AC、人格障害関連

再び皆さんへのご協力のお願い

 発達障害の根本的な問題「面倒なことをどう実行するか?」を直接皆さんに聞いてみようと思います。

1.面倒と思うことがありますか? どのようなことですか?

2.その面倒と思うことは自分で実行していますか?

3.実行するときは、どのように感じ、考えていますか? どのように自分に言い聞かせていますか? 実行しているパターンを出来るだけたくさん挙げてください。
 例えば「どうせいつかは実行しないといけないから」「義務だから」「自分で決めたことだから」「評価のため」「言われたから」「責められるから」など何でも。「実行する段階では面倒さは感じない」「特定の誰かに喜んでもらうため」というのもあると思います。

4.上記のスタイルは、幼児期、学童期、思春期、青年期のいずれからありますか?

5.上記のスタイルは、養育環境と関係があると思いますか?

私の場合は、
1.ある。(診断書の作成、家の片付けなど)。2.仕事に関係することは実行している。(それ以外はほとんど実行できていない)
3.好きなことを続けるために首になりたくない。いつかは実行しなければならない。遅れると苦情が来る。遅れて仕事をためると不安になる。自分なりのこだわりの条件を作ってそれを満足させることを目的にする。パソコンなどの道具をフル活用して省力化する。
4.ここ1、2年。比較的最近から。それ以前は勝手な使命感で行動していて結果的にブチ切れるパターンだった。
5.30歳前の離人症的(重症の二次障害、情緒障害)な頃は、面倒とも感じなかったが、力は出なかった。仕事で楽しさを感じるようになってから徐々に踏ん張りが利くようになってきた。

 この「消極的な衝動統制」で発達障害全体を分類できるかなと思っています。


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コメント

    • アメジスト
    • 2013年 5月 04日

    1.ある。⇒化粧・冠婚葬祭の付き合い
    2.必要最低限に自分で実行している
    3.「化粧をしないとしみができる」「すっぴんじゃみっともない」「葬式に行く立場にあるからしかたない」
    4.「しかたない」と自分に言い聞かせるスタイルは学童期からあると思う
    5.スタイルと養育環境は関係ないように思う

    • るる
    • 2013年 5月 04日

    1.ある。
      家事全般。電話をかける。自分から人を誘うこと。
      仕事に出かけること。
    2.自分で実行している。
    3.
    ・自分しか、家事をする人がいない。
    ・他の人は、ちゃんとやるか信用できない。
    ・自分が行動しないと、事が進まないから仕方なく。
    ・先延ばしにすると、より問題が大きくなって余計いやになるから、それを避けるため。
    ・仕事に行かないと、首になる=社会から認められなくなるように思え、こわい。
    4.学童期くらいからは、あったように思う。
    ここ1年くらいで自分の個性がわかってきた。最近では、自身の本音を肯定することが少しずつできるようになり、「自由に生きていいんだ」と思えたことから、3.で感じていた負担感や重圧、は少し楽になったと思う。
    5.私の本音は「やりたいことだけやって生きたい」だが、同時に「勤労などの義務を負わねばならない」という重圧があり、思春期以降は混乱していた(と思える)。それは養育環境によると思う。
        

    • さーこ
    • 2013年 5月 04日

    1.ある。現時点では、食事、入浴、仕事、部屋の片づけ
    2.実行はしているが、部屋の片づけだけできていない…
    3.寝たきり生活の名残から、特に食欲なんてわかないし…しかし食べないと仕事中体が持たないぞ。やはり食欲がなくても食べないとなぁ。
    疲れているからお風呂に入りたくない…経験上無理に入ると血圧が上下して危ないし。しかし仕事柄不衛生な状態で職場に行くのは常識的に考えてダメだろう…あー疲れるなぁ。
    あー仕事に行きたくないよう(助けた猫をなでなで、しばし現実逃避)でもなぁ、やっぱり遅刻しないように行かないと…高熱出しているわけじゃないんだし、継続して自分にこなせないほどの長時間でもないし。せっかく職場で真面目に築いている信頼が落ちるぞ自分!
    あー部屋の片づけ…平日は仕事だし、調子や体調が落ちるからやっぱりちょっとずつから出来た事に目を向けよう。(出来ていない事には目をつぶって無理やり納得)
    4.覚えている限りだと、基本的に学童期には「親の知識を鵜呑みにして、親の言葉によって表面的に説得されているスタイル」だったと思います。
    しかし青年期になって、自分で動いて自分で新たに獲得した知識や、専門相談員さんとの継続的対話とその後の行動によって追跡確認を何度もする事で自分の像を組み上げてからは、「親から説得されている」という感覚は薄れましたね。無気力になりそうな時に行う私のオリジナル方法の一つに、セルフトリートメントをすればいい、というのがあります。
    5.あると思います。親のスタイルなどによって私の自己肯定感覚が低下、他兄弟の理解も失い私の育ちはこじれた、という感じがあるので。
    以前は、冷静に自分の事を把握する事ができなかったけれど、今はある程度冷静に自分の事を見るようになったかなと思います。まだまだ SOSの自覚や表現が乏しいため、自分で自分を窮地に追いやってしまう事があるけれど、兄嫁さんを含む家族が共有している、段階を徐々に設定する理解、というものがあり、私には家族の知らない他の友人たちとも交流する機会があるので、交流を通して自分自身を振り返り、私の中でも何か方法を変えないと、と思う機会があるので、私は自分のできる範囲内でなるべく踏ん張りをきかせるようにしています。

    • ショカコーラ
    • 2013年 5月 04日

    1.ある。(時間制限のあるものは恐怖感でこなす。〆切の厳しい仕事、待ち合わせや電話待ち、ゴミ出しなど)
    2.する。(電話じゃなくメールにする、24時間ゴミ出対応の部屋に住むなど、なるべく回避する)
    3.義務感が強い。自己決定はあまりにも非力。怒られるとやるが全く反省できない。
    誰かに喜ばれるのが最もモチベーションになるが、それもいずれ無視に変わりやすく鬱の原因になる。
    4.子供の頃から変わらず。
    5.学生時代は厳しさでサポートされていたと思われるが、放任後、たちまち自立の問題が表面化した。
    時間制限が苦手、動機付けが希薄という部分についてはどのくらい躾が効くものか?わからない。未だにこなせないと酷く負い目を感じる。解決まで時間がかかりすぎるものが苦手。

    • Paul Carpenter
    • 2013年 5月 04日

    ジャイアンADHDのAC?
    1.ある。書類仕事と掃除。
    2.書類仕事はその場で出来るものはすぐに片付ける。そうでなくても、出来るだけ早く片付ける。でも一部は何年も先延ばしになって、失効して後悔することもあり。掃除はよほど汚くならない限りしない。炊事と洗濯は生きていく、社会生活を送る上で必要だが、掃除はそこまでの必要性を感じない。
    3.書類で机の上が一杯になって何もする気がなくなるのが嫌だから。かつてはそうでした。あとは資格が失効するのが損だから。なんでこんなこと、生活にも仕事にもたいして重要でないことせなあかんのや、と。
    4.幼児期から片付けなどは苦手でした。きちんとするようになったのは、社会人になり、結婚して配偶者に再々うるさくいわれるようになり、それが鬱陶しかったから。
    5.子どもの頃祖父母や叔父叔母夫婦従兄弟たちと暮らした家は散らかってるのが普通だったので、掃除はしないでもいいと思っていました。書類も掃除の延長というか、今すぐやらなくても困らないし、そのうちやればいい、あるいは親とか他者がやってくれるのではないか、という依存心もあったように思います。

    • アメジスト
    • 2013年 5月 04日

    追記です。
    だいぶ前のことなので忘れていましたが、ふと思い出しました。
    小学校時代、遠足の前日に翌日の準備をしなくてはいけないのに、面倒だったので、少女マンガを読みふけっていたら、母が激怒して、マンガを庭に投げてしまいました。
    そこでしぶしぶ準備を始めました。この時の心境は「怒られるから、面倒なこともするしかない」だと思います。
    案外、自主的に「しかたないからやる」になったのは思春期か青年期かもしれません。

    • ちいぺこ
    • 2013年 5月 04日

    1 大いにある。家事全般。とくに洗濯物をたたみタンスへしまうこと。片付け、後始末が出来ないと幼少期より言われていた。
    2 自分でするしかないからする。
    3 追い詰められて、やらざるおえなくなりやる。ため過ぎると精神まで蝕まれる経験上、そうなる前に踏ん切りをつける。
    それでも今だに貯めすぎてしまう…
    たまに要因はわからないが猛烈にやる気が入る時もある。
    やる気にもムラがあり要因ははっきりしない。
    4 、結婚までは親や教師や上司に怒られるから。立場が悪くなるから。
    結婚後は当初は母が平均的主婦なのだとの思いから、自分も同じように出来なくてはという強迫観念に苛まれたが追いつかず劣等感が増大した。
    自分を受け入れられるようになった最近は、
    家事等やらなければ後で自分の首を締めることになるからしかたなく。
    子供や主人が困らない(恥をかかない)ように。(それでも最低限の範囲で)
    5 関係はあまりないように思う。
    過剰な劣等感は就職してから(親の庇護でなくなってから)出来たもので、
    自分を受け入れてからの今の衝動統制は自分らしく、
    期限があると最後まで引き延ばすのは昔から。
    幼少期は親からは否定的に扱われた覚えはない。
    いつも自分の興味に脱線してしまう心との戦い
    形あるもの(期限のあるもの)が苦手なのかなと感じています。
    整理整頓、時間厳守など全て流されがち…

    • ちいぺこ
    • 2013年 5月 04日

    追記
    今まさに洗濯物の山を目の前にしてメールしています (-ω-;)llllll
    時間に余裕のあるGW…なのに全然はかどりません。
    わかりました!!
    ある程度 強迫観念がないと進めないです(;´Д`A

    • ぬまお
    • 2013年 5月 05日

    受動型AS(自称)です。
    1.ある。家事全般、育児、電話、メール、片付け、勉強、会社での雑務、担当外の仕事。
    2.自分でやる。3.家事全般と育児は、やらないと妻がおかしくなるのでやれる範囲でやるけど、妻や子どもが外出中は家事をやる気にならないので、帰ってくる直前にやり始める。電話やメールはしたくないんで、なるべく人とは直接会う。直接会うのは面倒ではない。
    片付けは汚れてきたな、と感じると徹底してやる。基本的に、妻や友達など愛着のために起こす行動は、それほど面倒に感じないです。喜んでもらえたらうれしい。分からないと仕事にならないので、勉強は必要に応じてする。会社での雑務と担当外の仕事は、上司の命令で一手に引き受けている。職務命令だから仕方がない。給料をもらっている以上、仕事は全力でやるべきだと思うし、クビになったら生活ができなくなるから。
    面倒なことをする時は、はじめの一歩を踏み出すのに時間がかかるため、体に無理やり動くよう指示を出し、どれだけ効率的に、楽に作業をこなすか考えるモチベーションの変更で対応。基本的に人に迷惑をかけてはいけないと思っているので、役割分担はするけど人に仕事を丸投げするようなことはしない。しかし、楽をすることは、いつも考えているので、自分がやらなくても済むことはやりたくない。
    4.やらなくても済むことはやりたくない、愛着のためなら無理もする、自分から電話しない、というのは生まれつきかな?あと、どんなに面倒でも、全面的に人に頼ろうという気持ちにはならないかも。できるなら自分一人でやりたい。学童期、思春期は無気力感がひどく、何をするのも面倒に感じた。一人暮らしをしていた青年期は、休日にはゲームやインターネットにはまって食事や入浴さえも面倒になり、家から出ず、ほとんど動かない日も。友達を家に呼んで一緒に遊んだりした。愛着がいないと堕落する。
    5.親以外の愛着の影響を受けて表面的な行動が変わる可能性はある。30歳前のAC?だったころは人が遠く感じられたけど、回復してから人が近く感じられるようになったくらいで、基本的な行動にあまり変化がない。

