ADHD関連

受動型ASは空気が読める

 最近私は受動型ASとジャイアンの違いについて考え続けている。というのは、本質的な意味よりも言葉尻にこだわったり、「石が悪い」というような「表面的で浅薄な認知」という特徴がジャイアンと共通するからだ。

 表面的で浅薄な認知が共通するので、それから出てくる「怒っている人が居なくなれば考えるのを止める」という特徴とか、また「表面的に誉められると調子に乗る」というジャイアンの専売特許のような特徴も実は受動型ASにはよく当てはまる。

 また、どうやら「自己突っ込み」も受動型ASには理解できて、そのおかげで積極奇異型ASのような多数派から見て突飛な行動が「出来ない」ということになる。「受動型ASは空気が読める」のだ。

 私はASの本質は「人を非常に近く感じる」という認知の特徴であると理解している。受動型ASの場合には、「相手に合わせて相手から距離を取れないので振り回されたり断れなかったりする」ということになる。

 これと、「関連付けの思考」は積極奇異型と共通するAS独特の思考で、相手に合わせているので結果は場当たり的に見えても、よくよく見れば「あれはあれ、これはこれ」のADHDとは根本的に異なる。

 この点が、「結局人にこだわらない」「究極の断片的思考」というジャイアンと根本的に違うところだ。

 乱暴に単純化して表現すれば、「積極奇異型ASは責任は取れるが空気が読めない」のに対し、「受動型ASは空気が読めるが責任は取れない」ということになるか?

 ちなみにジャイアンは「自分に有利か不利かに関わる分だけ空気が読めるが、その他は究極の場当たり的、断片的、表面的思考なので、責任を自覚するに至らない」ということになる。


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コメント

    • m2
    • 2008年 2月 04日

    受動型ASの話題は人気が無いのですかね(笑)
    自分自身は昔から変わり者であることは自覚していた。
    しかし、稀に同じような考え方をする人がいることもわかっていた。
    受動型ASという考え方を知って、ようやく自分が何者なのかがわかった。
    確かに、ADHDや積極奇異・孤立型ASは受動型ASに比べると遥かに人数が多い気がします。
    確かに、受動型ASは空気が読めます。
    ASの特徴として、「社会的生活に障害がある」と普通は書かれているので、最初は自分のことでは無いと思い無視したくらいです。
    空気は読めるけど、KY。これが成長した受動型ASなのでしょう。
    子供の頃は空気は読めなかったです。ただ、遠足のときに必ず司会に選出されたりもしたので、子供なりには読めていたのかもしれません。
    学生になると、少しずつ読め始めてきて、社会人になってしばらくすると、周りがあまりにも空気が読めないのであきれるくらいになりました。
    定型の「空気が読める」は周りと同調するだけなのですが、受動型ASの「空気が読める」はその空気の中で最善の行動が取れることにつながります。
    定型の空気読みは、日常生活のように定型が支配権を握っている場合には役立ちますが、ビジネス世界のように必ずしも定型が空気を支配していない状況においては、何の役にも立ちません。
    今、誰が空気を支配しているのかを察して、その空気に対応した行動を取る。これが受動型ASの空気読みです。
    ADHDに優秀な営業が多いことから考えて、ADHDも訓練次第でこの能力は身につけられると想像しますが、周りとあわせる苦労をしたことの無い定型にはまず身につけられない能力でしょう。

    • m2
    • 2008年 2月 04日

    受動型ASから見て、受動型ASの空気の読み方の説明としてわかりやすそうな例が小泉元首相。
    郵政解散の時の実にうまい大衆の空気の読み方。
    選挙なんて、いかに大衆の空気を読むかが仕事なわけで、本来首相などは受動型ASに一番向くものなのでしょう。
    外交も世界の覇者たる米国との付き合い方と、威圧外交に徹する中国・韓国に対する付き合い方はまるで別人であり、その国の空気を読んでいるからこそできたものと考えます。
    あの生き方が受動型ASの理想ですね。
    空気が読めるがKYのわかりやすい最近の例は、去年の日本シリーズで完全試合の山井を交代したシーン。
    落合監督も、ここで代えたらKYと批判されることを承知での決断だったでしょう。
    ただ、野球というのはメンタルなスポーツですから、あの状況では「川上」というプレッシャーが栄養となるような投手でなければ交代させるのがプロでしょう。
    あのときの落合監督のコメントも非常に納得できるものがありました。
    当然、翌日のマスコミはKYの大批判でしたが、常識にとらわれずに空気を読んだまま行動する、これが受動型ASの空気の読み方です。

