして書くことで少しづつ、ACも取れてきているように私は感じています。
    そして1つ1つの直面化が、先生のおっしゃるジャイアンにとっての「反省」
    =>(自分自身に対して冷静に分析を続け理解できた理論的分析を積み重ねていくこと=>自身の心理の理解をその後の人生に生かせるか否かを考えつづける。そういう孤独な作業が「反省」だと私は思う)にしていけたらと思っています。
    (自分がジャイアンかどうか、怪しくなってきてますが。)
    やっぱり、AS的かな~(笑)。

    • むーん
    • 2008年 7月 19日

    私の書き方が、まずかったかも知れないので、再度送信します。
    私が過剰反応したkei_さんの、7.18.22:11付けの投稿は、個人の病状の診断(というより批判)に限りなく近いと思います・・・
    個人的には、AS元彼に、AC資料を無理やり音読させられた時と、同じ感触を持ってぞっとしました。
    ここで、他人のあり様について論議することはタブーだと思います。(だから、marioさんはあえてくららさんの問いかけをスルーなさったんだと私は思います。)
    多分kei_さんにはkei_さんの流儀があるのでしょう。それに、私個人がkei_さんに「出て行け」と主張する訳には行きません。
    せめて、kei_さんはこれから、「あいまいポジション」という立場から投稿するのではなく、肩書きにはっきりkei_(AS)と書いて下さることを切にお願いしたいです。・・・そうすれば、こちらの混乱も激減するので。以上。

    • むーん
    • 2008年 7月 19日

    はっきり言って、私が過剰反応した07.18.22:11付けのKei_さんの投稿は、個人の病状の診断、(というより批判)になっていると思います・・・
    これはタブーの筈です。他人のあり様に口を挟まない、というルールはmario(AS)さんはきっちり守ってらっしゃいます。(だから、あえてくららさんの問いかけをスルーなさったんだと私は思っています。)
    ・・・それに比べて、kei_さんの先付けの投稿には、失礼ながら、苦しんでいる回復途上の人間に対して、思いやりがないと感じました。(・・・個人的には、AS彼に、AC資料を無理やり音読させられた時と全く同じダメージを受けました。)
    kei_さんにはおそらくkei_さんの流儀があるのでしょう。しかし、「あいまいポジション」から、ASの世界観の押し付けともつかぬ、かと言って同じジャイアンからの”おせっかい”ともつかない発言をするのは、やめて頂きたいです。
    PS;個人的にはですが、kei_さんには今後(AS)の肩書きで投稿される事を切に希望いたします。そうすれば、こちらの混乱も激減するので。以上。

    • むーん
    • 2008年 7月 20日

    まず、同じ内容を3度も送信してすみません・・・(異様に反映が遅いので、エラーかと思って、今頃全部投稿されているのに気付きました。)
    私は、個人的に他人から「気付き」を体験させられるのが、非常に苦手なのです・・・kei_さん。例の彼とも、AC資料のトラウマがなければ、あるいは上手く行っていたかと思います・・・(分からないですけど。)それが、教育であることは理解するんですけど、生理的嫌悪感になってしまって駄目でした・・・(なんか、精神的に強姦されたみたいで。)
    AS彼との、そこからはじまった依存関係は楽しかったですよ。だけど、頼りにしているAS弟が言うように、やっぱり人間関係の基本は、「2+2=1」じゃなくて「2+2=2」だと思う、というより信じているんです。
    だから、kei_さんとも、これから出来るならそういう関係性を築きたいです・・・「自分で”気付く”のでなければ意味がない」と私は思う。
    どうか、お願い致します。

    • むーん
    • 2008年 7月 20日

    PS;訂正・・・「人間関係の基本は『1+1=1』ではなくて、『1+1=2』だと思う」の間違いでした。

    • くらら
    • 2008年 7月 20日

    ちょっと間があいたらこんなにレスが増えて、、、。驚いたわ
    携帯からアクセスしてますがASの先輩に携帯をもってかえられてしまい、読むこともままならず、、、。
    あ、もちろんASは一言も謝りませんでした
    さて
    Marioさま
    流れを整理します
    Mario(以下M):世の中の全ての原理をしりつくして教えたい
    くらら(以下く):では音楽の原理を教えて下さい
    M:音楽の原理は興味ないからしらないから教えない。でも高い目標はある。
    く:音楽だけではなく禅の原理でもありますが?
    M:その世界にいる人が楽しめばよい。科学者に宗教は必要ない
    く:神を信じる科学者もいますが?科学万能論と思うがではセッションで人とあわせられるのは科学的に説明できますか?
    という流れだと思います
    私は科学者が神を信じようがどうでもいいのでYAHOO知恵袋を引用し紹介したただけで私自身は何もいっていない。科学の領域にも入っていない。それを偉そうとかなんとかいうのは筋違い。
    ほんでもってあいかわらず最後の問いにMarioさんは答えていない
    そりゃリアル社会で色々ありすぐカキコできないこともわかるが。
    スルーするもどーするも皆自由であるが、普通はスルーされたらスルーした側に良い印象は持たない
    つまり自由には責任がつきものでMario氏はスルーするという自由を行使すると自動的にここで嫌われるという責任がついてくる
    それを覚悟の上ならどうぞご自由に
    ジャイアンな私は自由の裏の責任にはうるさいですよ

