AC、人格障害関連

ASと想像力⑧ ADHDとの共存

 前回はADHDから見て、ADHDとしての人間を大事にする「相手の生きていく自発性、可能性の尊重」という原則から、ASの支配がどう見えるかをかなりずばり書いてみた。少なくともADHDに対しては支配は人間としての価値の否定になる。

 ここで理解してほしいことは、「苦しんでいるのはASだけでなく、相手も同じである」と言うことだ。 

 さて今回はASの側の視点に戻り、「生きた人間としてのADHDとの共存のためのASとしての最低原則」を探ってみよう。

1.まず「ADHDにとって自由や自発性、未来は何も決まっておらず、自分で自分の行動を決定できる権利はかけがいの無い重要性を持っている」ことを頭で理解する。

2.次に「ADHDの行動については基本的に全面的な自由を認める」 決意をする。ただしこれは自由を認めた後の「期待」「相談」や「交渉」の可能性を否定しない。例えばADHDとはいえ何でもして良いということではない。ASの側の人格を否定するような言動については「理解を目標に相談する」ことは出来る。ただし結果としての「完全な理解」は要求しない。

3.「ADHDの心の中のこと、意図や真意などについては完全に理解することを断念する」または「理解は本来不可能であることを認める」努力をする。相手のことを完全に分かっていると感じるとすれば、それはこじつけの断定でしかなく、ADHDの人格の否定にしかならない。

4.上記と同様に「相手が自分のことを完全に理解することは不可能である」ことを認める。それを要求しないように努力する。

5.ADHDと共存する場合、共にする生活については、「未来は完全に不確定で何も決まっていない」ことを認める努力をする。自分で「予想」や「期待」はしても良いが、これはあくまでも自分だけの中の予想であり、相手には「単なる一方からの希望」として表明する。

6.上記の「努力する」と書いた部分については、これは「努力目標」と理解し、結果として完全に実行できる意味での「義務」ではない。人間は不完全であるから、努力していれば相手はその努力の事実のみをもって「目標に近づいている」と理解する。ただし、相手から「努力の不足」を指摘された場合は、謙虚に受け止め、その反論については(反論自体を封殺するような形では)言葉によってもその他の態度によっても不満を表明することはしない。(上記と同様に理解を目標に相談することは出来る)。

 表現が分かりにくいかもしれないが、これを最初の「叩き台」として、いろいろな意見を「期待」します。


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コメント

    • yurin
    • 2007年 1月 12日

    『ASパートナーと共に暮らすADHD当事者の本音』ということで、『AS夫が私にはこう見える(またはこう感じる)』ということを率直に書きます。AS当事者にとっては多少耳が痛いであろうこともできる限り覚悟してくださいと、最初に断っておきます。
    まずAS夫が言うところの『理解』は、基本的に『自分に対する理解』であると思う。夫が『相手を理解しようとする姿勢』は、『自分を不安にさせないために、相手の行動を自己流理論で理由付け(=こじつけ)をしているだけで、本当の意味での『理解』ではない。どちらかというと『私の行動の理由を、夫に勝手に決められている(=支配)』ように感じる。
    私の言葉を『聞いてくれない』。話をしていても、いちいち『その表現はおかしい』などといわれて不愉快なだけでなく、結果として私の実感は『自分の話ができない』。ひたすら夫の話に耳を傾け、夫の望むであろう返答を繰り返しているだけ。もちろん興味が合えばそこそこは面白いが、いつもそうは感じられない。
    このような経験を積むごとに『夫と話をすること自体がつまらなくなる』だけでなく、『人間として存在価値を認められていない』ような気がしてむなしくなる。結果として、私を含めてADHDパートナーは、『話し相手を外へ求めるようになる』のではないかと思う。恐らくAS-ADHDカップルが破綻するきっかけは、ここにあると私は思う。
    私はたまたま、文章を書くという趣味(?)があるので、1年前にブログを作って、そこで夫には言えないことを書いていた。
     しかし夫に見つけられてしまってから本音がかけなくなり、先日ブログを移動させた。更に『パソコンの履歴を消す』ことで、しばらくは『本音が書ける(言える)環境』を確保できるとほっとしています。
    私はつまり、『極力夫詮索の目を逃れ、自分の本音が言える環境を、家の中で確保する方法を模索する』ことで、ASパートナーとの共存を可能にしています。・・・それと『ASパートナーのいいところ探し』をすることと。
    ・・・以上はあくまで『私達夫婦の場合』です。
    カップルの事情はそれぞれ違うので、私が書いたことをそのままあてはめて『断定』しないで、『参照』しながら、思い当たるふしがあれば、できるだけ『パートナーの話を聞いて』ほしいと思います。