    • m2
    • 2008年 2月 04日

    最後に「受動型ASは空気が読めるが責任は取れない」ですが、そんなことはありません。
    受動型ASは、全人種の中で一番責任は取りますよ。
    責任を取ることを恐れませんから。
    小泉さんも選挙で負ければ即退陣したでしょうし、落合さんもあそこで岩瀬が打たれていたら何らかの責任を取ったと思います。
    権力欲が無いので、首相を辞めること、監督を辞めることに全く抵抗が無いのです。
    これは積極奇異型AS、定型には理解できないでしょう。ジャイアンはなぜか理解してくれるようですが。
    私自身、自分の行動で会社に損害を与えたとしたら、役職低下も会社をクビになったとしても怖くありません。
    そのくらいの覚悟をして行動しているので、結果的に責任を取る必要のある事態に遭遇することが無い、ということになるのでしょう。
    逆に言うと、ある程度以上の能力が無い受動型ASは、簡単に責任をとってニートとしてすごしているであろうとも言えます。
    私自身、何らかの歯車が狂っていたら、今頃ニートだったろうと思いますから。

    • Whisky
    • 2008年 2月 04日

    こんばんは、興味深いコメントでした。
     自分はまだ、受動型ASがどういう方をそういうのか微妙にわかっていないので、面白かったです。
     「空気が読める」「空気を読む」はネット上のいろんなサイトでもよく問題になるので、ここでも出てくるとはどこも似たようなものだなって思いました。
     自分としてはm2さんのいう「空気の読み方」が非常に理解できた気がします。その場の状況の最善とを選ぶという事ではまさにASですね。あと、人間的な感情や思考法まで考慮して人に働きかけるということですか。働きかけに関しては学んだということですか。でも、意見を言わずに観察してきたってことですね。だから、摩擦が少なかった。ある意味、積極奇異型が持ち前の蛮勇を振り絞って風車に向かっているのを見てたわけだ、そばでじっと。(笑)
     ある意味、非常に社会的にはうまく適応していますよね。スネオの家が金持ちなのが分かる気がする。でも、多分別に貯めてるわけじゃないんすよね。結果的に貯まってるだけで、結構趣味とかに使ってるもんなぁ。
     確かに積極奇異型ASは結局自己主張というか、変な正義感が強すぎるんでしょうね。いざというときまで伝家の宝刀は抜かずに置く。という我慢ができません。
     いくらか、周りと摩擦を経ると、受動型ASのように周囲の人間の気持ちまで汲んで行動はできるとは思いますけど。
     自分はACだった事があるので、そのときは、受動型ASに近い行動パターンだった気がします。ACになると行動がワンランク落ちる気がしますね。となると、受動型ASがACになると孤立型みたいになってる事がありえますかね?どう思いますか?

    • Whisky
    • 2008年 2月 05日

    あ、上の文は3番目の文を見る前に書いて投稿しました。

    • Whisky
    • 2008年 2月 05日

    ASなら責任は取るでしょう。
    結局自己を確立しない限り、周囲の状況を客観的に理解できないでしょうから。正しい判断が下せないですよね。
     つまりは、自己を確立=責任を取る能力 だと思いますからね。
    やっぱり話ししやすい。

    • まぁ
    • 2008年 2月 05日

    >積極奇異型ASは責任は取れるが空気が読めない
    受動型ASは空気が読めるが責任は取れない
    自分は積極奇異ですが、反対です。
    責任のせの字もないです。
    空気に呑まれて適当にイエスといっても、
    そのあと平気で破ります。
    友人は、受動型ですが、
    空気が読めないけど、強引に約束まで持ってイエスと言わせれば責任感たっぷりです。どうでもいい人相手でも、きっちち責任はたします。