    ASは説明の意図と相手の反応が違うと
    それは私の意図ではありません
    というが
    元指導者といわせて頂くと
    相手が理解しないのは相手が馬鹿なのではない
    自分の説明が悪いのだ
    ということになると思います(私はこう研修を受けました)
    説明側の意図は説明側しか正しくしらない
    よって相手にきちんと理解されたいと思うなら、相手のレベル、思考回路に合わせて説明することが必要です
    例えばつるかめ算の解き方を小学生に教えるなら絵を書いて教え、中学生ならXYを用いて解く。
    説明側の引き出しが少ないとうまく万人に説明はできないと思います

    • くらら
    • 2008年 7月 20日

    連投します
    みなさんASをもくらだの蛙だのいっていますが私には
    ヤドカリ
    に見えます
    外界との生の接触を避け自分がどう感じどう考えるかにこだわる
    ちょっと刺激を受けるとすぐ引っ込む。殻に愛着し新しい殻に引っ越すのはとても大変
    ジャイアンは裸で殻をしょわずに気楽にいきているのにお節介にも殻を着せようとする。裸なので傷付きもするが情報は入ってくるし出しやすい
    殻はどんなに立派だろうが重くて窮屈なだけ。
    ASの方の音楽ってとても繊細でもろくて崩れやすくて。
    お客様がどう感じているか、アンサンブルの仲間がどう感じているか無頓着で一人よがりだったりもする
    そしてオープンマインドできずどこか無理している感じを受けます
    そんな訳でASの山も砂上の楼郭なイメージです

    • むーん
    • 2008年 7月 20日

    まりさん・kei_さん
    >ボーダーと診断された私の友人は、以前はいつも些細な事や思い込みで傷ついては相手を攻撃し人間関係を壊していました。認知療法で『なぜ傷つくのか・腹が立つのか』の答えを自分の中に見つける試みを始めてからは対人関係が一段と良くなりました。そんな彼女がこんな事を言いました:『真実に間違いは無い。真実に傷ついたなら、それは自分の何かが間違っているということだ』。相手の意図とは無関係に、反応してしまう原因は自分にあるのかと納得した言葉でした。
    この科白、何とも言えず不愉快です。何が不愉快なのか、言語化出来ないほど不愉快です。
    何が「多数派にとって些細」であっても、「少数派にとっては些細な思い込みではない」と言い切れるのか。「対人関係をスムーズにする」ことだけが人生の目的なのか。『真実』とはそもそも何なのか。それは「多数派&AS」の「平原」もしくは「井戸の中」のそれではないのか。
    少数派が傷ついた時に、なんでそれをいつも「自分の中の何かが間違っている」と自分を責めなければならないのか。そういう方向性に、少数派を「矯正」するのが「認知療法」で、それで多数派が気分よくなるなら、これ世間としては万々歳でしょうが、
    そこまで持っていくのに、少数派のよい点までが失われて、悪くすると本人の意識が廃人同様になるという事は考えないのか。
    大体、人間が「相手の意図とは無関係に反応する」ことはありえないと思います。それは、多数派のズサンな感覚だと思う・・・
    何が言いたいのか、上手くないんですが、現代の医療は、ゴッホやエジソンを、靴屋や小学校の先生にすることばかりに熱心になっているように思えます。その逆が、多数派に出来るんですか?
    すごい疑問だったので、一言。

    • mmm
    • 2008年 7月 20日

    >むーんさん
    >内省方法がAS的であるだけで、対人的にはジャイアン的
    参考にさせていただきます。因みにジャイアンと言われても嫌な気持ちはしませんので大丈夫ですよ!
    むーんさんとkei_ さんのやりとりを読んでいて、うーーん、もしかしてわたしは対人ではジャイアンを心掛けているのかもしれないな、と思いました。

