治療者として躁うつ病の人を治す上で一番の苦労は、「気分に対する本人の認知が病的にズレている」ということだ。
簡単に言えば、「躁状態が普通」と思っていて、本人は治療の目標を「躁状態に戻す」ことに置くようになる。
躁うつ病に一番有効なのは「リーマス」(炭酸リチウム)だが、自己判断でリーマスを切って「やっと気分が回復しました」という患者さんを見ると、治療者である私自身が非常にがっかりする。
躁状態でお金を使いすぎたり、誇大的となってトラブルになったり、性的脱抑制で不倫や浮気、異性関係で失敗したりして過去に痛い思いをしている人であれば、「あの時を忘れたか?」と話せば辛うじて通じることがあるが、こういう大きな失敗の経験がなく、逆に基本的に自己評価が低い人の場合に、修正が非常に難しい。
確かにあなたの場合それ以外の時期はずっと辛い状況だったと思います。(躁状態の)時はその中で唯一と言ってよいほど快適に過ごせた日々だったことは理解できます。
しかし躁状態は病的な異常な状態なんです。そのことは理解して欲しい。
地道に認知の修正をする時は、「気分のセルフモニタリング」を丹念にして、今の気分は数字で言えば? (プラス10からマイナス10までの間で)という作業を何ヶ月も何年も続けて、身近な妻などの家族との間にズレがあることを自覚してもらう作業を丹念に続ける。
合理的な説明が有効な場合は、麻薬などの薬物依存にたとえることもする。
「悩みが全く無い」なんてことはそれ自体おかしい。例えば薬物の作用か何かで一時的にそういう病的で快適な状態になったとして、確かにその状態は気持ちが良かったから「戻りたい」という風になることは分かりはするが、これは病的な状態で当たり前ではありません。
躁状態も「理由も無く気分が高揚して何でもうまく行く」わけで、麻薬と同じ病的な状態と考えましょう。
あなたが「うつ」と言っている状態で、みんなぼちぼち努力して、あなたが当たり前と思い込んでいる躁状態とは似ても似つかない小さな成果でも、みんな努力の結果としての小さな成果を励みにして次の努力の糧にして生きています。
あなたの人生は躁状態が無くても少しずつ地道な努力で成果を挙げていくことは出来ます。逆に躁状態にすがり付いて「今はうつだから」と努力もしなければ何も変わりません。
もう躁状態にすがりつくのは止めましょう。
一時的にでも「快適」になってしまうことの恐ろしさだ。
おそらく、このコメントの掲載はされないと思いますが、
(YANBARU先生のブログをとっくに卒業したので)、
最近、普通の人たちが20人くらい集まる職業訓練校(合計、9ヶ月間)を卒業し、
その後、1ヶ月ほど家でゆっくりして、
今までの自分の、ふり返りをしていたところ、
14年来の、うつが全快してしまった(自己判断)、という私のコメントを書いておきます。
私も数年前に、地元の担当医からこんな事を言われて、
さりげなく、私の認識の修正をされた覚えがあります。
「ちょっと気分が落ちているくらいが普通なんだよ。」
今、頭はスッキリしているものの、
長年、自分の気分を セルフ・リサーチしてきた私からすれば、
今現在の私は、少なくとも躁状態ではないと思います。
相変わらず、日々の悩みはあるのだし、時々は不安にだってなるものなのですね。
決定的な違いは、【 あの頃に戻りたいとは全く思わない 】というところです。
【 私だったら、今までと同じように、少しずつ地道な努力で成果を挙げていくことが出来る 】だろう。
そして、
【 努力の結果としての小さな成果を励みにして、次の努力の糧にして、生きていくことが出来る 】だろう。
そんな確信を持っています。
私はすっかり思い違いをしていたようで余計なことを言ってしまい、すいませんでした。
私は、ADHD本来の姿に戻る→インナーチャイルドワークが必要なケースなのかなぁと思ってしまいました。そう状態においてのエピソードなのですね。
私はあのころに戻りたくないです。自分を破滅に向かわせていたのだから。今は責任ある大人としているほうが心地よい。
躁鬱に対して「気分のセルフモニタリング」が必要なのだと教えていただき、ありがとうございます。私は気分の変動について数値化することはしていなかったのですが、ある程度のモニタリングをしていました。今は「低空飛行ながら社会生活を送ることができる状態」だと把握しています。
