ADHD関連

ローレンツ「攻撃」より4.無名の群れ

 竜馬伝も終わってしまったことであるし、我々はジャイアンと多数派の行動の冷静な考察に戻ろう。
 
 ローレンツの「攻撃」には実際に動物たちの中で見られる現象がそのままに記述されている。それがジャイアン自身と多数派のいろいろな行動を理解するための理論的枠組み、仮説のヒントとなることが多く、実に参考になる。

 ローレンツが「無名の群れ」 anonyme Schar と呼ぶ動物の集団行動がある。ニシンの群れや野牛の群れは、ローレンツによると、群れの中では「個体識別」が無く、順位やリーダー的な役割分担も無く、群れから離れると不安になり、何よりも種内の攻撃性と個体間の距離が消失している。 

 「烏合の衆」という言葉があるが、人間の社会ではそれに近いものであろう。

 オオカミやハイイロガン、コクマルガラスなどの群れはお互いを識別でき、群れの中の役割や順位などがある「名前のある個体間のきずなをもとにした集団」であるのに対して、この無名の群れは「密集して隣に居るのに相手が誰かには関心が無い」という集団だ。

 私はこのスタイルの集団行動は多数派のある時の行動を説明するのにピッタリのように思う。例えば「いじめ」の場面はいじめに加わる構成員は「名前が無い」。名前が分からないようにいじめは行われ、逆にいじめに加わった個々人名が必ず分かることが明白であれば多数派のいじめはほとんど起こらないだろう。
 
 ネット上の「荒らし」というのも典型的な例だと思う。同じネット上ではHN自体も「成りすます」ことが出来、同じHNを名乗ったからと言って同じ人物かどうかも分からないし、「本当に自分が特定されることは無い」という前提でほとんどの人はネットに加わっている。

 多数が同じ「荒らし」の論調であるから自分も乗っかって攻撃する。自分は多数の中の一人で、個人としての責任を追及されることはありえないから安心して攻撃できる。

 私は多数派の攻撃にはこういう特徴があるように思う。

 私はこのブログに勤務先も書いており、リンク先のHPには実名も書いている。ここの内容で「名誉毀損」で告訴されることもあるだろうが、それはそれで責任を負おうと思う。

 こういう「責任」の発想は依存型でないジャイアンには非常に特徴的で、逆に依存型ジャイアンには根本的に欠けている部分だ。


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コメント

    • 黒すりごま
    • 2010年 11月 29日

    >例えば「いじめ」の場面はいじめに加わる構成員は「名前が無い」。名前が分からないようにいじめは行われ、逆にいじめに加わった個々人名が必ず分かることが明白であれば多数派のいじめはほとんど起こらないだろう。
    なるほどと思いました。
    娘が中学に通っていた時にある期間ちょっとしたいじめに合いました。
    実際はクラスにボス的な男子がいて、転校生でちょっと変わったところのある娘をわざとらしく避けたり、嫌がらせの言葉を遠くから言ったりするのですが、必ずその時は他の友達を巻き込むのです。こちらからするとその子が主導なのがみえみえなのですが、本人は「無名の集団」にしているつもりなのでしょう。
    私は娘から内容を聞いて、その男子がそれほど陰湿な感じではなく、「意味不明な子に対する行き過ぎたからかい」といった印象を受けたので、話せば何とかなりそうに思い、娘に
    「〇〇君と直接対決してみる?」と言ったら娘も「する!」との返事でした。
    そこで担任の先生に事情を話して立ち会ってもらって、その男子と一対一で話をする場を作ってもらいました。
    その時の男子の慌てぶりは大変で、「何で僕なの?何で僕なの?」と連呼していました。
    先生が「お前がボスだからだよ」と言ったらビクビクした顔で同席しました。
    そこで娘が「〇〇君は私が何を考えているかわからない人だと思っていると思うんですけど」と切り出すとうん、うんと一生懸命首を縦に振っていたそうです。
    「私は緊張しやすいので、うまく人と付き合えないんだけど本当はみんなと仲良くしたいんです。」と自分の気持ちを話したら、自分があまり責められている感じはしなかったらしく、黙って話を聞いてくれたとのことでした。
    その後はその子のいじめはピタッと止みました。いじめにはもっと陰湿なものが山ほどあるので、いつもこういう解決ができるわけではありませんが、人が「無名の集団」になろうとする傾向はよく理解できました。

    • ちひろ
    • 2010年 11月 29日

    私のケースですが、
    すっかり忘れていた出来事を思い出しました。
    なんか振り返りたくなかったんです・・。
    子供の中学の部活が同じで、その女子チームの役員のAさんから、保護者会件飲み会の男子チームの幹事役をやって欲しいとメールが来ました。この集まりには先生も参加します。
    Aさんは私と同じスポーツをやっていて、一か月先の大会で試合をする予定でした。日程のやりとりをしたいたら、3年生の保護者も呼びたいので、その大会の前日しかダメだとなったのです。
    しかたがないねと、幹事として、参加者募ったりと段取りをつけ、その結果・・・
    ・・・3年生の保護者は一人しか参加せず、
    ・・私の学年の男子チームの保護者が全員欠席でした。
    保護者会の別れ際、
    「私たち今から先生と話があるから、先に帰って~」
    と言われましたした。笑顔で。
    人がいじめの計画を立てた時、自分は「無名の群れ」になる段取りをそれはそれは必死でします。
    Aさんは私にさえ良き友人のように近づいてきて、親切にしてくれて、おせじも言ってくれました。
    メールからその日まで。(以後さっぱり!)
    でも、そのいじめは不発に終わりました。
    翌日、試合会場であいさつした時、苦虫を噛みつぶしたような表情だったので確信をもちました。
    初期の軽いジャブをいれるといじめもすでに8年目、最終ラップ。私が誹謗中傷されているということに、先生もふくめ世間(主婦以外)が気づいていたからです。
    つまりAさんはKYだったわけです。
    ちゃんちゃん。
    (追伸)
    翌日の試合も勝ちました。1-0、私の得点で!

