AC、人格障害関連

治療に何を求めるか?

 私は心療内科のクリニックに勤務しているが、不器用なので「短時間で早くさばく」ということが出来ず、結局予約制の長時間面接というスタイルとなっている。

 そういうわけで診られる数に限りがあり、新患を制限せざるを得ないので、定期通院希望のケースも先にメールで相談したい内容の概要を伝えてもらい、そのやり取りの後に新患の予約を取っていただくという方法をとっている。

 その最初のメールの中で、私が注目するのは、「治療に何を求めているか?」ということだ。特に以前の通院歴の説明の中で、以前の主治医のことをどう表現しているかを見ると、その中に治療に求めることが現れることが多い。

 私はADHDであり、ジャイアンの一刀流なので、本人にはきついことも容赦なくはっきり言うスタイルをとっている。それだけでなく非言語的なフォローも出来ない。

 だから依存相手、「あなたが悪くないと肯定してくれる相手」を求めて来られてもそのニーズには応えられない。

 「結局出来なかった」ことを確認するために貴重な時間を取ってもらうのも申し訳なく、また最初に出来ないことは出来ないと分かっていただく方が治療に導入した後でもやりやすいので、このメールの確認作業は有意義であると考える。

 私の治療は、本人とともに「本当のことを明らかにする」作業だ。少なくともその作業から逃げない、不利なことを否認して自分自身をも誤魔化してそれで良いという段階を過ぎてから来られるのが一番のタイミングだと思う。 


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コメント

    • むーん
    • 2008年 9月 01日

    ・・・私の場合、今の主治医を「どらえもん」と表現しましたが・・・
    確かに、なんでも言う事聞いてくれて、’そのときの気分’の全肯定はしてくれるものの、一方で無責任と言うか何と言うか、(私にとって)有利なことも不利な事もすべて否認してしまうので、
    ここで、なにもかもごちゃまぜにカミングアウトする形になって、YANBARU先生と皆さんに多大なご迷惑をかけているかとは思います・・・
    AS父は、割ときつくて、私にとって不利な事でもはっきり言います。(お前がお母さん追い出したんだろう、とか。その通りだってヘルパーさんも言ってました。)
    ・・・ただ少々言い訳すると、やっぱ「最初に言葉ありき」とゆうか、(ヘルパーさんには「行動ありき」だと言われますが・・・(@_@。)
    父と母と自分が完璧だと言う思い込みが、多少なりとも取れたので、(「言葉を獲得」出来たので、)ここは大事な場所になってるんですが・・・
    PS;どっちにせよ沖縄は遥かに遠いです。・・・ここにいたら迷惑でしょうか。

    • ねね
    • 2008年 9月 01日

     これは、YANBARU先生だからこそできる治療であって、
    ジャイアン出なければできない、
    他の人には絶対に真似できない治療だと思います。 
     私も先生に見習って ジャイアンでなければできないことをしようと思います。
     「こんなこと あなたしかできないわ。」
     「ええ、ジャイアンでないとできませんよ。」
    そんな会話ができるように 頑張ります。

    • むーん
    • 2008年 9月 01日

    ・・・今思うと、ドラえもんドクターは、「依存」どころか、全く病気を治す気はなかったみたいですね・・・
    (AS元彼は、「共依存」関係にあったことはあったんですが、それなりに私の病気を治そうと奮闘してました。)・・・父が、私が6Fのマンションから飛び降りたいと叫んでいるのに、「よし資産価値になるから買ってやる」と言っていて、
    ・・・父は私を厄介払いしたかったんだと思う・・・「酒と男に溺れると困る」と止めたのはAS彼でした。(ちなみにドクターは「1Fにすればよい」とのほほんとしていて、父は私が6Fにこだわるもんだから、よしそうする、って言ってました・・・)
    母を一人暮らしさせて、ヘルパーさんが実費でくるようになって、貯金すり減らし生活が始まったので、それどころではなくなりましたが。
    PS;しかし、10Fから飛び降りても、打ち所が悪くなければ半身不随で助かっちゃうそうですね・・・皆さん、私も気をつけますがくれぐれもやらないでくださいね。