    • mmm
    • 2008年 7月 20日

    >kei_ さん
    >「対人面でAS的」は本人も自覚していますが(あっさり認めてしまうのはADHD的なんでしょうか?? 笑)、
    と書かれていますが、対人関係がAS的なことををあっさり認めるということではなく、「やっぱりこうでしょ」的「修正」発言、をしていることを「あ、わたしそれやってるかも」と、あっさり認めるというのはADHD的ではないのかなーと思い書きました。
    自分はこうやってきたから、こうすればよくなる、あなたのやり方ではよくならないから修正したほうがいい、というようなニュアンスを含む発言は上からの物言いであると自分で理解しているが、結果的によいと思っている方向へ導けるのなら上からの物言いになってしまっても仕方ない、という具合です。
    意図的な上からの物言いで相手が「修正」することを求めているため、「上からの物言いで修正しろと言われているようだ」と問われればADHDの場合それをあっさり認められる。多数派であれば、「そんなつもりはない」と言いそうな気がします。
    ASの場合は非言語的表現に含まれて自覚するのが難しい(?)のではないでしょうか?
    (このへん自信がないので違っていたら指摘してください。)
    むーんさんとkei_ さんのやりとりを読んでいて、わたしも以前、kei_ さんのように「おせっかいだ」というようなことを言われたことがあるのを思い出しました。わたしもACがありますが(今は結構よくなりました)、相手のACの根の深さも察せずに「自分の弱さとしっかり向かい合わなければならない」というようなことを押し付けすぎてしまい、「理解はできるけど、わたしはそんなに強くない。わたしにはできない。」と言われたことがあります。
    (つづきます。)

    • mmm
    • 2008年 7月 20日

    (つづきです。)
    わたしは事実や現実を直視して一つずつ消化していくタイプだったので、逃げていたらどうにもならないということを万人に当てはめていました。しかし、ここで自分がジャイアンだからACの修正方法が違うこと、同じジャイアンACでもACの根の深さはそれぞれであること、同じジャイアンでも程度の差(優劣ではないです)があることを知り、自分と同じ方法が通用するほうが少ないことを理解しました。
    その後、自己評価を下げることなどをしながら、世界観の押し付け(対人がAS的)から、あなたはあなた自分は自分(対人がADHD的)に戻すようになりつつあるのかもしれません。(本来の自分はADHD的でした)
    >エイトさんとmmmさんのコメントのやり取りを拝見して、
    これが、ジャイアンの流儀??  かたの付け方?? と思いました。
    わたしは相互理解(理解し合えないということの理解を含む)ばかりを目指していて、目的はそれではないのか?何故叩くのか?見下していることについて自己つっこみは入らないのか?とエイトさんにつっこみました。
    AS的な「何故相互理解を進めない?」という世界観の押し付けがこの発言の原動力となっていて、加えてジャイアン的な自己つっこみに関しても言及しているようです。(自分のことなのに客観的でわかり難くてすいません)
    なので純粋なジャイアンだとこういった発言はしないのかもしれない(?)です(世界観の押し付けがないため)。
    その後エイトさんが「相互理解が必要ない」と考えていることを知ったため、「相互理解」が大前提だった自分の発言(世界観の押し付け)を恥じ、エイトさんの意見を尊重して「なら何も言う事はない」という感じで終わりました。
    これは、あなたはあなた自分は自分で、ADHD的であり、「自分の発言に責任を持つ」というジャイアン的でもあるのかと思います。
    これを書きながらまた色々発見できました。

    • kei_
    • 2008年 7月 20日

    むーんさん
    実は私は、こういう「直面化」が一番、苦手でした。
    ~でした、と過去形ですが、リアルの世界では今も苦手と言うより、「恐怖」です。
    くららさんのコメントに出てくる「殻」の例え・・
    まさにそんな感じです。
    私は「ジャイアンと薬剤」ではじめてコメントをしたのですが、薬剤への反応の強さや対人関係からの影響を強く受ける部分があり、その過敏さをそのまま(裸のまま)外界と接するのはダメージが大きすぎる。なので、殻を身に付けた・・様に感じていたので、素はADHDで表面(対人)はASだろうと自己判断していたわけです。
    でもこれにACが加わると、それらを回避しようとして、場に適応しようとする・・・。
    むーんさんがおっしゃる「思いやりのなさ」というのも、「自身の過敏さ」と一対の「他者に対する鈍さ」と捉えていました。そして、どちらが先かは分かりませんが、自身の過敏さの軽減と他者への感度の高さは連動しているであろうと・・・。
    つづく。

