ADHD関連

コーチング②ADHDの物への執着

自己コーチングガイド各論② ADHDの自己理解そのD (物への執着)

D.ADHD特有の物への執着について理解する。

 多数派は物を「特定の機能を果たす限りにおいて存在するもの」と認識し、人間を主体として、主に実用性や見かけの美観などで物の使用について判断するが、 所詮「物は物」であり、当初の機能をほぼ終えた物を捨てることに抵抗が生じることは少ない。(ただお年寄りなどに「もったいない」と物を再利用する習慣がある人は居られるが、再利用は多数派の中で一般的とは言えない)

 これに対しADHDは、物を単なる「機能を果たすもの」という以上に、一種「生命を持った生き物に近いその物自体」という認識をするのが特徴である。単に機能としても「まだ何かに使える」と考え、当初の機能とはまったく別の「転用の可能性」まで想像する。また「マニア」「お宅」「「フェチ」等とと呼ばれるような物自体への執着(使用目的に関係なく徹底的に集めたりする)も良く見られ、これは一種、「物を生きた主体のように捉えている」面がある。

 従って、物を捨てる行為は、「転用の可能性まで消滅させてしまう」というだけでなく、時として「生きた可能性を持ったその物を殺してしまう」という意味となり、非常に抵抗があることになる。そういうわけで物を集める(捨てられない)ADHDの心理は多数派からは非常に理解されにくい。

 例えばADHDが良く口にする「まだ何かに使える」という言葉は、「物が主語」となっており、「まだ生きている」、「まだ死んでいない」というのに近いニュアンスを含む。

 テレビなどに登場する「ゴミ屋敷」の人は、おそらくADHD的な心理であると思うが、(「片づけを先延ばししている」だけでなく)「物に囲まれて安心する」という心理も一部はあると私は想像している。

 

 あなたの生活で上記の説明に当てはまることがありますか? 具体的に書き出してみましょう。

 

 この物へ執着は、ADHD特有の文化とも言うべきもので私は基本的に治す必要は無いと思うが、多数派との共存を考える時、まず「脳の中では終了になっていない」と説明して理解を求める。

 加えて、「まだ使えるかもしれないという目的でとりあえず置いておく場所」を限定して決め、「のべつあちこちに置かない」「その上にカーテンをして見えなくするところまでの協力をする」という努力はすべきだろう。

 (これが物への執着に関して私なりに考える異文化共存に関するギリギリの妥協の線である)。

 

 上に書き入れたあなたの困難さに対して、上記の工夫を具体的に考えてみて書き入れてみましょう。

 


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コメント

    • yurin
    • 2006年 11月 15日

    『私はモノは簡単に捨てられません』。
    理由は『捨てることが辛い』からなんですが、ずっとなんで辛いのか説明ができなかったんです。
    恐らく
    >物を単なる「機能を果たすもの」という以上に、一種「生命を持った生き物に近いその物自体」という認識・・・のせいだと思います。
    私が実生活で唯一『ADHDでそれほど困ってない』のは、実はこの点です。
    それは私の相方が基本的に『モノは壊れるまで使う』という人。捨てられない、というよりは『モノは壊れてから新しく買う』という考え方のため、必然的にモノが増えにくい環境でいられるので、自分に片付けや整理に多少難があっても、そんなに困らないのだと思います。
    ただ、そうは言えど収納スペースに限界はあるので、その点でのみ妥協は必要なので
    ・『有効利用のアイデアが、考えても考えてもこれ以上は思いつかないときに、最悪捨てることも考える』けれど、
    ・『アイデアが思いつくまで、とりあえず邪魔にならない場所に移動させる』
    ・・・というところでしょうか。結局は捨てない、ということですが。
    少し面倒ではあるけど、洋服などは引き出し式クリアケースなどに収納して『アイテム別に見てわかりやすくする』ことが、有効利用に役に立つと思いました。同じアイテムを偏って買っていることも多いので、『これはたくさんあるから、次に買うときはこれにしよう』と計画を立てることができるからです。
    どうせ捨てられないのだから『捨てなくてよい工夫』を、出来る限りですればいいと思っています。

