AC、人格障害関連

のび太の思い込み

以前私はHPの分類で「思い込み型ADHD」という分類を考えたことがあった。本人のこだわりは少なく、妬みなどが目立たないのび太であるが、ずっと家族の面倒を見続けたり、表面上の行動はACに非常に似ているケースだ。
 ACかと思い話を聞いてみると、自己評価は下がって居らず、不全感も意外なほど少ない。本人は納得していて、ケアが必要かどうかもはっきりしない。

 こういうケースが何であるのか最近まで考えていたが、「のび太プラス特殊な環境」で説明が可能と思いついた。

 例えば「周りに非常に依存的な人が多い」環境では、「周囲のお世話をし続けるのび太」というスタイルが形成され、当たり前のようにのび太型ADHDは周りの人の世話をし続け、結果として自分の生活を犠牲にしている図になることがある。

 このお世話行動はACの共依存のように自分自身の不安を解消する意味もなく、また本人は不思議なほど「不公平感」を感じていない。(ジャイアンならば何で自分だけがこんな役回りになるのか考えるはず。)

 言わば「状況に対する合理的な対応」としてのお世話行動なのだ。「現実に誰もする人がいないから」と本人も納得している。
 
 のび太型ADHDの特徴は、衝動性が目立たないので、「やりたいことが分からない」ということが多いことだ。本人のこだわり(ASやジャイアンのような好き嫌いとしての)はむしろ少なく、こだわることはルールなどむしろ合理的なこだわりである。

 自分の中の不安や依存などの情緒的な背景が乏しく、状況に対する合理的現実的な対応の一種であるから「思い込み」である。

 直接ケアに訪れているケースにはあまり居られないが、ケースの一つは「世話してきた家族が自立して居なくなった」ために難治性のうつになった例だった。長年身につけた「お世話行動」のパターンが使えなくなり、別のスタイルに移行も出来ない意味で表面上のうつ状態が遷延している。  

 ジャイアンには「衝動」があり、ASには「自分だけの個人的なこだわり」がある。だから後天的なACや依存パターンなどを除去して二次障害を修正し、本来の本人の衝動に立ち返れば回復と言えるのだが、のび太の場合はこだわりが少なくて適応性がある分治療の方向性が難しいとも言える。


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コメント

    • F
    • 2012年 7月 02日

    最近、自分がADHDかもしれないと考えている者です。
    (ものごとのとらえ方・考え方が見事にあてはまっています)
    我が家は両親が非常に仲が悪く、自分はACだったのだということを最近自覚しました。
    (ずっとACは自分に甘い人たちの病気ごっこだと思っていたのですが、本を読み漁る中で、もろに該当することがわかりました)
    酒を飲むといつも機嫌が悪くなる父、その父を挑発するようなことを言って夫婦喧嘩の火種を作る母、その母をかばったのに「父さんに謝りなさい」と私に意味不明なことを言う母、理性的な話し合いを求めても興奮しておさまらない父(暴れる、気に入らないなら出て行けと喚く)、修羅場でも二階の自室から降りてこない弟、「仲直りして」と泣く妹・・・。
    父の浮気疑惑、離婚騒動、母の家出騒動、例を挙げればきりがありません。
    父と取っ組み合いの喧嘩をしたこともあります。
    核家族で私が一番上なので(弟は男で私より腕力はあるはずだけど家族の問題に関わろうとしない)、騒動が起こると自分が動かなくてはいけないと思っていました。
    両親が大きな子どもに見え、また家族が面倒くさくてたまりませんでした。
    両親とも私を手元から手放そうとせず(学生のときは経済力で、大人になってからは恩で実家に縛り付けた)、私はやりたいことも見つからず、適当に生きてきた感じです。
    行きたい大学は経済面で諦め、やりたい仕事も諦めて公務員になりました。
    思えば父が単身赴任のときが、一番ひどい状態だったと思います。
    母は「父さんが定年になったらずっと家にいると思うと目の前が真っ暗になる」と嘆いていたのですが、実際に定年退職して家にずっといるようになると「お酒飲みすぎないし、とってもいい父さんになった」と話していました。
    その話を聞き、実際に仲良くしている両親を見て「よかった」と思う反面、何とも言えないような虚脱感(自分の努力は何だったんだろうという徒労感?)を感じました。
    手放しで喜べない自分が不思議だったのですが、この記事を読んでとても納得しました。