    • Whisky
    • 2008年 2月 05日

    はっ、今きづいた。
    m2さんはASのACの可能性があるね。
    なんか変だと思った。
    一番だとか言ってみたり、ニートだったろうと言ってみたり。人気がないとか。
    ACの本とか読んだことありますか?
    ASは間違いなさそうだから、本を読めば治せますよ自分でも。

    • Whisky
    • 2008年 2月 05日

    そもそも、何で空気を読まないといけないのか?
    生きるためか。周囲に合わせて。
    難儀なもんですね。

    • ゆうちゃん
    • 2008年 2月 06日

    私は積極奇異型ASですが感情で直感的には「空気は読めない」が推理小説の多読と経験で論理分析で「空気を読める」
    但しタイムラグと分析データが少ないと間違った結果を産むが、それは定型の「思い込み」や「勘違い」と大差ない。
    口述文は日本語に限らず前後の文章と状況から判断している。代名詞の多用、主語・目的語の省略、助詞の間違いが
    そういうミスを起こす。
    一方どの形容詞がどれを修飾するのか長文になると不明確になる。
    口述なら一拍あるのに文字表現した時に、
    句読点を省略した場合は句読点の位置で意味が異なる。
    送り手の情報欠落と受け手が無意識に推測して補完する。
    「空気を読めない」は定型でも経験で「読む」しか方法がない。経験で場に適切か判断することをしている。
    空気が読める乳児の定型発達が果たして経験なしで存在するか証明されていない。
    データがないのに正しい行動は無理だろう。
    赤ちゃんは泣いたり笑ったりする行動で親に何をして欲しいか求める。
    それしか伝達手段はない。言語は使えない。
    親が適切な行動を瞬間的に取れるとは言えない。
    間違えることがある。
    親が赤ちゃんの空気を間違いをゼロにして読むのは現実不可能。
    「空気を読む」とは所詮経験で身に付ける行為である。
    それを発達障害と関連づけることは危険と考える。
    定型でも「空気が読めない」人がおり、私の様に経験と論理分析で「空気が読める」積極奇異型ASもいる。

    • ゆうちゃん
    • 2008年 2月 06日

    >一方どの形容詞がどれを修飾するのか長文になると不明確になる。
    >口述なら一拍あるのに文字表現した時に、句読点を省略した場合は句読点の位置で意味が異なる。
    この後に下記追加。口述と文字での違いの例
    代表的な言葉で「うらにわにわにわにわにわにわにわとりがいる」は「裏庭には二羽、庭には二羽、鶏がいる」

    • mario (AS)
    • 2008年 2月 07日

    積極奇異型ASだと自己分析していますが、私も空気読めます。ただそれは努力と経験と思考によるもので、タイムラグが最大の問題点です。
    多数派が、直感的に瞬時に対応しているのとは明らかに違うと感じます。
    それと、パートナーに対して、空気を読む努力をやめてしまうのも問題の一つです。

    • mario (AS)
    • 2008年 2月 07日

    追記します。
    積極奇異型ASは、実は「空気を読んではいけない、空気を読むのは失礼だ」と思ってたりしませんか?
    少なくとも私はそうです。特にパートナーに対しては、単に空気を読む努力をやめてしまうのではなく、空気を読んで対応するのは正直ではなく失礼にあたると感じていますから。
    相手の状態を誤解なく正しく理解したい、その為に言語化を求めている感じです。言語化されればそれを信じます、同時にその内容に責任を求めてしまいます。