    • 道産娘
    • 2013年 5月 05日

    おはようございます!
    「消極的な衝動統制」で丸投げ依存中ジャイアンの道産娘です。
    先生、正直このエントリーを読んだ途端「面倒臭いからコメントするのを先延ばししたい」と思ってしまいました(汗)
    「衝動を我慢する理由」ならすぐ頭に浮かぶのですが…この内容だけは考えるのが物凄く億劫です。
    変なプレッシャーがのし掛かって身体が固まってますが、答えないとこのサイトを閲覧するのも億劫になってしまいそうなので、少しずつ小出しに答えていきます。(もちろん、発達障害当事者の一人として先生のお役に立てるなら…!という気持ちもあります)

    • 道産娘
    • 2013年 5月 05日

    1.朝起きるとき、家事、ジョギング、風呂、出掛ける際の支度などですが、気分にもよります。筆記作業(履歴書や書類等の)は常に面倒です。ムダな力が入ってとても書きづらい。
    2.家事は事情があって水仕事だけ任せてますが、それ以外はなるべく自分でします。
    3.先生と似てますが「自分ルール(こだわり)があり、人任せにできない」ところがあります。あとは「今できることは今やらないと、後で気が変わってやりたくなくなるかも」や「やらなきゃ自分に負けた気がする」と思いながらやります。(実際、できないと自分自身が情けなくなるので…)これからは「やらなきゃ余計やりたくなくなるから」と言い聞かせます。
    4.小3から中2までは情緒障害だったせいか、面倒臭さを感じず何事もスムーズにできましたが、中2以降は期限ギリギリまで先延ばしする事が多くなりました。
    5.関係あると思いますが、上手く説明できないので保留(先延ばし)にします。
    考えがまとまり次第コメント致します。

    • てやんでえ
    • 2013年 5月 05日

    面白いテーマですね。
    >1.面倒と思うことがありますか? どのようなことですか?
    →過去にやったことがあること全部。要するにくり返しが基本の日常生活は全部面倒。初めてのことは比較的取り付きやすい。
    >2.その面倒と思うことは自分で実行していますか?
    →自室の方付けなどは連休などにやっています。日常の家事はたいていは妻がします。自分でやるのは、それをやることで新しい知見が得られるときが多いです。(新しい掃除機の性能確認で掃除する、とか)
    >3.実行するときは、どのように感じ、考えていますか? どのように自分に言い聞かせていますか? 実行しているパターンを出来るだけたくさん挙げてください。
    →新しいことがわかる、とか人に喜んでもらいたい、というわくわくした状況のみでうまくいきます。自分の部屋の掃除は最後になります。ましてや義務的な社会的な活動(地域奉仕など)は基本やりません(やれません)。
    4.上記のスタイルは、幼児期、学童期、思春期、青年期のいずれからありますか?
    →楽をするための方法を寝る間も惜しんで研究し続けている(笑)感じで、物心ついてからずっとです。いつも苦難と借金を背負っているのが楽しかった。今は苦難が減ってきたのか自分をコントロールすることが最大のテーマです。先生のサイトに訪れるのもそれを考えるためです。
    5.上記のスタイルは、養育環境と関係があると思いますか?
    →親が病気がちで、生きるのは大変なんだと子供のころに思わされていたのが良かったですね。不安にかられて一生懸命勉強やクラブ活動に精を出していました。親が元気で裕福だったら今の若いAS系の人のように家に閉じこもっていたと思います。
    健常な人というのは、何かと何かが同じ!ということに快感を見出しているように思います。人の真似を延々しているのが平気ですし、何かするときルールや規範を最初に探してそれに合わせていくなんてことは私には皆無なので、とてもうらやましいです。
    多分、その脳が快感を感じる性質の違いが本質的な行動の違いを生んでいると思います。

    • m2
    • 2013年 5月 05日

    1. 自分でやりたいこと以外全部。
    ただし、例外はあり、頭で考えてすぐに終わること。
     この例外が常人では考えられないくらいあるので、自分の認知と周りからの評価は違うかもしれない。
     片付けは私もやらないが、やる必要性を感じない。
     「超整理法」じゃないけど、良く使うものを外に出してあるだけだから。
     片付けさせられると、良く使うものを使う時にたくさんの動作が必要になるので困るし、自分としては使いづらい場所に置くことになるので、直感の位置と一致しない。
    2. 自分がやらなければいけない状態にならなければしない。
     それまでの間に誰かがやってくれるかもしれないし、環境が変わってやる必要がなくなることも多い。
     他人に頼むのは、非常に面倒なので、相手のことが完璧にわかっており、「この人に頼んでも問題ない」と判断できる時のみ。
    3. 自分にとってのメリットが やる場合>やらない場合 でなければ、絶対にやらない。
     やる方が自分にとってメリットがあると判断したからやっているわけなので、やっている最中には何も感じないし、何も考えない。
     考えるのも感じるのも全てはやる前。
     たまにやった後に今後のために考えることはある。
     やるかやらないか? を決めたら、考えをかえることは無いから、周りからは白黒思考に見えるだろうが、決めるまでのプロセスは相当に複雑なことをしている。
     自分にとってのメリットは一つの要素で決まるものではなく、複数の要素をいろいろに絡みあわせて判断している。
    4. 自分で意識しているかどうか? は変わっているが、スタイルそのものは一切変わっていないと思う。
     ただ、メリット判断の精度が若いうちは低いので、ほとんど間違えない今は若い頃からみたら天国でしかない。
    5. 私の場合は、ACになっていないので、受動型ASのネイティブがそのまま出ていると思われる。
     自分に経験が無いので断言はできないが、養育環境によっては、別のスタイルで上書きされることもありうると思う。

    • ちひろ1
    • 2013年 5月 05日

    (電話を受ける時)
    ●常時留守電、受けたくないときは出ない。
    ●息子の部屋に電話機があるので(子機無し)息子がとってこっちにまわされる。
    ●コールの音すら嫌になったときは回線コードを抜く。
    こうすると電話をかけた側はコール音が鳴るのでただの「不在」になる(超おすすめ)
    た・だ・し・・息子に真似をされてしまい・・( ̄▽ ̄;)学校からの連絡がつかず、担任の先生が自宅まで訪問、そしてわたしが居留守とつかってしまうということにm( __ __ ;)m
    (電話をかける時)
    ●「私の声よりあなたの声のほうが聞きたいんだよ」といって夫に丸投げ。(現在70%は丸投げ状態です)
    ●はがきの投函。
    チャリで20分弱の美術館の絵ハガキを購入、80円の記念切手をはって「ありがとうございました」と書いてポストに入れる。いくらなんでも夫ばかりは問題だろうと思った時。
    ●速攻で電話をかける。
    次ぎ何か贈られてきたら速攻で電話をかけると決心していた時だけ、実現されます。『自分が決めたことを実行する』とだけ考えて電話をします。
    絶対に自分からしなければならない電話は、この「何も考えず作業をする」という感覚で乗り切れるのです。夫に頼めるとか、夫の親戚筋のように、嫌われでもいいから付き合いたくない方々への電話が恐怖症レベルの辛さと葛藤があります。
    4、5
    子供の頃は自分から電話をかけるという行為そのものをほとんどしなかったです。
    結婚して「夫の親戚系から頂いたもののお礼の電話をかける」ということが苦悶がはじまりました。毎回毎回、恐怖と苦痛の連続でした。出産祝いをもらう→「電話をかける」→返礼の買物&贈る→「電話を受ける」の繰り返しは「もう、なんの嫌がらせかよっ!」としか思えませんでした(;▽;)

    • ちひろ2
    • 2013年 5月 05日

    (メール)
    PCのみで携帯もってません。
    どうしても必要な時はPCのメールを伝え、あまり見ないから・・と言っとく、ネットは・・毎日してるけど(ーー;)
    4、5
    こちらは・・養育環境・・というわけじゃありませんが、決定的な出来事の結果、携帯は持つのをやめました。
    私は相手に送信するときに、強迫的に確認作業をしてから送信するので、簡単な内容でも1時間、ひどい時には半日つぶれたり、明け方まで書きつづけてしまったりししていました。また返信が帰ってくるまで:(;゙゚’ω゚’):状態になったりしていたのです。
    で、ランチのお誘いのメールを(気分的に)半日×3日(3回書き直した)メールをシカトされた瞬間携帯を捨てました。
    ランチのお誘い→私が断る→さらに誘われる→この強迫メールでOKと返信する→シカト・・ってなって・・。
    あ。私にとって掲示板(&コメント欄)はメールじゃないので私の内面は恐慌状態にはなりません。外は・・・あれ?・・不思議です( ̄▽ ̄;)

    • あまがえる
    • 2013年 5月 05日

    1. ある。ご飯の支度
    2. 昼食と時折夕食の支度をする
    3. 食べておかないと疲労が過度になって支度が更に辛くなる事を経験したので、思い出して疲労が軽いうちに食べるようにしている。
    4. 青年期
    5.思いません。
    1.ある。英会話の勉強
    2.はい。
    3.やらなければ将来の生命維持が困難になる。
    4.思春期
    5.ない
    1.ある。仕事
    2.はい
    3.やらなければ将来の生命維持に関が困難になる。
    4.青年期
    5.ない。
    1.ある。着替え
    2.はい。
    3.やらないと体臭が増し、家族が嫌な思いをして悪印象を持つと、僕への協力が不十分になる。
    4.思春期
    5.ない。

    • ちひろ3
    • 2013年 5月 05日

    (トータル編)
    1ある。2している
    3、(追い詰められて、徹夜で処理)or(スグやって同時進行)
    ●やり始めるまで「やりたくないやりたくないやりたくない・・」と苦痛にのたうちまわって、追い詰められてやり始め、なんとかなるものもダウン
    ●コーラを飲みつつ、夕飯の料理をしながら、朝や昼の洗い終わってない茶碗洗い。気が散って、その場を離れ、ふと目についた部屋のかたづけをしていると、洗濯物がきになりたたみだし、ああついでにスポーツクラブに出かけるバックの中身の準備しちゃおうと物色して、そうだその前に出かける服に着替えよう~と着替えていると、着替えの途中で、あ、料理中だった服が汚れたら嫌だなと思い料理に戻る。
    ・・実はこれ、気が散った時に無理やり集中しようとしフリーズした結果、なにもしないまま時間ギリギリになり、大慌てして、忘れものやら、結局まにあわず遅刻する結果になるくらいなら、着替えの途中で料理する方が、ストレスが少なく、結果、作業量が多くなると判明。
    で、最高に嫌なことは隙間にスモールステップで入れ込めばよいだと悟る。
    「思い立ったら吉時間(秒)」
    4、子供時代は常にほかのことを考えながら、嫌な作業をしつづけました。小学校一年生の遠足の時に、歩くのが嫌だと思った時、空想にふけりながら歩くと快適であると気づいたのがきっかけでしょうか。
    でもこれはミスもおこるしトロくもなる。家庭の中のように強制されるものがなければ、作業をはじめてても、追い詰められた時間が来るまで、空想の中に逃げ込んで、動作が止まったり緩慢になったりして、急げば30分で終わるものが1時間も2時かもかかってしまうということが起こりはじめました。
    そのうちウツ状態になったとき、目標とする作業まで失われた結果、嫌な状態から逃げる無限ループの強迫観念にとりつかれていったようなきがします。
    5、母はロッテンマイヤーさんでしたから・・。言われたことはやらなければなりませんでした。

    • てやんでえ
    • 2013年 5月 05日

    先生。こんにちは。
    >発達障害の根本的な問題「面倒なことをどう実行するか?」を直接皆さんに聞いてみようと思います。
    先生の命題に、若干の疑問を提起することになるのですが、
    多数派が面倒なことが出来る理由は 「多数派」であることそのもの、も理由ではないかと思っています。
    実は、ASなメンバー「だけ」が集まると結構盛り上がりますし動きが活発化します。
    人は誰でも他者に励まされ動機付けられるから行動できる、極端に言うと、「人には自発性は備わっていない=他者に動機づけられてこそ動ける」という仮説です。
    いたるところに自分を励ましてくれる友達がいる多数派と違い、少数派は自分を励ましてくれる人に会えないので動かない(動けない)のだろうと考えられます。
    そこで、面倒なことはASな友達にメールなどで励ましてもらいやらせてもらう、という解決策が生まれるわけです。そんな風な手段を使っている方がおられると参考になっていいと思います。
    実際私はノーマルな妻とはドライブには行きませんが、ASな息子と2人のときは彼の発言(疑問や意見)に従ってすごく遠くまで一緒に出かけたりします。
    ※なお、話題の流れが飛びすぎていますし、不適切でしたら、先生への親展扱いでお願いします。