    • JET
    • 2012年 7月 11日

    先生こんにちは。
    そうですね。思い込み。お世話行動やっていました。今はやるとしても好きでやります。
    感情の言語化を去年偶然出来たけども、アレキシサイミアの治療と同じではないかと思う。
    最初は匂いをかいだ。ある記憶が想起されて、素晴らしい正の情動が出た。でもその記憶は、自分の認識では、負の感情のはずだった。
    情動の反応や記憶は、意識や認知と関係なく形成されることがあると。
    感情が置いてきぼりのまま、歪んだ認知ばかり発達させてきたんだと。
    情動は自動だから認める以外ないんだけれども、本当に自動か?何故その情動なのか?ということがわかるのに半年かかりました。それは見本が無かったけど、よく似た状況の記憶はひとつあった。幼児の頃、合理的な理由をつけて、好きなものを自ら手放す記憶。思い込みのはじまりだ・・
    感情というのは言葉で認識しないと意味をもたないんだなあと。そうしてそれが無いと何も始まらないんだなあ。感情は行動に先立つ。
    私は遅延評価型だから、やりたい事ができればやると思います。
    本当はもうちょっと書きたいんですが記憶の内容があれなので止めときます・・・

    • JET
    • 2012年 7月 12日

    先生こんにちは。
    愛無き罪は成り立たない
    障害の重さでハンデをつけるのが対等
    って、どう言えばいいでしょう。
    私は相手が行方不明になったから、とりあえず言わなくていいんだけれども。

    • ADHD新入隊員
    • 2012年 7月 31日

    先生、初めまして。
    ここ最近、自分がADHDであることが発覚した者です。
    自分がこの障害であることがはっきりとわかり、いい意味で諦めがつきました。
    私の人生を振り返ると、衝動、不注意、多動に悩まされる、テンプレートなADHD患者が送る人生そのものでした。
    試行錯誤もうまくいかず、自己嫌悪、自己批判の日々。
    ここ最近は、すべてを投げ出し、衝動性とそれを抑える自己批判の、どっちつかずな煮え切らない人生を過ごしてきました。
    また、死ぬことも何度か考えていました。
    そんな中で、何とかこの答えにたどり着き
    一歩、前進できました。
    ここから先、薬や先生の分析、書籍などの道具を頼りに、自分に対する理解を深め、もう一度歩いて行きます。
    困難でしょうが、言い訳をすると
    本当の言い訳になってしまいますからね。
    先生をはじめ多くの方々に感謝を。
    幸福と、自分なりの貢献をできることを願って。

    • 匿名
    • 2012年 8月 01日

    >自分に対する理解を深め、もう一度歩いて行きます<
    ADHD新入隊員さんのこの言葉は非常に重みがあると思います。
     まがりなりにも医師であり、学生時代には精神科を目指して専門書を読みふけったこともある小生でさえ、自分自身がADHDであり、周囲(医療関係者特に医師には本当に多いです。他ブログの精神科医師も指摘されていましたが)にもふつうに(?)いることに全く気づいていませんでした。まあ昔は概念、分類自体がほとんどなかったこともありますが。
    >自分がこの障害であることがはっきりとわかり、いい意味で諦めがつきました<
     小生も2次性と考えるうつ状態になり、何度か自殺を考えました。実際に亡くなられた方も知っています。
     それは自分自身の本質、実態というか、少なくとも社会で他者と協力、競争し、連携しながら生きていかねばならない人間という社会的生物(ほかの動植物もいっしょですけどね)である上における自分の役割というか立ち位置というかポジションみたいなものが全くわからず、家族や友人、先輩後輩、教師や見ず知らずの他者と不要不毛な軋轢を繰り返しながらどんどん深みにはまるという、今考えればアリ地獄のような生き方を送っていました。
     しかし偶然にここでYANBARU先生や多くの方たちのお話に触れるることができ、ようやく人生の折り返し地点を過ぎてから「自分自身にケリをつけることができた」と思っています。
     小生も以前は「自分のことがわかってないのに、本当は自分のことで手一杯のはずなのに、他人におせっかいを出し余計な干渉をする勘違い」を演じて自分も他者もどんどん悪い方向へ行くばかりでした。
     まずは自分をとことんまで、極限までみつめてみつめ直して一番苦しいところから這い上がる、それしかないのでは、と強く感じます。

    • ちひろ
    • 2012年 8月 02日

    ここ3年ほど、精一杯努力と、ごまかしごまかしでまあまあうまくいっていた、仕事とパート先の人間関係に亀裂がはいり、退職を決めました。
    自分でも呆れるほどの同じパターンの繰り返しでした。
    私はやっとこのループから離れるためには、
    私が逃げ出した役割の「一番苦しいところ」に戻り、そこから這い上がるしかなかったのだと気付いたところです。
    そして、そこしか道がないのですが、道があるだけでも幸運だと。