    • たかこ
    • 2008年 2月 07日

    ASである主人はデータの中から成功した例を選んで言動している事があるように思えるのですが、たくさんのデータの中からのピックアップでは実際は勘違いたっだり、失言だったり、データのないことはイチカバチかのようですし、スキル(とりあえずあやまってあとでちゃんとフォローする)もたくさん使って足りない何かを補っているように見えます。
     空気読めなくて(読まなくて?)やらかしたことのフォロウにあとで奔走するというなんとも私から見ると無駄の多い、忙しい人生のように見える事もありますが、そのフォロウをするたくさんの方法を知っているという事が、彼の大きな利点になっています。
     商売をする上で、そういった、現金の動かない形の、お礼やフォロウは書かせないもので、彼にとって、それによって培われた人間関係は、貴重な財産となっています。
     それから、データの蓄積能力が優れているので、そのような人間関係の中から顧客としてふさわしい人を私たちでは想像もつかないところからたぐり寄せて成立させます。そこでその人を説得し、納得させる方法も莫大なデータから使われているようです。
     普通ならパソコンに顧客データとして記録してある程度対応のできるのでしょうが、そこには記録する必要のないような内容まで記憶しているのでしょう。
     なので常識で考えると、そんなのあり得ないことも、ずーっとあとになって大きな仕事とつながったり、そのときは全然駄目だった事が、思わぬところで思わぬ人に目に留まっったり、それはぱっと見強運なひとと写りますが、(本人もそう思っていた)ASの特徴をうまく生かした結果ではないかと思います。だから、常識的な立場で、ダメ出しすることは極力さけて、ただ見守るようにしています。危なっかしくてかなり心配もしますが、信頼はしています。
     彼は生まれてこのかたそのやりかたで生きてきているのだし、それが当たり前であって、その持っているものでもてるかぎりの本領発揮して生きていくしかないとずっと前から悟っているように見えます。そういう面ではわたしのほうがまだまだ未熟だと感じます。すべての責任は自分で負い、おとしまえは自分でつけていく人です。私の勝手な考えをおしつけしようとする事は非常失礼な事だと最近は思います。

    • m2
    • 2008年 2月 07日

    私の結論では、積極奇異型ASは空気を読めません。
    ACになったら、読める人もいますが。
    私もASではあるので、文字通り捉える傾向はあります。
    だから、「空気を読むこと」を中心に説明してますね。
    実は「空気を読む」には2つの大きな論点があります。
    発達障害者の視点からみた、文字通り空気を読めない障害という視点。
    これは皆さんが書かれている通り、おそらくはASは生まれつきは読めないが、努力や経験を積むことによって読めるようになる、ADHDは読めないことを自覚する、ということなのでしょう。
    問題は、多数派が言うKYとは、空気が読めるかどうかは関係ないのですよ。
    いくらその場の空気が読めても、空気を壊してしまったらKYなんですよ。
    積極奇異型と受動型の大きな違いは、こだわりを人に押し付けようとするか、自分の中でとどめておくか、ではないでしょうか。
    積極奇異型は、空気を読んだ上で、自分の主張と違ったら、空気を変えようとしてしまうのですよ。
    その行為そのものが、多数派にとってはKYなのです。
    受動型は、空気と自分の主張が違ってもどうでもよいのです。ただ、空気に従っていたら自分の命が危ない場合のみ主張します。(これは受動型ASのACにも絡むので後述します)
    受動型ASがKYといわれるような主張をする時は命を張ってます。
    積極奇異型ASがKYにならない状況は一つだけあります。
    自分がその空気を支配した場合です。
    その場合、空気の支配者に従うことが、多数派の言う空気ですから、支配者が何を言おうがKYではないのです。
    だから、積極奇異型ASは立場・役職というものにこだわるのですね。空気の支配者になってこそ、ASのままで自立して生きられるのですから。
    一方、ACになった場合は自己主張しなくなるわけですから、文字通り空気が読めるようになれば、KYで無い存在になれる可能性があります。
    もっとも、ACになるような積極奇異型ASが空気が読めるようになるほど努力するかどうかは別問題ですが。
    というわけで、積極奇異型ASの場合は、空気が読めないことを恥じることなく、空気を支配することを目指すべきなのではないでしょうか。