私が一番のうつ状態だったろうという時期は、ホスピス看護に携わるようになってしばらくしてから通信で学び始めた時でした。最初は毎日涙が出て混乱していました。その後は日々の活動の低下、そして免疫機能の低下をきたしてしまったようでしょっちゅう感染症に罹っていました。学習が軌道に乗ってきた時点から卒業するまで、「今はリハビリ期間」と思えていました。
そういえば、先生から「気分のセルフモニタリング」「数値化」と教えていただいたことで思い出しました。亡き父が精神科に受診した際、医師は母に気分の変動を記録するように言ったことを、母から聞いたことがあります。すっかり忘れていました。
私はもう少し慎重に捉え、判断することがこれからの課題ですね。
もしや自分がそうでは…と思い始めたときに、
タイミング良くYANBARU先生のブログで
「ジャイアンの躁うつ」とのテーマ。
今は、春先からの軽躁状態が、先週で抜けたような感じ。
これからは不安感が増して、混合状態になるのが
お決まりのコース。
予測はつくが、全く制御できない。
「ちょっと気分が落ちているくらいが普通」とありますが、
軽躁状態が正常な状態だとずっと思っていたので、
感覚的にわからない。
うつが劇的に治ったと思ったあの「感覚」は
ただ躁転しただけ、なのでしょうか。
躁うつが治ると、自分ではどう感じられるのでしょうか?
URLに、後藤先生のなりすまし?を
後藤先生本人として糾弾してるHPがあります。
ここの著者と連絡とりようがないので
なんとなくここに投稿します。
後藤先生じゃないですよね?
だとしたらここのサイトの管理人は名誉毀損もいいとこです。
謝って欲しい。
発達障害で劣悪な環境で育った僕が、楽な人生を遅れるわけないと思ってます。おそらく、厳しい人生だったし、これからも厳しい人生でしょう。
欝でも地道な努力をしていく。
本当にその通りです。自分の人生は厳しいのは当たり前、そこを出発点にして覚悟して歩いていく。
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文字数が長かったので、投稿制限がかかりました(^^;)
分けて投稿しますね。
YANBARU先生、これで私のコメントは最後です。
本当に長い間、ありがとうございました。
>kamekame さんの コメントの
>躁うつが治ると、自分ではどう感じられるのでしょうか?
という事ですが、
私の中で起こった感覚を、順に書いてみますね。
■学校を卒業した当初は、いまだ興奮冷めやらぬ状態。
■卒業後、最初の2週間の間は、ここ9ヶ月間の学校生活が終わった、という事を、他人に知らせる事で、自分も徐々に受け止める段階。
(友人、親戚に、卒業したよヤッホー!、とメールを送りまくる、聞かれたら話す状態。)
(いとこで、私より一つ年上の、作業療法士(OT)の女の子は、
学校時代、実習でADHDの子供たちと接したこともあるという人なので、アスペたる私の良き理解者なのですが、
その子にメールで、「普通の職業訓練校を卒業したよ」と言ったら、ビックリ仰天していました。)
▼以下、卒業2週間後からの私の気づき。
(普段から抑うつ状態でしたが、担当医の方針で、処方薬が完全に無くなってから数年経っております。)
****
1.頭(脳の感覚)と、身体感覚(意識してから実際に体が動く感覚)が、
ほぼ同じレベルで軽くなっているのを、自分で感じているのに気づく。
(日頃からの、自分の脳の認識のスピードや、自分の身体感覚の状態を、細かくセルフリサーチしていなかったら、
気づかなかったかもしれません。)
例えると、朝焼けの空を静かに見ているような沈静感と、
頭と身体の感覚が、一致しかかっているような、統一感らしき感覚が起こる。
(躁状態と 抑うつ状態 の間ような、high と low の間にあるような、極端な感覚の差は、
もう、ないのではないのかという可能性に気づく。)
(しかし、油断せずに、自分の気分のセルフリサーチ続行中。)
2/3 に続きます。
続き。 2/3
****
2.ちょっと自分の記憶を広げて、ここ1年間ほどの自分の記憶と、実際に私が動いて行動してきた事、
過ぎていく時間と、大人数の他人たちと一緒に動いてきた、瞬間瞬間の自分の気持ち、を思い返してみて、
ほんとうに楽しかった事ばかりでちょっと驚いた、という、過去から今への(学校生活の始まりから、終わった後への)自分の気持ちの変化を見つめる。
