さてジャイアンの乳幼児の最初の環境(生後半年からおそらく3歳程度まで)で、前述のどちらの能力を軸にして生きていくかという生き方の方向性が決定される。即ち、甘えてわがままを通してもらえる環境および非言語的に威圧される環境では「非言語的状況察知能力」を軸とした成育の道へ、逆に例外を認めず徹底して合理的にしつけられる環境では「超合理的思考能力」を軸に成育することになる。
上記の二つをうまくブレンドした環境であったらどうなるか? という問題を考えることは非常に有益である。その場合に予想されることは、「合理的な筋を通したしつけと非言語的なフォローを同時に使いながら、かつジャイアンの子供に主導権を奪われないで養育することは非常に困難」という事態が生じるだろう。
即ち、幼いジャイアンはこの段階で「合理的な筋」に対しては非言語的な甘えや大泣きなどで対抗し、非言語的な「圧力」には特有の屁理屈の「筋」で反論して、結局親のほうがコントロールされる可能性が大であるからだ。ジャイアンは子供ながらに中心志向からくる強迫性を持ち、(じゃんけんで負けることさえ許されない)一番の優位や自分だけへの注目を集めるためには「手段を選ばない」のだ。
結局親の側が完全にコントロールされないためには、「問答無用の合理的な筋を通したしつけ」か、「非言語的に威圧して従わせる」のかどちらかにならざるを得ないのだと私は考える。特にIQの高いジャイアンの場合はこの傾向が極端になるだろう。
ここで重要なことは、おそらく多数派の子供の場合には、「そこまで優位を確認する必要も無く、そこまで非言語的な周囲の全員からの関心を確認する必要も無い」ということだ、ジャイアンの子供はどちらかを結果として確実にゲットしないでは居られない不安定性を持っているのだ。
前記の能力別で考えると、実はA4「言語的非言語的不器用」のパターンは親から見て一番育てやすいことになる。ただ逆にジャイアンの子供本人は自己評価が低下し、情緒障害的に養育過程のかなり早期に後述の「ジャイアンAC」への道をたどるだろう。
A2「言語的器用非言語的不器用」に対して非言語的に威圧した場合、A3「言語的不器用非言語的器用」に徹底した合理的なしつけをした場合も同様に自己評価の低下と情緒障害を伴うACへの道の可能性が高い。
A1「言語的非言語的器用」の場合は、上記のどちらかの極端の養育となり、またA2「言語的器用非言語的不器用」を合理的にしつけた場合、A3「言語的器用非言語的不器用」を非言語的にフォローしたり威圧した場合、結果として生じる環境との相互関係の組み合わせは、①非言語的なジャイアン優位、②合理的なジャイアン優位、③合理的な親優位、④非言語的な親優位、の4つのパターンとなる。
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