    • 一見ASのADHD
    • 2012年 8月 04日

    おはようございます。
    3ヶ月程前メールで「幼い頃から父の性的いたずらを受け入れてたのですが、思い込み型ADHDでしょうか?」と質問したものです。
    初めてコメントさせていただきます。
    「養って貰ってる身分なのだから、これくらい当たり前。」と普通に思ってました。
    父は頑なに否定しており、他の家族からは、一生懸命説明すればするほど「可愛そうな子」という風に見られています。
    またこの他にも、小さい頃公園で痴漢にあったり、置き引きをされたことがありましたが「自負に隙があったからいけなかった。」と反省し、誰にも相談しませんでした。
    (似たような経験を持つ発達障害の方はいらっしゃるのでしょうか?普通にあり得ることなのですか?)
    お世話行動ではありませんが、親からは「真面目で手のかからない子だった。」と言われます。
    自分で合理的に考えて自分自身を納得させることで動けるのですが、あまりの自分の無さと常識の無い考え方を思い知らされるせいか、自然と人との接触を避けてしまいます。
    やっぱりACなのかな…
    まとまりの無いコメントですみません。
    それと、YANBARU先生へ。
    不快で不適切な内容だと判断された場合は、削除をお願い致します。
    メールでの助言、ありがとうございました。
    診断はつきませんでしたが、これからもこのブログを参考にさせていただきます。

    • 一見ASのADHD
    • 2012年 8月 05日

    …続きです。
    思春期の頃も父からの性的いたずらはありましたが、やはり黙って受け入れてました。
    同時期通学途中の電車の中でも痴漢に合いましたが、この時は怖くて必死に抵抗してました。(この歳になってまで痴漢を受け入れてたら、変態で決まりですね…)
    可愛がられたいとか、見棄てられないように…という気持ちより「(父が)母子家庭で育ったから、娘との接し方がわからないのよ。」という母の言葉を本気で受け取り、きっとスキンシップの延長なんだな…と思い込ませてましたね。
    今でも父を恨む気にはなれません。しょうがない人だとは思いますが…
    ところで、話が少し逸れますが…
    自分では好きなことがわからず、過集中状態をほとんど認識してなかったのですが、自らを納得させ思い込ませるために過集中してたことはしょっちゅうありました。(特に思春期以降は頻繁に…)
    実際は納得させるというよりも、虚脱状態になり諦めたと言った方が正しいかもしれません。
    虚脱状態で精神的負担が大きかった為、ますます意欲が低下し…悪循環でした(汗)

    • F
    • 2012年 8月 05日

    私も痴漢・セクハラの類は言い出さなかったですね。
    小学6年生の時、音楽教師にピアノの指導のふりをして胸を揉まれてましたが(それも何回も)、「自分の思い違いだったらいけないから」と思って誰にも言いませんでした。
    (思い過ごしかと思い友人に聞いてみたら「うん、あの先生触ってくるね」と言っていたので、気のせいではないと思うのですが)
    大人になって職場でお尻を触られたときも「別の女性職員かと思った」という言い訳に「人違いならしょうがないな。でもその人のお尻は触っていいのかな。というか毎回触ってるのかな」とか考えていると怒り損ねてしまったし、痴漢に会ったときも「自分はそんなに魅力的じゃないから痴漢されるわけがない、気のせいだ」と思って、突き出したことがありません。
    確実に敵(黒)だとわかれば容赦しないのですが、グレーゾーンから出ないときは本当に困ります。
    いろいろなケースを考えてしまい(これが「ADHDの自己突っ込み」?)、いつも怒るべきタイミングを逸してしまうのです。

    • ADHD新入隊員
    • 2012年 8月 05日

    >一見ASのADHDさん
    注意や関心が自分でコントロールしにくい事と関係があるのではないでしょうか?
    私も、方向をずらされるとそっちに考えが行ってしまいます。
    本音と建前について以下思った事なのですが、
    私たちは想像以上に世の中を理解していないのかもしれません。
    おまけに、物事の関連付けが『本当は』できていない。
    私たちは、集中したいことや集中すべきことに
    気持ちを持っていくことができません。
    しかし、一般の方々はそうではないんですよね。
    そのことから考えると、建前や嘘で自分をだますことに意識を持っていく事ができる、という事になります。(恐ろしい事ですが)
    音楽教師の話でも、
    ロリコンであるという本音を世間に隠すことに集中できる。
    音楽教師としてふるまうべき時にはそうふるまえる。
    ふと罪悪感を感じた時には『感じないこと』に集中できる。
    建前で誤魔化しきれない、大きな問題でなければよい・・・
    突飛な話でしょうか?
    それはともかくとしても、一般の方々は私たちが考えている以上に本音や建前、その場でのとっさの嘘を使って、私たちが考えている以上に自分の生きたいように生きていますよ。
    私たちのような、白黒わかれば不正だなんだと騒ぎ立てる『世の中をわかっていない人たち』や
    グレーゾーンでとどまれないホリエモンのような々には生きづらくて当然ではないでしょうか。

