AC、人格障害関連

受動型ASDの経過

 受動型ASD(自閉症スペクトラム)の人の経過は非常に不思議だ。

 以前にも書いたが、「水は低いほうにしか流れない」という感じで「自分から努力して道を切り開く」という行動はほとんど見られない。
 むしろ、「自分の費やす努力を必要最低限にすることを最優先に考えている」という風に見えさえする。

 ところが、ここからが不思議であるのだが、「結果としては結構うまく世間を渡っていく」という経過になるのだ。ほとんどが。

 例えば高校は休みがちで進級ギリギリの出席日数で卒業する。また3年でも卒業ギリギリまで積極的に就職活動もしないで車の免許などを取っていて、家族から「就職は?」と聞かれると「免許を取ってから」など言って特に焦る感じには見えない。
 ところが3月後半の土壇場になって「友達の紹介」などで結構良い仕事に成り行き的に就き、その後は得意の外モードで適応するのでしっかりみんなに信頼される経過になる。

 私が診ているケースはほとんどこんな感じで結果としては世間をうまく渡って行っている。
 
 よくよく見ると、ポイントは「友達の引き」と「変わり身の早さ」だろうと思う。
 うまく行くチャンスやタイミングを非常に鋭敏に見分ける能力を持っており、友達から回ってきたそいういうチャンスを極めて効率的に生かして世間を渡って行く。

 周囲の家族から見ると自分からの努力が見えないのでやきもきするが、結果まで客観的に見ていくと「この人たちはそう心配しなくても何とか世間でやって行くんだ」と思えてきた。

 唯一、「居場所をなくすまでのいじめなどの不運な不適応の結果引きこもりになる」ということさえ回避していけば、受動型ASDの人は社会適応能力が実は高いのだ。

 特に内モードばかり見ている家族には想像が難しいことなのだが。


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コメント

    • あかり
    • 2014年 2月 10日

    私は、学校では欠課などはしなかった。 自分が逃げるのは良くないからね。 当時は、先生などの権力が強かったね。
    今は、無理はしないです。
    特に人間関係が難しいです。 ギスギスと衝突が多いです。
    きつい、アドバイスで受け入れないです。 どなってアドバイスされると逆効果です。
    スーパーなどの受付&接客でも態度悪ければやらないことにしている。
    また、歯医者&口腔外科などで医者&スタッフから「ガンバレ」など激励を飛ばすのは良くないです。
    理解するのは出来るが出来ないのは出来ないとハッキリ言います。

    • さーこ
    • 2014年 2月 10日

    >友達から回ってきたそいういうチャンスを
    私の場合、「友達から回ってきたチャンス(機会)」こそがトラブルの種になる事が多く、「この関係に波風を立てずにどうやってその機会を断るか」という事に終始しがちですね。
    「変わり身の早さ」は、(むりやり)言い換えてみると「柔軟性がある」という風にも言えそうでもありますが。
    年末から年始にかけて、私なりに転職やキャリアアップの事について延々と考え頭を悩ませ、私なりに「機会をはかっていた」のですが、この記事を読んでようやく「私には無理だ」と悟りました。
    どのみち、こんな迷いのある気持ちのままじゃ、少しでも質の良い仕事ができるよう努力する気持ちの維持ができるわけがないし。
    基本的な方針は今のまま、日々手を尽くして勉強に努め、駄目だったらその時考えよう。
    私には幸い、長年相談している場や、顔なじみの関係先があるにはある。まだ親もしっかりしているし、私に生計を立てるヒントの話を持ってきてもくれる。
    思考力をフルに使い、自分が生計を立てている姿を現実的具体的にイメージする日々が続いています。

    • 道産娘
    • 2014年 2月 11日

    >特に内モードばかり見ている家族には想像が難しいことなのだが。
    確かに難しいです。
    ただ、(身内の方は確認できないのですが)外モードで接している友人達を見る限りでは、社会適応能力は優れていると思います。
    何て言うか…「(流行や傾向等)時代を読む感性」が鋭いようにも見えますよ。
    私の知人や身内に限って言えば、身体症状が出ており、「自分は外で酷い目に合わされている」と言った(やや被害的な)愚痴が激しいので、「無理が祟ってストレス症状が出ているのか?」と考えてしまうんですよね。(ちなみに、「急な変化」の他に「愛着間のいざこざ」で身体症状が出るときもありますが、二回目以降は揉める前に空気を察して宥める・逃げる等の行動をとることが多いです)
    「愚痴」については、「大袈裟に言ってるのかな」と思いながら大分聞き流せるようになりましたし。
    「友人の引き」「変わり身の早さ」についてはエピソードが結構ありますが…
    またコメントするかもしれませんヽ(・∀・)ノ

    • あきら
    • 2014年 2月 11日

    これって、「普通の人」そのものですよね。

    • chikako
    • 2014年 2月 11日

    私は主観的には外モードしか知りませんが(内モードに気づかない私が相手になると、それに関して互いに需要が無いと思う)このエントリーのようなことは、周囲の受動型と思われる人の話を聞いていると、思います。
    本人だけは大丈夫なようになっているというか。そしてそれにはそれなりの努力があるように見受けられます。
    直接関係ないですが本のランキングを見て。NLPって、これは受動型の人が考えたんじゃないかなと思いました。
    。。。。。
    アドラーさん(流)はADHD的だなと思いました。

    • るる
    • 2014年 2月 12日

    >私が診ているケースはほとんどこんな感じで結果としては世間をうまく渡って行っている。
      よくよく見ると、ポイントは「友達の引き」と「変わり身の早さ」だろうと思う。
     うまく行くチャンスやタイミングを非常に鋭敏に見分ける能力を持っており、友達から回ってきたそいういうチャンスを極めて効率的に生かして世間を渡って行く。
    常に愛着対象を求めて依存的な面を持つ受動型ADSの方が、上記のように生きていけるということについてです。
    素人考えですが、先生の治療の賜物なのではないでしょうか。
    治療方針・周囲の対応さえ間違わなければ、ASDの方々が社会に出て十分やっていけることの証となりますから、その点うれしく思いました。

    • いさお
    • 2014年 2月 12日

    引きの強さや変わり身の早さ。。モチベーションに愛着が絡むと一気にいい方に行くのですね。これはASDだけでなくADHDの好きな事をとことんやる。時の感覚に近いのかな。
    自分は両方の特性があり(未だに自己診断出来てない)のだけど、、そろそろ少数派全開で生きて行こう(生きたい)ものです。
    その方が、彼みたいに器用にいけるのかもしれません

    • 鋤(初めまして、失礼します)
    • 2014年 2月 15日

    外モードでの自己主張が少ないぶん、できるだけ周囲に不快感を与えない長期的な人間関係を構築できることが、運の引き(周囲からの信用)に繋がっているのでしょうね…
    少なくとも受動型ASDの人達は「外」で空気が読めるんだな…ということを以前から感じてはいたのですが、
    いじめ経験があり、さらに不適応で現在ほぼ引きこもり状態で零細個人事業をしております(ASDかADHDかで悩んでいる)防御と我の強すぎる自分にとってショックであり適応している受動型ASDの方が羨ましく思える説明でした。

    • 道産娘
    • 2014年 2月 15日

    (追記です)
    上記の私のコメント「愛着間のいざこざ」についてですが、私の従兄の話です。
    嫁と実母の喧嘩に巻き込まれた時によくてんかんをおこしてましたが、最近では事前に空気を察して部屋に引きこもって回避してるそうです。
    私なら「(自分のせいで)てんかんおこされたら困る」ので腫れ物に触るような対応になってしまいそうですが…それではいけませんよね。
    ちなみに、「(不適応で引きこもってしまった場合を除き)受動型に対して基本的に放置しても良い」かなと今は考えています。
    受験勉強についても、弟はギリギリになって自分からやり始めてましたし、身内が何度もしつこく「勉強しなさい」と言って始めたところで、それは依存に他なりませんから。(それで「勉強させない周囲が悪い」と本人が言ってきても、それが「被害的な認知によるもの」と分かっていれば意外と腹は立ちません♪)
    「受動型ASDはそれなりの努力をしているし、本人だけは困らない」
    なるほど…私もそう思います。
    だから放置しても、上手く人に頼りながら強かに生きていけるでしょうね(^-^)v
    私の方は、依存され過ぎないよう相手の非言語を無視してかわし続ける日々です。

