AC、人格障害関連

依存型ジャイアンの色々

 思春期以降で「理解困難」となっていたいくつかのケースが、「依存型ジャイアン」を想定すると見事に説明がついた。

 ざっと例示してみる。

①「言語的に自己主張を全然しないが、逆に行動としては嫌なことを一切しない」というスタイル。必要でも嫌な努力はしない。たとえば発表する課題の準備を一切しなくても平然としている。

②受動的で「強く言われたらやる」と言い、自己主張は「やりたくない」と言うマイナスの主張以外には一切しない。明らかな物的な褒美が約束されれば動くが、それ以外には前向きには動かない。

 いずれも依存型ジャイアンの「その瞬間のことしか考えない」という説明で理解できる。課題の準備をしていなくても平然としているのは、本人の説明では「どうせその時間が終われば終わり」だということだ。

 養育環境は、「本人の言語的な理屈を無視して、非言語的な圧力で無理やり従わされてきた」ということが多い。または、軽い学習障害を合併してはじめから言語的な説明が苦手であったり、親が理屈が強くて反論の余地が無かったりして、結局「本人が理屈を合理的に考えてメリットがある状況が無かったこと」が必ずある。

 その結果として、非言語的に「だんまり」を通しつつ「一切行動としては従わない」とか、「その場だけ叱られなければ良い」などのスタイルが親との関係の中で形成される。

 ついでに言えば、「だんまり」を通していると、「必ず周囲のおせっかい焼きのASやジャイアンが尻拭いをしてくれる」というパターンもしっかり学習していることが多い。その意味では実は「だんまり」はある意味非常に巧妙な生き方であると言える。責任も取らなくていいからだ

 合理的に考えなくなるので、行動があまりにも刹那的、場当たり的で、あまりに首尾一貫性が無いという結果になる。

 その結果近くでしばらく付き合うと誰にも理解されなくなるが、本人は一瞬後には忘れて生きていくので、問題を自覚することが無い。

 根本的なケアは言語的な主張をさせて、実現できた経験を積ませることで、合理的な発想自体を本人の中に植えつけることを粘り強く続けるしかない。

 実はこの「合理的な思考」にコンサータが効果がある。依存型ジャイアンの場合、「理屈っぽくなった」という形でコンサータが効果があることを数例最近私は見出した。


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コメント

    • ぴよよ
    • 2009年 4月 11日

    すみません、私も人様の苦情を言えた人間ではなくてはなはだ失礼なのですが!
    この記事の心当たりがある保護者のかた達には印象的なかたが多いですね。
    とりあえず忙しいとのことなのに。お家の中を特別綺麗にしてらっしゃるわけでもなさそうだし(恐縮ですが子どもの価値観など長期に見ていると想像できますね。子ども自身が片づけできなくても片付けに重きを置いている家庭の子は片付け指導を受け入れやすい。)介護などもないのに何だかもの凄くお忙しそうにしてらっしゃる。
    予定を大量に入れてらっしゃると思われます。
    しかし、周りがどう先回りしてあげようとしても読みとってあげられない原因で、非常な“手間”を振りまきます。
    ASとは違う感情的な理由としか思えない理由で以前、同僚の私生活の冠婚葬祭をブチ壊しにした例があります。忘れられませんね。
    さすがの痛い職員の私も、頭に来ました。
    普段はしっかり以上に働いて、その時だけちゃんと時間を区切って帰らなければならなかったのに、“やだったらやだやだ!”と爆発されたせいで緊急対策会議招集です。
    こちらの仕事に落ち度は無かった、少なくともベストな結果は出した、後は何をしろというのか!?
    いくら発達障害の私が雑務を手伝っても、朝昼抜きの同僚に非常用お菓子をあげても、あの爆発の解消には何ら役に立たず、家族との予定だった過ぎた時間は戻らない。
    原因が分からなければこちらもプロの仕事が出来ない、しかし原因が分からない、こういう事例は実際増えています。
    それこそここの“意味不明な人々”の情報はもっと広がっていかないと、無意味な心の傷を抱える人間が無意味に増え続けるしか無くなります。サービス業側、クライアント側関係無くです。
    物理的に沢山の仕事をこなせない私も、周りの同僚が不幸ならいつまでも罪悪感を感じ続けなければならず、周りにとっても謎が多い私に対しては、どんな感情を抱かなくてはならなくなるか、そこまで想像する責任も私に生じてきます。
    子ども相手の業種なら特に、ASといかないまでも几帳面な人間が集まります。
    私も気にされないわけにはいかない。
    その日々積み重ねる努力すらもブチ壊しにされるパワーを、この種のかた達には感じています。
    失礼ながら、ですが。