    • HIKARI
    • 2007年 1月 12日

    ここに書かれてある最低原則は正に私自身の課題で、現在必要に迫られて実践してみる段階まで来てます。
    ただ、恐怖なのは「失敗してボロボロになって帰って来ること」。そしてその場合でも「期待や相談や交渉の可能性を否定しない」ことまで自分が耐えられるかどうか。
    「未来は完全に不確定で何も決まっていない」…自分の未来は確かに不確定だと自覚できますが、我が子の未来にすり替えた途端、苦しい感じがします。
    でも、我が子を苦しめていたのは他ならぬ『愛』という表書きの単なる『支配』だったのですね。

    • yurin
    • 2007年 1月 12日

    前に書いたことから、AS側から、ADHDパートナーと『共存』する方法を私なりに考えてみました。
    ADHDの私がASパートナーと『共存』するために必要な環境は、…自分が自由な発言場所を確保する代わりに、ASパートナーを極力理解に努める。またASパートナーに私が求める『理解』は要求しない…です。
    それでは逆に、ASの人側からADHDパートナーと『共存可能』にするにはどうするか。簡単に言えば、ASの人が私が実行してることの『逆』をすればいいのです。つまり『共存』のために『取るもの』と『捨てる決意をするもの』を分ける。具体的に言えば、『支配』をやめて、パートナーの話を聞くなど『相手を尊重するように努める』。相手を尊重すれば結果として『自分も大事にしてもらえる、と“期待する”』。
    あくまで『期待』に止めるのが大事かな。期待、希望だけで生きるのも、決して悪くないと思いますよ(^-^)

    • mario
    • 2007年 1月 13日

    先生の書かれていること、yurinさんの書かれていること。どちらも頭では分かります。腑に落ちる部分も多いです。
    でも実際にはどうしたら良いのかが未だに分からないです。何度も読み返してどうしたら良いか考えて行くと、ADHDのパートナーに関しては何も要求せず、期待・希望だけを伝える。それ以上は何もしない。本当にそうなんですか?私にとってそれは、全てを捨てて取るものは何も残っていない印象です。
    単なる質問なのですが、どうも『共に生きる』の意味が、ASとADHDで違うのでしょうか?ADHDの人は近くに居るだけで、相手と係わらず勝手に生きている印象です。

    • へんちゃん
    • 2007年 1月 13日

    初めて参加させていただきます。よろしくお願いします。
    自己紹介を兼ねたコメントをまずはさせていただきますので、ちょっと記事からズレがでると思います。お許しください。
    私は診断上では、算数LD&ADHD&AS&不器用のMIXタイプ(境界線って難しい)という個性派です。ACのカウンセリング治療も4年目に突入しています。36歳既婚者です。
    ACの問題は親と距離を置くことで、だいぶいい方に回復しつつありますが、やはりAS的側面とADHD的側面で何かと苦労しています(算数のLDの部分はもう割り切りました)。
    ここに来て、読ませていただいて、もう、おぉ~~!!という感じです。
    私は純粋なAS,純粋なADHDではなく、MIXタイプなので両方のことがわかってしまいます。
    自分分析では、私は他人に対してはAS的、でも自分の行動はADHD的なことがままあるというところでしょうか。
    不確定な未来に対しては長期未来のことならば不安が少ないです。
    そこに希望もあるのだということを知ったからでしょうか。
    というよりも、この辺はとてもADHD的な私なので、未来に向かって機動力バリバリで行動してしまいます。
    ただ、短期スパン、特に目の前の予測不能な未来についてはとても不安です。