    • m2
    • 2014年 2月 15日

    私はお付き合いする相手はジャイアン型の女性ばかりなのですが、彼女たちを見ていると、努力をした分結果に現れる、と思います。
    これなら、確かに努力する気にもなるだろうなあと。
    受動型ASは、本質的にはなんらかの能力欠陥があるのだろうと思うのです。
    努力してもしなくても、ほとんど結果が変わらない。結局努力してもできないことはできないし、努力しなくても得意なことはできる。そのような状況で努力をしようと思うでしょうか?
     就職の例で言えば、私は今の会社1社しか受けていません。
     まさに自分の費やす努力を必要最低限を地で行っています。
     受動型ASにとって、就職に成功するかどうか? は自分の能力をいかせるか、と社風が合うか、で決まってしまいます。
     受動型ASでも、努力によってある会社に受かるか?落ちるか? を変えることはできます。
     ただ、努力しないと受からない会社に入ったところで、まずうまく行きません。
     努力しなくても入れるような会社に入らないと、自分の力は発揮できません。
     努力して道を切り開いて見える景色は絶望でしかないのです。
     「友達の引き」は中心志向が大きくかかわっています。
     受動型ASは中心志向はありませんから、友達に対して見返りを求めません。
     中心志向型の人は、やっぱりなんらかの見返りを求めるような友達関係になるんですよ。
     やっぱり、人間は借りを作ったら返したくなるんです。
     損得関係を前提につながる友達ではありえないでしょうが、ちょうど本人に合っていそうな就職口があったら、紹介してみようか、という心理があるのではないでしょうか。
     また、受動型本人は、自分がやりたいことより、自分に合っていることを優先しますので、比較的紹介された仕事に抵抗感が無いことも紹介しやすい理由になります。
     紹介する側も断られるのは気分が悪いので、職種に対してはこだわりの少ない受動型ASにそういう案件が回るという面もあるでしょう。

    • さーこ
    • 2014年 2月 15日

    先生へ
    「うまく世間なんて渡れなくたっていいじゃないか」と、ごく自然にふっと思ってしまいましたが、これは完全回復という事でしょうか。
    先日、実家のADHD母が自分の身体的老いを気にして、受動型ASDと思わしき兄に遠慮(?)しているのを見かねて、端的に問題を指摘した後、気持ち的に余白のある提案を少し持ちかけてみたところ、少し時間が経ってから様子見した結果、私にはどんな経過があったのかまではわからなかったのですが、なんだか実家内の関係がうまくいったようです。
    あれ以来、母は全面的に、発達障害という概念が自分を含め、社会全体にある事を認め、実家内でオープンに言葉にするようになりました。
    私の場合、ささやかな理解と少しの支援、そして適切な相談場所があれば、うまく世間を渡れなくても幸福に生きていけるのかも、と思っています。

    • いさお
    • 2014年 2月 15日

    >>>>>努力してもしなくてもほとんど結果が変わらない
    結局努力してもできないことはできないし努力しなくても得意なことはできるそのような状況で努力をしようと思うでしょうか< <<<< すごく共感というか、何かイメージが掴めそうな内容で引っ掛かってます(いい意味で) >>>>>本質的にはなんらかの能力欠陥があるのだろうと思うのです。<<<<< 私の場合ですが、想像力が足りないのかなぁと。 「引き」というキッカケでイメージの尻取りにスイッチが入るのですかね。 周りのキッカケなので、中心思考、関連付けなどが少なく俯瞰的になり、自己突っ込みの山 谷が少なく行けるので上手くいくのでしょうか。。 タイミングを見極めてる時の感覚がよく掴めません、自分のスカウターにはその機能が付いていないので教えて欲しいものです。

    • さーこ
    • 2014年 2月 16日

    私の場合、タイミングを見極めようとしている時の感覚ですが、「人間同士の関係以外」の要素が入ります。
    たとえば…自然界の天候の推移を読めないながらも懸命に読もうとしながら必死に生きようとしているかのような感じです。
    昨年は、ジブリの映画「風立ちぬ」に大いに感動しました。
    原作になった片方の本は高校のころに流し読みした程度でしたが(なんか暗かったので)、これが実際に映画になってみると、感動がまたひときわ違いましたね。
    自分はまだいけるのか、やれるのか、自分にとって良き風は吹いているのか。
    「機」を読む時、タイミングを見極めようとしている時、自分の精神状態が澄まされている状態でないと、行動に移す時の「ここか…!」という微細な感覚がわからなくなり、選択しようとすること自体がかなり難しくなるので、できる限り精神統一をし、日々の自分の体調を一定に保とうとするモードに入ります。
    羽生選手のコーチが言っていたそうですが、
    >「状況、演技、すべてが合わさったマジカル・モーメント(魔法の瞬間)を手に入れた者が勝つことができる」<
    私にはなんだかその言葉がわかるような気がしました。
    「機」を読んだからといって自分にとって必ず良い結果までついてくるわけではないのですが、自然界にある奇跡的なものとささやかな会話を交わしているかのようで、私はこういう風に生きている自分をまあまあ気に入っています。

    • m2
    • 2014年 2月 17日

    ぬまおさんが良く、「最悪のことを考えて行動する」と言います。
    タイミングはわからないんですよ。だから、いつ何が起こっても対応できるように準備しておく、これが基本の行動原則です。
    友達だって、いきなり引いてくるわけではなく、大概は事前に何かあるものです。
    職を紹介してくれる、という可能性を察知して、なんらかの準備をしておく、ということはやるでしょう。
    ただし、当然空振りすることもあります。きっと空振りの方が多いです。
    でも、そうだとしても友達に対して恨みはありません。
    空振りする可能性を前提に準備するわけですから。
    ここが中心志向がある人種とは違っていると思います。
    こういう思考回路なので、問題なく順調に行った場合は効率悪く見えます。
    社会は問題なく順調に行くことなどそんなに多くないので、効率悪くやっているように見えても、うまく社会の間をすり抜けていくように見えるのでしょう。
    我々からすると、こちらの方が合理的なのですけどね。

    • 182
    • 2014年 2月 19日

    私は依存型ジャイアンですが、この記事の内容があまりにもピッタリ当てはまるので、誤診かと焦ってしまいました。
    ストラテラ120mg飲んでも効いてる気がしないのはそのせいかと…
    過去記事を読むと受動型ASと依存型ジャイアンは鑑別が難しいと書いてありましたので、この記事の内容がADHDの私に当てはまっても不思議は無いのですよね?
    一点だけ違うのが「友達の引き」の部分で、ADHDの私には仕事を紹介してくれる様な友達はいません。
    が、やたらと運が良く、いつも限界ギリギリの所で良運が降ってきます。
    なので「運の引きが強い」と言えると思います。
    と言うか、チャンスの前髪を掴んだら過集中に持ち込んで電光石火で自分のものにする、という感じで…
    具体的な例を挙げると、出席日数不足で必須科目の単位を落として留年しそうな時、「試験で満点が取れたら良い」と救済案が示されると過集中モードで猛勉強して満点をとって留年を免れるって感じです。
    なんだ、努力してるじゃないか、と思われるかもしれませんが、「過集中で試験勉強」は「過集中でゲーム」と大差なく、本人に努力している自覚がないです。「満点とるぞ!」って気持ちはワクワクドキドキのほうで「満点取れなきゃ留年だ」なんて悲壮感はまるで無いです。
    なので周囲の評価も「地道に一生懸命努力している」風には見えず、単に「やりたい事だけやっている」風に見えるらしいし、自分の自覚としてもそうです。
    独り身であれば、確かにそれなりに社会適応できますが、結婚、子育てで破綻します。夫や子供は過集中が使えませんからね。私によって限界の状況まで引き下げられた挙句、最後には私だけ過集中で「上手くいく」のですから。
    件の試験でも、一緒にサボってた友達の方は満点を取れずに留年し、以降二度と口をきいてくれませんでした。
    今、振り返って見てしみじみヒトデナシですね。結婚したり、子供産んだりすべきじゃなかったんでしょうね。
    何か、今はそのつもりは無いケド、チャンスがあったら平気で夫子供捨てそうで怖い…。

    • 檸沙
    • 2014年 2月 20日

    娘の事が語られているようで、こんなにも具体的に、その「意味不明な行動」が綴られておられ、「理解」されたような安心感を頂きました。ありがとうございます。
    また、私のブログニ転写させて頂きました。事後報告でもうしわけございません。
    転写先ここに貼り付けできませんので、あしからず。

    • さーこ
    • 2014年 2月 20日

    たしかにかなり昔、私がACだった頃、いつも他人からのキッカケの話を待っていたような気がしましたが…。
    自分の姿を具体的に想像し、その想像をもって実際の行動に能動的に結びつけて動いていくことができるようになった今、物事を本格的に始めようと思った時には、始めるにあたって要る要素がほぼ全てに近く私の周囲にすでに出そろっている環境や状況が整いそう(最終段階)になっているので、その後スタートするにあたって、ほぼスムーズに安定感を持って実行していけるようになっています。
    自分の姿を想像し、その想像をもって実際の行動に結びつけていくという日々の実践が、私の場合の地道な「準備」です。
    私には「友達から回ってきたチャンス」を「効率的に生かして」「世間を渡っていく」、という事はできそうにないですが、
    「友達の押し」、「親の押し」、「親の長年の友人の押し」、「相談員の押し」、という、「こういうのが向いていそうだね」という話はよく考えればありますね。
    いずれも話を聞いて「ええー…?!」と思ったり、「うーん…微妙…」と思ったりして、自分の実際の姿を思い浮かべてみたりしながらかなりグルグルと悩むはめになるので、私が自分自身の気持ちとよく対話する日々です。