    • 2012年 8月 06日

     そうそう、発達障害がない人々は本音と建前をうまく使い分け、嘘も当然として生きたいように生きていますね。それが空気を読む世界です。
     幼い頃「嘘をつくな」と叱られ、嘘をつくことを後ろめたく感じるようになり、成人してもその姿勢を保っている。「余計な事を言うな」と叱られれば、余計なことを発言しなくなる。
    小学高学年になり、クラスメートが友達同士の関係を構築したり維持したりするために社会スキルを身に着けていく段階でも、我々は全くそれに気付かない。悲しいかな、でもそれが現実なのですよね。
     社会人となり、仕事の人間関係で空気が読めずに衝突したり、孤立したりして悩むようになる。何だか周囲の人々と違うという違和感があったとしても、本音と建て前自体を知らない(見えない)ために意味がわからない。わからないけれども生きていかなければならないために一生懸命になる。一生懸命になればなるほど裏目に出る。そうして疲弊していく。
     自分が空気を読めていないことを知らなかったとき、周囲の言動に疑心暗鬼になり、空気を読む代わりに推察することを覚え、身構えたり抵抗してみたりしていました。推察することは空気を読むことと違うのですね。我々の物事の関連付けは、推察されたことから過去や知識と関連付けさせることでしかないのだと思います。「空気による関連付け」とは全く異なるのだと思います。
     私は今、空気を読まなければ仕事ができない状況に立たされています。空気を読まなければつぶされてしまいます。また何でこんな負荷をかけているのだろうと少々へこたれていますが、自分が望んだことですから何とか形にしてみせる、そう思いながらいます。先生をはじめ皆さんのコメントに勇気づけられています。

    • 一見ASのADHD
    • 2012年 8月 06日

    Fさん、ADHD新入隊員さん
    コメントありがとうございます。
    >確実に敵(黒)だとわかれば容赦しないのですが、グレーゾーンから出ないときは本当に困ります。
    私もです。
    最終的に相手に悪気があったかどうかまで証拠を掴めないと何も言えません。
    あと、私の場合は状況理解が不足してるようで「どうしてあの人、私に対してこんな言動をとったんだろう?」と考え始め、過集中に持ち込むパターンが多かったです。(確かに、注意欠陥で持ち込めないことも多かったですね。)
    でも一旦過集中状態になると、今度は中々抜け出せず、直後は脱力感があり、何もする気が起きずにぼーっとしてました。
    >音楽教師の話でも、
    ロリコンであるという本音を世間に隠すことに集中できる。
    音楽教師としてふるまうべき時にはそうふるまえる。
    ふと罪悪感を感じた時には『感じないこと』に集中できる。
    多数派の方々はそんな微妙なコントロールが可能なんですね。
    私には「表面的には音楽教師の仮面を被りつつ、心の中では自分の性的欲求を満たしている卑劣な人間。」と映ります。
    いずれにせよ恐ろしいですね。
    あらかじめ露出の多い服装を避ける、男性っぽく振る舞う等、気を付けてきたつもりですが、効果はありませんでした。
    注意欠陥や、状況理解が困難で危険な雰囲気を察知できないのが原因で、いつもその隙を突かれるのでしょうね。
    父(おそらく受動型AS)に対しては、最終的には完全無視で一切口をきかないという方法をとるしかありませんでした。
    (ちなみに、無視をしたきっかけは別の理由からです。)
    完全無視という極端な方法も、発達障害ならではの方法かもしれませんね。(苦笑)

    • 八朔
    • 2012年 8月 06日

    はじめまして。八朔と申します。
    もしかして、どこかのページで書かれているのかもしれないのですが、ジャイアンVSジャイアンの場合はどのような関わり合いになるのでしょうか?
    私は長いあいだ、自分は他人とは違うと感じており、何らかの発達障害もしくは精神疾患があるのでは、と思っていましたが、どうやらジャイアンではないか?と思うようになってきた所です。
    最近、ここ何年間もPTAで揉め事を起こし続けている保護者と関わる機会があり、この方が見まごう事なきジャイアンでした。
    先生のブログやHPを読ませて頂き、やっとその方の状態が分かり、自分も同じタイプだなぁと実感するに至りました。
    現在は夏休みという事もあり、その方と会う機会がありませんが、今度会ったときにジャイアン同士の不毛な戦いになるのでは、と思ってしまいます。
    私は何とか正体を隠し続け、今のところ他の保護者からは「単独行動で変わり者だけど役員などはきちんとやる人」という程度の評価で済んでおります。正体をさらさないよう、「愛想良くして仲良くしない」を徹底しています。
    ですが、たまたま当たった役員の立場として、ジャイアン保護者をなだめる役回りになってしまいました。
    ジャイアンがジャイアンと対峙した場合、どのような経過になると考えられるのか、知りたいです。