    • Tama
    • 2008年 9月 01日

    前向きジャイアン、Tamaです。
    「治療に何を求めるか」
    考えさせられますね。
    どうしようもない人格障害の時期は、ただ肯定して欲しかった、話を聞いて欲しかったのを記憶しています。
    それなのに、治療中に優しく語りかけられると、結局ウラを読んでしまって相手を見下してしまう。(「ああ、この先生は、私を怒らせたくないんだ。だから優しいんだ」って)
    結果、通院はしたけれど、いろんな薬を試して遊んでいただけのように今では思います。
    今は一切の薬を断ち、お酒もほとんど飲みません。
    ここまで来るのは本当に長かったけれど、今は毎日が楽しくて仕方ない状態です。
    それでも私はここを読みます。
    自分が変化し続ける生き物だから、たまに見つめ直さないと、方向性が定まらない「人生の遊覧船」に乗ってしまうからです。
    今でも奇声をあげることや、人間関係に苦しむことはあります。
    ADHDにとって、結局すべては「支配するか、支配されるか」なんだな…と結論づけてしまっている為、あまり人と深く関わらない(依存しない)やり方も覚えてしまいました。
    治らない病気の治療。本人にとっては、人生における永遠の戦いなのでしょうか?
    久しぶりの投稿で、コメントが先生の書いた主旨に沿うものか不安ですが、これも大事な作業のひとつと思って、書かせていただきました。

    • ひまわり
    • 2008年 9月 01日

    私が治療に求めることは
    >「あなたが悪くないと肯定してくれる相手」
    ・・・ではなく、
    私の家族の話を『ありえない』とは思わず、
    私たちのように『意味不明な人間』がいることを、そのまま肯定してくれることです。
    私生活では、
    AS旦那から離れ、自分の脳に正直に生きられ始めたはずだったのに、
    娘達が成長し、私は再び、自分の脳に正直にばかりは生きられなくなってきました。
    そして、
    今日から仕事に復帰しましたが、
    なにが辛いって、身体のしんどさより、(多数派だと思っていた)年下上司の相変わらずの『見下し』『上から目線』に、耐え難かったことです。
    彼女の巧みな『二刀流』に、私がこれほど反応するって事は、
    もしかしたら、彼女も少数派?!と思ってしまいました。
    ここで、少数派であろう自分の家族について、理解出来ることは、本当にありがたいことですが、
    ASの方のお話を聞くたびに、
    私の周りの、なぜか私をイラつかせる人の言動が、ASの人の書き込みとダブってくるのが、怖かったりもします。
    ↑このような話を、真面目に聞いていただけると、脳がスッキリします。

    • ドロシー
    • 2008年 9月 03日

    やっと二学期が始まり、ゆっくりこちらにも来れるようになりました。
    先生の診察の方法、とても合理的ですね。
    でも診療時間とは別にメールに費やす時間があるわけで。。
    お世辞ではなく頭が下がります。
    『治療に何を求めるか』
    ジャイアン息子のことで、医療の場以外も入れるとかれこれ5カ所
    くらい相談に行きました。
    マニュアルのような私へのねぎらいと、子供への対応は
    「とにかく誉めて。スモールステップで。予告して安心させて」と
    お決まりの説明を毎度受け、そうなんだけどうちの子にはそんなんじゃ
    しっくりこないんだと、もやもやしてて…
    そんな中、やんばる先生のブログを紹介されこれだ!と感銘を受けました。
    リアルで辿り着いた主治医の先生も一刀流系。
    ねぎらいの変わりに現実的なお叱りがあり、直面化の運びとなりました。
    (親子共々)
    共依存、繰り返さぬ様充分に気を付けてまいります。