    • のりまき
    • 2009年 4月 16日

    依存的ジャイアンの友人を持つ、強迫的?合理的ジャイアンです。先生の依存的ジャイアンに関するご指摘には、ぐうの音も出ないほどに同意です。素人のいい加減な推測ですが、友人はおそらく「演技性人格障害」もしくは「自己愛人格障害」の傾向が強いのではないかと思います。「境界性人格障害」というには、あまりにナルシスティックな要素が強く、違うような気がします。(歯のうくようなお世辞を本気にとったりして自己満悦にひたっています)
    彼女は、男性がいなくては生きていけません。そして男性によってファッションや、しゃべり方なども変わるのです。彼女のご主人と親友関係にあるのですが、彼女が他の男性に恋をして家出をしてしまって、本当にここ数か月たいへんでした。(個人的な話で申し訳ありませんが、何かのご参考になるかと思いまして)久しぶりに会ったのですが、「別人のような」服装、しゃべり方で、顔には出さなかったつもりですが、少しぞっとしました。彼女のご主人によると、彼女は自分の筆跡というものがなかったそうです。彼女は、他の人の筆跡をまねして、どうにでも変えることができたのだそうです。
    彼女の母親はおそらくジャイアンと思われます。非常に頭がよく、大学の首席だったそうです。面識があるのですが、先生のおっしゃる通り、全く人の話を聞かない、自己中心的な為にやや破たんした論理を大声でまくしたてる非常に強圧的なタイプです。彼女も自分なりの論理をこねるのですが、子供のような論理です。しかし、彼女は決して「馬鹿」ではないのです。むしろ賢いと思います。そのギャップに時たま驚いたものでした。
    自分自身の行いの為に孤立してしまった彼女を気の毒に思って関わってきましたが、そろそろ終わりにしようかと思います。それでも、依存的ジャイアンとの七転八倒の交遊を通して、非言語的主張が何なのか、人並みとまではいかなくとも体得できたような気がします。

    • ぴよよ
    • 2009年 5月 03日

    ここの記事が該当しているのかは微妙で・・・すみませんが。
    前からニュースを見ていて不思議でしたが、昨今の幼児虐待のニュースを見ていると、何故どこまで深刻化しても、母親側が父親側から離れられないケースが多いのでしょうね・・・。
    DVの構造などは資料で知識だけで知る限りですが、昔は珍しいレアケースのはずだった事件が、昨今はしょっちゅう起こっているように感じます。
    養う一方のだめんずならまだしも・・・子どもを持たなければ、あとは当人達がゆっくりゆっくり病気部分を治せばいいと思うのですが。
    だめんずであることすら自覚がない、男性側のコントロールにほぼ完全にしがみつき、無しではいられなくなる心理が不思議です。
    正常な判断力を無くし、対象から離れられなくなる感覚はどう育つのでしょうね。
    今の20~30代が子どもの頃、“現代っ子”の個室化とかお小遣いの増量とかで個人行動を許されすぎて、特定の場所では自分の欲望を抑えられなくなってしまったのでしょうか?
    『結婚して晴れて依存出来るからもう面倒なことしない。自分の頭で考えることもやめましょう。』等思ってしまうのでしょうか?
    関連づけは私の良くない癖ですが、最近の産婦人科の妊婦指導はとても厳しいらしいです。
    私は関係ありませんが、ただでさえ厳しい指導には怯える者なのに迷惑な気分さえ感じますね・・・。
    厳しくしたい気持も分かりますけどね。私が指導者側なら「心構えは大丈夫? 本当に大丈夫?」と念を押したいですけどね。
    でもきちんとした人にまで厳しくしたら、真面目に守って神経質にならないのかなと、余計なことを考えてしまいますね。

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