    • kei_
    • 2008年 7月 20日

    つづきです。
    私のコメントがむーんさんに「支配感」や「強制感」を与えてしまったことをお詫びします。
    「個」VS「個」として、「1+1=2」のスタンスが欠けた表現であったようです。
    今後の自分が、「支配的」や「巻き込み的」な書き込みになりそうなとき、
    これは、依存関係の中で身に付けた殻なのか、
    ADHDの「人を必要としない」からきているのか、
    ASからくるものなのか・・・。
    もう少し、時間をかけて考えてみたいと思います。
    HNの変更要望についてですが・・・
    私自身、今だに自信をもってきちんと(AS)を付けることに抵抗があります。
    「納得」がASのキーワードだとすると、ためらっている姿はASですね。
    ADHDだと「そっか~、ASだったんだ~」となるのでしょう・・(笑)。
    「ジャイアンの攻撃モード」の記事までは、まさしくADHD的でした。
    ところが、その後、ジャイアンの怒りのツボにはまらなくなり、「どっちもどっち」的な高低差なしの「平等」にしようとして、後はASな考えに移行していったと思います。
    なので、申し訳ありませんが、もう少しHNには、どちらの明記も控えたいと思っています。

    • むーん
    • 2008年 7月 21日

    mmmさん、kei_さん
    全くお答えにはなっていないのですが、ふとACでボーダーの母のことを思い出していました・・・
    彼女はいわゆる「魔女タイプ」のボーダーで、ジャイアンでもあったと思います・・・
    今は、いろいろあって一緒に暮らしていませんが、正直2度と会いたくないし、葬式にも出来れば出たくありません。電話での連絡すら一切取っていません。
    ですが、母のことを思い出すにつれ、母には母のよさがあったと思うように最近なっています。
    それは、どういうところかと言うと、少数派である私を、癇癪を起こしこそはすれ、発病してからは一度も責めず、むしろ「病気は誇りにしていい」と言ってくれた点です。
    他にもあります・・・例えば、ACサバイバーのようにまっすぐな生き方は出来ない女性でしたが、頑固な父の篭絡方も知っていたし、世間の渡り方も心得ていた。家が、ここまで成功した家だったのは、(今は傾きかけていますが)母の内助の功が大きかったと思う・・・
    私自身、あまり自信がないのですが、自分としては「オズの魔法使い」の魔女ではなく、「ババヤガー」(ポーランドの童話に出てくるよき魔女)を目指したいと思っています。
    どうもすみませんでした。

    • 月の草
    • 2008年 7月 21日

    時々私がする「他人の失敗に対するフォローとその周辺」
    他人が失敗すると、私はフォローに回ります。
    それは、他人を庇っているようでいて、
    その実自分を庇っている場合が多い。
    他人が失敗したら、それを喜んで許す。
    そうして自分が救われるっていうのは、他人の失敗を庇っておくと、自分の失敗も許されるかも?ってことですから。これもまたやらしいわけで、
    時々わたしってこそくな手段を用いてるな、と思うのです。

    • mario (AS)
    • 2008年 7月 21日

    しつこいな…
    「スルーするという自由を行使すると自動的にここで嫌われる」
    分かってやってます。私の気持ちを正確に書くと、「ジャイアンに嫌われようと気にしない」です。そう言うスタンスだからスルーしています。
    ことこの件に関しては、くららさんはジャイアン的方法でASを支配しようとしているように私には見えます(この手の支配について以前先生が書かれておりました)。

    • エイト
    • 2008年 7月 21日

    そうか~!わかりました。
    私が何故marioさんのコメントにいちいち腹がたつのかが。
    >ジャイアンに嫌われようと気にしない
    というmarioさんの本音を私はずいぶん前からちゃんとキャッチしていました。
    やっぱりね~。
    相手の表情や言葉の端々から相手の本心を掴むことは、実は私の仕事では必要不可欠なので、その能力は普段から鍛えているんです。
    文章でもたいていわかります。
    あなたが、相手に嫌われることを前提として、わざわざこの場で無礼なコメントやスルーすることが私は許せなかったのです。
    でもまさか単刀直入に「あんたジャイアンをナメてる?」とも言えず、すごくイライラしました。
    それに加え、私もASに嫌われてもなんとも思わない。
    だから言いたいことは言いました。
    ほんとうはまだまだ言い足りないけど・・
    というよりも早い話、私は、”私を反応させるASが大大大っ嫌い”なんです!!
    だから私を反応させるASはこの場にでてこないでほしいのです。
    ジャイアンを反応させるASは(あと多数派も) でてくるな、邪魔だ~!!
    あ~すっきりした~。
    あとついでに言うと、私は気分はもう砂漠の放浪ライオンなので、孤独には強いのです。
    「聞いて、聞いて!」「僕にかまって!」「アドバイスして!」というもうひとつのmarioさんの隠された本音もキャッチしてしまうので(marioさんにそのつもりはなくても私にはそうみえる)、はっきり言ってうっとうしいのです。
    人にまとわりつく感じ?
    marioさんだけでなくうちの男3匹に接するときも私は同じ態度ですけど。