    • あゆまま
    • 2013年 5月 06日

    法人ですが、仕事のほとんどは夫婦でまかない、現場作業の一部をパートさんに来てもらう程度の零細食品製造業の嫁です。
    12年前、互いに再婚。5年生の娘がひとり。
    1 ある。作表が苦手なので、商品のエントリーをデータでください、とかいう得意先からの依頼。
    2 夫にやってもらうが、エクセルくらい使えるようになれとイヤミを言われる。
    1 ある。経理業務と書類整理。料理・掃除・子どもと夫の世話、家事一切。
    2 製造、包装、発送、配達など、肉体労働が多すぎて、時間とエネルギー切れで、他のことはどんどん後回し。放置しておくとますます億劫になり、見ないふりをする。震災後、気力体力のない私に変わり、元気なパート主婦にキッチンだけは片付けてもらった。今も、何かと支障をきたしてから、迷惑度の高いものから片付ける。たまに夫が自分の食べるものを用意したり、エアコンのフィルターの掃除とかしている。ケンカすると散らかっているものを放り投げたり、ねちねちイヤミを言う。
    3 現場作業やクルマの運転はきらいではないが、本音はデスクワークだけやりたい。結婚前は製造業の経験なし。本来、職場や部屋の整理整頓は大好き。十分な時間があれば、使い勝手のよい快適な仕事&住空間を作りたい。子どもは、胎教から家庭教育まで自分の理想通りにやりたかった。結婚直後に得意先の倒産で経済状況がゆるさなくなったのでしかたない。朝から晩まで働きづめで、文句ばかり言われて理不尽だがしかたない。離婚して自活できる自信なし。実家は地理的に遠く、裕福でないので頼れない。
    ほかにやる人がいない。人を雇う余裕はない。いつまでもやらないままでいると法人として信用をなくす。収入を失う。夫に文句を言われるのが鬱陶しい。
    やりはじめると案外カンタンと思ったり、もっと早くやればよかったと思ったりする作業が多い。
    (続く)

    • あゆまま
    • 2013年 5月 06日

    (続きです)
    4 幼児期・学童期は周囲の期待にはなんなく応えることができて、勉強は一番で、学級委員や生徒会は当然のようにやり、中学の卒業式の答辞も読んだ。やりたかったわけではなく、やるものだと思っていた。部活は先輩のスカウトでバスケ部に入り、キャプテンに。高校は従姉妹が通っていた地域一番の進学校に。苦労なく入るも高学力の生徒ばかりで、一気に目立たなくなった。自発的に勉強する習慣はなく、目的もなく、目の前のことしか興味なく、容姿にコンプレックスを持ち、パッとしなかった思春期。短大は実力にあった学校で、普通にしていて卒業。就職は別の従姉妹が勤めていた地元の大企業に若干のコネ入社。気ままなOL生活して、条件重視で見合い結婚して、寿退社。すぐに離婚して、それから仕事を自分で探して自発的に生きるようになって、勝手気ままな一人暮らし。遅まきながら「自分探し」などしながらモテ期を迎え、勘違いして起業して、バブルと共にはじけて派遣の契約社員に。子どもをつくれるギリギリの年齢で婚活。41歳で結婚、43歳で出産。
    つまり、再婚するまで自分の無理なくできる範囲で生きてきたのに(周囲には相当迷惑かけていたこともあったが)、現在は外からの状況で無理を強いられている日々で、何事も「しかたない」「切羽詰ってやる」でやりすごしている。
    多分、私も夫もジャイアン、自分勝手度合いで私の方が負けているので、面倒なことはこちらに回ってくる。おまけに夫は「糖尿病」という言い訳があるので、丈夫な私が余計に肉体労働を担当する羽目になっている。せめて家事をもっとやってほしいと思うが、反論に対処する気力がないので言えない。
    物忘れが激しく、不安でたまらなくなったので、精神科を受診。夜は安眠できて食欲は旺盛なのでウツ病ではないと言われ、精神安定剤(メイラックス)を常用。飲み始めたときは、以前より深く思いつめなくなって世界観が変わった気がした。
    (続く)

    • あゆまま
    • 2013年 5月 06日

    (最後です)
    5 私の両親も自営業で、ほっておいても心配ないと思われたのか、勉強しろとはまったく言われず、しかられたり、何かを強いられたりした記憶もない。小さい頃から、あまり記憶力がない。小学校3年くらいのとき、誰かをのけ者にしていじめたことがある。いわゆる「しつけ」は成されず、「思いやり」はほとんどない子どもだった気がする。「こういう場合はどうふるまうべきか」と自分なりに考えながら行動していた。「こうしたい」という強烈な思いはなく、周囲が自分を邪魔しなければいい、という感じ。つねに「自分の気分」を意識しすぎていたかも。両親や妹弟からも、すぐにふくれる、自分の部屋に行ってしまう、「わがままなお姉ちゃん」と認識されていたようだ。
    まとまりなくてすみません。いつか、先生に聴いてもらいたい、と思っていたことを長々と書いてしまいました。

    • tori
    • 2013年 5月 06日

    色々あるので根本的なことについて書いてみます
    1.面倒と思うことがありますか? どのようなことですか?
     ・他人との意見交換、意思疎通、挨拶、年賀状、トータルでのコミュニケーション
    2.その面倒と思うことは自分で実行していますか?
     ・必要に応じてやったりやらなかったり
    3.実行するときは、どのように感じ、考えていますか? どのように自分に言い聞かせていますか?
      実行しているパターンを出来るだけたくさん挙げてください。
     ・自分の意見を言いたい時に言う(言わないと気が済まない→自分を抑えられないので面倒なのではないかも)
     ・相手の意見を自分が知りたい時に聞く(聞かないと処理できない→意見を押し付けられるとストレスMAX)
     ・興味が沸いた時に話しかける(アレはなんですか?コレはどうするんですか?→データ収集)
     ・許可を貰わないといけないと感じた時に尋ねる(借りていいですか?食べていいですか?→経験上の判断)
     ・興味が無い時にはスルーする(聞こえてても理解してない→言った言わないでモメる結果になった事多数)
     ・年賀状を書きたいときだけ書く(ほぼ書かない→書きかけて断念したのを繰り返して基本書かないと決めた)
     ・挨拶は基本するようにしている→人間関係を切らない限り顔見知り以上の関係ならほぼ全員に実行
       →その反応によって相手が自分の事をどう思ってるかを感じ取り判断する指針にしてるようだ
     ・人によってどこまで心を開くかの段階が決まっており、それはそのつど更新される
       →最近気づいたのは、他者と長期にわたり会わなくなるとその間のデータが更新されないというもので、会うと
        更新が再開される→会ってない間の分は、反映されないので自分的には関係の変化はない→いわゆる定型の人
        たちは年賀状や手紙メール電話などで継続的な更新をしないと関係が維持できないようであるらしい→だから
        久しぶりに会うと驚かれるし楽しいし会話も弾み楽しいひと時を過ごせるがそれも長くは続かない→離れると
        次に会うときまで関係が途切れる結果となる

    • tori
    • 2013年 5月 06日

     
    4.上記のスタイルは、幼児期、学童期、思春期、青年期のいずれからありますか?
     ・スタイルが決まったのは青年期(20代中盤以降)と思われるが、それまでに試行錯誤や一般常識に翻弄されていた気
      がする→書きかけの年賀状が捨てられずに残っているのはそういう理由だと思われる
    5.上記のスタイルは、養育環境と関係があると思いますか?
     ・養育環境というか生きていくうえで自分と社会とのバランスをとる妥協の結果だと思われる
     ・幼少期から年賀状を書けない、書きかけて時間切れになるを繰り返してきた記憶があるので、養育では改善されなかった
      のではないか→そもそも書けといわれても書かなかったのであろうと思われる時点で矯正は無理だったのかも
    というわけで、自分にとって年賀状を「書く」という行為は苦痛でありとても努力が要る作業であります。
    もしかしたら印刷済みの年賀状に一言添えれば「書ける」かもしれないのでそういうのにもチャレンジしても良いのかもと
    今こうコメントを書きながら思い始めています。

    • トモス
    • 2013年 5月 06日

    こんにちは、やんばる先生。
    こういうアンケートは大好きです。
    どういうラインに沿って考えればいいか分かるからです。
    A1.
     自分に関係がないのに自分がやるよう押し付けられていることは面倒です。面倒と言うか、やるのもそれについて考えるのも嫌ですね。
     ぼくは他人が怖いので、知らない人と直接コミニュケーションしなければならない局面は出来るだけ後回しにします。
     電話は登録している人から以外は取りません。
     面倒なことでも止められることは止める方向で考えますが、止めることを実行するのは1年か2年かかります。
     
    A2.
     家のことは自分でやるしかありません。そして、自分がやらないでいいように持って行けばやりません。家以外のことで面倒だと思うことは他人がやるようにしむけています。ぼくは考え方がゆっくりしているので、理解も遅いです。普通のひとがぱっと分かることを理解するのにずいぶん時間がかかります。そのせいでぼくのことを知恵おくれか何かと思う人がいて、そう思わせればその人がぼくの代わりにやってくれます。例えば、役所へ行ってこれこれの書類を出さなければならない、どの欄に何を書くかよく分からない時は鉛筆で薄く書いておいてもらいます。その上からボールペンでなぞるだけにしてもらうことにしています。そのことについては役所の人も白紙からぼくは書けないと判断するらしく、書いてくれます。

    • トモス
    • 2013年 5月 06日

    A3.
     先日、この質問の答えにぴったりの事案がありました。親戚の子がぼくの地域の大学に受かって、ぼくが面倒を見るのが当然みたいな身勝手な電話がその子の親から来ました。ぼくは他人が嫌だし、たとえ親戚でもどんな性格の子かどこまで厚かましい子か分からない人の世話なんか出来る訳ないので、なんだかんだ理由を付けてやりたくない旨言いつのっていました。そうすると、その親はまるでぼくの方が悪いかのように「あんたはまるで変わってないな」と言い、非常に不愉快でした。ぼくは両親が死んでから何でも自分で考えて、自分で調べて、自分でやったり自分でやらなかったりして来たのです。その子は両親がいるのに、その両親がやらずにぼくがやるのが当然みたいに押し付けられるような状況に突然放り込まれた感じになり、ぼくはややパニックになってしまい、その電話のあとすぐに、先延ばしにしていたある事案を解決するべく発作的に動きました。それはぼく自身の身辺整理のためです。出来るだけ身軽になりたいのに、面倒なことは自分の意思に関わらず降って来ます。その面倒を整理するのも面倒なので2年放ったらかしにしていたのですが、発作的に片付ける方向へ動き出しました。なので、論理的な理由はありません。嫌なことよりもっと嫌なことが押し付けられそうになったので嫌なことの方がマシに感じられただけなのです。
    何らかの言葉の理由を付けてそのことをするよう自分を説得すると、必ずそのことをしなくてもいい説得を自分自身で思いつきます。なので、あとから考えてみてなにかを成し遂げた時は何も考えずに発作的にやり始めた時か、無視出来ない他人(銀行の人とか行政書士のひと)からの催促でその場でやらざるを得ない状況に放り込まれた時、つまり普通の人なら問題なくやれることをぼくは出来ないことをぼくは分かっているけど他人は知らない訳です。知らない他人に「ぼくには出来ません」と言うと出来ない理由を言わなければなりませんから、それを言いたくないからやる自分を演出するという形になります。しかしそれは切羽詰まった時だけです。
     普段は、本を読みます。本の中にモチベーションを上げる言葉を捜します。どう考えればいいかも分からないので、考え方が書いてあってそれが自分にぴったりくれば実行出来るような気がします。しかしまだそんな言葉や考え方には出会っていません。