    • F
    • 2012年 8月 06日

    >ロリコンであるという本音を世間に隠すことに集中できる。
    >音楽教師としてふるまうべき時にはそうふるまえる。
    >ふと罪悪感を感じた時には『感じないこと』に集中できる。
    そんな都合のいい・・・羨ましすぎます・・・。
    >私には「表面的には音楽教師の仮面を被りつつ、心の中では自分の性的欲求を満たしている卑劣な人間。」と映ります。
    私もこうとしか見えません。
    ただ、自分の勘違いでその人の人生をめちゃくちゃにしてはいけないから、もし告発するなら証拠写真なり証人なりを揃えないといけないものなのだということは、小学生であってもわかりました。
    私は感情と論理を混ぜる人がどうも嫌いで、そういう人は頭が悪いのだとばかり思っていました。
    どうして我慢できないのだろう、どうしてごまかすのだろう、どうして自分を振り返ってその不誠実さに気付かないのだろうかと。
    「誰それが気に入らないからやりたくない」とぐずぐずしている同僚を見て、「仕事なんだからぶつくさ言わずにやればいいのに」「気に入らないとすぐ拗ねて、まるで子どもみたい」といった感じです。
    でもそれが多数派にとっては「普通」であり「悪気のない」ことであり、「自分の態度を不思議にも思わない」んですね。
    異端だったのは自分のほうだったのか・・・。
    (続く)

    • F
    • 2012年 8月 06日

    (続き)
    私は三十数年間、ずっと空気が読めているつもりでした。
    確かに厳密に考えてみると、私は空気を読んでいたのではなくて、相手が何を考えているのか(何をしたいのか)を、今までの経験と相手の性格から推測しているだけだった気がします。
    「困った困った」とパニックになっている人に、「こうしてみたら?」と提案してみると、驚いた顔をされてあっさりと受け入れてもらえるのです。なぜ他の人が私と同じ結論や行動に達することができないのかが不思議でしたが、これは多分、ADHDが自分の損得や状況がわからないからなのかも。
    多数派がパニックになる場面でも、自分が危険な状況だと感じ取れないADHDは、引きずられてパニックになることができない。
    その浮いたリソースを使って、最短で結論に至ることができる・・・のかな?
    よく「女性の相談事には共感してあげること、男性の相談事には解決策を提示してあげること」って聞きますが、(プロセスはともかく)ADHDは男性の行動に近いのかもしれないですね。

    • 一見ASのADHD
    • 2012年 8月 07日

    皆さん、貴重なご意見ありがとうございます。
    みさんのコメントは、まさに自分の探し求めていた内容だった為、感激を通り越し、思わずあっけにとられてしまいました…
    >自分が空気を読めていないことを知らなかったとき、周囲の言動に疑心暗鬼になり、空気を読む代わりに推察することを覚え、身構えたり抵抗してみたりしていました。推察することは空気を読むことと違うのですね。我々の物事の関連付けは、推察されたことから過去や知識と関連付けさせることでしかないのだと思います。「空気による関連付け」とは全く異なるのだと思います。
    自分はこのブログに辿り着くまで、推察する事で空気を読めていると思い込んでました。(後で関連付けて考えられるのだから、わかっててあえて周囲に合わせないのだと…)
    本当は自己チューで自分にしか関心がないクセに、口では「皆に気を遣ってるよ。それが当たり前だと思ってるから。」と健気に言ってのける受動型ASの知り合いを、重症のKYだと思っていましたが…
    全く状況のわからない自分の方が重症なんですね。
    彼女はきちんと人を感じていますから。
    自分は人を観察し分析する事で、他人の考えを察知できていると思い込んでたんですね。
    (おまけに、身内や知り合いも発達障害っぽい人ばかりなので、ほとんど多数派を観察できてないかも…)
    とても納得できました。
    続きます…

    • 匿名
    • 2012年 8月 07日

    ジャイアンv.s.ジャイアンの件ですが。
    自分の経験からは、どちらかが引くなり相手を立てながら自分の利益誘導に持ち込むことが多いのではないか、と思います。基本的に損得関係には超敏感ですから。
    小生は相手が弱気を少しでもみせれば怒らせない程度にうまくつけこみ、向こうが強そうであれば引きながらこちらの最低限の利益だけは死守しようとします。
    2人とも自覚がなければもちろん泥沼地獄ですが。

    • ちひろ
    • 2012年 8月 07日

    (どこかに書いたことがあるのですが・・)
    毎週、毎週、体育館の鍵を預かって、一番に行って、管理人さんに挨拶し、窓開けて、モップかけて、そのころやってくるメンバーとさらに一緒に準備する、そんなことを五年以上やっていたのに、誹謗中傷を流されて・・。
    それとまったく関係の無いPTA活動で、副校長先生に頼まれたことを三時間以上かけてひとりでやったら、あったこともない人たちから集団で取り囲まれて、勝手な行動するんじゃね~よと公衆の面前(運動会当日)で大批判。
    あとで誤解だと分かってもと~ぜん謝罪なし。
    そして毎週30分は遅刻して、体育館準備しない人がたまたま私より早く来た時に、後から来た私に向かって
    「そんな怠け者だからみんなに嫌われるんだよっ!(意訳)」と罵られ・・・。
    ・・・ようやく分かりました。
    「多数派は嘘つきだ」
    のび太はのび太として問題があるのは確かなんでしょう~けど、
    多数派の批判を真に受けていると、確実に道を間違えます。