    • エイト
    • 2008年 9月 04日

    次男は子どもの発達障害の専門の病院に6年間継続的に、1年に1~2回受診しています。
    1~2年に1回の検査(WISK Ⅲ、脳波)と、あとは次男の様子を医師に話します。
    次男の主治医の先生は、私の話を聞いてくれますが、返ってくる言葉はたいてい決まっていて「学校や社会のルールを守れるようにならないと。」と「お母さんが望むならお薬をだします。」です。(私は薬拒否派なので、最近は「お母さんはお薬は反対ですよね・・」に変わりましたが)
    1回1時間程度の療育指導も、なんだか子どものためというより、WISKの内容を意識した訓練(続けることで数値が下がりにくいとか?・・私は懐疑的なので、つい、こう思ってしまいます・・)というふうに思えます。
    だから、受診というか治療に ”なにか意味のあること”を求めたくても得られません。
    でも ”なにか意味のあること”はYANBARU先生のこの場で得られます。
    5年もかかりましたが、この場にたどり着けた幸運と先生に感謝です。
    先生のテーマの 「現実的な苦労と精神的な苦労」「依存させる側の責任」などを、よく頭にたたきこむことが、私達のようなジャイアン親子にとってほんとうの、病気の ”治療” と ”予防”です。

    • エイト
    • 2008年 9月 05日

    数日前に次男と受診したばかりなので、「治療に何を求めるか」・・ほんとうに考えてしまいます。
    主治医の先生はお人柄もよく、ていねいに私の話を聞いてくれます。
    私も6年間、真面目に受診しています。(次男の様子を報告しています。)
    医師が小さい字でとても詳しく書き込むカルテは年々、厚みを増します。
    それでも、YANBARU先生のブログに出会うまでは、話を聞いてもらえるだけでも、私にとっては”救い”でした。
    でも、ここでクオリティの高い先生のテーマで学習して、理解が進んだ私にとっては、その厚いカルテが私には恨めしく映ります。
    そのカルテは、もし将来次男が偉大な芸術家?もしくは犯罪者?になったときには、次男の生育歴の ”参考資料”として役に立つのかもしれません。
    「お母さんが了解すれば、学校の先生が直接、電話で相談してこられてもいいですよ。」という医師。
    親子で病院に行けば ”治る”と考える学校。
    みなさんプロなのに、なんかヘンです。
    もっと、次男のためになることをしてほしいのです。
    こう期待してはいけないのでしょうか。
    (私は偏屈で懐疑心の強いジャイアンなので、自分を棚に上げて過剰に考えると、こういうふうになります)

    • むーん
    • 2008年 9月 10日

    >私の治療は、本人とともに「本当のことを明らかにする」作業だ。少なくともその作業から逃げない、不利なことを否認して自分自身をも誤魔化してそれで良いという段階を過ぎてから来られるのが一番のタイミングだと思う。
    YANBARU先生のメールは誠にいいタイミングでした・・・
    今日1日卵の白身を泡立てて、頭も泡だっておりますが、やはり人間、何もしないで家にいると頭おかしくなりますね・・・
    労働は大切だ。
    (と言える程のことはまだしていませんが)
    ヘルパーさんの事も少しは労えるようになって来ました。それに、些細でも自分に出来る事があるというのはいい事ですね。
    とは言え、突然走り出すとまたおかしくなると思うので、超スローペースで参ります。

    • むーん
    • 2008年 9月 10日

    (続く)
    世の中、無駄になることはやはり何もなくて・・・
    ちょっと照れくさいのですが、元彼のために必死に無印○品のケーキを焼いていたのが、(セラピストには「君が!?」と驚愕された)
    作業所に行って役に立ちました・・・
    (家事をやった事のない男性軍にはイマイチかも知れませんが、いきなり人参の皮を剥いたりするより、箱入りのケーキの方が初心者には楽なんです。)
    PS;ミーティングも役に立ちましたが、世間話になりにくいので、やはり過渡期の産物でした・・・(手をほとんど動かさないし。)でも、あれはあれで一つの経験でしたが。電車に乗らなきゃいけない(!)というだけで、引きこもりにとっては冒険だった・・・(と言ったらAS彼呆れていたけれど。)

    • むーん
    • 2008年 9月 11日

    (いささかトピずれですが)
    今日、3回目のリアル専門医にかかってきて、ADHDの面白い検査を受けました・・・その名も「モグラーズ」(!)
    パソコンの画面に、怪しげなグラサンをかけたモグラが出てきたら、すかさずキーを押す、というもので・・・(早い話が「モグラ叩き」ですね。)
    かなり正確に打ち落とせたと思います・・・
    PS;2度とモグラの穴にはまらないようにしよう。

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