    • 名無し
    • 2014年 2月 24日

    すごくわかります。
    外モードという最強の武器がある、受動型は強い。
    「この人は大丈夫、こいつは大丈夫」
    といわれるのが受動型です。そしてある日、そのほったからかしに耐えられないと、自殺します。
    先生は、「こいつら流されて楽に生きてる」という風にみてますが、
    受動型でうまくわたっていってる人が、なぜ「のらりくらり」流されて生きていけるか考えてない。
    ヤツラの中には、常に「ダメなら死のう」みたいな考えがうっすらあるんです。
    「苦労して過労死はいやだな」とか、「死」をおもってる。
    それが苦労とはいわない。というならそうですが
    死の恐怖と個人の思想の優先順位を天秤にかけるような生き方は、うつ病とかそういうのを超えて、
    本当にはこの世を生きていないといえると思います。
    そういう生き方を、「うまく世の中を生きている」
    とも、いえるといえば、いえる。
    しかし、それが苦労のない生き方かというと、それは絶対違うとおもう。
    恵まれているような環境も、受動型のほとんどはそれに実際は満足なんてしていないとおもう。
    その証拠に、
    先生の周囲の受動型も、死んだ目をしているとおもう。
    ちがいますか?

    • さーこ
    • 2014年 2月 24日

    ADHDさんの過酷さを少し知ってから、私は、反論を想定した上で封鎖した自己正当化のための死の話はできなくなりました。
    私が文通している、解離性同一性障害を持っている彼女は、ADHDの疑いがあるそうです。なぜ私に明かしてくれるのか私にはわからないけど、自分からそう教えてくれました。
    なぜか私は波乱万丈な人生をおくっている人からいろいろな話を少しずつ聞く立場にある事が多いのですが、受動型ASDと思わしき女性と数年付き合って籍を入れ同棲もしていた男性の人(うつ繋がりで長年文通している友人)は、別れた後にもしつこくされたあげくにほんとうに死なれてしまい、その後、本当の認知の迷路に入り込んでしまいました。
    死者に鞭をうつことはしたくないのですが、彼女はどうしてたたかえなかったのかと、ふとした時に、いかりと虚しさと言葉にならない思いがこみ上げてくる事があります。
    地域活動で知り合った統合失調症の男性は、私に話を聞いてもらうために、「嫌だったらいいんですけど…」と、私の反論を封鎖するような言葉を送ってきます。彼がどんな気持ちでいるのか私にはある程度想像がつくのですが、「私も心に余裕がないからあなたの話は聞けない」と、どんな時も正直に言う事にしています。
    その後に、「ごめんね、うまくいくと良いね」という風に、私に依存させない程度の情緒的なフォローをつけるので、今のところ大きなトラブルになった事はないですね。

    • ぬまお
    • 2014年 2月 25日

    「自分から努力して道を切り開く」という行動について、多分、自分は努力の方向性を間違えているなーと、後々になって思うことがよくあります。くだらな過ぎて、あんまり具体的には言いたくないけど、客観的に見たら、きっと「あー無駄な努力をしているな」と笑われそうです。ご想像にお任せします(笑)
    受動型の友達を見ても、のらりくらりと生きているな、とは思います。お互いに愚痴を話して、友達の方がはるかに悲惨な状況にあるのに、幸せそうです。自分もそうだけど、「あーこいつは自殺することはないな」と思います。「ダメなら死のう」とは思わないな。過労死なんてしないだろうな。本当に嫌なら簡単に転職するし。恵まれていない環境でも満足してしまうようなところもあると思う。
    自分が考える「最悪な状況」というのは、このまま自分や周囲の関係者が誰も行動や考えを変えずに突き進んだ結果起きる結果であり、起きる可能性が高い状況です。最悪な状況が想定できれば原因も分かるので、少し自分が手を加えたり、誰かが行動や考えを変えるのを見守ったりしているわけです。「自分の費やす努力を必要最低限にすることを最優先に考えている」ように見えそうですね。

    • あきら
    • 2014年 2月 25日

    「自分から努力して道を切り開く」
    色んなやり方があります。
    決して人には頼らず、ゼロから頑張る人もいれば
    人脈で進む人もいる。嫌いな人にも愛想を振りまくのだって
    努力のひとつだと思う。
    自分のイメージする努力と他人の行動が同一ではないといって
    それが努力ではない、と言い切れるほど自分は偉くありません。

    • m2
    • 2014年 2月 25日

    「死」は受動型ASを語る上で一つのキーになるかと思います。
     なんとなくですが、自分の死に対する恐怖感は他の人より強い気がします。
     なので、寿命を縮める行動や、生命を失うリスクのある行動は嫌うような気がします。
     過労死するような苦労は、そもそも寿命を縮めるので、本能的に嫌うのではないでしょうか。
     だから、「ダメなら死のう」とは思わないと思うのですよ。
     まずはダメなら逃げてみる。環境を変えてみる。
     大抵はそれでうまく行くんです。
     「中心志向」があると逃げることができませんから、逃げるという選択肢がある人をうらやましく思うことがあるのも理解できます。
     なぜ、自分だけでなく、受動型AS一般論としてそう思うのか?
     先日もありましたが、無差別殺人(未遂)事件から想像するんです。
     ああいう事件の犯人は、受動型ASっぽいんですよ。何か同じにおいがする。
     何となく感じるんですよ。あれは、自殺だ、と。
     生きることに望みをなくしたが、自分を傷付けて死ぬこともできない。
     「自分から努力して道を切り開く」ことを強要されて逃げることができなくなったら・・・
     何となく、「社会が悪い」ということで、あのような行動に出るのも理解できちゃうんですよ。恐ろしいですけど。
     そう、真正面からの努力をせずに生きていければ、うまく世間を渡っていくことはできると思うのです。自分に合うやり方が許されるのであれば。
     「いじめ」なら、引きこもりだけで済みます。
     環境さえ変われば、チャンスは残ります。
     問題は「逃げる」ことが許されない状況におかれることです。
     大概は親の影響、ということになるでしょう。(「教師」とか「上司」ってケースもありますけどね)
     そのケースでは、犯罪に至るケースが高いような気がします。
    「動機がわからないといわれる犯罪」の方が何となく背景が見えちゃったりするのですよ。
    今の環境から逃げ出すためには、そうするしかなかったのかなあと。
     ちょっと重い話ですが、受動型ASを本質的に理解するためにはこういう話も必要だと思いますので。

    • さーこ
    • 2014年 2月 26日

    受動型ASD(自閉症スペクトラム)に思える人を現実で見ていると、ほの暗さを感じます。
    ADHDさんには、さつばつさと、むみかんそうさを感じますが、なぜか私を気づかって、配慮してくださったりしますね。
    私の上記に書いた受動型ASDと思わしき女性の話の続きですが、家族間に深刻なトラブルを抱えたまま結婚したそうで、最終的には無縁仏となってしまわれたそうです。
    逃げることができない元夫が警察から呼び出され、自分の遺体を引き取らせるしかない状況にさせたこの仕打ち…あまりに残酷で私は言葉が出ませんでした。

    • あきら
    • 2014年 2月 27日

    周囲の受動と思しき人にも話を振ってみたのですが
    自傷などの経験がある人はいませんでした。
    自分に言わないだけかも知れませんが。
    自分も全く興味も経験もありません。
    むしろ痛いことが大嫌いで、注射をイメージするだけで
    顔がすーっと青くなるって人も。
    受動は傷つきたくないのではないかな。肉体も精神も。
    だから、肉を切らせて骨を絶つような生き方、
    ジャイアンのような勝負は絶対にできないし、
    まず真っ先に自分の安全確保したいんじゃないかと思います。
    その延長に、結果的に全体を守る事ができて
    人に評価される事はけっこうあるような気がします。

    • m2
    • 2014年 2月 27日

    自分のイメージですが、
    受動型ASは目的に向かって努力する
    ジャイアンはあるべき姿、正しい姿に向けて努力する
    積極奇異型ASは特定の規則の下で成功に向けて努力する
    合理型ADHDは平穏な日々を送ることに向けて努力する
    ということのように思えます。
    「自分から努力して道を切り開く」というのはあるべき姿ですので、ジャイアンからは自然。
    「自分から努力して道を切り開く」は常識なので、積極奇異型ASからみても自然
    「自分から努力して道を切り開く」のは周りが納得するので合理型ADHDから見ても自然
    ですが、受動型ASから見ると非常に効率の悪いやり方なので、不自然、という価値観と思います。
    目標を達成するのに、「自分から努力して道を切り開く」のが一番の早道の場合だけですよ。
    半沢の例がわかりやすいですが、「親の敵討ち」のために出世街道をひた走るはありです。
    しかし、「親の敵討ち」という目的のためなら、自分で行う努力だけでなく、人脈や謀略などフルに使って目的を達成する。これが受動型ASです(大半はそこまで実力がつかないのが難点ではありますが・・・)