    • 八朔
    • 2012年 8月 07日

    Paul Carpentersann様、ありがとうございます。
    損得ですか・・・そうかも知れないです。
    確かに私は、その方と関わっても得がないので関わりたくないと思っていました。
    お互い関わり合いにならないためには、損するだけだから近寄らない、と認識しあえば良いのかも知れないですね。
    その方はとにかく議論を仕掛け、しかしこちらの言うことは全く受け付けず、周囲が疲れ果てるまで自分の理屈を言い続けます。私はそういう場面には出来るだけ顔を出さず(私も一度スイッチが入ると何時間でも、寝ずにでも議論し言い負かすまで引かないところがあります)、ばったり出くわした際に議論をふっかけられた時には最初の数秒で「あーー知らない知らない!私には解らない!」と大声で遮って会話しないようにしています。自分がされたら一番ぐうの根も出ないのがこの対応だからなんですが、この対応で「関わらない」を貫けるかどうか不安です。
    ちひろさんへ
    あなたのおっしゃっていること、すごく分かります。
    私もそう思っていた時期がつい最近までありました。

    • 一見ASのADHD
    • 2012年 8月 08日

    …続きです。
    >「誰それが気に入らないからやりたくない」とぐずぐずしている同僚を見て、「仕事なんだからぶつくさ言わずにやればいいのに」「気に入らないとすぐ拗ねて、まるで子どもみたい」といった感じです。
    「やりたくない。」と言ったところで、結局やるんですよね、多数派の人は。
    やりたくない理由を相手に伝えて、その仕事を降りてしまえば、ある意味納得できちゃうかも…
    >でもそれが多数派にとっては「普通」であり「悪気のない」ことであり、「自分の態度を不思議にも思わない」んですね。
    きっと本気で「やりたくない。」と言ったんじゃないんでしょうね。
    ぼやいてる自分に対し、同調してくれる人を求めてるんでしょうね。
    …で、同調してもらったら「だよねー♪」って言いながら仕事に取り掛かる…
    それで仕事する気になれるの?って不思議に思ってたし、なんだか羨ましいとも思ってました。(これは真似しようにも自己突っ込みが入るからできないです。)
    <「多数派は嘘つきだ〜」 その通りだと思いました。平気で嘘を言える人達なんですね。 今でも「いじめ」と「おふざけ」の違いがわからないです。 どこまでが「おふざけ」で、どこからが「いじめ」なのか…空気を感じ取ることができません。

    • ちひろ
    • 2012年 8月 08日

    八朔さんへ
    「PTA活動」は掘り下げると、地主とか政治家とかにたどりつく意外と強固な権力組織です。
    高校のPTA全国大会なんて、武道館で大物ゲスト読んで開催したりします。
    任意団体なのに、強制的参加させられ、会費を徴収され、労働を提供させられる「権力」のベースがあるのです。
    だから、困ったときは本部役員に相談し指示をもらって、本部の指示ってことでやったらどうですか?
    このアイディアが本部に支持されたので・・とか、
    最終判断は委員長が責任をもつと本部から指示があったとか言って命令する。
    その後、その方が無断欠席するなら超ラッキー。
    そのまま退場してもらうとか。
    (追伸)
    PTA活動の一枚壁の向こうは官僚組織ですから、
    上の命令は絶対です(ただし上とは先生ではない)
    私の運動会事件は、新年度になったばっかりで、旧役員からひきづきで、
    副校長先生に頼まれたから一番でやってねって言われた仕事をやったら、副校長先生の独断だったというオチだったのです。
    ちなみにその仕事って「緊急避難の家」がある場所を示した地図を印刷して全家庭に配布ってやつで、別に悪いことでもなんでもないんですけどね。
    PTAって、なんのためにあるのわかんないよホント。
    市から予算引っ張ってこれる組織だってことは確かだけど。
    で、最悪だったのが、子供も優秀、先生からの信頼があつく、市議員さんもお知り合いな本部ママと、私のアパートの隣のママさんがお友達(もちろん子供も同学年)だったってこと。
    わたしのゴミ屋敷で怠惰でネグレクトな生活態度が彼女を通してつつぬけだった・・(推定)・・・・ああああああ。
    で、影で散々悪口言われたうえ(これも推定)運動会当日に集団で取り囲まれリンチってわけです。
    (アーメン)
    (追伸2)
    ここにさんざん書いたサークルのいじめ主犯メンバーとも同じ幼稚園のお友達だったりする・・。
    そして、ついこのあいだ、お隣さんは、笑顔でじゃがいも渡しながら私の中3息子の成績聞いてきたよ・・(;´∀`)