    • エイト
    • 2008年 7月 21日

    積極奇異型ASとジャイアン純系の「最悪の相性」の見本のような、marioさんと私のコメントですが。
    彼の本音を察してチクチクと辛口コメントをし続けた私。
    私の不愉快モード&追求を察してスルーし続けた彼。
    私が不愉快になるのは彼の計算済みのはずなのに、私の個々のコメントに応じていれば「曲解したあんたが悪い」って主張したに違いない。
    どこまでいってもmarioさんは矛盾だらけ。
    (m2さんにも言ったけど)ASもかなり矛盾してると思う。
    私はmarioさんのことを「ジャイアンを反応させる積極奇異型ASの代表例」と思って、スルーする努力をします。
    しかしあなたの発言が迷惑なときは「迷惑だ」とはっきり言います。

    • mario (AS)
    • 2008年 7月 21日

    一点だけ…
    「相手に嫌われることを前提」としてはいませんよ。思った事をそのままストレートに書いているだけです。
    ASは、その方が相手に伝わりやすいと思ってます。ジャイアンが怒るかも知れないからと何かをセーブしても、結局2つ目のチャンネルで伝わるから。ストレートに言って(書いて)、ストレートに不機嫌になってもらった方がまし。ストレートに書くことで、伝わる(分かる)事もあるから。
    エイトさん、くららさんが、私を邪魔だと感じるらしい事は分かります。だからと言って、全てもジャイアンがそう思うとは限りません。
    私はこれから発言を控えつつ、それでも発言したい際には、先生にその是非をゆだねます(先生、ご迷惑をお掛けします)。

    • kei_
    • 2008年 7月 21日

    mmmさん
    コメント、ありがとうございます。
    前回の私のコメントは、mmmさんのコメントが反映される前に書いたものだったので、「あっさり認める」の解釈」が、取り違えたままでした。
    失礼しました。
    >わたしは事実や現実を直視して一つずつ消化していくタイプだったので
    mmmさんはそうして、進まれて現在に至っているんですね。
    私は前回も書きましたが、直面化が苦手だったんですが、エイトさんとmmmさんのやり取りを見て、そこの部分に変化があったように思います。
    >逃げていてもどうにもならない・・
    これは根底に常にある自己突っ込みなので、今後も気力、体力の限界ギリギリまで自己対峙していこうと思っています。
    (学生時代のスポ魂が未だ抜けてない??)
    >同じジャイアンでも程度の差(優劣ではないです)があることを知り
    そうなんですね・・・。
    怒りのツボもはまり加減が様々なんだなぁ、と読み進めながら感じてきているところです。
    自身のACも、ACのような考え方のクセがある、と表現したほうが的確かもしれないと思ってきてます。
    今のところは、まだどこにおさまるのか、おさまる必要もないのかもしれませんが、AS, ADHD, AC,それぞれの特徴や感じ方などとともに、自身の理解も深めていくつもりです。
    それにしても、「そんなつもりはない」 (「そんなつもりで言ったわけではない」)・・・リアルな世界では、特に近しい関係の人間に、よく言っていますよ・・・。これ、どこからきているのか。。。
    ちなみに今日のその一言は、完ぺき、疲れていて思い切り言葉をはしょった!!のが原因でした(笑)。
    電磁波にあたりヘロヘロ、ヨレヨレでキーを打っていたここ2~3日でしたが、発見できたことがたくさんありました。
    mmmさんにも、いい時期でコメントも頂けましたし、ありが
    とうございました・・。

    • むーん
    • 2008年 7月 21日

    すごい!このエントリー、100まで行くかも・・・
    mario(AS)さん、kei_さん、私が大変失礼な物言いをしたのに、戻ってきて下さって良かったです・・・。
    特にkei_さん。「ASと言ってくれ」などと子供っぽい癇癪を起こして申し訳ありませんでした。
    ここからは、また話が逃げてしまうのですが、私がmario(AS)さんの投稿には、あまり過剰反応をしないのに、あいまいポジションと自ら仰っているluneさん(最近お見かけしませんが)、kei_さんの投稿に良くも悪くも過剰反応するのは、私の中にも、
    「マイノリティはマイノリティなりに、その原理を極めたい」というAS的思考があるのかも知れないです・・・
    とにかく、私は高校時代からスポーツがど下手な、ロック評論娘だったので。どこか非常に理屈っぽいんです・・・
    例の、AS彼にしても、なにか異様に、私からするとジャイアン的な風貌と言うか側面があって、(今のところ上手く言語化できませんが、女性的というか)、あるいは、あいまいポジションにいる人だったのかも知れません。
    と、いうわけで、私自身も”純系ジャイアン”と今後言わない方がいいかもです。
    失礼しました!!