    • m2
    • 2014年 2月 27日

     何故そうなるのか?
     たぶん、受動型ASvsジャイアンだと、正しいとされるやり方、正攻法では100回戦えば100回負けるからです。
     常識というルールの下での受動型vs積極奇異型では100%受動型は負けるのです。
     正攻法で戦うというのは一見平等ですが、それは人間が同じ能力で生まれてきた場合の仮定です。受動型ASから見れば、そんなものはジャイアンに有利なルールにしか見えません。(ここは積極奇異型ASと共闘が組めるケースが多い)
     決められた規則に従う、というのも一見正しいようですが、規則はそもそも多数派に都合が良いように作られているものであり、受動型ASから見たら積極奇異型ASに有利になるように作られた縛りにしか見えません。おかしな規則は直すべきだ、と。(ここはジャイアンと共闘が組めるケースが多い)
     というわけで、受動型ASはジャイアンや積極奇異型ASから見ると不合理な行動を取るわけですが、受動型ASから見ると自分の使えるものは何でも使うというのは合理的な行動なのです。
     合理型ADHDから見た場合は平穏に済んでくれればいいんです。
     正しくない行動だろうが、規則を破ろうが、うまくいかないよりうまくいくほうが望ましいんです。だから、合理型ADHDからは受動型ASに対する非難は無いのでしょうね。

    • ぬまお
    • 2014年 2月 28日

    >よくよく見ると、ポイントは「友達の引き」と「変わり身の早さ」だろうと思う。
    >うまく行くチャンスやタイミングを非常に鋭敏に見分ける能力を持っており、友達から回ってきたそいういうチャンスを極めて効率的に生かして世間を渡って行く。
    これは、どちらかと言えばジャイアンの方が得意ではないでしょうか。うちの父親をはじめ、会社の同僚、友達など、身近にいる自分から見てジャイアンと見られる人は、みんなコネや友達をうまく利用して社会を渡っているような感じに見えます。普通に就職活動をしている人は、あまり見当たりません。
    身近なジャイアンは友達をかなり選んでいます。利用価値のない人には、はじめから近付かないようにも見えます。自分の場合はこの人と仲良くなりたいと思い、直感的に人に近付いて行く感じなので、あまりチャンスには恵まれません。
    友達からチャンスが回ってきたことは、過去を思い返しても見当たりません。気付かなかっただけかな?誰も、女友達すら紹介してくれなかったしなー。もしかしたら自分には、「うまく行くチャンスやタイミングを非常に鋭敏に見分ける能力」が、他の受動型より不足しているだけかもしれないです。

    • ぬまお
    • 2014年 2月 28日

    あ、そうか、コメント書いた後で思ったけど、「友達の引き」があまり良くないということか(^_^;)

    • あきら
    • 2014年 2月 28日

    こういう場に意見を書かせていただいたのは久しぶりでしたが
    今回はとても勉強になりました。
    うまく行っている人には必ず努力がある。これは自分の絶対公式です。
    努力が見えないのにうまく行ってる人がいたら、そこに見えない
    努力があるのだと納得するようにしています。
    (少々僻んでしまうときもありますが)
    でも、そうは思わない人がいること、そういう人との折り合いを
    どうつけていくか、今後考えて行きたいです。
    今の段階では黙殺しかないんですよね。

    • いさお
    • 2014年 2月 28日

    そうなんです!努力すれば良いのです!
    いつからでしょうか、、継続は力なり。という言葉が自分には絶対無理だと気づいたのは。
    努力。ただその単純な行為が単純でないのです。
    愛着、聴覚/嗅覚過敏、状況理解、任務遂行、先延ばし、中心思考、、虚脱、得手不得手、距離感、衝動、、色々邪魔してくれる訳です。
    多数派の中で多数派ぶってはいけないとここ数日痛感しております。
    そして、一気に転職モード突入で、転職に過集中しております。
    タイミング(キッカケ)が少しわかりました
    自分の場合。裏切りという自分の中ではそれはしないだろうということをされたときに一気に冷めるのであります。もうないなと悟るわけです
    一般的には
    白黒思考だ、ゼロか100かは良く無いよ、何事も程々にね。なんて言いますが
    そんな事すら出来ないのです。やりたく無いのであります。
    自分が一番好きなのです、ヒトにはもっと自分を大事にね。なんて言われますが!
    きっと掴もうとすればする程掴めないのしょうか

    • m2
    • 2014年 3月 01日

    結局、人助けって、自尊心を満たすために行われると思うのですよ。
     だから、自分より格下と感じさせる受動型ASにしかそういうのは回ってこないかと思います。私も全くそういうのは回ってきません。
    >身近なジャイアンは友達をかなり選んでいます
    受動型ASはそういう外交努力をしないからダメなのだ、と思っていたが実はそうでもなさそうなので驚いたということですよね(笑)
     我々から見れば当然の話で、そういう外交努力は+面はもちろんありますが、ー面も大きいのです。ジャイアンにはターゲットしか見えていませんから、ターゲット以外の人がそういうのを見てどう思うか? という視点が欠落しています。
     受験勉強も同様で、+面はもちろんありますが、成長期の大切な時間に実社会を生き抜くためには何の役にも立たない作業に精力を注ぐというー面も大きいのです。
     受動型ASが何故うまく行くのか? はマイナスになるような事をしないからなんです。

    • あきら
    • 2014年 3月 01日

    しませんね、マイナスな事。
    人から見てどうでも、自分がマイナスと判断すれば一切しません。
    話がそれてしまいますが、オリンピックを見て思ったこと。
    ずっと、浅田選手は受動型的だと思ってました。
    でも違いましたね。受動型的なのはヨナ選手のほうですね。
    できることだけを伸ばしたヨナ選手は目的を果たした。
    でも自分が惹かれるのは、あるべき姿に挑戦し続けた浅田選手です。
    ADHD諸氏が愛される理由も、きっとそこにあるのでしょう。
    どんなにあこがれても、同じようにはできない。
    愛されなくとも認められずとも、自分は自分で頑張って生きるしかないのですね。

    • ぬまお
    • 2014年 3月 01日

    「利用価値」について考えてみて、「利用価値がありそうな人を見極めて親しくなる」というのは、今まであまり意識してこなかったけれど、それは「あり」だな、と思いました。「利用するのは当たり前だ」と言う態度さえ見せなければ、外から見てもマイナスにはならないと思います。
    自分の場合、人からあからさまに「利用するために誘っているな」というのを感じたとしても、自分にとって「経験」になると思ったり、「自己満足が満たせる」と思えば誘いに乗っているわけで、自分にとって実はプラスになっている。
    そういう考え方をすると、自分が人を利用しようとした場合、「相手に悪いな」という気持ちを持っても、結果として相手が満足すれば「利用には何の問題もないではないか」、と感じます。ただ、後から「利用されて損した」という気持ちに支配される人には要注意ですけど。
    会社組織で「適材適所」を考えた場合、人をいかに利用するかを考えるわけで、ジャイアン的に「人を利用する」能力を究めた人は、立派な経営者、管理職になるんじゃないでしょうか。自分が「相手に悪い」と思う気持ちを持つこと自体が独善的であり、相手にとって何がメリットになるかは事前には分からないので、そこから視点を「相手は嫌なら断るはず。何らかのメリットがあれば引き受けるだろう」と思えるようになれば、多少は生きやすくなるかもしれません。まあ、なかなか難しいんだけどね。

    • あきら
    • 2014年 3月 02日

    たぶん、受動は利用「される」分には文句はないと思います。
    「する」時には罪悪感があり、色んな言い訳をつけるので
    そこが「責任逃れ・他人のせい」に見える気がしますが。
    損をした、だまされた、こういう表現はADHD的だと思います。
    受動はきっと、裏切られた、捨てられた、になるような。
    だから、利用され続ける分には問題はおきにくく、むしろ
    お役御免の時、つまり利用価値がなくなったときに
    問題が起きるように思います。
    ADHDの方は長所(そのとき必要としている部分)を認めて
    利用(付き合い)をすると思うのですが、
    自分は相手の欠けている部分を見つけてそこにはまるイメージです。
    言い方を変えると、欠点を愛する、なのかも知れません。
    ADHDの方は形がいびつでも、欠けていても、ひとつの器です。
    しかし自分は欠けた部分をふさぐ粘土や破片です。
    仕事もうまくはまれば、役に立つパーツになれると思います。
    話がそれてしまいましたが、仕事として他人を利用する場合は
    それが仕事だから難なくできそうです。
    利用するときの罪悪感の正体は一体なんなのでしょうかね。