(家の環境、学校の環境、クラスの雰囲気の環境などの、継続的環境、継続的状況に大きな変動もなく、本当に幸運でした。)
3.学校生活の終わりの節目節目に、みんなで撮ってきた、心から笑顔の写真と、頂いた心からの感謝のお手紙を、
自分の部屋の、自分が見える所に入れて、何日かに1度、見つめる。
(日が経つごとに、「自分の記憶だけで、あの日々が動いたわけではなかったんだなぁ」、という、
客観的な事実を、自分で一つずつ確認していく。)
4.「統一した、ひとりの人格としての意識」が生まれる。
(鮮明すぎて、まだ、身体に感覚が馴染まない状態。)
うつ(抑うつ状態)が、綺麗に消え去る。
(治ったというよりも、文字通り「うつが消えた」状態。)
(にわかに自分では信じがたかったので、気分のセルフリサーチ、継続中。)
****
3/3 に続きます。
続き。 3/3
****
▼学校を卒業して、3週間後。
5.食欲が、(人並みに)戻ったらしい、という事に気づく。ご飯が美味しい。
一番ひどかった時には、「嗅覚錯誤」(自己判断)を起こして、白米が食べられなかったのに。
(高校時代は、過食で今よりプラス15キロ。成人後は、拒食に近い少食でマイナス15キロ…でした。)
(自分の気分のセルフリサーチ、続行中。)
▼学校を卒業して、ほぼ、4週間後。
YANBARU先生の記事にコメントを書く。
▼今日、本日の感じ。
卒業して2週間後に感じた、統一感が消えず、安定してきています。
担当医の、「ちょっと気分が落ちているくらいが普通なんだよ。」という言葉の感覚を、
忘れずに、自分の中に入れていたら、
どうやら、ほとんど落とし込みが出来た模様。
自分の中の拒否反応も、ほぼ見られません。
私の中では、あと数日で、状態が完全に安定するだろう見込みです。
****
私の記録が、何かのヒントになれば幸いです。
それでは、先生、みなさま、本当に長い間ありがとうございました(^^)
ASのさーこさんのコメントは、kamekame さんに向けられた言葉なので、本来書くべきではないのですが。
ASのさーこさんの躁鬱の体験を読み、ASとの違いを考えずにはいられませんでした。私はADHD気質のため、ASの方との違いに気づきました。
私には、「友人、親戚に、卒業したよヤッホー!、とメールを送りまくる、聞かれたら話す状態」がASの躁状態なら、ADHDは「衝動統制ができずに行動として無謀なことをやらかす」のが躁状態なのだと思えます。
ASの場合、「他人が必要である」こと、「他人の感情を推し量ることが困難である」ことからそのような行動としてあらわれるのでしょうが、ADHDの場合、「その行動がどの人関係なく、影響を与える形」で表現されるのではないかと思います。
また、セルフモリタリングにしても、ASのさーこさんの場合、「頭(脳の感覚)と、身体感覚(意識してから実際に体が動く感覚)が、ほぼ同じレベルで軽くなっている」という表現、「例えると、朝焼けの空を静かに見ているような沈静感と、頭と身体の感覚が、一致しかかっているような、統一感らしき感覚が起こる」という表現をされていますが、ADHDの場合、ざっくばらんに捉え、総括的で、さらに飛躍した将来についても文章にして自分がどうであるかを表現しています。
さらに、ASのさーこさんの場合、「セルフモリタリング」を「セルフリサーチ」と表現していることから、ASの方には「セルフリサーチ」が適切だと考えているのだと思います。つまり、前者が自己を「監視すること、観察し記録すること」であり、後者が自己を「調査、研究」すること、であるから、捉え方の違いがあるのだと思います。
ADHDの場合、「セルフモリタリング」つまり「自己を監視すること、観察し記録する」ので、この「セルフモリタリング」の萌芽が、先生の言う「自己突っ込み」の始まりであると考えます。
私は、ASのさーこさんのコメントは、ASの方の先輩として、ASの方のよき生へのメッセージとして多くの人の一助になればと思っています。また、ASの方の分析能力が、多くの人々の一助になることを願っています。
あら私、「セルフモニタリング」を「セルフモリタリング」と書いていました。
注意欠陥!!打ち間違いに気づいてなかった…。
正しくは「セルフモニタリング」、訂正します。