    • トモス
    • 2013年 5月 06日

    A4.
     幼児期からあったと思います。納得出来ないことは梃でも動かない子でした。親が「○○は難しい」と言っていたのを覚えています。母が鬼の様な形相で怒るのは日常茶飯事でしたので、それを怖がりながらも面白がってわざと動かないことは多々ありましたが、父が悲しい顔をすると申し訳なくて動く、ということもありました。父も母もぼくとはスキンシップしてくれませんでした(手をつなごうとすると振り払われる)が、喜んでくれるなら頑張ろうという気持ちはありました。
    A5.
    あると思います。両親は共働きでしたので、ぼくの相手はいつも祖父母でした。どちらも「嫌なことはやらんでいい」と言ってくれますので、そのように育ちました。ぼくが嫌なことをやらないことで困るのはぼくでもなければ祖父母でもなく、両親だからです。両親が具体的にどのように困っていたかはぼくは知りません。

    • トモス
    • 2013年 5月 06日

    A3補足
    最近の動向としてはインターネットの利用が上げられます。
    ぼくにとって面倒なこととは解決までの手順が分からないことが上げられますが、それは最近ではネットである程度調べられます。
    なので、実行に移す前にネットで徹底的に調べ上げて、知識武装を完全に成し遂げます。
    そして実行するのは発作的です(笑)どれだけ知識武装しても実行に移す瞬間の力はそれだけでは足りないからです。

    • 2013年 5月 06日

    考えるきっかけを下さってありがとうございます。
    参加させてください。
    1 あります。
      人付き合い。
      研修会、会食など人が集まるところへ参加すること。
      勉強。
      年賀状を書くこと。
      家事全般。特に掃除。
      何かを自分から精算すること。
      人の世話をすること。
    2 最低限の事だけを自分でやっています。ですがたぶん気づかないところで誰かがフォローしてくれていると思います。
    人付き合いはどうしてもできなくて、今ではこれに関しては思い悩む必要もなくなりつつあります。(家族以外との関係が親戚づきあいも含めほぼ切れているので。)
    3・4 「最低限の知識、情報だけは仕入れておかないと後で困る。」「せめてこれくらいやらないと、できない自分を憎んでしまう。」「またあの頃に戻ってもいいのか。」と自分に言い聞かせます。このスタイルはここ数年のものです。
    実行するときには、何も感じないようにしています。お化け屋敷を目を閉じて耳をふさいでついでに鼻もつまんで一気に走り抜けるイメージです。なので、実行中に他者から感情的な干渉をされるとすごく辛くなります。どう対処していいかわからなくなります。こちらはかなり昔、もしかしたら幼少期からのものかもしれません。(自分は経験から学習できない人間だと常々思っていましたが、こんなふうに行動していたのでは学習も何もあったものではないなと書きながら気づきました。)
    5 よくわかりません。 
    幼少・学童期の動機付けは今とは違い、「わたしはお姉ちゃんでえらいから頑張ってやらなくちゃいけない」「頑張ればほめられる」でした。幼稚園も学校も嫌い、ご飯を食べるのも、着替えるのも、何をするのも嫌いな子供でしたので、親も大変だったろうと思います。「ほめられるから」のスタイルは長く続きましたが、大人になって失敗ばかり重ねてきたせいで今のスタイルになったような気がしています。ただ、「ほめて」は今でも時々顔を出します。
    実行時の対処法「お化け屋敷を走り抜ける」は、子供の頃から怖がりだったのでこういうスタイルになったのかなと思います。(私には面倒なことというのは怖いことに近いです。)なのでこちらは養育環境よりも性格のせいだと思います。

    • ホック
    • 2013年 5月 06日

    久しぶりに参加させて頂きます。
    1.人間関係。親子や役員同士など、関係にしっかり名前のついたものは我慢できますが、自由な関係は近づきすぎたり遠すぎたり、程度を考えるのが更に面倒。(例:会社の忘年会や送別会はOKだけど、帰りに皆で一杯どう?は苦手。その「皆」に自分が入っているのかどうか読めない)
    2.自分の距離で接して、続く相手とだけ付き合う。
      駆け引き状態になりそうな場合は、こちらから絶縁するときもある。恋愛も同じで、言葉や態度で反応を観察されたり、いわゆる「思わせぶり」な言動があった時点で、こっちからお断り。
    3.「仕事だから」「この場だけだから」という我慢をする。
      この人間関係は自分には必要ない(無益)だなと感じたら、全く我慢せず、無視+放置。我慢しないけど、言いたい放題になったりはしない。言葉を発する価値すら見いだせないため。
    4.大人になってからはずっとこの調子だと思う。
    5.ないと思う。
    リアルで忙しくしていたら、話題についていけなくなっていました。ほんと、ここは濃い会話が多いです。
    現在「ジャイアンと受動ASしかリーダーにはなれない」を実感中です。
    多数派って難しい。
    意見を言う→煙たがられる→ならばご勝手に→いやいやそう言わずに
    これが仕事でなければまさに絶縁してます。

    • るる
    • 2013年 5月 06日

    先日5.について「養育環境によると思う」と書いたるるです。
    私は、父の「ペット愛的な溺愛」と、母の「表面的には子どもに理解を示しながら、有言無言の圧力をかけてくる」という養育環境に、自分の生き辛さが高じた原因を求めていました。
    今回、先生のご質問やみなさんのコメントを読ませていただき、あらためて考えてみました。
    私は、その場にふさわしい「適量の気遣い」ができませんが、
    自分にとっての有利・不利は察知します。
    自分の価値観と照らして「絶対損したくない」という気持ちが強いです。
    結局、自分の基準は「自分に不利益が生じそうなライン」なのではないか、と思いました。
    多数派も「面倒なことはやりたくない」。けれど(文字通り多数派が多数を占める)周囲もみんな同じ状況だから、互いに空気を読み、面倒だよね~という思いを共感しつつ、同じくらいのレベルで処理していくのではないのかなぁ、と。
    そして時間というベルトコンベアに乗せて、どんどん流して、お仕舞いにする。
    (というのが私の「多数派のイメージ」です)
    誰にも「生まれ持っての自分なりの基準」があって、育った環境で多少の影響は受けるかもしれないけれど、
    やはり「自分は自分でしかない」のだなぁと・・・。
    そんな思いになりました。

    • ホック
    • 2013年 5月 07日

    るるさんの書き込みを読んで気づきました。
    私の面倒な事とは、作業や動作そのものではなく、その前に片付けなければいけない、周囲の感情ですね。
    そういう邪魔の入らない作業であれば、そもそも面倒ではありません。
    家事全般得意です。買い物も好きです。仕事も締切までには間に合う方です。
    仕事などの面で、死に体になった企画や部門を立て直す実務は面倒ではありませんが、私が立て直すと不都合がある人たちの感情が面倒です。

    • さーこ
    • 2013年 5月 07日

    おかしい…3、4、5が繋がっていない…。(どこかにブロックがかかっているのか?)
    特に、「5.上記のスタイルは、養育環境と関係があると思うか?」について。関係はあるとは思うが原因ではない、と思う。
    私の中で育ちがこじれた二次障害中の記憶を除外して考えると、「どのように自分に言い聞かせているか?」は学童期から変わっていないような気がする。すなわち、「納得できないから」、こじれはしたが、私の場合はこのようなスタイルになったと思われる。
    (日常掃除として自分の部屋の片付けよりも同居している実家の居間空間の掃除を優先しなければいけないという不可解、(他兄弟と比べられて)自立しなければいけないという不可解、定年間近の親に小遣いをやらなければいけないらしいというそれらの不可解が納得できないから。風呂場の前で倒れても脈を取って上からバスタオルをかけただけでその後物理的にも情緒的に放置した事についての親への諦めから、倒れても助けてくれないのになぜ危険な目にあってまで清潔にしなければいけないのか。思春期は過食に近く青年期は拒食に近い、食べる事(生きること)に喜びを見いだせないのになぜ食べなければいけないのか…。食事を作る、などというのは苦痛の域に入るので最早できません未来はどうなるかわかりませんが。)
    (納得できない、ずっとこのような叫びが私の中にはあります。)

    • 道産娘
    • 2013年 5月 07日

    そういえば、多数派のやり過ぎ統制と受動型ASの衝動統制って似てますね。
    「普通」と「人並み」って表面的には同じに見えるような…
    5.上記のスタイルは、養育環境と関係があると思いますか?
    親は放任主義でしたので、学童期(幼少期?)から「自分のことは自分でやらないと自分が困るだけ」といった感じで自分のことに無頓着でしたが、「養って貰っている身分だから、親に迷惑をかけられない」という気持ちもありました。
    この頃から欲が少なく人間関係も常に受け身で、自分から人と関わることをしませんでした。
    思春期に情緒障害から回復すると、面倒臭いことを先延ばしするようになりました。
    なんとか「好きなことや損得」に結び付けてやろうとしましたが、注意欠陥もあり長続きしません。
    あと「別に自分が困るだけだから良いや」と、しなければいけない理由を見出だすことができません。
    とにかく「欲が持てない」性格で、酷い時は「生きるのも面倒」と思うこともありました。
    AC的に「ただ我慢する」わけではなく、「やりたいことは我慢するけど、その代わりやりたくないこともしない」そんな衝動統制だった気がします。
    (続くかもしれません)

    • みかん
    • 2013年 5月 07日

    1.あります。
    2.頼めないことは自分で実行、頼めることは無意識に頼んでいる。
    3.後回しにしてろくな事がなかった(経験)から「やらなければならない」という思うが強いように思う。先延ばしにした場合の状況を具体的にイメージして「こんな大変なことになる」と想像する。それでも面倒なときは動けないが、動き出すと意外と思ったほどのストレスを受けないことがある。
    4.上記のスタイルは大人になって仕事を始めてから。
    自分にリターンが帰ってくるようになってからなんだかんだと最後までできるようになった。
    幼児期、学童期、思春期、青年期は酷いもので全くやらなかった。
    行きたくなければ学校も行かなかった。
    ギリギリの単位(日数)で卒業していて、追い詰められてゴールを示されると最低限だけやり遂げる性格だった。
    5.あると思います。社会の成り立ちを知ることができずに育った。
    ”それ”がどんな影響を周囲に及ぼすかを想像できなかった。
    自分が何に対してストレスを感じているのかも勘違いしていた。
    感情と状況を切り離して考えることをしていなかった。

    • もも
    • 2013年 5月 07日

    ADHD関連の記事よく読ませてもらってます
    1、やりたくない仕事、家事、一回でも怒られたことがある物事
    2、だいたいはしている。家族がやってくれることも
     本当に嫌な相手との仕事だと投げやりになってしまう
    3、「やらないと社会的に死ぬ…!!」という気持ち
    4、ADHD診断されてからいままでの4年間くらい
     それ以前は記憶力悪すぎて怒られた物事しか覚えていなかった
    5、環境はADHDに厳しかったが
     ADHDの存在をしったおかげで攻略法が見えてきた感じ。

    • 道産娘
    • 2013年 5月 08日

    (続きです)
    私の母はおそらく情緒障害型依存型ジャイアンですが、私が幼少期の頃はまだ情緒障害から回復しておらず、表面はのび太っぽかったと思います。(今は回復して衝動的な部分が出てますが)
    母は「家事でも何でも自分でやった方が早い」という考えで、小さい頃のお手伝いは買い物ぐらいしかさせて貰えませんでしたし、家事も自分の部屋の掃除以外はほとんど記憶がありません。
    自分の役割と自分以外の人の役割を完全に切り分けていた感じで、正直自分が「依存的」な性格だったとは思えませんが、「大人になれば好きなことができるし、自由になれる」と信じ続けていた記憶があります。
    ちなみに「自発的に行動すること」にケチをつけるのは、母も受動AS父もそうでした。
    喜ばれも褒められもしないので、ただ単に「自分から行動を起こさない方が得」という考えだったかもしれませんね。
    あと父に関しては「気紛れで言うことがコロコロ変わるので、何を考えているのか分からない」という気持ちが常にあり、自分から話しかけることはありませんでしたが、(父が母と喧嘩した時などに)向こうからスキンシップを求められた時は喜んで応じていました。

