発達障害自己診断ガイドについてまとめてHPに掲載しました。内容についての忌憚ないご意見をお願いいたします。
また多くの方の要望があった本の紹介も合わせて掲載しました。少しずつ増やして行こうと思います。
http://www7.ocn.ne.jp/~k-goto/
発達障害自己診断ガイドについてまとめてHPに掲載しました。内容についての忌憚ないご意見をお願いいたします。
また多くの方の要望があった本の紹介も合わせて掲載しました。少しずつ増やして行こうと思います。
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非常にわかりやすかったです。
ところで、
2.発達障害を疑う自覚症状
ですが
<ぼーっとしている><眠たそう>と
子供の頃から今でも、かなり頻繁に言われます。
大人になって5回も引っ越して、
どこに行ってもそう言われるのだから
ほんとうにそう見えるんでしょうね。
わたしは、その状態が最も普通なのですが、
真剣みが足りない、なんて見られることもあり
悲しかったりします。
こんな特徴は他の方にも見られるでしょうか。
やんばるさん
こんばんは
「発達障害を疑う自覚症状」
とても興味深く拝見させていただきました。
ほとんど主人にあてはまるような気がしますが、だからこそ
日々の生活の中で困る事が沢山あります。
話をするときは主人を興奮させないように「アイメッセージ」(私は~だと思う)で伝えますが、それでも怒ってしまいます。
ある程度私の伝えたい事が終わればその場から立ち去るように心がけてはいますが、そのときの私の人格を否定するような言葉が頭に残ってとても辛いです。
このような状況で夫婦である意味は果たしてあるのだろうか。自分に問う毎日です。
発達障害自己診断ガイドまとめを読ませていただきました。ありがとうございます。
少し、質問があるのですが、
3の脳の働きの少数派であることの認識というところで「治らない脳の働きのマイノリティーである」というところですが、
この「治らない」というのは、完治はしないがある程度は治るという理解でよいのでしょうか?
薬物治療がかなり有効であると書かれている本を最近読んだのですが、薬物治療、コーチング、その他の治療法を併用して、ほとんど治ったという状態に持っていくことは、難しいとお考えでしょうか?
4のADHDとASをわけるときに「人への愛着・執着の有無でわける」というところで、ASの人でも、愛着・執着を誰にも持っていないというケースは、ありますでしょうか?
例えば、周囲の人に、愛着を持てる対象がいない場合など。
それとも、ASの人は、誰かに必ず、愛着を持つのでしょうか?
HPのほうで、
ADHDはじめ発達障害に関する本の紹介を読みました。
私は5歳の息子が自閉傾向という診断(3歳当時)を受けたころから幾つか関連本を読み、最近自分にもADHD要素があるぞ、と気が付いたころからは、成人ADHDに関連する本も2,3冊読みました。
実際、こうやって『自己コーチングガイド』で自分にあてはめていくと、本の情報はそれを書いた人によって、見方が偏っていたり、当事者の多くの人に見られる特徴のみについてしかかかれていなかったりします。
成人向けの関連本でADHDについては『片付けできない』という点を強調されているものが目立ちます。確かにそれは多くの人にあてはまるのでしょうが、中にはあまり該当しない当事者もいる、ということを念頭において読むべきだと自分では思いました。
あとADHD向けの生活の工夫という点の記述もやはり、多数派からの立場中心で書かれてあったりするものも実際見られます。
なので、本の情報は(たとえば薬にかんする情報も含めて)
『参考程度』に、実際自分のADHDと向き合って、
ADHDとは本質的にどういう障害なのかということを考えながら、
上手く自分に取り入れていく、という方法が良いと思ってます。
・『人への愛着』という点について
私はこのような解釈をしています。
例えば子どもなら
『(親でもそうでなくても)誰かに甘えるという行動がある』
・・・私は子どもの頃から、親に甘えるという行動が極端に少なく、母親は『愛情が足りないのでは?』と思ったそうです。
実際幼稚園のころ(5歳くらい)、参観日に母の姿を見た私は『走って逃げた』そうで、かなりショックだったようです。
反面、私は自分の子どもからそういう態度をされたことはありません。
そして自閉っ子の息子は、私に甘えてきます。これが『ASと ADHDの違い』と、私はそう思っています。
大人なら
『(同性でも異性でも)自分から誰かを熱烈に好きになった経験があるか?』
私には、同性であれ異性であれ、自分から人を好きになって追いかける、という経験は皆無に等しいです。殆どが『なりゆき』で、話が合えば親しくはなるけど、それ以上の『愛着』はない。
だから、
恋愛ソングの歌詞の意味が長いことわからなかったです。
すごく好きで、とか、愛しくてたまらない、とか。
別れの切ない歌詞も、正直さっぱりわかりません。
共感できない、と言うのが正しいでしょうか。
そういう経験をしたかったような気がするけど、
私にとってそれは、永遠に歌の中にしか存在しない世界だから仕方ありません。
その反面、誰にでも親切だったり、誰にでも同じ情熱で接することが出来るのは、『特定の人に愛着を持たない』からなのかもしれません。