    • ぬまお
    • 2014年 3月 02日

    >まず真っ先に自分の安全を確保したい。
    >うまく行っている人には必ず努力があると考える
    >相手の欠けている部分を見つけてそこにはまるイメージ
    ほとんど同じ世界観の中で生きているような感じがします。
    確かに、仕事と割り切って人を批判したり、利用したりは平気で出来る。
    プライベートで、自分のためにそれをやるとなると、絶対にできない。なんでだろう。
    「お役御免」と切り捨てられたら、「裏切られた、捨てられた」としか感じないな。「同じ痛みを味あわせてやる!」とか考えそうだ。
    うまく言えないけど、自分のイメージで言うと、人に借りがあると、返さなきゃという気持ちが強くなって、その人と対等の付き合いができなくなる。反論などもしにくくなり、自由を奪われるような嫌な感じがあります。

    • m2
    • 2014年 3月 02日

    >「利用価値がありそうな人を見極めて親しくなる」というのは、今まであまり意識してこなかった
    ああ、ぬまおさん確か社長と親しかったですよね?
     それが「友達の引き」ですよ。
     意識していないからこそ、一番利用価値が高い社長と親しくなれるんです。
     ジャイアンから見れば、社長と親しいなんてうらやましいの極地ですから。
     欲張らずに、何もしていないのに、一番利用価値の高い人と親しくなれる。
     「利用しよう」というマイナスの意識が無いからなんですけどね。
    >自分は相手の欠けている部分を見つけてそこにはまるイメージです。
    これは確かにそうなんだけど、こちらは自分の欠けている部分を相手に埋めてくれることを求めているんですよね。恋愛する上では、ここが問題なのかな。
    >「同じ痛みを味あわせてやる!」
    助けてもらっても、裏切られても、「倍返し」ですよね。
    >仕事
    批判や利用することのデメリットよりも、結果によるメリットの方が大きいからだけだと思います。
     プライベートで人を利用したって、何のメリットも無いじゃないですか。
     今日1日無事で生き延びられれば、それだけで感謝できる人種なんですから。
     仕事で失敗しちゃうと、明日の住まいや食料に困る事態になりかねませんからね。
     それだけは困る、ということじゃないでしょうか。

    • ぬまお
    • 2014年 3月 02日

    >社長と親しかった
    親しくはないです。上司とADHDの年上の後輩は、社長と社長のご主人の高校時代からの友人で、家を行き来するほどの仲であり、自分はその二人にこき使われているわけで、社長は申し訳なさそうにフォローしているため、ほかの孤立型や積極奇異の後輩より多少優遇措置を受けているだけの話です。
    自分以外の社員全員が同じ、地域でトップの高校の出身で、いつも高校時代の話題で盛り上がっているので疎外感はあります。「その高校を出ていない人はレベルが低い」という認識が地方都市には未だにあり、「あなたは何期卒ですか?」と行く先々で聞かれ、違う高校であることを告げると、申し訳なさそうな顔で「失礼しました」と言われることも多いです。
    地元都道府県内の企業に就職を考えている人は、地元トップの進学校を目指した方が、高校卒業後の進路にかかわらず有利であることは間違いないと思います。やっていない自分が言うのもなんだけど、受験勉強はした方がいいです。

    • 道産娘
    • 2014年 3月 03日

    上記の受動型の方のコメントを読んで正直「可哀想だな」と思いました。
    「放ったらかしにされると死にます」というコメントをされた方もそうですが、こういった「脅し」に似た発言をするのは「自分を受け入れて欲しい」気持ちの表れなのでしょう。
    私にはジャイアンさんのように(地位や名誉や賞賛等を)羨むことが無く、その気持ちがよく分かりませんが、その方が「(自身を省みること無く)自分の主張が正しい」と訴え続けているのは、自分の主張を他者に受け入れて貰うことで衝動をコントロールする「依存型ジャイアン」と何も変わらないのではないか?と思いました。
    (私自身は嘘を付くと自己突っ込みが入るので言えませんが)誰かその方に「あなたの主張が正しいです!」「私もそう思います!」って言って貰えないかなぁ〜と思いました。
    それでご本人の気持ちが満たされるのでしょうから。
    私自身は「攻撃」や「非難」の意図は無く、「考え方は人それぞれ」という前提があるからこそ「私はこう思います」とコメントしていますが、それが分からないまま「(勝手に悪意があると受け止め)過剰反応している」のでしょうから、「誰か慰めてあげたら?」と思いました。

    • あきら
    • 2014年 3月 03日

    人に借りがある(実際にどうであれ、そう思い込んでいる)と
    行動しにくいのは自分も同じです。
    だからできるだけ、自分が少し多めにお返しできるよう行動
    しているところがあるかも知れません。
    ここも人から見てどうか、よりも自分の物差しなので
    他人から見たらそうは見えない場合が多そうですね。
    自分はあまり「同じ思いを~」とは思わない方ですが、その分
    欠片感が非常に強いです。
    相手に自分の欠けているところを満たして欲しい、どころか
    自己イメージが欠片なので、足りない部分が大部分です。
    できないことが多い、というより、これしかできない、です。
    だから逆に、できることに関しては人より突出していると思いますし、
    それを生かす仕事以外には着きようがないため、就職も受験も非常にピンポイントで、
    必要最低限…確かにのらりくらりに見えるでしょうね。
    自分も思わぬところでハイクラスな人たちとのつながりができます。
    張り合わなくてよい相手なんでしょうね。

    • 道産娘
    • 2014年 3月 06日

    「うまく行くチャンスやタイミングを非常に鋭敏に見分ける能力」について。
    よく考えてみたら、KYである受動従弟にもこの能力はあります。
    状況察知能力とは別物かもしれませんね。(…というより、本当は空気が読めるのに読む習慣を身に付けてこなかっただけかもしれないです。家族にもKYが居るので)
    身内(従兄・私の積極奇異弟)の紹介で何度か転職し、今は積極奇異弟と同じ職場で働いてます。(そして弟がフォローをする等尽くしています)
    「友人の引き」というのは周囲から見た結果であり、受動型本人にその自覚があるかどうかは謎ですね。
    個人的に、「○○して貰ったという自覚が無い」だけで、結構周囲の人達に頼るのが上手く、結果「したたか」に見えるのではないかと思っています。
    「変わり身の早さ」は、外モードで接している知人を見てるとよく分かりますが、内モードではどっしり構えて体力温存していたかと思えば突然動き出す…といったことが多く、その部分だけ当てはまるかもしれません。

    • 道産娘
    • 2014年 3月 06日

    そうそう、あと「(受動型に対し)今のところ黙殺しかない」と言ったコメントがありましたが、これはASDの方がする必要はありません。
    私は(自称)ADHDで、尚且つ「依存を止め、本来のADHDの自律自尊の精神を取り戻したい」と考えているため、受動型を含む依存的な人達に対し「冷たく」接していますが、ASDの方は「元々脳が依存的」なので、ADHDの自律自尊の考え方はストレスになるでしょうから、ASDの方が私と同じように「合理的に考えて納得し、行動する必要は無い」と思います。(やたら「自分こそ合理的だ」「自分は人を利用している」と主張する受動型の方々がいらっしゃったので不思議に思ってました)
    何度も言いますが、私はASDの依存性を否定し、自身の考えを押し付けるつもりはありません。
    ASDや多数派が、双方依存し合って生きていくことはごく自然なことですから。(ただ、何度も言いますが私にはできません)

    • ぬまお
    • 2014年 3月 06日

    妻は身内(実の母親)の紹介で何度か転職し、今は妻の実の弟(孤立型のACっぽい)と同じ職場で働いてます。
    実の弟も母親の紹介で今の会社に就職したんだけど、母親は二人を就職させた後、所有する空き家を、その会社の事業所として貸して家賃収入を得るなど、ちゃっかり利用しています。
    妻は外モードで職場にうまく適応していたんですが、新人に指導する立場になったとたん、職場での完璧な「自分ルール」を新人に押し付けてしまったようです。教え始めの頃から「新人は頭が悪すぎる」と、繰り返し家で話すようになりましたが、よくよく聞いてみると、自分なりの独特なやり方を強制している感じで、結果として新人を退職に追い込んでしまいました。
    妻は、新人が辞める理由を妻のせいにしたことに怒り狂って、「私の教え方が悪いんだったら私が会社を辞めてやる!」と言い出しました。妻が辞めたら仕事が回らなくなるのを知っていて無責任なことを言うので、自分が「そんな理由で辞めるのはダメだ。それは、ただの非言語アピールで、周りに迷惑をかけるだけだ」と言って、思い直すよう説得しました。しばらくの間、精神が不安定になってしまったので、長期休暇を取って旅行に行くことで気分転換してもらい、最近になって、ようやく元に戻ったところです。