    • 2012年 8月 09日

    一見ASのADHDさん、こんばんは。
    そう、思い込みと言い訳、私も気づいて唖然としましたよ。
     しかし、思い込みというよりは、人間関係を構築する上で「空気が読めないこと」を知らず知らずのうちに代替する形で身につけてきたと考えています。
     ないものはない、これはあがいても仕方がないのですよね。ならば、ないものはないとして、多数派のしていることの一部を真似てみるのも良しか、一部はADHD本来の持ち味を活かしてみるか、などと考えています。うまく物事を進めていくためのスキルを身につけること、不器用なのでどの程度できるかは不明ですが。
    >それで仕事する気になれるの?って不思議に思ってたし、なんだか羨ましいとも思ってました。(これは真似しようにも自己突っ込みが入るからできないです。)
     これは私もありました。うるさいとも思っていました。しかし、今は「ガス抜き」したいのだな、そう言いながらもやるでしょ、と思っています。ADHDは他者が必要でない、それが、「やりたくない」と少々の本音を出して他者と思いを共有したいという思いがない、ということなのでしょうね。

    • 八朔
    • 2012年 8月 11日

    多数派は嘘つき、なんでしょうか。
    ちひろさんのお話に登場する人たちは本当に多数派なんだろうか?と思ってしまいました。
    私の知る、本当の意味での多数派は、多様性を認められる人が多いように思います。ただ、決して深入りしたり依存させたりはしてくれないので、物足りなさを感じてしまいますし、コントロールさせてもくれないので、不安を掻き立てられてしまうのだと感じています。私のいい人アピールなんて全然効果なし(笑)ジャイアンな私は、1対1で自分が説明すれば、相手がそれを鵜呑みにしてくれると思っていた頃があり、逆を返せば「誰かに陰口を言われたらそれを鵜呑みにされて私は嫌われるのだ」と思ってました。そして、実際に鵜呑みにする人も一部居て、ひどく傷つけられましたが。
    他人の欠点を許せないのは、むしろ発達障害的に感じます。少なくとも自分はそうです。
    例えば、誰かの陰口を耳にしたとき、ADHDの私は「そこまで言うのなら、もうその人とは付き合いを断つのだろう」と想像します。でも、多数派の人はその陰口を悪口とはとらえていないように見えるのです。単なるデータというか、情報として扱い「そういう一面もある可能性がある」程度に思い、言ってる方も「そういうデータがあるようですよ」という風にです。
    これが自分には、陰口を言い合いながら、徒党を組んでいる嘘だらけの人たちに見えてた時期がありました。自分が一人にならないためなら、嫌いな人ともつるむ、不誠実な人間、と見えていましたが、最近そうではないのだと、少し理解できたように思えます。

    • ちひろ
    • 2012年 8月 12日

    悪意をごまかすために時には無意識に嘘をついて体裁を整える人を、わたしは卑怯だと感じ、嫌悪していました。
    でもそれはまちがっている。
    自分の心の中の「悪意」を嫌悪し、嘘をつくいて、他人だけでなく自分まで騙そうとする「嘘」が表しているものは、
    人の善良さということになるのでしょうか。

    • 一見ASのADHD
    • 2012年 8月 12日

    みさんへ
    みさんの前向きな考え方と、ひた向きに努力する姿勢に励まされると同時に、「自分にも(自分を飼い慣らすためではなく、本当の意味で)納得して取り組める何かが必要かもしれない」と思いました。
    コメントありがとうございました。

    • ポイズン
    • 2012年 9月 16日

    ジャイアンって
    ADHDに生育環境の悪さから来る神経症が被ってるだけじゃないの?
    なんかそんな気がする。
    ジャイアンの特徴って神経症の人の特徴にそっくり。

    • ポクック
    • 2013年 1月 22日

    はじめまして。。
    うちの母がそうではないかと思います。
    父は小学校教師でしたが、人格障害か自己肯定型ADHDで妹は小学校低学年から免疫の病気にかかり
    。。という状態でした。初めはまともだったのではないかと思いますが、この状態に耐えられなくなり、楽な考え方に少しだけ依存のつもりが・・・なのか、ADHDがためにこの道を選んだのか・・・楽しみは私がいい学校に入ることだけだったようです。。失敗しましたが。。70歳過ぎた今でも、私がいい学校に入れば、私は満足だったと・・というニュアンスの言葉を言います。今までの人生のつらさを・・間違ったことに置き換えて、実現可能な方で喜びに変えて、生きていたのかな。。。私はしんどかったです。今でもやめてくれません。気づくのは無理なんだな・・と・・ジャイアンだったらケンカすればなんとかなるのか・・と救いがあります。

