ADHD関連

ASのデジタル認知に対して

 ASのデジタルな認知に対して、毎回あいまいな表現をしないで「はっきり言う」とすると、実は結構厳しい話になる。

 AS 私のことを理解できますか? 

 答え あなたの想像するような100パーセントの理解は不可能です。私なりに出来る範囲で例えて言えば50パーセント、60パーセント程度の理解に向けて努力はします。

 AS 私の力になってくれますか?

 答え あなたの想像するような100パーセントの協力は不可能です。私なりに出来る範囲で協力はしますが、100パーセントは求めないでください。

 といったように、悉くの会話に、「あなたの想像するような100パーセントは不可能」、「100パーセントは求めないでください」と言語化することになる。

 こう言われて最初はがっかりするかもしれないが、周囲の人が全てこういう表現をするようになったら、過度に期待することも減って、現実の多くの場面で起こっているような誤解よりはマシな状況になるだろう。

 少なくとも、「出来るだけやってみます」のような回答はしないほうがいい。おそらくASの人の多くは「絶対にやってくれると約束した」くらいに受け取るだろうから。非常に誤解を招く表現と言うべきだろう。

 そういう意味では、ASの人は多数派の表現には大いに注意、警戒する必要があるだろう。上記のあいまいな「出来るだけやってみます」のような一見前向きで実は意味がはっきりしない答えを多数派は常套手段としているからだ。

 ASの人には、実は上記のように言葉ではっきりいわれなくても、現実の多くの場合で「100パーセントは不可能ですが」と「100パーセントは求めないでください」を頭の中で追加して理解することをお勧めする。

 なぜなら有限で不完全な人間にはそれしか出来ないからだ。 

 ASの人のパートナーのADHDの人は、意識して言葉に出すように努力しよう。ADHDにとっては言うほうにも意味がある。 


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コメント

    • 月の草
    • 2007年 2月 14日

    一昨年あたりまでは夫(AS)に対して「できるだけやってみます。努力します。」とだけ答えていました。これだめだったんですね。そうだったのか……..で、なんとなく通じてないな、“共同生活空間の整備”について、過度な期待をされているな、と苦しかったので「できるだけやってみますが、あなたの期待する結果は出せないかもしれません。私に多くを期待しないでください。」と付け足すことにして、若干マシになったような気がするものの………..本人は「あぁ、なんだやってくれないのか。」という感じで、がっかりした風です。ただ、一旦、自分の気持ちが受け止めてもらえた、と思うこと、こちらができないかもしれないことを明確に、あらかじめ言い置いておいたことは、大きな安心に繋がるみたいですが…..
    でも、本人はいつもあいまいな返事しかしないんですよ。まるで多数派みたいに「できるだけやってみるよ(やらないと思っておけ、というニュアンスをにじませて、気の無さそうに言う)。」素知らぬ顔です。これはどういうんでしょうね……..

    • yurin
    • 2007年 2月 14日

    月の草さんへ
    『家事に関しては、あなたが望む50パーセントが私には精一杯です』。
    こう言葉で夫に言ったわけではないですが、最近の夫は私が家事できなくてもあまり不満を言わなくなりました。(今や自らが細細と家の用事をやるようになりました)。これが逆に怖くもあるのですが(^_^;)、もしも『夫が切れて』しまったらきちんと言おうと思っています。
    言われない=不満がない、ということにはならないでしょうが、私が100%ADHDでいるほうが争いが減りました。
    自身の経験から、理解しようとする努力することと、ASに合わせようとすることとは違うような気がします。
    本来のADHDである、ご自身も大事にしてくださいね。

    • まーちんAS
    • 2007年 2月 14日

    >あなたの想像するような100パーセントの理解は不可能です。私なりに出来る範囲で例えて言えば50パーセント、60パーセント程度の理解に向けて努力はします。
    私はこれが好きです。世界中の人がみんなこんな風に答えてくれたら、気持ちよく生きていけそうな気さえします(^_^;
    話は変わりますが、逆の場合で困っています。
    就職の面接の時の受け答えなんかです。
    特に、面接官に入社したらどんなことをしたいか?とか
    漠然とした質問の場合、
    相手が求めるようなうまい返答ができないようです。
    何を求められているのか、検討がつかない。
    おまけに、
    私の精一杯の努力はしてみますが、それでも到らない所が多いと思います。それでも私を受け入れてくれるのなら雇ってほしい
    など、答えてしまいます(”><)
    これじゃ、面接戦争でやっていけるわけもなく(^_^;
    ま、それでも受け入れてくれる職場が、きっと私の居心地のいいところだと信じていますけど。

    • HIKARI
    • 2007年 2月 14日

    >少なくとも「できるだけやってみます」のような回答はしない方がいい。おそらくASの人の多くは「絶対にやってくれると約束した」くらいに受け取るだろうから。
    自分にもそういう傾向は大いにありました。
    特に頼りにしている方のその言葉は私を「安心感」で充たしてくれました。だから期待はずれの結果が出たときは責めたくなっていました。
    でも、少なくとも「できるだけやってくれた」のだから感謝しようと思えるようになってきました。
    逆に私が「できるだけやってみます」と答えた場合、「必ず期待に応えたい、応えなければ・・」という気持ちになってしまいます。
    「自分もそうなのだから、あなたもそうしてくれるよね?」という暗黙の了解を勝手に取り付けていたのだと思います。
    こういう考え方を改めて、世間との共存に努力していきたいと思います。

    • tessy
    • 2007年 2月 14日

    はじめまして。
    > 私の精一杯の努力はしてみますが、それでも到らない所が多いと思います。それでも私を受け入れてくれるのなら雇ってほしい
    私もASですが、面接で似たようなことを言ってしまったことがあります。もちろん、その会社は落ちました。こういう表現は、ASにとっては非常に分かりやすい、誤解の余地なくそのまま受け止められる言葉ですが、多数派は受け止め方が全く違いますね。
    多数派から見れば、最初から失敗した時の逃げ道を作ろうとしている、とネガティブに捉えられているように思います。だから、はっきりと相手がASであると分かる場合以外には、こういう言い方をしない方が無難だと思います。
    むしろ多数派に対しては、「努力すれば何でも出来ると思います」と誇張気味に言えば、その誇張を相手が勝手に割り引いて解釈してくれるのではないかと、私は考えています。ただ、こういう大げさな物言いを自分の口から発するのは、ASにとってはあまり気持ちのいいものではありませんが。ここが難しいところですね。

    • サエコ
    • 2007年 2月 15日

    私はADHD.LD.虐待によるトラウマ、軽い解離、うつです。夫はASでうつ、息子も広汎性発達障害です。去年離婚届を出しましたが同居はしています。疲れました。

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