    • 道産娘
    • 2014年 3月 07日

    きっと本人に脅している自覚が無いんですよね。
    私も彼に「こうしてみたら?」と言ってみましたが、その後「できない」言い訳をするか、口を閉ざすことが多かったです。(愚痴だから黙って聞いていれば良かったのかも)
    私が知る限り、受動型の人はさっさと職場を変えることはあっても、「休暇を取ることには抵抗がある」印象があります。
    例え病気や怪我等で医者から「安静に」と言われても、落ち着かなくてすぐに外に出ようとしますね。(入院を拒む時もありました)
    非言語的な脅し等の発言については、本人に自覚が無く、責任を追及できないので、「周囲の家族が(受動型ASD・依存型ジャイアン)本人を理解し、負担が大きければ引き離す必要がある」と思います。
    「周囲に当たり散らしたり、コントロールすることで依存しようとする」ことに、周囲が何れだけ耐えられるか?が、今の私の基準ですね。(依存型ジャイアンに、大人になってから合理的思考を身に付けさせるのは大変ですから…というより、だいたい拒まれます。「本人が困ってない」ので、その必要性すら感じないのでしょうね)

    • 道産娘
    • 2014年 3月 08日

    上記の私の「ASDや多数派が、双方依存し合って生きて行く」というコメントについて訂正です。
    多数派も空気が読めるASDも「表面上互いに空気を読み合うことで、個人の責任を曖昧にしている」「相手の心情を配慮してフォローを入れる」部分は同じでしょうが、これが「依存にあたるかどうか」はちょっと分かりません。
    (自己責任の考え方が当たり前のADHDからすれば、確かに依存的に見えるのですが)「ASDの依存」とは意味が異なりますよね。
    失礼致しました。

    • ぬまお
    • 2014年 3月 08日

    あ、分かった!
    >友達から回ってきたそいういうチャンスを極めて効率的に生かして世間を渡って行く。
    人からあからさまに「利用するために誘っているな」というのを感じたとしても、自分にとって「経験」になると思ったり、「自己満足が満たせる」と思えば誘いに乗っているわけで、自分にとって実はプラスになっている。
    これが友達から回ってきたチャンスか!気が付かなかった。

    • あきら
    • 2014年 3月 09日

    それは受動あるあるですね(笑)
    (自分は先日、10年前に先輩に言われた言葉について
    「あれは嫌味だったのだ」と気付いたばかりです)
    奥様のエピソード、自分も若い頃ありました。
    非言語アピールというのは、そういう意味合いなんですね。
    よい上司やよい部下に恵まれたお陰でやめずに済んでますが
    反省します・・・いまさらですが。
    プライペートで他人の利用が難しい理由について考えました。
    結局のところ、本能にないことをするのは、無理があるから
    そう思うようになりました。
    作業としては出来るけれど、私生活ではしたくないこと、
    例えば重いものを持ち上げるとか、走り回るとか
    そういうものに、分類されているんだなと。
    作業として覚えてしまえば出来ること、つまりこれが
    外モードを成長させる、という事なんじゃないかと思い当たり
    それなら出来そうだと思える事が、頭に浮かんでいます。

    • ぬまお
    • 2014年 3月 10日

    内モードと外モードをどこで使い分けているんだろう?
    ここでコメントしている時や、会社や家にいる時、愛着のある友達といる時は内モードで、それ以外が外モードになるのかな?
    親といる時は専用のモードがあるような感じがする。
    1対1の時は、その人専用モードもあるし、集団と対面する時も集まった人によって変えているし、状況によっても態度や行動が変わってくると思うので、「自分はこんな人間だ」とうまく説明できないです。優柔不断な人間だとは言えると思う。
    機械的な作業や決められた工程でやらなければならない場合以外は、同じことを百回やっても、途中でやり方を変えたり、人の意見を採用したりして全て違うプロセスや結果になりそうだ。何かをしようとする時、分岐点で用意する選択肢が多すぎるのが原因じゃないかと思います。だから、楽そうなルートを見つければ楽な方へ行ってしまうかも。
    「ここへ行け」と結果だけ決めてもらえればやりやすいけれど、通るルートまで細かく決められると、うまくいかない可能性ばかりが見えてきてしまいます。

    • あきら
    • 2014年 3月 10日

    個別モードはあります。
    内モードに近いものと、外モードよりも大外なモードです。
    大外モードは突き詰めていくと、無視にたどり着きます。
    内モードに近いものが、一番自分が楽な対応だと感じます。
    今のところ親が内モードにあたるのかも知れません。
    1対1であれば問題ありませんが、別のモードで対応してる
    人が同じ空間に居ると、若干パニックになります。
    仕事の手順は自分で決められる、自由度の高い職場ですので
    今のところストレスなくやっていますが、これが流れ作業の
    ように、決められた動きをよどみなく行う、とか
    自分の作業の遅れが、次の人に影響する、などであれば
    早々にトラブル起こしていそうです。
    (やはり合った仕事につくために、勉強はしたほうがいいですね)

    • m2
    • 2014年 3月 10日

    たぶん、過去も環境も全く同じという前提で同じことを百回やれば、同じプロセスになるだろうと思います。
    でも、「環境」は全く同じということがあっても、その場合は過去に1度同じことをやっているわけで、その時の経験から別のプロセスを踏むことになると思います。
    少しでも楽なほうに。
    選択肢の多さは、「中心志向」の有無に関係していると思います。
    「中心志向」には選択肢を絞り込んで効率を上げる、という目的があるように思えます。
    我々の場合は、選択肢を多く準備する以上、何事もなくうまくいった場合は効率が悪い。
    しかし、確率は低くとも自分では如何ともしがたい問題にぶち当たることもあるわけで、その場合は別の選択肢を使えばいいから大失敗はしない。
    中心志向組は成功を追い求めるのに対し、我々は成功しなくてもいいので、大失敗して取り返しがつかなくならないことを追い求める、という大きな価値観の違いがあるように思います。
    通るルートを決められてしまうと、私も嫌になります。
    一つは、自分に合わないやり方だとうまくいかない。
    一つは、想定外のことには弱いから、と思います。
    ルートを決められた場合、自分でシミュレーションできないから、結局想定できないんじゃないんですかね。

    • あきら
    • 2014年 3月 11日

    「転ばぬ先の杖20本」「非常口」「散弾銃」
    あと、フォーメーションZ(予備計画が21通りあるの意)なんてのも。
    しばしば自分はこのように表現されます。
    多数派はどれもほどほどに、用意してあるのでしょうかね。
    社会人になってからは、環境ゆえほとんどなくなりましたが
    大学時代は、困ったときだけ頼られることが多かったです。
    他人の無計画さ(自分比)に驚いたのもこの頃です。
    うまい具合に自分の予備計画が採用されればよいのですが
    行き会ったりばったりな人物に委ねられた場合、
    たとえ他人にどう後ろ指を指されようとも、早いうちに撤退します。
    想定できない事態におかれれば、途端に無力になりトラブル源に
    なりかわってしまうので、一番自分にも周囲にもダメージが
    少ないのが撤退です。しかしこの行動が
    「自分の意見が通らなかったからふて腐れた」
    「自分がいないと困ると判っていて、圧力をかけている」
    「嫌いな人には絶対に協力しない」「逃げた」
    このように極端な人物ととらえられました。本心はぜんぜん別なんですがね。
    単純な作業ですら、自己流が許されないと何もできない事があります。
    学生時代に某ハンバーガー店でバイトした時は1日で挫折しました。
    あれはきっと、マニュアルがパーフェクト過ぎたんですね。

    • m2
    • 2014年 3月 11日

    多数派(男性)が選択肢を持たないケースが多い理由がひらめきました。
    たぶん、小さな失敗でもしたくないからでしょう。
    全く失敗やロスがない、最適なやり方はおそらく一通りに決まります。
    なので、そのやり方でうまくいくことしか考えていないのでしょう。
    実際、「想定外」なら許されることは多いですから。
    我々は普段、小さな失敗ならいくらでもしているから、最初から失敗することが前提の選択肢を準備することができるのでしょう。
    実際、多くの選択肢は何かがうまくいかなかったら、とかそういう前提が入っているじゃあないですか。
    我々の「想定外」は、もう誰も想像できないような事態か、その事象が起こってもたいした問題にならないから想定しなかった、ですからね。
    そもそも、困ったときの想定なんてしているのは我々しかいないから、そういう時に頼られるのは自然だし、そういう時しか役に立たないですよ。
    逃げるときの行動で嫌われることはやっぱりありますね。
    だから、友達は余り作らないようにしている、というのもあるのでしょう。
    作業マニュアルが絶対前提のバイト、それも無理そうだなあ。
    マニュアル化する方は得意なのですけどね。