    • m2
    • 2008年 2月 07日

    受動型ASのACについてですが、最近配置換えがありまして、今の私の直の部下がまさにこれではないかと思っています。
    元は、受動型ASのACは孤立型に近くなるのだろうと思っていましたが、今ではニートは受動型ASが極端になった一つの形で、ACでは無くASそのものだろうと考えています。
    おそらく、受動型ASのACは積極奇異型ASに見えると思います。
    多数派に囲まれている受動型ASはACにならないでしょう。
    これがADHDや他の型のASとは大きく違うところです。
    多数派は、受動型ASは変わってはいるがKYで無いものとして受け入れてくれますから。
    ADHDともどのタイプともうまくやっていけます。
    受動型ASともうまくやれます。孤立型ASともうまくやれます。積極奇異型ASとも相手の立場の方が下ならばうまくやれます。
    問題になるのは、空気を支配している積極奇異型ASと接している場合です。
    そういうASは、受動型ASに対してASという共通点で自分と同じ人種とみなし、能動的に積極的に行動するように求めてきます。
    受動型ASは、相手、特に空気を支配しており信頼できる積極奇異型ASなら、相手にあわそうと頑張ります。
    そこで積極奇異型ASとして振舞おうと努力してしまうわけです。
    当然、受動型ASにそんなことができるわけもなく、一見積極奇異型に見えるが、ぎこちない動きをするようになってしまいます。
    この状態が、おそらく受動型ASのACなのでしょう。
    こう考えると、受動型のASに見える人間があまりに少ないことが理解できます。
    よほど積極奇異型の攻撃に耐えられる強い受動型を持った人のみが受動型ASの特徴を持つ人間として残り、それ以外は積極奇異型ASに見える状態として存在している。
    こういう仮説を持っていろいろな人を見てみると、この人は積極奇異型ASに見えるが、本質は受動型なのではないかと思われる人は結構いるような気がします。
    私自身も、ASと言う存在を知ってから、今まで精神的につらかった出来事を振り返ってみると、積極奇異型ASに自己主張を強要されたケースばかりのような気がしています。

    • Pupil
    • 2008年 2月 08日

    話がずれて申し訳ありませんが、
    以前、積極奇異型ASの凄さを思い知ったことがあり、少し書かせて頂きます。
    私はボランティアで精神障害者支援施設に通っている者です。
    私の通っている施設では、統合失調症や知的障害の方が殆どなのですが、
    何かの間違いで積極奇異型のAS(IQは127だと言うことなのでかなり頭はいいのでしょう)
    の方が入ってきたことがあり、
    その時は大混乱になってしまいました。
    受動型や孤立型ASについては詳しくありませんが、
    積極奇異ASの方は、内閉的で自分の世界を大切に守っている統合失調症の方にも
    お構い無しにズケズケと物を言ったり人生観を押し付けてくるので、
    統合失調症の方が怯えてしまい、大混乱に陥ったのです。
    スタッフが優しく諭しても、
    「心の内でそんなことを思っていないだろう、
    所詮統合失調症も発達障害も人間の屑だと思っているはずだ
    そう、こんなところに来ている時点で全員屑なんだ」などと反論し、
    全く聞く耳を持ちませんでした。
    その方には結局、発達障害支援施設を紹介し、出て行って頂くしかなかったのですが、
    あれをみているとASは確かにボーダーラインのように見えなくもありません。

    • エム
    • 2008年 2月 08日

    結局のところ受動型ASは、かえって過剰なくらい社会適応してるので、少し変人に思われるくらいで発達障害には思われないかもしれませんね。そうなるとパートナーなど身近な人との意思疎通(共感、仕事上でなく人間としての責任問題処理など)がうまくいかない事だけが問題ともいえるわけですか? 
    ある意味目立たない(本人に自覚すらなさそうな)受動型ASを、やんばる先生がここまで詳しく分析できるのが不思議に思えます。家族が精神的に病んで、その影に受動型ASあり・・という感じなんでしょうか。