    • へんちゃん
    • 2007年 1月 13日

    続きです
    例えば、待つこと。
    それが5分先のことなのか、1時間後のことなのか、明日のことなのか、自分がどれだけ待てばいいのか、わからない時、超不安ですね。永遠にその時が来ないのではないか、もし来なかったら、私はどう行動したらいいのか・・・わからないと不安でたまりません。
    そこで誰かが見通しをつけてくれると安心できます。
    「1時間くらいだから」とか「もしかして返事できないかもしれないけど、それは決して無視しているわけじゃないからね」とか「明日のことだから」「ちょっと時間はかかるかもしれないけど必ず連絡するから」とか。
    何も言われないのが、何も見えないのが、何より怖いのです。
    だから、相手に対しては無意識にいわゆる「理解」を非常に求めてしまっているかもしれません。それが自分を安心させるためなのかもしれないことに、ここに来て初めて気がつきました。
    しかしそのくせ、人に対してはそこまで、自分で配慮しているかは大変に怪しいのです。
    衝動的に何かを始めたりしますし・・。気ままだし・・。奔放だし・・。
    逆に相手を不安にさせてしまうことは、ありえます。
    パートナーがAS系だと、私の行動が読めなくて不安かもしれないですね。何を考えているかわからないとよく言われるので・・。
    実に矛盾していますが、これがMIXの特性かもしれません。
    飽くまで自己分析なので、ほんとはどうなのかはわからないですが・・・。
    まあ、私はどっちの要素も持っていると言えそうです。
    うちのパートナーからは、「いつか、ふっといなくなりそうな気がする(私が)」・・・と言われます・・・(^_^;)

    • yurin
    • 2007年 1月 14日

    marioさんへ
    『取るものは何も残っていない』。…ホントにそう思いますか?だけどあなたがそう思うのであれば、『それがあなたにとっての事実』なのでしょう。
    でも私はこうも考えます。『共存するということは、何かを捨てて、新しい何かを得る』事でもある。時に自分にとって全て捨てる事になっても、新しい何かを得るためにがむしゃらになる事だと私は思います。
    私はここで(かなり思い切って)自分の生活の実態を明しましたが、私がこの生活を『理想的』と感じ、心から満足しているとあなたに見えますか?
    私だって、夫に理解して欲しいし、もっと人間味を感じる会話をしたいと望んでいます。それが無理だから『いつかわかってくれるかもしれない』という、かすかな期待を持って生活しています。
    けれどこの生活から得るものは何もないわけじゃない。『思いがけない成果を得る』という宝物が舞い込んできたとき、私は『人生まだ捨てたもんじゃない。』と思ってまた歩き始めます。…『期待』と『希望』を持って。

    • yurin
    • 2007年 1月 14日

    marioさんへ
    追記です。
    私がASの夫を見ると『自分の話ばかりで相手の話を聞かない』また『自分を理解してくれと要求するわりに、相手のことを解ろうという姿勢に欠ける』という印象です。
    あなたは、奥さんが結婚生活に何を望み、パートナーであるあなたに、何を望んでいたか『本当にわかっていましたか?』。そして『奥さんがあなたの元を離れてしまった本当の理由を、解ろうとしていますか?』
    『支配』が、相手の心にどんな影響を与えるかがわかりますか?