    • あきら
    • 2014年 3月 12日

    ううむ、言い換えると多数派はプラス思考、でしょうか。
    成功をイメージしてことに当たるのは、大切ですが。
    よく、「そのときはそのときだ」と言う人がいますが
    そのときが来たら、こっちに話が振られますね。
    振られるのは構わないんですが、
    これも多数派の言うままに動くと、痛い目みますね。
    傍で見ていても、常に別のルートを想定してるので
    いざ相談されたら即答できます。
    しかし中には「何故最初からそれを教えなかった」と
    逆ギレする人も居ます。
    途中で口を出せば、それはそれで陰口言われるんですけどね。
    挙句、失敗するのを待っていたんだろうとまで言われる始末です。
    (当たらずとも遠からずなんですが)
    結局「即答しない」が一番いい対処になり、少し時間を貰って
    それから案を出すと、話がうまく進むようになりました。
    「逃げる」について思い当たったことがひとつ。
    タイミングによっては「非言語アピール」と捉えられる可能性があるのでは。
    よくも悪くも自分の能力がよくわかるので、手に余る事からは
    撤退しますが、それが非言語アピールとか、脅しと取られて
    いるのならば、どう説明すれば良いのやら、です。

    • ぬまお
    • 2014年 3月 12日

    >1対1であれば問題ありませんが、別のモードで対応してる
    人が同じ空間に居ると、若干パニックになります。
    あるある(笑)どっちに合わせりゃいいんだよ、みたいに思う。特に外モードの時に親がいたりすると非常に嫌です。
    >自分の作業の遅れが、次の人に影響する、などであれば
    早々にトラブル起こしていそうです。
    人に迷惑をかけているのが実感できる状況は辛すぎます。
    >予備計画が21通りある
    うーむ、これはすごい!自分はそこまで考え切れないです。
    >困ったときだけ頼られる
    昔から問題が起きるたびに友達から頼られました
    >友達は余り作らないようにしている
    今は家を出られないから少ないけれど、友達は多かったです
    >マニュアル化する方は得意
    うーむ、自分は苦手です。まとめきれないんですよ(^_^;)
    >常に別のルートを想定してるのでいざ相談されたら即答できます。
    トラブルを見ても、想定してあれば慌てるほどのことじゃないじゃん!って思うよね。
    >よくも悪くも自分の能力がよくわかるので、手に余る事からは撤退
    全く同じです。はじめから断っちゃうね。

    • ぬまお
    • 2014年 3月 13日

    一昨日の話ですけど、上司の仕事で問題点が見られたため、そこを指摘したところ「そんなことを問題にする奴は頭の悪い奴だ」と一蹴され、結局、修正しないままになってしまいました。
    今日は朝からクレームの電話が何件も寄せられ、自分がクレーム対応に追われることになったんだけど、上司は「頭の悪い奴ばかりいる」と文句を言うばかりで、電話にも出ませんでした。
    いつも、できる限りプライドを傷付けないように遠回しに、うまく言うようにしているんだけど、一昨日は時間がなかったので、直接、問題点を指摘してしまい、上司を意固地にさせてしまったのは自分のミスだと思う。時間がない時ほど気を抜かないようにしなければ、と思いました。

    • あきら
    • 2014年 3月 13日

    フォローの難しさですよね。
    多数派はどうもタイミング次第で、受け入れるか受け入れないか
    極端な結果が出る気がするのですが。
    結局、失敗したタイミングが一番代案が通りやすいので
    他人の失敗を待つことになってしまう。ジレンマあります。
    そして一度通らなかった案は、問題おきてからも意固地に
    拒絶される傾向にあると思います。
    (これは多数派にだけやたら多い気がします)
    (ここでうまい代案が出せなかった場合は撤退ですね)
    自分も、失敗の予測の中に「誰かの機嫌」「誰かの意地」
    これを入れるのを忘れて事態が悪化ことが多かったです。
    誰かが失敗して、お前が成功したら、失敗した人の立場はどうなる!と。
    正直「知らんがな!」なんですが、ここらへんの多数派の心理は
    今まで一度も理解できたためしがありません。
    多数派が大事にしているのは、体裁よりも心なので、代案を
    その人の発案という事にしよう、と言っても受け入れません。
    自分は中心志向がないので、事態が収まれば、誰の手柄でも
    いいのですが、そこも理解されません。
    今思えば難しい世界に生きていたなぁとおもいます。

    • ぬまお
    • 2014年 3月 14日

    多数派は一人でいる時や個人的に付き合う分には、話しやすいし、やさしくていい人ばかりなのに、共感する仲間が増えてきたり、先導する権力者が現れて多数派集団が形成されると、とたんに強気に出るような感じがするので、普段はよほど抑圧された中で生活しているんだろうな、と感じます。日頃から、我の強い発達障害者との個人的な関係の中で我慢している分、集団化した時の排斥行動に繋がるのかな、と思いました。
    若いころは青年活動によく参加していましたが、ジャイアンぽい人や積極奇異型ぽい人がリーダー的存在になり、そこに多数派がぶら下がって勢力を作り、組織内で対立が起きて青年活動自体が消滅するという状況を二度ほど経験しました。
    自分はどちらの集団に属する人とも、個人的な付き合い方をするので、両方の集団の多数派から得意の多数派工作で誘われ、最終的には「どっちにつくのか」と迫られた時は、やめてしまいました。集団に属していても、もともと個人的な付き合いしかしていないので、自分的には集団に無理して属している必要はないからです。

    • あきら
    • 2014年 3月 14日

    多数派の印象はとても近いものがあります。
    不思議に思うのは、派閥を作って内部で対立する、という
    あの行動に年齢的な成熟が見られないことです。
    多数派は年齢に応じて成長していくモデルケースのはずなのに
    あの行動は老若男女問わず、何度繰り返しても懲りないように
    感じるのですが、あれは本能的な行為なのでしょうかね。
    自分たちが、改善できない本能を持っているように、あの行動が
    多数派にとっての「悪いと判っていても変えられない」ものなら
    いじめも戦争も、絶対なくならないでしょうね。
    賢いはずの人たちが、あんな風に目的を見失ってしまうのは驚きです。
    自分は目的というのはシンプルに目的だけです。
    例えば、「デパートで服を買う」のが目的なら、デパートに行き
    服を買って、それで目的達成=成功です。
    友達と一緒に、とか、似合うものを探す、とかそれはオプションで
    100点が150点になるようなものなのですが、多数派は
    たぶん全部が目的なんだと思います。
    自分の特性と折り合いがつくまでは自分もそうだった気がします。
    しかし、失敗し続けてハードルが下がり、自分にシンプルな目的しか
    達成する能力が無いのだと判ったから、こうなったのかとも思います。
    (先生が指摘されているASDの『黒っぽい服』は、好みではなく
    買って外れる率が低いものを追求すると黒くなったのだと思います)

    • m2
    • 2014年 3月 14日

    受動型ASが内モードである程度公開されている場で議論するのは珍しいので本当に貴重だと思います。
    ぬまおさんの話、一般論としてはあるあると思うのだけど、私はほとんど体験していません。
    そのような事態が発生するときには、必ず多数派(女性が多い)から自分がリーダーに持ち上げられ多数派が形成されます。
    これも別の形の困ったときの受動型AS頼み、です。
    多数派があきらさんの言うような行動を取るのは当然のことです。
    多数派は自分が多数派側に属することが死活問題となります。
    多数派にとって少数側に属することは、我々がやり方を縛られるのと同じ意味を持ちます。
    いじめも戦争も人間というものが存在する限り、絶対になくならないと確信しています。
    それらをなくそう、というほど空虚な議論は無いですね。
    これをオフィシャルで言うと叩かれるのですけど。

    • ぬまお
    • 2014年 3月 15日

    青年活動で対立を起こしたリーダーのジャイアンぽい人と、積極奇異型ぽい人とは10年以上たった今でもたまに会うことがあり、ジャイアンぽい人は、その後、自分で組織を立ち上げて市民活動や、まち興しのリーダー的存在となって人望を集め、強引なところもあるけど自分は好きです。
    積極奇異型ぽい人は会社と反りが合わなくなり、独立する際に顧客を根こそぎ奪い、その後、手広く事業を展開し、最近では政治家を目指して行政にすり寄り、票集めに奔走し、次回には当選しそうな勢いですが、自分は嫌いです。二人の価値観が全く違かったことが対立の原因になっていたと思う。二人に聞くと、今でも互いのことを「水と油」だと表現していました。
    多数派はどちらかと言えば、自分で行動を起こすというよりは誰かに追随し、自分が共感を寄せる代弁者を立てているように見えるので、選んだリーダーの意向に従って動いているだけかもしれないです。人を批判したいけれど矢面には立ちたくない、という気持ちかな?だから、権力者を立てて勢力を保つ派閥闘争につながりやすいのかも。多数派を束ねるリーダーの資質が重要になってくるのではないでしょうか。