    • 2013年 5月 08日

    こんにちは。
    ADHD又は積極奇異AS(自称)です。(主人は受動ASのように見えます)
    自己分析は、書くこと、人の分析を読むことどちらも好きです。
    1.面倒と思うことがありますか? どのようなことですか?
    あります。
    1-1)片づけ
    1-2)時間どおりにでかける
    1-3)興味のない課題
    1-4)たたんでいない服
    1-5)服の組み合わせを考える
    1-6)夕飯を考える
    計画
    優先順位を付ける
    2.その面倒と思うことは自分で実行していますか?
    2-1)自分一人では手に負えないと思っています。。
    2-2)自分が思っているより1時間は早く予定を組みます。
    いくつか予定がくるうのを前提で、ゆとりをもった計画を立てることで、ほとんど遅刻はしないで済んでいます。
    2-3)一度面倒だと感じたことは、無理はしないで
    面倒だと感じないタイミングで少しずつ片付けます。
    2-4)服の山は、気にしても仕方がないので、基本的には視界に入らないです。
    気が向いたときに畳ます。
    2-5)必要にせまられて。意志の力でなんとか。
    2ー6)頭で考えた手作りへのこだわりやチャレンジ精神から、不得意なのにいろいろやろうとしてしまって
    要領もないので、大変に時間がかかります。
    最近は仕事のおかげで、料理をすることを諦めて、お金で解決することもできるようになりました。
    3.実行するときは、どのように感じ、考えていますか? どのように自分に言い聞かせていますか? 実行しているパターンを出来るだけたくさん挙げてください。
     例えば「どうせいつかは実行しないといけないから」「義務だから」「自分で決めたことだから」「評価のため」「言われたから」「責められるから」など何でも。「実行する段階では面倒さは感じない」「特定の誰かに喜んでもらうため」というのもあると思います。
    1-1~4)
    自分が自然とできるタイミングでやります。
    自分に言い聞かせません。
    周りは問題ではありません。
    自然とできるようにするには、食事と睡眠に気を付け、サプリメントを飲み、体調を整えること。
    2-5、6)
    すぐにできてしまうことには興味が薄く、
    なかなかできないからこそやりごたえがあり、興味があります。

    • 2013年 5月 08日

    続きです。
    4.上記のスタイルは、幼児期、学童期、思春期、青年期のいずれからありますか?
    思春期=意識していませんでした
    青年期、2007年以降
    しばらくは受動ASのパートーナんーの全許容に甘えて、不安定でした。
    2012年夏過ぎ頃~
    アスペルガ―など発達障害のことを知り、
    012年にパートナーも問題を意識するようになり
    適切なサプリメントを処方する医師に出会ってから、大分落ち着きました。
    料理は幼少のころは母との確執からやっておらず、最近のやり方は、結婚して以来5年程でできてきたルールです。
    4-1)片付け
    幼児期:箱の中にしまう=片づけているつもりでした。
    思春期:何でも先回りしてやってしまう親に対する反抗の一環、バリケードとして、物を散らかしていました。
    青年期:片付けが得意な人の力を借りたり、
    引き出し内のルールが一つの場所、一定のルール付けができた場所は
    ひたすら同じものだけを集めるので、片付きます。
    全体量を把握的なくなっているものは認識されなくなり、上に新しいものを積み重ねてしまうので、増えていきます…。
    5.上記のスタイルは、養育環境と関係があると思いますか?
    あまり関係がないようにも思います。
    ひたすら主体的に、考え→やってみる、の繰り返しですが、
    頭が一杯になるとそこで止まってしまうので、自分を知るために分析、読書をします。
    一旦できるようになると、できます。
    誰かにやってもらうのではなくて、
    自分なりの部屋の片付け、思考の整理、服の組み合わせを自分なりに無理なくできるように、
    手助けしてくれる人を見つけられるまで苦難は続くと思っています。。

    • アメジスト
    • 2013年 5月 08日

    >パソコンなどの道具をフル活用して省力化する。
    先生の記述を見て、思い出しました。
    家計簿と日記は続けるのが面倒なものですが、ある時期からパソコンで無料でダウンロードできる「家計簿ソフト」と「日記ソフト」を使うようになったら、何だか記入するのが楽しくなり、2年間ほど続いています。
    家計簿は自動計算してくれますし、過去の数字を書き換えると全部計算しなおしてくれて大変便利ですし、日記はちょっとしたブログのようなカラフルなデザインなので、自己満足にひたれます。
    便利な時代になったものです。

    • アメジスト
    • 2013年 5月 09日

    このアンケート、すごく有意義だと思います。
    いつもよりたくさんの方が参加してくださり、新しい方、すごくひさしぶりで懐かしい方、いつもの常連さん、皆さんが自分の日常を赤裸々に書いてくださっているので、とても参考になります。
    普段、なかなかお聞きしないその方の個性がよくわかって楽しいです。

    • rinomi
    • 2013年 5月 09日

    発達障害かもと気になってるものです。
    1 ある。
      用意。メールを送る。家事をする。人を遊びに誘う。お金を払いにいく。片付け。
    2 時々。
      ギリギリまでほかの事をしてしまって直前に思い出したりで、ギリギリまで出来ないけれど
      ギリギリになって自分でやるか、家族がやっている・・。
    3 用意は、必要なものだけは、真剣に考える。そして肝心の用意はギリギリになって、用意しないと困るので行動。
      昔は、親が心配だというのもあってか、
      全部確認していて早口であれは?これは?と頭が回らない勢いでいくつもいわれ 何がなんやら何も考えられない状態で用意してました。
      
      とりあえず、(家事)やらなきゃダメだから動いてみる?やってみる。
      行動意欲はない時でも、やらなきゃいけないからとりあえず。
      メールは、考えるだけで終わってしまいかねないので、送らなきゃ自分が後悔するのでノートに文章かいてからそれを打ち込んで送信。
      誘おう!と、思ったタイミングで動けなければ、誘わないか ギリギリに伝えるだけ・・・。
      
      支払いは、払わなきゃだめなのでギリギリに払いにいくか、お金を渡して払ってきて貰う。行くまでが面倒ならと、最近口座振込みにほぼ変更。
      片付け方は、片付けなければ頭がまわらなくなるのでとりあえず。
      手をつけだすとこが人と違うのは分かってるけど、分からないので、時間が掛かるか割と片付けたつもりでも周りからは・・・ごちゃごちゃマシになる程度。
    4 幼児期は覚えていないけれど、学童期にはあった。
    5 ないようにも思うし、あるようにも思う。
      
      でも、あるように思うのは、
      必要な物でも宿題でももらい物でも、内容確認せずに捨てちゃう(ので捨てたものは覚えてない)
      母のおかげで、表面上は綺麗な部屋で片づけが下手と考える環境ではなかったりとか、ほかにも
      全体的にAC的なことな気がします。

      • rinomi
      • 2015年 11月 06日

      先日 私と、凄く似ている息子が
      自閉症スペクトラム(旧アスペルガー症候群)と診断されたので、
      私も、もしかしたら ASの可能性がありそうです。

    • JET
    • 2013年 5月 09日

    1.ある 提出物 歯科
    2.する
    3.落ち着け簡単だ やれば終わる ほら終わった
    4.青年期?
    5.ない

    • るる
    • 2013年 5月 10日

    JETさんの3.落ち着け簡単だ やれば終わる ほら終わった
    にあまりにも共感したので、また出てきてしまいました。
    自分もまさに、そう思うことが当たり前のように生きています。
    きっと、私はいつも誰かに共感してもらいたかったのに、なかなかうまくいかなかった。
    「わかってよ」と、家族に八つ当たり的言動も・・・これは今もたまに(いや、しばしば?)ありますね。
    で、自分で自分を励まして「ほらできた」ってほめて、それから「自分で自分をほめてどうすんのよっ!」って自分を責めて、それでぐったりしていました。
    ようやく、こちらのブログもきっかけになり、自分の中で明確に「自分はそれでいいんだ」と思えるようになりつつあります。
    それにしても多数派が多数派として生きていくのは、楽でしょうね。周りの「空気」が共感してくれている!みたいな人生・・・「なんかちょっと、ずるいな!」
    自分が損しているみような気分になります。

    • アメジスト
    • 2013年 5月 11日

    多数派には多数派なりの苦労があるかもしれません。
    人の苦労って外からではわかりませんからね。
    完全無欠でない人間であるかぎり、どの人も悩みや苦労をかかえているように思います。

    • てやんでえ
    • 2013年 5月 11日

    >多数派には多数派なりの苦労があるかもしれません。
    アメジストさん。こんにちは。
    関係ない話かもしれませんが多数派の苦労、ということで、乱入させてください。
    知り合いによると、ASな人の相手をすることが苦労みたいです。会話をぶった切られる、というのが困りごとらしいです。
    ・多数は言葉できっちり考えているのに、ASな人は映像で考えていて言葉を乱暴に使うから嫌、と言います。
     というのは、その人が、もう死にたいわ、と言うので、私が、じゃあ死んだらw って冗談で返したらびっくりされたことがありまして。
    ・ASな人の話はあちこち飛びすぎる、とも言われます。
     会話っていうのは、決まった結論まで交互に話を進めていくだけ手続きだから、マジで考えて結論を変えないで、とのこと。
    多数派が、相手との全部の会話の成り行きを全部読んでお互い承知の上で話をしているとすれば、ASな空気を読まない人が紛れ込むと大変かもしれません(同情)。

    • アメジスト
    • 2013年 5月 11日

    てやんでえさん
    大雑把に言って、多数派、少数派関係なく、人間全体にとって、「人間関係」は
    一番の悩みのタネかもしれません。

    • くく
    • 2013年 5月 11日

    1. あります。物事を一瞬にして面倒か面倒でないかに分けてしまうのは自分でも不思議です。私的な提出物や払い込み給油といった、しないとならないことが面倒です。仕事関係はそうでもありません。電話は面倒というより苦手でメールかFAXがいいです。掃除や整理は面倒ではありませんができません。
    2. はい。人に頼むことも面倒にはいることですので。
    3. ぎりぎりまで先延ばしにしてよい理由を考えます。期限がきたらしかたなく。他人の目もかなり背中をおします。
    4. 小さい頃から。ただ、家族以外からはわたしはとてもきちんとしていると評価されています。内と外の差が激しいです。
    5. 家族でこの傾向を持つのが私だけなので、関係ないと思いますが、この傾向が家族に伸ばされた(家族の中での出来ない子の役割)面はあるかと思います。

    • るる
    • 2013年 5月 13日

    アメジストさん はじめまして、こんにちは。
    多数派に限らず、いつも得ばかりしている人など、いるわけないのでしょうね。また、人は誰でも、心の中に苦労を抱えているのでしょうね。
    ・・・自分独自の「損得勘定」に向き合ってみました。
    もちろん私的には、正当性のある理屈なのです。
    けれどおそらく他人からは、なぜその考えが得だと言えるの?というか、私が無意味な検討を繰り返しているように見えるのではないかと思います。
    最近になってようやく、私が得あるいは損、と思っていることが私特有の感覚だということが、一段深いところで納得できつつあります。
    他者と比較しての損得ではなく、自分自身に照らしあわせて
     得 = 自分の納得がいく選択
    ができたら、今までより自分が好きになれそうです。
    私にとっては、その選択基準が「面倒なことを実行に移すことの基準」にもつながるように思います。
    アメジストさんのコメントを読み、このように思いました。

    • アメジスト
    • 2013年 5月 13日

    るるさん、こんにちは。
    >他者と比較しての損得ではなく、自分自身に照らしあわせて
     得 = 自分の納得がいく選択
    ができたら、今までより自分が好きになれそうです。
    これは全く同感です。
    人と比較して、自分が損か得かを考えたとしたら、せっかくの大事なものを見落としてしまう可能性がありますが、自分の中で一番納得できるものを見出していくことは、特に私たち少数派にとってはとても意味がありますよね。

    • 匿名
    • 2013年 5月 14日

    るるさん、アメジストさん。
    >>他者と比較しての損得ではなく、自分自身に照らしあわせて
     得 = 自分の納得がいく選択
    ができたら、今までより自分が好きになれそうです。
    >人と比較して、自分が損か得かを考えたとしたら、せっかくの大事なものを見落としてしまう可能性がありますが、自分の中で一番納得できるものを見出していくことは、特に私たち少数派にとってはとても意味がありますよね。
    小生は人をうらやむことがほとんどありません。
    自分にできそうなことはやってみる。無理ならやめる。
    できそうにないことは最初からやらない。
    昔はこれができずに、自分も他者も大変なことになりましたが。
    自分にあったもの、好きになれそうなもの、続けられそうなものを取捨選択していくのは大切ですね。
    失敗したら反省して、次回につなげればいいし。
    まあでもその途中経過で迷惑を被った他者は納得できないかもしれませんが…..