    • のりまき
    • 2010年 11月 29日

    私は小さい頃、いじめられたこともいじめたこともあります。小さい頃の私は、今に比べると暗くてはっきりしない中で生きていたかなと思います。その場その場で受けるエネルギーに振り回されていたというか。そのエネルギーがどこから来るかもわからずに。要するに主体性がなかった。それでも他の子に比べれば我が道を行っていましたが。
    仏陀が生まれた直後に「天上天下唯我独尊」といったという伝説はそういうことなのかな、と思っています。自分自身でエネルギーを作り出していく。これは常に省察することなくしては難しいと思います。
    いつも気を抜かずなるべくジャイアンにならないよう、合理性を保つようにしています。ADHDの伝家の宝刀、攻撃性を出すときは、なるべく人の為に使うようにしています。しかし本性はジャイアン以外の何者でもないことも、忘れてはいけませんが。

    • エイト
    • 2010年 11月 30日

    多数派の心理は「数で圧倒すれば勝ち」あるいは「集団に身をまかせていばれ困らない」ということでしょうか。
    私が「M氏」の件で腹立たしかったのは、最後に多数派を名乗る人が既に同じ意見があるのにわざわざまた同じ意見を書いてきたことです。
    (意見の内容自体は人それぞれの考えなのでどうでもいいんですけど・・)
    要するに「ほら、みんなもこう思っているんですよ。だからあなたは間違っているんですよ。」という発想ですよね。
    ほんとうに迷惑です。
    そういう発想ならご自分のブログでどうぞ。。
    先生のブログは「多数決する場所」なのか?
    「数が多いほうが勝ち」とでも言いたい?
    ああ、だから「多数派」なのね。
    勘違いはやめてほしい。。

    • エイト
    • 2010年 11月 30日

    あともうひとつ。
    >発達障害の個人差も含めて世に理解を訴えている先生が
    先生は仕事においてもこのブログにおいても、果たして「発達障害の理解を世に訴えている」のでしょうか?
    私にはこの一文は ”「発達障害は世に理解を訴えるべき(そうでなければ認められない)存在である」と、多数派は考えている”としか受けとれませんが。。
    先生の見つめる対象もそれをキャッチする側もブログの表題にあるとおり「発達障害の人々」であるわけで。。
    多数派のことは最初から論外なんですけど。。
    (少なくとも私はそう思う。。)
    論外なのに「世に理解を訴えている(ようだ)」と受け取ること自体KYであるわけで。。
    発達障害について根本から理解できていません。。
    障害児支援のために勉強しなおしてください。。

    • K
    • 2010年 12月 01日

    最近自分はAS色が強いのではないか?と思い始めています。
    本文の、個人情報を晒しているから訴えられるかも、、、。のくだり、ジャイアンADHDのやんばる先生はやっぱり大胆だなと思いました。いつでも引き受け戦う準備がある「ただしい重戦車」ですね。
    子どもの頃は、多勢にのっかっていじめに加勢するのはすごく嫌いだけど、その場にいるのを断れないというへタレでした。断ると「次はお前がターゲット」って言われそうだから。その一方で、積極的にイジメに加わって楽しむ人もいる、、、。
    イジメの首謀者と積極参加型イジメっこの両方とも今も付き合いがあるんですけど、二人共ジャイアンなんですよね、、、。一人は完全に依存型です。そしてその二人共とても保守的で決して親元から離れません。

    • エイト
    • 2010年 12月 02日

    息子のジャイアン的不適応が・・学校で大ウケしています。
    先生への態度や集団を意識しない変な言動が、各々ストレスを抱えたクラスメートにとっては妙に刺激的に写るのでしょう。。
    もともと注目を浴びるのが大好な息子と・・
    観衆ならば先生に注意されないで学校生活を楽しめるクラスメート・・
    結果、相乗効果。
    学校の先生(大人)の言うことをよく聞く小学生も、中学生になれば窮屈な学校生活を楽しむことも覚えるだろうし。。
    自分の代わりに教師を思いっきりぶっ飛ばしてくれる(暴力じゃなく)誰かをヒーロー扱いしたくなるのかも。。
    「中学生版・無名の群れ」ということでしょうか。。

    • ニック
    • 2010年 12月 03日

    先生へ
    YANBARU先生が発達障害者支援センターで成人発達障害者の嘱託医を5月まで見ていましたが6月以降、先生がやっていた成人発達障害者の嘱託医が今の発達障害者支援センターにいないです。
    友人・知り合いなど自閉症・成人発達障害者・アスペ・ADHDがいます。
    いろんな病院に問い合わせしたが沖縄県では成人発達障害者を見ないです。子どもの発達障害者しか見ない。地元の発達障害者支援センターでは、成人発達障害者を見る嘱託医がいない。職員からいろんな病院を紹介して自分たちで問い合わせなさいです。
    成人発達障害者を見る医者、嘱託医がいない。
    病院に行くと薬ばかり与えて不安です。多く増やします。
    また、発達障害者支援センターが去年から場所が変わっているが前より出入りづらいです。今の発達障害者支援センター、地元は子どもに強化するが成人には力を入れていない。切り離そうとしている。残念です。
    YANBARU先生がブログなどで成人発達障害者の現実を取り上げてほしい。
    多くの人に知ってほしい。

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