    • mario
    • 2007年 1月 15日

    yurinさん、忌憚の無いご意見をありがとうございます。
    ただ、まだ考えがまとまらずに上手くコメント出来ません。先生やyurinさんのADHD的な立場(気持ち)の表明を前に寄る辺を失い、極度に不安になっています。

    • yurin
    • 2007年 1月 15日

    marioさんへ
    ここ最近の記事をよみながら、私は『お互い様』だと思いました。ASもADHDどちらもそれぞれ長所があり、短所がある。人間一人一人は決して万能ではない、だからこそ共に生きる価値があると私は考えます。
    そのためには、『お互いを尊重する』ことが大事なのです。
    私は夫との生活は、日々変化していると思います。それは共に生きているからこそ、感じることができると思っています。
    理解し合うことができるのも、共に生きているからです。
    もしも共に生きることをやめてしまったら、自分だけの(ある意味)快適な生活ができますが、それでは他者の良さにも、また、自分の良さにも気が付くことはできないでしょう。
    私は今回ASの人をかなり批判しましたが、決して『だからASの人はいけない』とは思っていません。

    • yurin
    • 2007年 1月 15日

    marioさんへ 
    何度もごめんなさい。どうしても気になってしかたないのでコメントを書きます。
    具体的にどうするか、ということは『とりあえずの箱』にでもしまって、まずは奥さんを理解するようにしてみませんか?
    奥さんがADHDであるなら、『ADHDである奥さん』についてもう一度、考えてみませんか?
    私の夫も恐らくASだろうと思います。ですから私はASであるあなたを、『理解する努力』をしてみようと思います。
    もちろんADHD流でしかできませんし、完全には無理です。それでも良ければ・・・ですが。

    • mario
    • 2007年 1月 15日

    (投稿が失敗したので再投稿ですが、2重投稿になってしまうかも知れません。)
    中途半端なコメントで、書き込みをやめてしまってごめんなさい。先生やyurinさんを責めている訳でも、自分の殻に閉じこもっているわけでもありません。
    頭で理解することと、それを自分に落とし込むことの差の間で苦しんでます。自分の(AS的な?)生き方に自信を持って生きて来たので、未だADHD的な生き方を心の底からは認めきれてないんだと思います。それを認めないことには妻との未来はないのですが。
    もしyurinさんが構わなければですが、私の理解のためのお手伝いをして頂けるのならば直接メールの交換が出来ませんか?そうすれば、ここに書きにくい状況も説明できます。捨てられる私のメルアドをここに書けます。YANBARU先生(もし見ていれば)、掲示板利用者同士のメール交換、許して頂けますか?問題が大きいと指摘があれば止めて置きます。例えば突っ込んだ相談を続けていると「AS被影響症候群」にならないかなどは心配です。

    • yurin
    • 2007年 1月 15日

    marioさんへ
    お返事遅くなってごめんなさい。
    私はADHDなので、顔も知らない、会ったこともない人の相談を受けることは殆ど抵抗がありません。何故なら『過去の出来事などに関連付けして情報を整理しないから』です。つまりどういうことかというと、『自分が実際会ったことがあろうが無かろうが、困っているなら皆同じに見える』からです。
    ・・・ということで、メールの交換(=相談)は快諾しますね。
    こまごました問題はその都度、その都度対処していくことにしましょう。
    ただひとつだけ言っておきますね。それは『ASの人の認知について』です。
    大人になってからASであることに気が付いた人は『自閉脳』を小さい時からそのままの状態でいろいろな『認知』をしてきたために『勘違いの認知』が多いということです。ASの人は『被害妄想的』『大袈裟』などと言われるのは恐らく『勘違いの認知』があるからで、それはすべて『自閉脳の働き』によるものです。
    だから、あなた自身の人間性や性格の問題ではない、ということです。
    だから、基本的にはASである自身に、誇りをもっていて構わないのです。何があってもASであるあなたは、ASであることに変わりないのです。それはしっかり自信をもったうえで、奥さんとの問題を考えていきましょう。
    私のメールアドレスもここにおいていきます。