    • アメジスト
    • 2013年 5月 14日

    Paul Carpenterさん、
    >小生は人をうらやむことがほとんどありません。
    自分にできそうなことはやってみる。無理ならやめる。
    できそうにないことは最初からやらない。
    私もこんな感じです。マイペースって楽ですよね。
    以下は独り言です。
    「過集中と虚脱」
    1月末に主人の母が急死して、その後、年金停止手続き、預金の相続手続き、香典返し、賃貸マンションにたまりにたまった荷物の処分、お墓の建て替え、納骨など、仕事が続き、期限があるので過集中でこなしました。
    4月末でようやく全部が終わったら、2週間ほど「ふぬけ状態」になって、何もする気が起きず、ふにゃふにゃしていました。
    今日になって、ようやく働く力が湧いてきたので、またコツコツと地味な日課をこなしていこうと思っています。

    • カレンダー
    • 2013年 5月 15日

    病院にてADHDと診断されております。
    ただ、本当に自分はADHDなのかどうか…。
    ストラテラが副作用ばかりで全く効果がなかったりします。
    1、あります。(事務的な事や、勉強、やらなくてはならない事系全般)
    2、はい。追い詰められて初めてやります。ただ、滅多に無いですが意欲が高まったときや、「あとに残したら面倒だからやっちゃえ!」と面倒を理由に能動的にやる事もあります。
    3、やらなくてはまずい事になるから。責められるから。
    行動を始めさえすれば面倒は収まり、
    今度は逆に途中で止められなくなります。
    一回で終わる作業の場合そのまま最後までやりきるのですが、
    一回では終わらない作業の場合、中断したら再開できずそのまま放置というパターンが多いです。
    大変な作業の場合、途中で面倒が顔を出して中断してしまい、再開出来ないという事もあります。
    4、思春期後半くらいから徐々に始まってきて、青年期に完成したと思います。
    5、あると思います。親は厳しかったので…
    親の手が届かなくなってからはこのスタイルになりだしたと思います。
    こうして書いてみるとやはりADHD的ですね…(笑)

    • るる
    • 2013年 5月 15日

    Paul Carpenterさん はじめまして。
    >できそうにないことは最初からやらない。
    昔はこれができずに、自分も他者も大変なことになりましたが。
    この判断は、私には今もって難しいです。でも少しは、ましになったかな?
    身近な他者からは「無責任」「わがまま」に見えていたようです。
    >失敗したら反省して、次回につなげればいいし。
    まあでもその途中経過で迷惑を被った他者は納得できないかもしれませんが…..
    私の場合は、迷惑を被ったらしい他者から猛撃を受けました。
    彼女たちからすれば正論なのでしょうが、私には攻撃にしか思えませんでした・・・
    これは、過去に私が相手に攻撃的な印象を与えていたということなのかもしれません。
    時がたち、ようやくよい経験したなぁと思えてきました。

    • 匿名
    • 2013年 5月 15日

    アメジストさん。
    >1月末に主人の母が急死して、その後、年金停止手続き、預金の相続手続き、香典返し、賃貸マンションにたまりにたまった荷物の処分、お墓の建て替え、納骨など、仕事が続き、期限があるので過集中でこなしました。
    4月末でようやく全部が終わったら、2週間ほど「ふぬけ状態」になって、何もする気が起きず、ふにゃふにゃしていました。
    今日になって、ようやく働く力が湧いてきたので、またコツコツと地味な日課をこなしていこうと思っています。<
    小生は自分の母親が亡くなった時、一日だけ休んであとは激務を続けていました。
    ご自身も家族を突然亡くされたスタッフに「もうみてられん。休みなさい」と言われ1週間ほど休んで虚脱しました。
    親しい人間を失ったら虚脱は特に必要ですね。
    るるさん。
    >私の場合は、迷惑を被ったらしい他者から猛撃を受けました。
    彼女たちからすれば正論なのでしょうが、私には攻撃にしか思えませんでした・・・
    これは、過去に私が相手に攻撃的な印象を与えていたということなのかもしれません。
    時がたち、ようやくよい経験したなぁと思えてきました。<
    小生もよく虐められましたよ。特に小中学生のとき。
    当時はなんでこんなに虐められるんだろう、ってわかんなかったんですが、あるときそんなに親しくない同級生から指摘され、自分に非があったことを理解しました。
    まあ貴重な経験ではありますよね。

    • botch
    • 2013年 5月 15日

    診断こそしていませんが、
    複数の医師から発達障害(特にASである可能性が濃厚)であると言われた医学生です。
    1.人付き合い全般。意見の合わない他人と話すこと自体が苦痛です。
    2.学業に関することの場合はやりますが、必要がなければ孤立で通します。
     余計な口を利くと、問題を起こすということはもう経験からわかっているので…。
    3.できる限り失礼の無いように、空気がまるで読めないながらも頑張ろうと考えます。
     (特に、医師であればご存知かと思いますが、医学部は馴れ合いの世界ですから)
    4.学童期からずっとこうです。
     他人の感情がまったくわからず、空気も全く読めず、
     そのせいで何度も悪人として扱われてきて、
     人と関わるのが怖くなってしまったためかと思います。
    5.どういう環境でもこうなったと思うので、関係ないと思います。

    • JET
    • 2013年 5月 15日

    ほら終わった のあとは やれ良かった と言って寝ちゃいます。
    もういっぺん書いてみますと
    1.面倒かそうでないかをいまいち分けられない
    2.する
    3.必要だから 必要なことをしてる 予定・時間で動く  怒られたからといってやり方を考え付くまでは出来ない
    4.青年期
    5.ない?
    面倒という言葉には崩壊感があり大変危険。同居ジャイアンは疲れているので喜ばそうという気はあります。
    養育環境の関係ですが、母は
    ・子供の世話はしなかったと親戚に自慢していた
    ・滑り台で滑ってくる子を下で受け止めている親を見て「何故あんなことを。転べば考えるようになるのに!」と怒り
    ・父は朝おきてご飯を食べる前に屋根を直し始めたりする
    そういえば遠足に何故か手ぶらで行って先生のおにぎりをもらったり水道の水を飲んだ記憶(リュック忘れ?&もってきてくれない?)
    等から関係はあるというか無いような。親から何も学べなかったのでは?と一時期悩んでいた。
    会社員時は平日は仕事、身じまい、簡単な家事。休日は家事用事と分けていました。終わらなければ次の週に。長期休暇で調整。ほんとの掃除は年末大掃除しかしない。仕事は拘束時間が長く、また強迫的にやっていました。就職して初出勤の日に社長に「あなた無理かもね」と言われたことは関係はあまり無い気がする。
    同居ジャイアンは機械式腕時計が好きでいっぱいもっているが何故好きか聞いたところ、「時間が分らないと判断出来ないから」と言っていました。また各部屋にもトイレにもキッチンにも時計をおいている。
    ちなみに面倒について聞いてみました。
    1.ある 概ね全部 面倒なこととは予測してたこと うまみが無いこと
    2.する 仕方が無いときだけ
    3.人間のルールだから 人間だから仕方が無い 人間を黙らせるために 人間はそういうものなんだって思いながら
    4.青年期
    5.ない
    6.勝負がどうとか
    しかし大体いつも仕方ないように見える。中間管理職なせいか。非常に無愛想ですが部下にも上司にも慕われているのでだいじょぶだと思います。

    • るる
    • 2013年 5月 16日

    Paul Carpenterさん
    >あるときそんなに親しくない同級生から指摘され、自分に非があったことを理解しました。
    たとえ人から見て非があるように見えたとしても、
    その時のPaul Carpenterさんにも正当性があったのだと思います。
    私の体験については詳細を書いたわけでもないのに、なんだかすごく理解していただけたように思えて、コメントうれしかったです。
    JETさん (あらためまして)はじめまして。
    先日、思わず引用させていただいてしまったるると申します。
    「ほら終わった」の後と「落ち着け簡単だ」と自分に言い聞かせる時、きわめて長い時間を費やしていることに気づきました。今の自分にとっては必要な時間のようですが、これって無駄に疲れるだけで意味ないですね・・・
    私(多分ジャイアン)もなぜか最近、腕時計が好きです。でも仕事中を除き、時間そのものはあまり気にしていません。(ああ、ここにも「意味ない」を発見してしまった!)
    「時間を見て的確な判断をしている」ように思いたいのかもしれません。

    • JET
    • 2013年 5月 17日

    るるさんはじめまして
    「落ち着け簡単だ」というのは簡単だから言ってるのではないんで、そこは私も時間かかってますよ。なんとかして集中しよう他の事から気をそらそう意義目的手順を考えるほうにもっていきたいということです。そうするとすごく疲れて寝ちゃったりします。
    そこで意味を考えられるるるさんのそれはジャイアン能力の賜物ではないかと。んー
    あとたぶん時間の感覚が無いのです。私はほっとくと自分の中で時間が経たない。同居ジャイアンもそうで、自分で調整しているのだと思います。腕時計が好きな人は無意識にもそうしてるんではないかなあと思います。私は腕時計は買ってくれてもするの忘れてしまいます。

    • JET
    • 2013年 5月 17日

    あ、あと時間というのは儚いのだ・・とも言ってました。フラジャリティというか消えてしまうこと・ものに関心をもってたりします。人と会って、別れた後必ず振り返って姿を確認したりしています。
    ということで先生、面倒は生活全般にわたっているので、面倒から脱出するには私は予定を立てることであるので、取捨選択して予定を立てた時点でそれは必要なことになるんで、それでOK。とはいえ失業者給付の認定日であろうと忘れるときは忘れるのでアラームは必須。
    これで面倒という言葉から逃れられる~

    • あおいよる。
    • 2013年 5月 18日

    いただいた質問へのお返事も含め、コメント出しますと申し上げてさらにまた時間が過ぎていますが(下書きほぼ完了、どの記事に投稿させていただこうかと逡巡中)、まずこちらに先に出します。なお、自分の考えを「真っ白なまま」にするためにあえて他の方々のコメントは拝見していないこと、また文字数を少なくするためにである調で記すことを先に申し上げます。
    1.面倒と思うことは?それはどのようなこと?
    まず、自分の脳内に「面倒」の語の定義が2つある。
    一つめは自分が無意識または意識的に「したくない」と感じること。現在では必要に迫られてせねばならないこと、例えば病院受診、掃除、片付け。
    二つめは既に「ルールや手法を決められた『すべきこと』」のうち、自分にとって手法が煩雑、無駄が多いと感じる、そもそもの必要性を感じ得ないことを「それでも決まった通りに実行せざるを得ない」、その経緯。
    この二つについての詳細。
    自分の中での定義の、一つめの「面倒」の具体例。幼少期では、例えば母親に「自分でしなさい」と言われたこと、例えば靴を洗う、部屋を片付ける、自分の靴下等の小物を洗うetc。(自分としては親のしている事を一緒にしたいという欲求があったため、それらすべて「一緒にしないならNO!」であった)、学童期〜思春期は学校の先生からの命令や指示のうち、その時の自分が「したくない」と感じたこと(余談:高校生になると怒りも殺意も覚えた)。現在は、職場以外で「自分で能動的にしていないこと」(意識に上っていないこと、思いついていないこともあわせて全て)がそれに該当する。
    自分の中での定義の、二つめの「面倒」の事象は、おおむね就労してから発生。例えば単純な事務作業、各種記録、月次年次の「書式が固定されている」定例書類作成、「ラインの決まっている」口頭での報告、「代々受け継がれている」業務運営方法etc。自分にとって合理的ではないと感じたり、そのこと自体に意味を感じなかったり、好きではないルートや手法や環境だと「面倒」。(しかし「やらないといけないルール」を順守すべきだという脳もはたらくため悶々とう”う”〜と唸りながらも実行、時に(常に、かもしれない。分析中。)『結局こういうことぢゃん』と変更しては叱責を食らう。アホ。)
    (次に続きます、すみません…)