「あの時を忘れたか?」
・・・まるで魔法です。
先週、あるママさんから、遠まわしにママさんチーム誘われたような気がしました。ほんの一瞬、ママさんのみんなと仲良くやれる夢を見た。
けれどその後、先生のブログを見ると、「あの時を忘れたか?」ときた。
((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル
でも、「少数派感性」も助けてくれたときがあったと気づきました。
実は私の誕生日に夫から仏花をプレゼントされたのですΣ(゜◇゜;)
私の超冷たいオーラに夫はあわててこう謝りました。
「いや。安かったから・・・ヾ(゜д゜;) スッ、スマソ」
この時、わたしたち夫婦は無言のまま愛人には想像できないほど通じ合っていまいた。
夫「やべっ!切り花持って帰ってきたから怒ってるっ!!!(脳内)」
私「お前、これ愛人に騙されてもたされだだろっ!!(脳内)」
こんな感じで。
(玄関に長期放置した花瓶ぶったおして水こぼすいうことを度々やったので、切り花不可令が発令されていたのだ)
生まれた時からプチ故障した脳は、なぜ動いているか分からないプログラムのように、不思議なアルゴリズムをつくっている様な気がします。
私がなんだかんだ言って精神科のお世話になっていないのは、
私の場合アップしてもダウンしてもとりあえず寝て回復しているからかもしれないと、今、考えています。
本格的に躁だったと思われる時、私はラリったまま一日中寝ていたイメージしかありませんし、
突発的な希○念慮の時は「たすけて」と繰り返し呪文唱えながら10分もかからず寝ました。
・・まあ・・これが平常時には・・義母さんと会話中、眠くなる→我慢→疲労感→疲労限界突破→けっきょく寝る・・・・・となったりして・・・
|←樹海| ┗(^o^ )┓三
(やっと本題です・・)
何故、私が昔できてた掃除ができないか。
それは時々現れる片付けの神降臨を待っているから。
片付けるのだるい(平常)
寝る(ウツ)
・・・・・・・Σ(・∀・|||)
非常に申しあげにくい事ですが、凪さんは異常です。私の父も、よく凪さんのようなことをしていました。
亡き父は酔っぱらって、いじめられた過去やないがしろにされた過去を泣いて、自分は悪くないと話していた姿にそっくりです。鬱だからできないということに、母や私たちは何度苦しめられたか。
ママ友さんたちの中で、ある人をないがしろにするのは気が引け、それとなく輪にいれてあげようとする、「AC的」な人がいてもおかしくはありません。ですが、ここを見てわかる通り、当の本人は自分を「正当化」する目的でそれを使っている。
それに、配偶者が墓や仏壇に供える花を誕生日プレゼントしたというエピソードは、彼にとって非言語的に操るあなたへの非言語的メッセージでしょう。誕生日にプレゼントをする行動は、おそらく「配偶者」であるから、「子どもがいる負い目を感じている」から、なのかもしれません。
もし、できるなら、離婚に踏み切ったほうがいいでしょう。
私が貴方の子どもの身だったら、こんな両親に育てられるのはもういい、家を出て稼げるなら私はそのほうがいい、と思うでしょう。
貴方のような人に育てられ、翻弄され、裏切られ、それでも親だからと思う子どももいるのです。自分の特性が親譲りだと気づいて絶望する人だっているのです。それでも、自分の人生だと悟って生きる人がいるのです。
ぜひ、子どもがいるだけに、底付き体験をしていただきたいと思います。一人で生活することが、いかに自分を律することなのか、知ってほしいと思います。
みさん。
申し訳ないんですけど・・・
私はあなたのと~ちゃんでもか~ちゃんでもありませんm(__)m
凪さんは、私の書いた内容を、私が自分の親の存在を無視し、凪さんの子どもであると錯覚し、その世界に浸っている、と理解されましたか? また、私が凪さんに自分の親を重ねて現実を忘れている、と理解されましたか?
前者であれば、ファンタジーの世界で書き込んでいるという状態、後者であれば、投影して感情をかき乱されて書き込んでいるという状態といえるでしょう。
私が書きたかったのは、<子どもの成長発達に多大な影響を与えていることを知ってほしい><子どものために自身の問題に取り組んでほしい>ということです。でも、やはり全く通じないか。
凪さんにとって自分の子どもは、どのような存在ですか?