    • あきら
    • 2014年 3月 15日

    自分はお二人の中間くらいの経験ですね。
    ぬまおさんほど渦中に居たわけでもなく、m2さんほどはっきり
    リーダーシップを取る立場になったわけでもなく。
    自分は火消し型というか、どうにもならなくなったときに
    (たぶん多数派が思考停止してるスキに)動き出すことが
    多かったように思います。
    自分は多数派に担ぎ出されるのが恐ろしいので、自発的に
    表に出る(意見を言う)タイミングが何より大事です。
    担ぎ出されると、それは即「想定外」ですからパニックになって
    しまいます。(まずは自分が冷静でいられることが最優先!)
    多数派は多数でいることへのこだわりがすごいのですね。
    全員で多数ってわけには行かないのでしょうかね(笑)
    自分が見ていた限りでは、わざわざ他人と違うところを探し
    差別化している気がします。ASDである自分から見ると、
    ASDと多数派の差に比べたら、そんなもの微差だろうと
    言いたくなりますが。
    自分はASD率の高い職場にいるので、お仲間と関わることは
    多いのですが、やはりジャイアン氏の方が付き合いが楽しいです。
    ジャイアン氏は手綱が長いんですよね。仕事にしろ遊びにしろ
    かなり自由が利くので、決定的な意見の対立などがなければ
    長く付き合いが出来ます。長いこと会ってなくても、すぐに
    昔と同じテンポで付き合いが再開できる感じです。
    ASD同士だと、どっちも手綱が短いので、一時的に協力関係は
    築けますが、早く解散するのが大事です。
    多数派に対しては、いつも誰かの後ろにいる人たちというイメージで
    ぬまおさんと同じく、矢面に立ちたくないという気迫(?)を
    ひしひしと感じます。でも、これといって印象に残るような
    エピソードもなく。
    やはり多数派とは深い付き合いが出来てないなと思います。

    • m2
    • 2014年 3月 16日

    多数派の本能は「全員が多数」ですよ。
    だから、受動型ASを担ぎ出してそれを実現させようとします。
    対立が起こるのは、中心志向組同士の利害が対立するからで、お互いが多数派工作するからです。
    多数派が多数派工作してるのは、リーダーが多数派工作しているから、だけです。
    全員が多数派であれば、「全員が多数」は実現されます。
    しかし、それは人類の滅亡を意味します。
    多数であることを優先する余り、変化が起こった時に滅亡の方向に全員で向かってしまいます。
    それを避けるために少数派が存在する、と考えれば、いろいろな説明がつきます。
    受動型ASがジャイアンと仲良くなることが多いのは、お互いを利用できるから、だけだと思います。
    ちょうど能力が反対なので、足りないところをお互い補填できる。
    後はジャイアンはADHDなので後に引かないというのも理由でしょう。
    当然意見が対立することが多いわけですが、ジャイアン側が時間がたてば忘れるので、関係を復活させやすい。
    積極奇異型ASは対立を忘れないので、修復が難しい、という面はあります。
    積極奇異型ASは男性多数派とたこつぼ世界を作っていれば良いという理由もあるでしょう。
    我々の行動としては、担ぎ出されることを「想定内」と考えるか、「想定外」と考えるか? で差が出てくるみたいですね。
    これは子供の頃の体験で決まるのでしょう。
    大人になってからだと、社会的な体験を積んで想定できるようになっても「怖い」という感じになるのはなんとなくわかります。
    対立が起こっても、自分が指揮を取る立場になればうまくいく → 自分の実力より下の組織にいることが大事、みたいですね。

    • あきら
    • 2014年 3月 16日

    種の保存としての少数派ですか。考えてもみなかったので
    目から鱗です。確かに、ためらいなく他人と違う行動を
    とれる者が生き残るのかも知れないですね。
    ジャイアン氏の不思議なところは、自分のテリトリー内で
    好き勝手やられてもさほど気にならないのですよ。
    (この辺を論じると、依存だとかそういう方向になりそうなので
    この辺でやめておきます)
    積極奇異氏+多数派というと、何故か野球部を思い出します。
    この組み合わせ、多くないですか?
    想定については、担ぎ出される=想定内、タイミング=想定外
    こういうイメージです。
    バンジージャンプみたいなもので、飛ぶことは自分で決め、
    楽しみも感じ、達成感もあるとわかっていても、
    飛ぶタイミングは自分で選びたいものだと思うのです。
    結果が一緒だとしても、やはり突き落とされるのは嫌です(笑)
    こちらのタイミングを無視して押してやろうとニヤニヤしてる
    人影を見つけたら、即撤退です。
    自分は大事なタイミングは、誰にも知られたくないのです。

    • m2
    • 2014年 3月 16日

    自分の定義だと、男性多数派=積極型ASなので、積極奇異型ASのリーダーと積極型ASの組み合わせた集団が多いことに違和感はありません。
    野球部というより、高野連ですよね。
    あの組織に絶対服従という雰囲気。
    社畜とか官僚社会なんかも同じです。
    いわゆる「男性社会」は積極奇異型ASと多数派男性にとって居心地がいいのだと思います。
    受動型ASから見ると最低の環境ですけどね。
    積極奇異型+多数派って、多数派は必ず男性じゃないですか?
    女性多数派はその枠からは外れていると思うのですよ。
    女性多数派には、専業主婦とか寿退社という多数派男性にとって都合の良い道が準備されていますが。
    押してやろうとニヤニヤしている人影 → これは私でも撤退しますよ。
    多数派工作のために押されるのはたまりません。
    ただ、相手が傍若無人なジャイアンのケースだけは場合によります。
    うまくいく、という結果を残すために担ぎ出されるというのが重要です。
    そういう目的であれば、いつ出番があっても良いように準備はしています。

    • あきら
    • 2014年 3月 17日

    組織=組織のきまり、に絶対服従なんですよね。
    あれはある意味、きまりに対する丸投げ依存にも見えますね。
    自分がどう思うかを放棄して、きまりだから、ですべて済ませる。
    野球部っぽいというのは、そういった側面のほかに、
    「地味なクラスメイトを集団で散々いじめたその足で、
    側溝に落ちた車などを助けて新聞の地方面に載る」
    そんな整合性のない行動を全く違和感なく行うイメージがあるからです。
    たぶん、どっちもリーダーの積極奇異が言い出すことで、
    多数派はどっちの行動も違和感なく行うんだろうなと思います。
    その中に自分が混じってることを想像するだけで、ぞっとします。
    矛盾に耐えられず病むか、単独行動でいじめにあうかの2択でしょうね。
    ニヤニヤの人影=多数派工作
    いやー、一発でわかってもらえるとは思いませんでした。
    通常、これの何が嫌なのかを説明するのに苦労するので。
    多数に参加せず、少数の立場のまま場を制するには、
    多数派工作に絶対に乗らないことが大事なので、自分に代案の
    用意があることは、ぎりぎりまで隠し通します。
    多数派は自分たちで制御不能になった後も、自分たちの影響を
    残そうとしますよね。
    「俺たちが、あいつに後を頼んだんだ」というあれです。
    そういう不本意なことを言われないためにも、ことが済んだあとの
    馴れ合いはできるだけしないようにしています。
    自分は女性とのかかわりが少ないので、いまいちピンと来ない
    部分が多いのですが、女性のASDはあまりよくわかりません。
    女性全般が少数派的な行動を取るように見えるというか、
    大きな全体のためというより、一部の少ない仲間のため
    (女性のグループや、家族など)の行動を選択するように見えます。

    • こんどい
    • 2014年 3月 29日

    現代の食生活から見る
    AS⇒草食(糖質過多)
    ADHD⇒肉食(タンパク質不足に陥りやすい)
    ASに育てられたADHDは、与えられた食事が糖質過多なため、精神・身体ともにバランスを崩す。
    ADHDのACと思われる私、先日から糖質制限をはじめたところ、合理的なADHDへの移行が急激に進んでいる。
    後藤先生のブログでADHDであることを受け入れたことで、ストレスが軽減したこととあわせて、食事も非常に大切であることを実感している。ただし、極端に偏ったものではなく、個々人にあわせたバランスが大切だと感じ、自分の体が欲するもの(糖質を含む嗜好品をできるだけ減らし)を食べていこうと努力している。

    • 2015 may
    • 2014年 8月 18日

    「この人たちはそう心配しなくても何とか世間でやって行くんだ」
    受動型だと誰が診てもはっきりわかる方を何人診てのご判断でしょうか。
    社会適応力のない受動型(疑い含め)で深い悩みを持っている方々を混乱させる発言をこれ以上しないでいただきたく思います。(受動型に限りませんが)
    事実混乱されている方がいらっしゃいます。収束への遠回りになりかねません。
    中傷ではありません。当事者からのお願いです、叫びです。

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