    • Pupil
    • 2008年 2月 08日

    門外が何度も書き込むのは気が引けるのですが、
    ネットを少し調べた程度では、
    孤立型ASや積極奇異型ASの方は、
    最終的に受動型にした方がいいなどという専門家がおられるようです。
    ただ、ASの方の日記やブログを見ると、年齢や環境により、受動型から積極奇異に変り、
    さらには孤立型に変わったなどと書いておられる方を見かけます。
    この辺が良く解りません。そんなに簡単にASの型が変るなんてことがあり得るのでしょうか、
    また仮にそういうことがあったとしても、
    例えばここに書かれているように、
    家庭内暴力などが出る受動型に変わることが本当に良いことだとは思えないのですが。

    • 月の草
    • 2008年 4月 24日

    少し記事が古いところへコメントをつけてすみません。
    >「怒っている人が居なくなれば考えるのを止める」という特徴
    そうだったんだ。「波風立てないのをよしとする」というふうに見てました。極めて困ってるという人が黙ったからといって、問題の解決にはならないのに。怒ってる人が黙った=解決だと考えてる風な人を夫に選んでしまったと考えると、愕然とします。失敗したと思いたくないから、私は相手を変えようとしてきたのかもしれないです。
    > ちなみにジャイアンは「自分に有利か不利かに関わる分だけ空気が
    > 読めるが、その他は究極の場当たり的、断片的、表面的思考なので、
    > 責任を自覚するに至らない」
    やっぱり私には、これがいちばんしっくりくるかなぁ。

    • かぜ
    • 2008年 4月 24日

    これを読めば、やっぱり私は『受動型AS』かもしれない。
    決めた。
    受動型ASだ。
    凄く長かったけど、自己診断どおりだ。

    • あかり
    • 2008年 4月 26日

    自己診断で受動ASかなと思う今日この頃。
    私なりに自分を例に受動ASを考えてみました。
    受動ASは何となく空気は読めるけど自分で何かアクションを起こすことが出来ないような気がします。
    常に周りか或いは愛着の対象の言動を見て反応しているだけで、自分が排除されたり、不利な方向に進む空気でも何も出来ないのが受動ASなんじゃないかな。
    人の言動を反射して生きてるため人がいないと困るけれど、社会に居場所を作ることが出来ないためにいろんな所を転々とすることになる。
    他の受動AS診断済みの方々がどんな人生を歩まれているのか気になります。

    • かぜ
    • 2008年 4月 26日

    診断済みではありませんが。
    自分が発達障害だとはこれっぽっちも思わずに暮らしてきて、自分は人付き合いの部分がどうも苦手だなと思っていました。
    子供の頃から、みんなのように集団で遊びたいと思っても、実際遊んでみると、なんだか窮屈で、一人で自転車遊びをした方が疲れない。みんなが遊んでる傍で、一人銀杏の実を拾っているほうが楽しい、みたいな感じでした。
    「好きなもの同士」で二人組を作りなさいと言われると困りました。だって、好きな人が私を選んでくれないかもしれないし。休み時間から「一緒に組もう!」とか先回りすることもなく、そういうことに関しては極めて消極的。
    相手は誰でもいいから、くじ引きで決めてほしいと思ってました。
    社会に出たら、どうすれば仕事がスムーズにできるか?を考えて、「嫌われないようにしよ~」から始まって、「もう嫌ってくれ~」・・・「もう、やってらんねえ!辞めちゃうよ~」のパターン。
    職場では、仕事をしている時間は問題ないけど、休憩時間に同僚と他愛のない話をするのがストレスになってました。こういう時間に、人との隔たりを感じました。
    世間話ができない訳ではないのですが、決まりきった話を聞いたり、頷いたり、相手が求める反応をしてあげることに疲れたのかもしれません。
    社会に居場所を作ることができないから転々とする?
    自分に無理ない環境を探し求めて転々としてるだけじゃないかと思います。
    長時間、誰かと一緒にいる仕事は自分には向かないと思います。
    結構、一人が好きです。