私は今、ADHDの思春期において、「セルフモニタリング」の視点の萌芽がない場合、成人期以降にその視点を獲得することがあるのだろうかと考えています。私は、「セルフモニタリング」をすることができる能力の育成において、臨界期があるのではないかと考えています。それが、生得的なものなのか、発達期における環境によるものなのか全く分からないのですが、正常な言語や思考の発達過程とADHDの特性による言語や思考の発達過程に違いがあることは顕著です。
ADHDの発達過程における実行機能の障害から「セルフモニタリング」の視点の萌芽が障害されているというには飛躍しすぎるし、二次障害によって、というのも無理すぎると考えています。
ODDを呈している子どもと接して、「セルフモニタリング」の芽があるかどうかを見ていたのですが、困難であることに直面しています。この場合、先生ならどのように治療するのでしょうか。
う~ん。
世界で一番私を愛してくれている人達(^^♪
ここを見ている人の中で、子ども時代に親がこのような状態で、親のために生きなければならなかった人も多いと思います。
凪さんは、そのような人たちが貴方を快く思っていると思いますか?
みさん
骨の髄まで甘い奴だな。
こっちは父親から性虐待だぜまいったか。
(といっての中には入れられてないけどね)
なに。それとも虐待は連鎖するといいたいか。(そ~かもね)
窒息させられてほめられる子供の気持ちがわかるのか?
父親から愛されるたに自ら布団にもぐり込む気持ちがわかるのか?
母の視線をどう受け止めたのかわかるのか?
わかるわけないね。だって私がわかないのだから。
(自主規制)飲んで吐いた人間の気持ちがわかるのか?
バスの中ででしゃぶった人間の気持ちがわかるのか?
別の男が寝ているすぐ隣でやった人間の気持ちがわかるのか?
しかもそいつ起ききてトイレで(自主規制)
それで私をケアしいるつもりか。
チャンチャラ笑わせるな。
(あ~いいかんじにすっきりした。あ。みさんのおかけだっ!ケア成功なのかしらん\(◎o◎)/!
本当はこのコメントを投稿するつもりでした。つながりがかなり悪いんですが・・(いつものことか~っ!)・・。で。そのままコピー&ペースト)
自分では一切合理的に考えることをせず、依存相手に全て従い、いちいち指示を仰ぐ。「依存相手が怒り出さない」ことが最優先で、機嫌をとるためならどんなことでも・・・していまた。
自分の「体」に徹底的に無責任で・・・。
『それを夫に背負わせたら、なにが解決したのだろう』
切り込んでいったところで得られる果実はもうないの場所は、ゆっくりと眠らせればいい。時々花を手向ければいい。
そして「愛されなかった自分」を受け入れる事のができなかった、過去の自分を受け入れればいい・・。
自分で答えはだしているのに、そこに辿りつけない。
なぜふいに仏花の話を思い出したのだろう。
思い出したことに意味があるような気がします。
しばらくこの仏花ネタで遊べる気が・・
(ストップ!妄想ネタ投下ってやつかっ!それはいくないっ!!!)
・・やっぱやめときます(>_<)
だから、治療が必要なのではないのですか!
やんばる先生がなぜ、「躁うつ病に一番有効なのは「リーマス」(炭酸リチウム)だが、自己判断でリーマスを切って「やっと気分が回復しました」という患者さんを見ると、治療者である私自身が非常にがっかりする。」と書いたのか、理解が必要です!