    • まり
    • 2008年 7月 22日

    コメントが増えてて、ビックリしました!
    むーんさん、
    >>多くの人は~山の行き来をしてると思うのですが
    >AS&ジャイアンからすると~やっぱり脳の構造の違いなんでしょうか。
    私の友人(ADHD女性)も同じ事を言っていました。また「融通が利く多数派は、八方美人に見える」とも言っていました。一方「『人は人、私は私』と言いつつ、『人は人を許せない自分(多数派流八方美人に一々腹を立てる自分)』に腹が立つ」とも言っていました(これが『自己突っ込み』なのかな?)。彼女はジャイアン振りを自覚して悪いと思う事があっても謝れないと言います。本人は怒りたい衝動の方が先に来ると説明していました。
    しかし、別の友人(ADHD男性)は、融通が利きすぎて自主性が無い様に見える事もあります。他者に腹を立てる事も滅多にありません。彼の場合は受身でいたい衝動が優先ということなのか?わかりません。
    冷蔵庫の野菜室で野菜が忘れられずっと眠っていたり等の行動面は二人に共通していて『脳の構造』かなと思いますが、感情の部分では全く違う二人です。

    • まり
    • 2008年 7月 22日

    続きです…
    ボーダー友人の場合の「真実」についてですが、
    「○○」と言われて傷ついた ⇒ 言った人に傷つける意図があったかどうかは『不明』 ⇒ 自分が「○○」を「嫌」と思っていることはどうやら「真実」
    例えば私が『デブ!』と言われて『ひどい!』と憤慨したとして、上の「認知療法方程式」に当てはめると、
    ⇒ 私は、デブが『ひどい』事だと深層心理では思っている。『デブ』である事を認めたくない。
    みたいなことになって、「デブは悪い事だとは思いませんが。なぜそう思うのですか?」とかなんとかカウンセラーは「気付き」を言って、
    「自己認知(自分の真実の捉え方?)」を良い方に持っていくみたい事だと理解してます。
    これのやり方が合うか合わないかは人それぞれ違って当然です。たまたま、ボーダー友人とADHD男性友人はこの方法が合ったようで、「合う人がいる」という点からは意味のある認知療法だと私は思っています。
    因みに私は、少数派を矯正して多数派が万々歳とは思っていません。認知療法でも矯正でも何でも他人のためにする事では無いと思うので。私は多数派でも少数派でも「無自覚」な人と出会って自分に悪影響がありそうな場合は、距離を置きます。互いに何かに気付いて自ら変ろうとするのは良い事だと思いますが、自分が譲れない場合に相手側からの変化を期待するのはおかしいと感じるので、替わりに「距離」を保ちます。「人は人、私は私」のバランスを保とうとするとそうなってしまいます。

    • むーん
    • 2008年 7月 22日

    まりさん
    少し、論点がずれてるみたいなので・・・
    例えば、ゴッホはゴーギャンとの同居生活中に片耳を切り落としましたよね。エジソンは「1+1=2なのはどうしてか」と質問して、小学校を中退した。
    どちらも、多数派からすれば明らかに「些細な事に対するおかしな反応」です・・・
    しかし、認知療法が、もしその時代にあったとして、ゴッホやエジソンにもしその方法が合っていたとしたら、(仮にですが)そこには、あの有名な絵画や、立派な発明は生まれていなかったでしょう・・・
    (そんな「才能も無い」少数派は、自分から認知療法を受けた方がいいのかもあるいは知れない・・・ですが。)
    話を戻しますと、だから、そういう「変な人」とは「距離を置く」。これは分かります。ゴーギャンは別にゴッホの奥さんじゃないから出て行ったし、エジソンの小学校の先生は彼をやめさせた。でないと、授業が続きません。
    しかし、そういう多数派と言うのは、(あまり感情的な表現を使いたくありませんが)少数派から見ると、「冷静で大人だな」と見える一方、いい人だけど冷酷と言うか、「シマウマはやっぱりシマウマなんだな」と見えます。少なくとも私はそうなんですけど。

    • くらら
    • 2008年 7月 22日

    Marioさん
    けっして邪魔ではありませんよ
    ここでは貴重なASです
    思ったことを思った通りストレートにいえばいいだろう
    というのは単なるお子ちゃまです
    「はげ」を見て「はげ」と言い
    「でぶ」を見て「でぶ」という
    何の配慮もない
    その場その場で思ったことを言い自分の言った言葉の後始末もできない。
    僕こんなに色々わかってるの。目標も高いの。で、構ってほしいの。って、、、。あなたが頭良いのはわかりましたからもう少し大人になられては如何?
    Marioさんだけじゃないんです。リアルASが何故今それをその人にいう?ということを良くやるのです
    けんかになるだけでしょうが。
    あなたは嫌われて良くてもけんかに巻き込まれた相手、仲裁する人は迷惑です
    正しいことを知っていることは偉いですが、世の中正しいだけじゃ動かない、ということです。