    • あおいよる。
    • 2013年 5月 18日

    2.それは自分で実行している?
    一つめは、ほぼ否。親がやったり、必要に迫られてやらざるをえなくなってやったり、学童期ごろは人にやらせたり(ただ、当初は頼んでいるという意識はゼロ、言い方が偉そうだと反感を買っていたと後で知る)、今なら生活上必要に迫られるまではそのまま放置する(または意識にすら上がらない)。
    二つめは、役割的に自分がすべきである場合はせざるをえないため、する。もし自分以外にも担当がいたり作業分担の可能な業務であれば(角の立たない頼み方を習得したので)実行期限から逆算しつつ自分は納得してできる部分だけをおこない、それ以外は極力その人たちにしてもらうことが多い。
    3.実行する時はどのように感じ、考えるか?パターンを可能な限り多く。
    一つめ。
    ・幼少期は、履いていく上靴がないから等、必要に迫られてやった記憶がある。
    ・現在は、脳内で「それをやる順番、時期、時間、その時の自分の受け止め方だとか脳の状態」を想像(構造化)して、最もぴったりくる、楽な、アドレナリンの出る順序で実行する。(一度脳内で構造化すればそれになぞって完遂可能、負担もほぼないが、時折強迫的になってしまう場合もある。)
    (またもや、続きます、最後です(申し訳ないです))

    • あおいよる。
    • 2013年 5月 18日

    (3の続きです)
    二つめ。
    ・すべき業務や作業の、背景、理由、根拠を可能な限り探索。自分の脳が納得できるところまで納得させてから実行。
    ・それらの根拠等を調べているうちに解釈不可能なことがあった場合、可能な限り他者に確認質問し、例えば「~ということなんですね?」「~だからこうしていたのですね?」と確認を取った後に実行。
    ・自分の脳を納得させるor他者に質問するだけの猶予がなければ、締め切りを視界に入る場所に張り出し、自分で自分に「ほら!いいから、やる!」「明日までやろ?間に合うんか?」「ここまでやったら、きっと残りの作業量がきっと見えてくるはず!今よりは脳の状態がましになるって!とりあえずこれをする!」等言い聞かせ、単純な構造化で(つまるに、やるべきことを細分化し、そのうちのひとつを「始まり」と「お終い」の二つのボックスに分類して)対処。
    ・他者に分担できると考えたら、頼める人に期日を伝えて可能な限りお願いし、自分の量を少なくする。決まり切った台詞は「甘えていいですか」「甘えます」「助かります」「嬉しいです」(表情をつけ、声にも気持ちを乗せて。)ただし、人に頼んだら返ってきたものを再点検すべき(本当はしたくない。自分より確実性のある人だったりそれこそ面倒だったりなので。)であることも習得済みなため、点検作業の負担も先に構造化して想像したうえで頼む内容や分量を考える。
    ・常時発生する業務、例えば日報系記録やカッチリと決まった書式での書類作成等であれば、この先一週間の自分のスケジュールを脳に浮かべ、目の前の作業量と天秤にかけ、「この日までにしなければ首を絞めることになる」だとか「この日にしたほうがまだ『やりたい』気持ちになりやすい」と考えては実行。
    4.このスタイルはいつから?
    幼児期から。
    5.養育環境と関係がある?
    上記に述べたスタイルに関しては、ない。
    おそらくだが、家族からの放置や友人からのいじめor無視等による影響で一時期「ひたすら相手の顔色やひそひそ話に全神経を集中させたり、ひたすらはいつくばって捨てられまいとした」ことがあり、その時は面倒というワードすら浮かばなかった。
    以上です。

    • kumix
    • 2013年 5月 20日

    1. ある
    →育児、掃除、洗濯を畳むこと。
    定例でしなければならないと決まると面倒になる。
    2. どうしてもしないといけない状況に追い詰められたり、
    納得できればする。
    3. 育児なら”やる”と覚悟を決めてからやる。
    仕事ならローンや生活費を稼ぐために必要だからやる。
    4. ここ最近。
    5. あまりないような・・・。
    昔からいくつも同時進行でできる性格ではないと感じていたので
    独身時代は学生であれば学業に、社会人になったら仕事だけに専念し、
    面倒なことを避けることができたが、
    子供が出来るとそうもいかず、今までにないストレスにさいなまれている。

    • なつもか
    • 2013年 5月 22日

    1.
    最終的なゴールが見えにくいもの
    生活全般
    人間関係・常識
    2.
    誰もしてくれないのでしている
    誰かがやってくれるならやってもらう
    (自発的な場合特に感謝はしない。その代わり私にメリットがあったのだから、その人にとってメリットになるようなことは返そうと思う。)
    3.
    ずっとできていないこと自体が苦痛だからやる(減らないTodoリストを毎日眺めているような)
    やったら終わると知っているからやる(終わるかどうかわからない場合あきらめそう)
    思いついたときにやってみたら意外と終わった
    4.
    成年以前は面倒に思うことはほとんどしていませんでした。
    周りの人が知らないうちにやってくれていたんだと思います。
    機会がなかったためいずれの期間も上記のスタイルはありませんでした。
    仕送りでの一人暮らしでは、他人の目に付かないためあまり変化がなく、
    収入含め自活をはじめて他人と住むようになって
    「生活」というものの方法を知り、実行できるようになりました。
    (ただ、一人だと他人に影響が出にくい部分を怠りがちです。)
    そのため上記のスタイルが発生したのは就職後です。
    5.
    上記のスタイルって3.の質問のことだと思うんですが、
    3.については「いいえ」です。
    私の養育環境下では全て尻拭いされる状態にあり、
    そもそも面倒なことを実行する必要がなかったため。
    (もしくは要求が非言語的であったせいで理解できなかったため。)
    つまり必要に応じて自分で身につけてきたと思っています。

    • 2013年 5月 24日

    こうして考える機会をいただくと、昔のことをクリアに思い出せるような気がします。ファンタジーのフィルターのかかっていない本当の過去の自分の姿というか…。
    子供の頃は「おねえちゃんでえらいんだからやる」と思いながら動いていたのですが、そこには必ずほぼ完璧なお膳立てと事後のフォローがありました。
    周りの大人は、環境を整えてやって、おだててなだめすかしてやっと始めたと思ったらめちゃくちゃなことばかりやってその後始末に追われているのに、当の本人は「ちゃんとできた。私はよい子。」と本気で得意げになっているのだから、やりきれない気持ちにもなっただろうと思います。
    本当に裸の王様だったと思います。

    • 道産娘
    • 2013年 5月 24日

    (追記です。多分これで最後になると思います)
    3.実行するときは、どのように感じ、考えていますか? どのように自分に言い聞かせていますか?
    以前「今やらなきゃ、後でますますやりたくなくなるかもしれないから」とコメントしましたが、逆に「今はやりたくなくても、後でやる気が出てくるかも」と思う時もあります。
    実際やり始めると気分が良くなって、他の事にも手をつけ出すことがあるので。
    4.上記のスタイルは、幼児期、学童期、思春期、青年期のいずれからありますか?
    情緒障害から回復した中二以降ですが、ほとんど青年期からですね。
    5.上記のスタイルは、養育環境と関係があると思いますか?
    これは経験から得たものなので、養育環境は関係無いと思います。

    • アメジスト
    • 2013年 5月 29日

    今、切実に困っていることがあります。自分の運動嫌いです。
    1.面倒なこと・・・運動・筋トレ
    2.自分で実行しないと意味がないが、なかなか毎日続かない
    3.このままでは将来、脚が弱ることが目に見えているので今からでも何とか習慣づけたい
    ⇒どうすれば日課として定着するか
    ⇒「面倒なことと好きなことをセットにして実行する」
    ⇒大好きなもの:ダンスミュージック!
    ⇒お気に入りのCDをかけて、曲の勢いで屈伸運動と腹筋運動をやる
    今日から実行してみます。運動不足は切実です。

    • さーこ
    • 2013年 5月 29日

    今日のテレビ番組を見て思い出した。
    1.面倒なこと…水虫治療(涙)
    (比較して)面倒くさくないこと、自転車移動。
    2.薬を塗るのは二週間ぐらいは続くんだけど…一旦集中が途切れると続かない。。
    自転車移動は日課というよりも日常の一場面(交通手段)。結果的に運動になっているだけ。
    3.イメージ自体が違うのか…?とりあえず「●●しなければならない」と思うのを止めてみたらどうなるかな。悪い状態のものを改善するのはごく普通のことだと思ってみよう。たとえば、頭が痛いときには頭痛薬を飲むのはごく普通のことだとか、そういうイメージに。
    4.「●●しなければならない」というスタイルはおそらく青年期から。高校生の頃、身体症状悪化による欠席が多くなって単位を落としそうになった時、(私の心身状態が辛いのは言葉で言わなくてもわかるだろう、というAS的に思い詰め)、身体症状の事は全く言葉で表現せず伝えずに、主訴として、環境を変える事を訴えたが理解してもらえずに、親と先生に囲まれ、思いとどまるようにと「説得」されたから。
    5.経験則により、このような言い聞かせ思い込みスタイルになったんだと思います。しかし私も言葉が足りていなかったんだよなぁ。。。何この意味不明な人(自分に向かって)、ですね。

    • 道産娘
    • 2013年 5月 30日

    アメジストさん
    面倒ですよね、筋トレ(苦笑)
    地味な作業だからすぐに飽きるし、かといって続けないと効果が出ないし…
    私は中学の時の部活で腰を痛めたので、(背骨を支える筋肉を維持するために)腹筋・背筋だけはこの先も続けていくつもりです。
    私もジョギング中にいつも音楽聴いてますよ♪(^-^)v
    だいたいテクノかロックですが(笑)
    そういえば知り合いのASは、毎日旦那さんと仲良くウォーキングしてるそうです。
    ご家族や仲の良い人を誘って一緒にやると、長く続けられるかもしれませんね。(あとは徹底的にこだわるだけこだわって「こだわり化」させるとか…実際にいますが、本格的にボディービルダー目指してるAS知人の話なので、あまり参考になりませんね)
    アメジストさん、急に始めて体を痛めるといけないので、運動前と後にストレッチは必ず行って下さいね。

    • アメジスト
    • 2013年 5月 30日

    さーこさん
    確かに「~しなければならない」という暗示は心の負担になりますよね。
    何事もできるだけ「さりげな~く、するっと入れる」と脳が抵抗しないかもしれないんですけど。すぐ「わあ~!めんどくさい!」って思っちゃうことが多くて、なかなか難しいですね。
    道産娘さん
    ジョギングができるとは本格的ですねえ。そういえばドラマなど見ると、今の若い人たちは、ジョギング中やトレーニングジムのウォーキングマシンなどでも、カッコよくヘッドホンをつけて音楽を聴いていますね。
    音楽と運動って相性がいいのかもしれませんね。
    昨日さっそく脚の屈伸運動と腹筋運動をやりましたが、ストレッチなしで急にやってしまいました。危ないかな。筋をいためないように気を付けます。

    • F
    • 2013年 6月 10日

    1.人付き合いに関すること。生きていくためにしなければならないこと。無駄なこと(化粧が面倒という気持ち、とてもよくわかります!)。・・・やりたくないこと全部。
    2.している(ただし対人関係は本当に最小限で、卒業したり職場が変わると縁はなくなる)。
    3.する必要があるから。他の人には無理だから(やってくれないから)。やらないと周りがうるさいから。返礼のため(受けたものと同じものを返すため)。
    やりたくないことを実行するときはゲーム感覚でやる(いかに効率的にこなすか、結果を正確に予測するか、完成度などにこだわる)か、習慣化してしまう。
    4.思春期くらいだと思う。
    5.ある。自分がやらないと誰もやらないから(代わってくれないから)。自分がやったほうが早いから。(ただし、自分がいなくなれば他の誰かがするのだということも大人になって学習した)
    自分で「やってみよう」と思ったことや、嫌々始めたものの「これ、面白い」と思ったことは、それなりの結果を出せるまで続きます。
    そのときは辛さや疲労を全く感じません。周りの人は「すごい(集中力)よね」と言います。
    しかし興味を失うとまったくやらなくなります。
    たまに「またやろうかな?」と思っても、以前ほどできなくなっている自分が嫌で、今度は続きません。