    • なつもか(のび太)
    • 2013年 3月 27日

    のび太をわかりやすく30年生きてきました。ふりかえり、サンプルとしてコメントを残させてください。
    <幼少期>忘れ物、遅刻、片付け、集団認識ができない
    時々年上に気に入られるが、なぜ一緒にいてくれるのかわからなかった。
    先生に「責任感がない」「ときどききつい事を言うから気をつけろ」と言われるが意図がわからない。
    おそらくASの母が私に愛着を持っており、意を解さない私によく不機嫌になっていた。母との関係、学校で怒られる事に不全感を持つが、まとめて「なんだか時々不幸」と思っていた。
    <少女期>忘れ物、遅刻、思い込み、セクハラ
    「グループに入れてあげている」と言われ、集団の存在を知る。
    母が勝手に私の意見を代弁する・代行する・私のスケジュールを決めている事が認識できるようになるが、意味がわからないのでそんな事は思っていないのにと内心反発する。「家族は仲良くすべき」「親孝行すべき」という思い込みとの間で自己評価の低下。
    ストレスという言葉が使われ始めるが概念が理解できない。セクハラを受けていたがなぜそんなことをするのかわからなかった。
    ※続きます。

    • なつもか(のび太)
    • 2013年 3月 27日

    ※続きです
    <青年期>忘れ物、遅刻、思い込み、片付け、ADHDと疑う、モラハラ
    一人暮らしで親子関係の不全感は直面しにくくなった。
    片付けはするが維持が出来ない。「片付けられない女たち」がはやり、ADHDを知る。心療内科を受診するが、はやってるから来たんでしょ?と診断してもらえなかった。
    バイトの面接等で話を聞いていないと怒られる。
    同棲しモラハラを受けたが、言う通りにすれば気が晴れるんだろうと思い続け全く気づかなかった(そんな風に毎日不満を感じながら生きるのは大変だなと思っていた)。最終的に束縛が「母以外と連絡をとるな」まで行ってやっと「それは無理」となる(笑)
    <就業以降>忘れ物、遅刻、片付け、他者の実感、このサイトとの出会い、ADHDの診断
    モラハラで他人と直面したおかげで他人も何か考えていると知る。しかも他人の行動には理由があると知る。他人に対して興味を持つ。
    他人の考え方をまねる事で自分の考えというものが整理されてくる。もやもやが整理されることで「なんだか変だけど大体しあわせ」の幻想が消えてしまう。
    ちょっとダメなのんびりした人として表面的に順応。書類等は1枚につき訂正印が3つくらい必要。引っ越しを6回くらいする。
    ここのサイトを見つけて全部一応読む(覚えきれないしASのこと全く理解できない…)。専門性の高そうな所でADHDの診断をうける。
    自分の好きな事を探してやってみる、他人との交流の方法を考える。自分が交渉していいということを知る。
    母の考え方は理解できないし苦手だけれど、「私が感じにくい部分」もあると思えるようになった。受け入れたくない所は受け入れなくてもいいと知る。
    以上年表でした。
    今はやっと、遅刻や忘れ物という本来の部分を認識してあるべき不全感を持っています。
    これからはもう少し表面的じゃない順応に向かっていけたらなと思っています。遊びや仕事で疲れて家の事に目が向かないとかバランスがとれていないので^^;
    自分がどれくらいで何をしたら疲れてしまうのかとか、ここは手を抜いてここは頑張ってみようとか…持病があり、その対処との兼ね合いも考えていい状態になれるようにこれからも調整しながら頑張ってみようと思います。
    こちらにたどり着けた事、とても嬉しく思っています。ありがとうございます。

    • 道産娘
    • 2013年 10月 21日

    久しぶりにこの記事を読み、自分を振り返ってみましたが、やはり私はのび太の特徴によく当てはまっていると思いました。
    当時は納得できず、「自分は依存的だからジャイアンだろう」と思い込んでいましたが、そもそも、自己正当化するジャイアンが自分から「依存型ジャイアン」だと名乗らないよなぁと思い返してみたり…(苦笑)
    身内が私と弟以外は依存型ジャイアンと受動型ASなので「(自己突っ込みのみられない)誇大的・被害的な発想」が当たり前の環境で、(この記事のお世話行動とは異なりますが)「相手の過剰反応を恐れて、極端に受け身で自分から動けない」スタイルになったのだろうと思います。
    よく父や母が喧嘩している光景を見て「相手のせいにできたらどんなに楽だろう」と、昔は羨ましく思ってました。
    自分から動けなくても、合理的な自己突っ込み故誰かのせいにして責めることができないので、「常に何かを我慢している感覚」はありました。(←この部分だけだと、「衝動を我慢する合理的強迫的ジャイアン」に見えなくもないですが…)
    言語でのやり取りが主流なので、嘘や遠回しな表現をされると途端に「信用できなくなる」部分もKYののび太だからですね。

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