    • yurin
    • 2006年 11月 16日

    モノへの執着~『捨てられない』という困難に関して:
    『生き物と考えるゆえ捨てられない』とはいえ、収納スペース等の問題もあり『捨てる決心』を余儀なくされる事は十分考えられるので、私なりに考えてみたことを書きます。
    ・『モノの許容量をある程度決める』・・・引き出しひとつ分、箱ひとつ分など。それを超えそうになったら『捨てる』ことを考える。
    ・『モノの有効期限』を自分なりに決める・・・たとえば3年以上使わない、あるいは着なかったら『捨てる』など。
    ・『新しく買う』なら『一つ捨てる決心』をする。できないなら新しく買わない。
    言うなら『買うか捨てるか』という究極の選択を自分に対して課す。
    そしていずれも、捨てるときは『目をつぶってとにかく捨てるぞ!』と『固く決心』して、『一瞬のうちに実行』する。
    捨てる決心をしたら『やっぱりあと半年使わなかったら捨てよう』などと先送りしてはいけない。
    (結局捨てられなくなるから)
    私はこうして『捨てて』、やっとそのモノの用途が『終了』になる。
    他のADHDの人はわからないけど、私の場合『捨てるまで終わらない』ということになっているようだ。

    • いずみん
    • 2006年 11月 16日

    こんにちは。わたしも物が捨てられません。YANBARU先生のおっしゃるとおり、「自分にとって不要かどうか」ではなく、「その物の機能がまだ生きているかどうか」に気をとられてしまいます。
    そうしてたまっていく物の最たるものが、流行おくれの服だったりします。
    yurinさんのやり方も大変よいですよね。モノによってはそのように対処することもあります。
    わたしの場合は、「自分では捨てない」です。つまり、古着屋などのリサイクル屋に持っていく、実家に送る(…と、多数派の母が適切に処理してくれます^^;)などです。これも以前先生が書いておられたとおり、自分の目に見えないところに行ってしまったモノは存在しないも同然となるので、そこで誰かが捨てたとしても気になりません。
    しかし、世の中で「収納術」などの記事があふれているところを見ると、この項目についてはADHDであることであまり困らないかもしれないですね。

    • ミリ
    • 2006年 11月 17日

    確かに、まだ、使うことがあるかもと置いているもので、ずっと実際には、使っていないものがあります。
    幸い(?)、同居している家族も、家の中が多少ごちゃごちゃしていても無頓着な方であること、
    自分の財政状態を無視してまで、物を買ったりしないということで、私の場合は、あまり、困っていないし、また、周囲の人を困らせていないです。
    ・自分の家族、隣人にまで、迷惑な状態まで物を溜め込みそうだったら、対策を考える。(上記、皆様方が言われていますように、新しく買わない、収納の仕方を考えるなど)
    ・「欲しい」と思っても、もし、経済的に困るような状態だったら、買うのを我慢する。(必要なお金は、別に確保しておき、使っても支障のない範囲で買い物をする)

    • dai
    • 2008年 8月 27日

    初めまして。
    義父と同居しています。
    義父は昔から物を捨てられない性格のようです。
    7年前に自宅(借家)が火事で全焼し、同居となりました。
    火事の原因は義母の寝タバコです。
    しかし全焼になったのは、物で家が隙間無く埋まっていたからだと、私は思っています。
    それくらい家が物で埋もれていました。
    今でも、いろいろと拾ってきます。
    気になるのは、何でもかんでもではなく、執着が有るのか、例えばボール、
    帽子、傘、など同じ物(新品ではない)をいくつも手に入れてきます。
    テニスボールは箱に何個もありますし、サッカーボールからバレーボール、ラグビーボールなど、使わないものなのに各複数個。
    こけしやぬいぐるみもいっぱい。
    孫に(と思っているのか)古着も衣装ケースにつめ放題で何箱も。
    古本も、段ボールごと手に入れてきます。読んでいるのかはわかりません。
    シャンプーも同じものを10本以上ストック。1本使い切るのに1年以上かかっていますが、ストックはすこしづつ増えて行きます。
    鉢植えも良く拾ってきます。花が終わったランなど。
    結局、家ですこしづつ朽ちて行き、最後は植木鉢だけ残ります。
    植物が特別に好きだとは思えないのですが、鉢はどんどん溜まって行きます。
    我が家もいつか、以前の借家のようになってしまうのではないかと、心配です。
    義父も自分の家ではないので、思う存分物を集められない様子ではあるのですが。
    止めてほしいですが、言いたい事も言えず、ストレスが溜まっています。
    これもADHDでしょうか。改善する方法などあるのでしょうか。