    • くらら
    • 2008年 7月 22日

    あれ?
    Marioさん
    そもそもジャイアン元妻に愛着がありジャイアンを理解したくてここに来ていたんではなかったっけ?だったら教えてやらにゃあと思いましたが
    それが
    ジャイアンに嫌われても構わない
    と言えるようになったということは
    愛着がなくなった
    ということですね
    ある意味よかった
    あとは離婚して寂しい病がなおることを祈ります。
    さんまのまんまで小朝とさんまがいっていました。離婚した、というとモテる。
    頑張ってください

    • まり
    • 2008年 7月 23日

    むーんさん、
    すいません、論点ずれてたっぽいですね。
    >そういう多数派と言うのは~いい人だけど冷酷と言うか
    う~ん。考えてみました。
    個々人は別として「多数派全体」で見るとやっぱり冷たいかもと私も思います。
    エジソンが学校辞めた理由は「なぜ1+1=2」だけではなかったと思いますが、時代変って現代に「授業にならない⇒辞めさせる」なんて事があるなら冷たいどころかひどいですよね。
    で、実際そういうことありました。友人の子が広汎性発達障害と診断されたら幼稚園(私立)追い出されちゃったんです。明確に追い出したわけではなく、事あるごとに「手に負えないので迎えに来てください」と電話が入るようになって…戦うにも子供は成長し続けるし、そもそもこんな園じゃ子供のためにならんと転園しました。転園先は理解がありいいところだったそうです。
    どちらの園も経営者は多数派と思われますが、前者のような「冷たい」対応がまだまだ社会では「多数」と思います。それでも公立の小学校(私の地域)では理解度が高まってるように見えますが。

    • まり
    • 2008年 7月 23日

    続きです
    認知療法をするかしないかは、私の考えでは、本人が困っていて、自分の『ここを』治したい・変えたいと自ら療法を必要とする場合に限られると思います。特に情緒面ですかね。
    ADHD男性友人は、YANBARU先生のHPによるとノビタ君のようなのですが「Noと言えない自分・他人優先の自分が嫌」ということでカウンセリング受け始めたそうです。物を作らせたらすごいのですが、その才能は情緒面で変化が生じた今でも健在です。
    なので、エジソン本人がそれでよかったのなら認知療法も何も必要なかった。と私は思います。ゴッホが切った耳を送りつけた事については、ボーダーの自傷行為や試し行為に似てるなぁとも思ったりするのですが、本人が望み認知療法を受けて「ゴーギャンへの未練を断ち切り耳も切らないゴッホ」になっていたとしたら、確かに彼のすばらしい作品は生まれなかったかもしれません。情緒面が反映されて別の絵になっていた可能性はあると思います…でも絵の「才能」は持ち続けた得たと思います。
    認知療法が必要かどうかは、本人にしか分からないし決められないです。ただ、子供のときにどうするかってのは、難しいですね…たださえ子供は親に依存して成長するので親の影響が大きいですが、じゃあ少数派の子を持った親はどうすべきかみたいな話になったときに、少数派の意見無には本来決め得ない事ですよね…

    • まり
    • 2008年 7月 23日

    更に続きです
    冷たい多数派は困るし、開き直っちゃう少数派も困るし、子供の才能は伸ばしたいけど他者を物理的に傷つけるのはいけないと学んでほしいし。。。人間に限らず動物は「分からない」に遭遇したときは身構えるのは本能だし。。。そんなのも含めて互いにコミュニケーション図ってお互いを知るしかないと思ってます。
    シマウマは、実は牛とか鹿とか兎とか色んなのが混ざっていて、特に日本では『皆ちゃんとシマ出そうぜ』が強いために皆シマウマに見えますが、シマが無くてもいいじゃん(融通性?)てのも結構います。
    私個人に関して言うなら、少数派を理解したいし共存したいです。でも、大の成人に「なぜ1+1=2?」って聞かれたら場合によってはスルーすると思うし、耳を送りつけられたら心配どころかまず一目散に逃げます。やっぱり冷たいのかな?でもこれは「多数派」というより「個体差」な気もします。