    • mario
    • 2007年 1月 16日

    yurinさん、相談の快諾ありがとうございます。
    uotakan@mx1.freemail.ne.jpにお願いします。
    普段見ることのない、もうすぐ閉鎖されるメルアドです。こちらに連絡頂ければ、普段使うメルアドから連絡致します。yurinさんのメルアドはここに書かないで下さいね。ヘタに掲示板にメルアドを書くとスパムが来ますので。

    • yurin
    • 2007年 1月 16日

    marioさんへ
    お返事遅れてごめんなさい。こちらの書き込みに気がつかず他のコメントにレスしてしまいました。今日中に連絡します。

    • yurin
    • 2007年 1月 19日

    少し落ち着いたので、最近感じたことから発想した言葉をここに書いておきます。テーマは『共に生きるために』。
    ・『お互い様』という発想を持とう
    ・相手を尊重しよう
    ・意思表示を明確にしよう
    ・『相手の不満を言う』のではなく『相談』しよう
    ・『社会人である』という自覚を持とう
    ・・・最後の『社会人としての自覚』というのはどうしようか迷ったんですが、あえて書きました。
    発達障害者とはいえ、いち社会人であり、れっきとした大人であるという自覚。ADHDだから仕方ない、ASだから仕方ない、と許されるのは、『障害特性のうちのほんの一部』であり、それ以外の、ある程度努力で克服できる部分は、極力克服するような姿勢を見せるべきであろう・・・社会の一員として。
    これが、最近の出来事の中から私が学んだことである。

    • yurin
    • 2007年 1月 19日

    ・・・『共に生きるために』あと一つ。
    ・『反論』する前に、どういうことなのか?と冷静に『考えよう』。
    ひとつひとつに説明文はつけません。どういうことなのかはひとりひとりが考えて、実行すればいいだけです。もちろん、自分にも肝に命じながら書きました。

    • シオチャン
    • 2011年 2月 17日

    うちは夫が依存型ジャイアンADHDで、私が受動型ASです。
    喧嘩になる原因は、夫に非がある場合は、夫の考えなしの計画性の無い衝動で、うまくいくはずだった予定(時間配分、食事、お金)が夫の気分、変な言い分で崩れてしまうこと、私に非がある時は、神経質になりすぎて、些細なことを流せず、夫が分かってくれなくてヒステリーを起こすこと、です。
    他に、夫は気分で風呂に入ったり入らなかったり、夜の歯磨きも、持病の薬飲むのも、言わないと寝てしまうので、私が夫の嫌われ役になって言ったりします。ガーガー文句言われますが。
    ただ、夫は根暗タイプの私の気分を楽しくしてくれるのと、うるさいこと言わないので、楽です。空気の読めるジャイアンで、また弱い部下を潰してしまったジャイアンでもあります。
    夫は私にお金、食事、時間の管理を頼って任せているので、私ははっきり言って負担に思うことが多々あります。無理しないでやってます。
    ただ、その分夫が稼いできてくれるので、私は働かなくてもいられて、その点は救いです。
    私の頭を悩ませるのは、夫には、前妻との間の住宅ローン(前妻が支払って住んでるが、逃げられたら夫が払う義務)、あと月々の子供の養育費がある事です。
    前妻のローン支払いが滞ることが多くて、市税滞納で夫の給料差押えくらったこともありました。解除にはなりましたが。その上4ヶ月前に前妻が自殺未遂して、今現在どうやって支払ってるのか分かりません。
    もう本当に、その件では途方にくれてしまって、どうしていいのか不安ばかりで、落ち込まないように気持ちを持っていくことしかできません。
    妻がADHD、夫がASというカップルは多いと思うのですが、ウチのような逆バージョンの方は結構おられるのでしょうか? 
    ちなみに夫は私の15才年上です。

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