    • JET
    • 2013年 3月 02日

    私は一番分かるのはこの記事です。
    転用も修理も大好き、「利用」とか「決め付けない」とか他のことも元は同じだと思いますよ。
    解決し続けるということは生かし続けるということだと思いますねぇ。

    • m2
    • 2013年 3月 02日

    み さん
    落ち着いたようなので、一言。
    逃げることさえやめれば、自分を変えることは可能です。このページでそのための方法をともに考えましょう。
    ここで、「偏屈者宣言」を読み直してみてください。
    ADHDらしさを指摘されて自己評価が下がるから回避するのは、逃げなんです。(ASなら立派な解決法ですが)
    先生も、この宣言にたどりつくまでには、何度も失敗しているでしょうから、簡単では無いでしょうけど。
    受動型ASからすれば、「偏屈者宣言」は子供の頃にすることです。
    私は小学生の時には、このような意識は持っていました。
    まあ、それだけいろいろ言われるので、ショックを受けていてはきりがないだけなのですけど。
    み さんを単純に批判されていた方へ
    YANBARU先生の、「ACの本質と治療」というページを読んでみてください。
    このページを読んで、意味を理解された方なら、みさんを単純に批判することはできなかったはずです。
    今回の件は、ACを知らない方に怖さを伝える良い機会かと。

    • 2013年 3月 03日

    m2さん
    コメントありがとうございます。
    私は逃げてはいませんよ。
    すでに、Paul Carpenterさんあてに書いたコメントで自分を「変人」と書いていますから、偏屈であるのは理解しているところです。
    そして、written by み / 2013.02.28 17:45 で書いたように
    「『ジャイアンACの「崩れ型」回復』の経過をたどりました。異常な関連付け、被害妄想、見たもの全てに突っ込みまくる、表現はTPO無視、攻撃性が表に出て所構わず突っ込み・行動化。ジャイアンに戻りました」
    ACから回復した後にジャイアンに戻っています。
    ただ、情動をつかさどる脳の機能が弱く、理屈で抑えようとしていますが、過集中になるとハチャメチャになるのです。先生は過集中を抜けとおっしゃっています。脳の仕様を理解し、その脳の仕様に合った方法で社会適応を目指すということが大事なのです。
    ASとは違う脳の仕様ですから、ADHDの脳の仕様に合った生き方、つまり砂漠の岩山のライオンを目指すことになります。

    • 2013年 3月 03日

    そして、m2さんのちひろさんへのコメント
    >自分は良くジャイアンACのターゲットになるからわかるけど、決して弱い人をターゲットにはしない。
     無意識にでも、ターゲットを壊すと責任を取らないといけないので、相手は選んでる。
    これは感謝です。今は弱い立場の人をターゲットにはしません。その辺りを理解していただいていたことはありがたく思います。
    ただ、ちひろさんには以前ピコピコハンマーに反応して攻撃したことがあり、その記憶が固定してしまっているのだと思います。これは私がASさんへの対応を間違えてしまったからです。
    さて、今私は脳神経系が不得意だったため改めて勉強中です。看護臨床では脳神経系はあまり興味がなかったため先延ばししてきたことです。
    m2さんもご自身の受動型ASについて、もう一度分析に戻られるよう、お願いいたします。

    • ホック
    • 2013年 3月 03日

    m2さん
    単純に攻撃したホックです。
    まず、該当スレに戻ってやってほしいです。
    上がって来ているからといって、ほかの方も利用してる
    関連のないスレを汚すのは良くないです。
    それにしても、みさんに対しても、傍観者に対しても
    的外れな見解が多いと思いますよ。
    まずはご自愛下さいな。

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