    • rilakumalove
    • 2013年 6月 23日

    1.ある
    ・仕事に出かけること
    ・公共機関や銀行での手続き
    ・電話
    ・掃除
    ・食後の食器洗い
    ・服薬管理
    ・ムダ毛処理
    2.自分でしている(頻度は少なく、一つ一つ実行するのに時間はかかるが)
    3.
    ・仕事に行かないとお金が貰えなくなり、生活が苦しくなるから
    ・仕事をしないと自分のダメ人間度が増すから
    ・私の様な人間を雇っていただいている以上、職場へ極力迷惑をかけたくないから
    ・きちんと手続きをしておかないと、将来困ったり、利用できるはずのサービスを利用できなくなったりしそうだから
    ・手続きをしたという証拠を作っておきたいから
    ・電話に出ない(をしない)と仕事や手続きが進まないから
    ・自分のことは自分でしたいから
    ・秘密を他の人(家族を含め)に知られたくないから
    ・家の中が汚れてストレスが増すから
    ・使える食器がなくなるから
    ・服薬管理をしないと体調が悪くなるから
    ・ムダ毛があると印象が悪く、おしゃれの幅も狭まるから
    ・家族に迷惑かけたくないから
    4.
    ・掃除、食後の後片付け:学童期から
    ・ムダ毛の処理:思春期から
    ・公共機関や銀行での手続き、電話:青年期から
    ・仕事に出かける:大学卒業以降
    ・服薬管理:抗うつ薬を飲み始めた頃から
    5.「家の中が汚れてストレスが増すから」以外は、いずれも養育環境が関係していると思われます。
    ※「家の中が汚れてストレスが増すから」と感じ、考えるようになったのは、結婚してからです。

    • アメジスト
    • 2013年 6月 29日

    私は他のエントリーで「つらい時に自分を救うのは自分だけだ」と思っていると書きました。
    その土台のもとに、私はわからないことに関しては、あらゆる専門家のアドバイスを聞きまくります。有料・無料の相談をとことん使わせてもらっています。
    今はネットが充実しているので、探せば様々な相談場所が見つかります。その中で安心できる機関を見つけて、電話・ネット・郵送等で相談していますが、問題解決のためにすごく役立ち、つらかったり、面倒だったりする心のモチベーションアップに繋がっています。
    今まで利用した相談機関
    ・やんばる先生のメール相談(無料)⇒現在混雑しています
    ・入会している健康療法の電話相談(有料)
    ・臨床心理士の電話相談(有料)
    ・オンラインマネーカウンセリング(家計の悩み)(有料)
    ・弁護士相談(無料)
    ・保健所の保健師さんの健康相談(無料)
    具体的な対処方法も教えていただけますし、問題解決のための段取り(どこから手をつければいいか)を聞くこともできて、
    すごく心強いです。有料のものも大きな効果を生む投資となります。
    今まで、専門家への相談で、難局を乗り切ってきた実感があるので、大変ありがたく思っています。

    • アメジスト
    • 2013年 7月 31日

    一つ上の私のコメントに関連することですが。
    現在、家計の問題に関してファイナンシャルプランナーに相談しています。
    お金の問題に関しては
    ①収入を増やす
    ②支出を減らす
    ③運用などで、お金にも増えてもらう
    の3通りしかないとのことでした。
    ①は無理だとして、②を現在一生懸命やっておりますが、ファイナンシャルプランナーはプロなので、③を得意とするようで、現在、銀行預金に入れている退職金の一部を貯蓄型養老保険で運用すると、銀行より利率がいいと勧めてきました。
    初めはちょっと心が動きましたが、その後で、生命保険会社が万一つぶれたら、全部は戻って来ないから、リスクゼロではないとも思い、結局その話は断りました。
    証券会社の投資信託を勧める人もいるようです。
    どれも個人の考え方で、自己責任でやるものですが、私の場合、利息がほとんどつかなくても、銀行に入れておくのが一番安心だという選択をし、プランナーの意見は断りました。
    節約に関しては、すごく有効なアドバイスをもらい、モチベーションがアップしたので、相談して良かったと思いましたが、すべて、言いなりになる必要はなく、あくまで自己責任で、自分が納得できない部分は譲らないことが必要だなと改めて思いました。
    記事の内容とずれてきてしまってすみません。

    • くらら
    • 2013年 8月 06日

    ごぶさたしています
    1、ピアノの練習
    二度手間(一度決まった予定を覆され再度決めなくてはならないなど)
    片づけ
    電話など連絡事項
    2、自分で必要を感じたらする
    3、ピアノの練習は後悔したくないからやる
      二度手間なこと、電話など連絡事項は
    家を出て「仕事モード」になった上で仕事なんだから!と納得させてやる
    家まで持ち帰った時は○時までに、と自分で期限を作るなりやる時を決める
      片づけは来客時他人に見える所のみ頑張る
    4、片づけは学童時にはすでに
      ピアノは青年期
      電話等は社会人になってから
    5、ないと思う
    さて、余談ですが
    今年に入り父がいよいよ狂い始め
    暴行等あり、警察のお世話になること数回
    警察の勧めもあって精神科医へ連れて行きました。(私はまだ診断名を聞いていませんので、今は書きませんが、悪気のない単なるアスぺではなさそうです)
    そもそも私が4歳位のころ子がいるにも関わらず、そして、祖父に家を借りている状態で、半やくざ者と賭けマージャンをし、負けて母に「俺の稼ぎを好きなように使って何がわるい」と逆切れした辺りですでに無責任さを露呈していたのですが。
    そして、母親には専業主婦であることを望んでいたので、父の収入を好き勝手されると=家族が困る状態だったのですが。
    現在も
    私に対する扶養義務はない
    (収入は私<父です)
    でも自分は祖母(99歳)に扶養されている
    と言います
    祖母も扶養すべきだろうと思うんですが。
    祖父には家をかり、母方の祖父には車をもらい
    でも、自分は子供のために何もしたくないようです。
    理屈が通らない話しかしないので疲れます。

    • さーこ
    • 2013年 12月 12日

    1.面倒と思うことがありますか? どのようなことですか?
    洗濯物の管理(洗濯、乾燥、取り込み、たたんで収納、翌日に着る衣服の準備まで。)一人暮らしなので小さい洗濯機に洗っていない衣類をため込むと面倒というかとても大変ですね。
    2.その面倒と思うことは自分で実行していますか?
    実行していますよ。
    3.実行するときは、どのように感じ、考えていますか? どのように自分に言い聞かせていますか? 実行しているパターンを出来るだけたくさん挙げてください。
    「また夜間にドライヤーで仕上げの乾かしか…あまり遅くなるとご近所さんに迷惑だしなぁ…あー大変。」
    「(短期、中期の自分のスケジュールを確認してから)今日はこのくらいの量を洗って干せば翌日に間に合うだろうか。」「今日は体の具合が気持ち悪くなるくらいだから、今日はあきらめて明日しよう。(その方が自分のために良いと思う。)」
    「そろそろハンガーと干しバサミを買って増やした方が自分のために良いのかな?(効率が良くなるかも?)」
    4.上記のスタイルは、幼児期、学童期、思春期、青年期のいずれからありますか?
    短期、中期、(場合によっては長期)の目線で考え、それらを統合する今のスタイルになった理由は、成人後に体験を通した訓練と実践を受け、何度も少しずつ考え振り返りながら、少しずつ編み出すかのように気づきを得て獲得していったから。(主に思考訓練の成果かな? 気づけば自信(自我)も少しずつ育まれていきますね。)
    5.上記のスタイルは、養育環境と関係があると思いますか?
    思春期後期からの私のメンタルは常に低空飛行状態だったのでなんとも言えませんが、この養育環境であっても私自身が「なにか、おかしい」という感覚を持っていなければこのスタイルにはなり得なかったと思うので、養育環境そのものとの直接的な関係はないだろうと思われます。
    ((自分の成人前から成人後を振り返ってみて)、私自身に踏ん張りはある程度あると思うが(学業の継続と修了、訓練の継続と修了、相談の継続、通院の継続、仕事の継続、という事実の記録から)、未成年時に自信(自我)が育まれなかったので、成人前の自信(自我)の獲得、という意味で、間接的に養育環境とは関係があったと思っています。)

    • 182
    • 2014年 2月 02日

    1.ある(片付け、子供の世話)
    2.自分で実行(他にする人がいないので)
    3.実行する時のパターン
    片付けの場合、嗅覚的、触覚的不快の限界を超えた時に実行するので実行時に面倒臭さは感じない。
    具体的には、キッチンに放置された残飯の異臭に耐えられなくなった時に片付ける。床に落ちたご飯粒を踏んづけて気色悪いと思った時に片付ける。
    因みに、山盛りの残飯や床に落ちた米粒を単に視認しただけでは片付けない。この時点ではまだ「面倒臭い」>「不快」だから。
    子供の世話の場合、放置して死なれたら自分が罪に問われると思うから実行するので、実行時には面倒臭さを感じる。
    4.上記スタイルは独り暮らしを始めた青年期から。それまでは私が不快を感じるずっと手前で周囲(母親、姉)が片付けてくれていた。
    5.養育環境は関係あったと思う。多分、母がのび太で父が孤立型ASと思われ、完全に放置放任(と言いつつ、ガッチリ尻拭いだけはしてくれる)で育てられた。躾らしい躾をされた覚えがない。
    一応、学童期には「片付けなさい」と数回は言われたものの、厚かましく無視していればいつの間にか片付いていた。思春期の頃には言われることも無くなっていた。
    片付いていない状態を見ただけでは不快でない件はもはや処置無しとして、残飯を放置すればいつか異臭を発することは予測できるのに、実際に不快にならないと行動しないところが改善できればもう少し人間らしい生活ができるのに、その壁が越えられない。

    • こう
    • 2014年 2月 17日

    1. ある。
     ・家事全般
     ・人との約束を果たすこと
     ・社会的な役割。仕事に行くこと
    2. している。
    3. ・私がやらないとだれもやらない。溜まった後やろうとすると腰が重くなるから。
     ・できないでいると周りから「ダメな人」と思われる。それは嫌だから。
     ・仕事にいかなければクビになる。行ってしまえば意外と楽しめる
     ・自分は仕事をきちんと終わらせられるのだと認識していたい、自分は駄目な人間ではないと思う為の実績が欲しい
     ・自分が決めてやると気持ちがスッキリするから
    4. 青年期から。
    5. 関係はあると思う。
     色々な事が億劫になってしまうのは私が生まれ持ったもので、環境には全く左右されないと思う。
     でもそれに対して親が適切な放置をできるかどうかで自分の特性を受け入れて対処できるようになるかが変わってくるのではないでしょうか。
     
     うちの場合は父は早くから私に期待しなくなり、時々怒りをぶつける以外は放置。
     母は私のすべてを管理する事はしなかったが私の決めた事は決して褒めなかったが尻拭いはしていた。
     怒鳴ったりする事は全く無かったが、母の「あなたの選択はいつも間違ってる」という気持ちをずっと感じていました。
     親に責任はないと思うが影響はあって、一時期引きこもっていたがどうしようもなく無理やり外に出て、親の見えない所で初めて自分の責任で自分の選択した事で結果が出ることを知った、という感じです。
     当時は本当に自分が周りに気が付かずに生きていたんだと気付かされた時期でもあったので、とても苦しい時期でしたがあれがなければ社会に出る事はできなかったと思います。
     苦しんでいた時に周りの人が叱咤したり親身になってくれて、だからこそ気付きが遅くても立ち直れた。
     自分の責任で物事を処理するようになって、ようやく人間として一歩踏み出せた思いでした。
     これがもう少し時期が遅ければ、なかなか周りも手を出せずに回復はかなり遅くなったのではないでしょうか。
     現に私の兄は私と入れ替わるように引きこもり、未だ抜け出せずにいます。

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