    • みず
    • 2010年 9月 07日

    子どもの頃、社会人になってからの様子が、かぜさんと一緒です。
    大人になってからは仕事中心の生活でしたので、本当につらかったです。我慢して我慢して、3、4年経つと上司にキレて自己都合退職・・・それを数回繰り返しています。
    人が少なく、かつ女性グループでランチしなくて良さそうな職場を選んでいました。
    ただ、嫌われないようになんとか周りに合わせた結果、「良い人柄」「仕事が正確にできる」と見られてしまい、ますます仕事がまわってくる悪循環を繰り返しました。
    3年前にうつ病と診断され会社勤めを止め、今はほぼ引きこもりです。マイペースで自分の時間で生活していますが、一人が苦になりません。むしろ平和に感じます。
    これがもともとの自分なんだと思っています。

    • にょろ
    • 2011年 9月 13日

    あかりさんに同感。
    私は双極2型・アスペ傾向の疑いありと言われております。
    「ふつう」にできないわけじゃないけど、「ふつう」でいるために無理をしている。
    こんなに無理して努力しているのに、心にあるのはいつも
    ・自分は違うという疎外感・違和感
    ・誰かと居ることがぜんぜん楽しめない
    ・誘われると億劫
    ・メールもツイッターもmixiもぶっちゃけ億劫
    ・とにかく交流を求めていない
    一人でいくランチやカラオケが大好き。
    この為に生きているとさえ思う。「さびしいやつ」と笑われるが、全く余計なお世話。
    相手によらない。家族でも恋人でも鬱陶しい。
    自分が変なんだなとは思っている。
    こんな生き方はもう辞めて、もっとのびのび生き生きと暮らしたいものです。

    • はら
    • 2012年 12月 07日

    診断はされていないですが、ASの疑いがあると考えていました。
    しかし、空気を読む事が困難ではなく、自身からすれば失敗も少なく感じていたので、ASの特徴からは大きく外れると思い、悩んでいたところ、このページを開きました。
    私の自閉の程度は低いと思われるのですが、2次障害が強く出ており、現在大学生なのですが、学生生活を続けるのが困難というような状況を抱えております。
    空気を読む事はできるのですが、空気に従うエネルギーを失ってしまい、空気を乱している事を自覚しながら、孤立型のような生活を送っています。
    空気が読めるようになるまでには、多少の痛い目を見る事がありました。最初からできた訳ではなかったと思います。
    しかし多大な努力を必要としたかと言うと、そういう訳でもなく、伴った痛みも、努力も、多数派の方と大差無かったのではないかと感じます。(他人の感覚を知りませんが。また多数派もこの能力を先天的には持っていないと考えています。)
    多数派と大きく食い違ったのは、会得した時期が周囲よりだいぶ遅かった事です。
    中学生を卒業する頃になって、やっと空気を正確に読み、空気に従った行動をするという事ができるようになりました。
    また、私は自己完結的であり、何かを主張したいとか、人の考えを改めさせたいと思う事はほとんどなく、したがって自己主張、必要以上には自発的に他人への関わりをしません。
    私がASであると確定してない上、どこまで私のパターンが当てはまるかはわかりませんが、ASは環境と努力(正確な分析とデータ収集の試行錯誤)と運によって、もしかしたらさらにそこに自己完結的な性格が加わる事で、空気が読めるようになり、受動型ASが出来上がるのではないかと考えてみました。
    (そして自己完結が完璧出ない場合に、家庭内暴力を伴うのかも。)
    すこし躁っぽいので支離滅裂でしたらすみません。

    • もうすぐ
    • 2012年 12月 08日

    自分も受動型です。かぜさんと同じく、入った会社で100%パワハラを受け、しんどい思いして何とか耐え続け、我慢できなくなったら辞めるの繰り返しを8回して、もう33ですよ。一般の職場では無料だと判断して、今は障害者の特例子会社で働いています。そこは、色んな障害を持った方がきているのですが、受動型の真面目さと純粋さと優しさが邪魔して、仕事はたくさん押し付けられたり、後輩から、からかわれたりされています。言いたい事は、はっきり言わなきゃとは思うんですが、心が子供のように萎縮して何も言えないし、出来ないんです。なにか、一人でできるような才能が有ればいいんですけどね。

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