私は自身がACであることの自覚とともに学習してきた中で、CPTSDの「レジリエンス」という言葉に出会い、関連の図書などを読みました。
虐待の連鎖を止めるのは、自身が身に着けてきた「幼少期の適応の形に向き合うこと」、その「適応の形の認知の歪みを修正すること」です。
今、こうして過去の怒り、悲しみが少しずつ溶け出している。もう、貴方の中の埋もれた感情を、あなた自身が「無視」できなくなっているのです。
早急に受診し、適切な治療を受けてください。
私は凪さんの人権の保護のために、一言書いておきたいと思います。
親である人に性虐待をされる、このことは、人格形成上、一番悪影響を与えるものです。育ちゆく子どもを、「親自身の性衝動を満たす道具」のように「使う」ことは犯罪であり、「人権侵害」の何物でもないのです。
2007年の厚生労働省の報告で、全国の児童相談所が対応した児童虐待の件数のうち1293件が性的虐待です。このデータは児童相談所が対応した件数ですから、性的虐待であるゆえに隠されているケースが多いことを考えると、氷山の一角でしかありません。
この豊かな日本の中で、性的虐待を行っている人がいて、その被害を被っている子どもがいる、このことが現実の日本という国なのです。
性的虐待を受けた子どもであった人たちが、幼すぎてこの社会で自分で稼いで生活することのできない存在だったゆえに、生きていくのに必要なスキルとして身に着けざるを得なかった姿があります。でも、もう、今必要なスキルではありません。
そして、そのような経験をしてきた人は数少ないですが、この日本にいます。一人ではないのです。どこかにつながってください。
わたしは幼い頃父から性的虐待を受けました。
友人にも一人、同様の人がいます。
それぞれ通院し、カウンセリングも受けています。
残酷な心の傷を治療するには、専門家の助けが必要です。
傷と向き合うのはつらい事ですが、生き直すことに繋がります。
凪さん、ぜひ治療を受けてください。
精神医療は対処療法です。
ウツ、不眠、自傷、摂食障害、不登校など、生活困難な具体的な症状がなければ治療はしません。
現在、私に治療が必要なほどの症状はなく、子供にもでていません。未来わかりませんが、未来を治療するなんてことは絶対にありません。
お気持ちはありがたいのですが、私にとっては現実の話です。
本で読んだだけのようなアドバイスをもらっても、事実や現実から遠く離れ、役に立たないだけでなく、心身が悪化するので御遠慮ください。
カウンセラーでもない人に、キレて、甘えた発言したわたしが悪いのですが、人の心の傷をこんな風に利用するなんて残念としか言えません。
僕はジァイアンなのでよくわかるのですが、ジァイアンに自分とは別の人間としての相手の立場・相手の感情を理解し想像するのは、はっきり言って困難です。
優しい多数派の人を観察してるとわかるんですけど、相手の気持ちを受け止める言葉をきちんと選んでます。必要以上に相手に心に入らないようにしたり。ジァイアンはそれができません。ジァイアンは受け止めるどころか気持ちをぶつけてしまいます。
僕はこう思うんですね。自分の限界を知って、じゃあ自分はどう行動したらいいのか?そう考えると必要以上に他人の問題に介入しないとか、色々見えてくると思うんです。
そもそも人を助ける救うことなど無理なのだから。
>躁状態でお金を使いすぎたり、誇大的となってトラブルになったり、性的脱抑制で不倫や浮気、異性関係で失敗したりして過去に痛い思いをしている人であれば、「あの時を忘れたか?」と話せば辛うじて通じることがあるが、こういう大きな失敗の経験がなく、逆に基本的に自己評価が低い人の場合に、修正が非常に難しい。
やっぱり「躁うつ」は違うみたいです。
幼い頃から「上から目線」の誇大的発言が原因で友達の反感を買うことが多くて、「躁状態」の時はハメを外して無神経なことを言わぬようかなり警戒していました。
あと、周りが見えなくなったり、逆に注意力散漫になりやすかったため、多少強迫観念が強く出て面倒臭くても「うつ状態」の方が安心して物事に取り組めました。(娯楽なら躁状態の方が楽しいかもしれませんが…最近はうつ状態がほとんどですね)
中学の時、体育の時間でとんでもない記録を叩き出したり、土壇場で力を発揮することがあったので、この時は躁鬱っぽかったかもしれません。
私の場合、うつ状態の時はできることが限られてくるので「最低限これだけはやる」と思えますが、躁状態だとあちこち手をつけて何れも完成せず効率が悪いです。
YANBARU先生
2011.9.20.にコメントしたkamekameです。2年半以上経ちましたが、躁うつのその後について、変化がありました。
今年の4月になってラミクタールを処方してもらったところ、25mgで劇的に効きました。薬疹が出なくて幸いでした。
躁の時はうつが、うつの時は躁の感覚が全く思い出せなかったのですが、今はどちらでもなく、どちらの感覚も思い出せます。
一番良かった事は、外からの刺激に過剰に反応しなくなり、生活が落ち着きました。
ジャイアンであることには変らないにしても、こんがらがった結び目がひとつ解けたような気がします。
「治った」とはこういう事だったとわかりました。