    • まり
    • 2008年 7月 23日

    すみません、補足です。
    >冷たい多数派は困るし、開き直っちゃう少数派も困るし
    は、それぞれ「一部のそういう人」を指しています。

    • むーん
    • 2008年 7月 23日

    むむむムツカシイっすね世の偉人芸術家の話は・・・
    「『1+1=2』は何故?」も、かの山下清氏なら、もしかすると聞いてきそうですし、(どうスルーしたらいいのか分からない・・・)別に、耳送りつけてない本物の妻子を捨てて、タヒチへ行っちゃったゴーギャンなる人物も、(多数派かどうかよく分からないが)あまり付き合いたくないカンジです。
    あー、そういえば太宰治辺りも、今ならACの治療が必要な感じですね。そすれば心中被害者があんなに出なかったかも。世のダザイストはがっかりしたでしょうが。という訳で、どんどん話題が「見下す」からずれているので・・・

    • くらら
    • 2008年 7月 23日

    むーんさま
    どんどん見下すから話がづれていますが
    太宰治はACではなく境界性人格障害だった
    という説があります
    人間失格を読みましたが単なるACではすまない気がします
    子ども時代からふつーでない感じをうけますので人格障害になる前になんらかの発達障害を持っていた可能性もあるように感じます。
    作家に限らず芸術家にも少数派は多いですが、偉大な作品を残して偉いと思います
    なので発達障害は無理矢理治療して多数派にするのではなく、長所を伸ばしてほしいと思います。
    昨日アルフィーの高見沢さんが
    音楽には完璧主義だけどその他のことは全くできない
    お片付けとか特に苦手
    と某番組でおっしゃっていました
    私たちのお仲間かしら?

    • ねね
    • 2008年 7月 24日

    普通でない職業の人は診断されてはないものの少数派ばかりと感じます。だって、そんな職場で普通な人間は生き残れないでしょ。
     多数派は自分の家庭が幸せで平和ならそれでいい人たちのようにわたしには思えます。だから、普通にサラリーマンして普通に生活しているのじゃないかと。
     偉大な業績を上げるのは 普通のことは考えないひらめきの人か 異常な熱意を持って探求し続ける能力を持つ少数派だと思っています。そんな人たちは自分が変人扱いされても己が道を進むので 「発達障害」という異名をもらうこともないかもしれません。
     私も多数派と適当に付き合う方法を学んで(トラブルを最小限に抑えて) 発達障害の良さを存分に発揮してほしいと 心から願っています。

    • 月の草
    • 2008年 7月 27日

    ずっと気になってたのですが、なかなか書けないでいました。ずいぶん前ですが「道」というテーマで、似たような話しをしたことがありましたね。marioさん、あれから一年半ですか。早いものですね。
    「あなたが正しい。でも、私は違う山がいいから下りるわね」
    確かにこれは、はじめはうまくいきます。度重なると夫は耐えられなくなり、非難がましい目で睨み、
    私を追いかけて、衣装替えするまで説得を続けて、
    嫌がられても自分の山を連れ回す。
    あなたを尊敬してるわ、だから私はあなたの山にケチはつけないわ、
    だから私の山のことはほっておいて、私はこっちにいたいのよ、
    というと、
    自分を尊敬してるなら、こっちの山を選べと迫り、ありとあらゆる手段を使って(ぺしゃんこになるまで否定し攻撃)、自分の思うように私が動く(従う)まで手を緩めない。
    あんまりしつこいから、私は噛付く。
    なぜそうまでして自分の知っている山にいてほしいのか。
    その必要性はいったいどこにあるのか。
    単に私には「安心」という風にも見え。僕の知らない山は不安だから登らないでくれと言われている気がする。じゃ、私のいく山は化け物だらけで荊の道だというの?整地されていないなら、野ばらが咲いて美しいかもしれないじゃない。たとえあなたから見て変な山でも、それは私が必要とする道なのだから、あなたの問題ではなく私の問題。などというと、酷く夫は傷ついてしまう様子。
    何事も、人と同じが嫌な私は、ただ他人と同じ山に登ると聞いただけで無価値に見え。追従している屈辱を感じてしまう。
    元気な時は興味の対象が広いので、尊敬する相手の山には勇んで登ります。堪能し、得るべきものを持ち、最終的には他人の山は下りて自分の山を目指しますが。これが気に入らないんだろうなぁ、と思うんですよね、AS男は。ASは自分の山が一番だと思ってるとして。ではなぜ他人にもマイフェイバリットの山があることを理解しないのかと、実にそのあたりが疑問。
    私としては独自性、マイワールドを持った人ならば、他の価値観も認めるはずと期待してきたのですが。
    結論としては、お互いに相手を潰さなければ、互いに別の山を持っていることを認めあうことができさえすれば、共存は可能では?と考えたい今日ですが、お互い引かないかな。

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