AC、人格障害関連

精神疾患に見える発達障害シリーズ⑧

精神疾患に見える発達障害シリーズ⑧

発達障害と解離性同一性障害

 私は今解離(多重人格)を伴うADHDとASの人を診ていて、本人(その度変わる)からいろいろなことを教えてもらっている。パッと見意外に見えるが、よく考えれば解離性同一性障害にもともと発達障害があったというケースは多いだろう。

 受動型ASの人は、「状況に流され続ける」という徹底的に受身の生き方なので、学校や家庭などで「状況」があまりに違うと、結果解離に近い状態になる。

 ジャイアン(自己正当化型ADHD)は、都合が悪いときに「覚えていません」という現実否認の解離はあるだろう。

 もうひとつ、合理的なADHDはあまりに合理的で、もしも「ぐちゃぐちゃした感情」や「理不尽な目に遭うこと」がどうしても回避できない現実の状況の中では、その合理的には受け止めようもない部分を別の人格の形で受け止めるということもありうるだろう。

 こういうプロセスで、実は発達障害に解離が合併することは少なくない。私も最初は目を疑ったが、考えてみれば解離になりやすい人たちであるとも思える。逆に言えば、解離性同一性障害を見たときに、ベースに発達障害がある可能性を想像できると診療の幅が広がるだろう。


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コメント

    • melon
    • 2007年 9月 27日

    私はASですが、今はありませんが、以前は乖離がありました。私の場合、いっぺんに意識できる認知の幅が狭いため、人格の継続性が難しい、言い換えれば、「昨日の私と今日の私は別の私。」のような感覚になることがあります。以前の乖離は、生活や仕事をこなすために、別人格で対応していたようなところがありました。乖離が消えた今、仕事への適応能力は、確実に落ちました。
    乖離は、ASにとって使いやすい防衛機能じゃないかと思っています。

    • 匿名
    • 2007年 9月 27日

    コメントは、おひさしぶりです。
    いろいろ合併する事がある、ってのはどの病気でもおなじですね。
    ところで、話は変わるのですが。
    おかげさまで、新しい無料レポート
    「医者のホンネが丸わかり!(改)」
    http://www.gekizou.biz/report.php?aid=1971&cid=9539
    が完成しました。
    自分で言うのもなんですが、たくさんの方の
    ブログが紹介できて、良いレポートになったと思います。
    前の時に了承していただいたので。
    今回の無料レポートでも、紹介させて頂きました。
    事後承諾になってしまってすいません。
    本当にありがとうございました。
    今後とも、よろしくお願い致します。

    • birokusi
    • 2007年 9月 28日

    はじめまして。最近、会社の同僚が似た症状をもっているのでアスペルガーやADHDに興味をもっています。
    安易にあてはめることはいけないとおもいつつ、最初にその人の雰囲気から感じとったのは
    ・場の雰囲気が読めない
    ・落ち着きがない
    でした。その後、
    ・仕事中に常に誰かに話かけたり一人言をいったりしてうるさい
    (ただし、自分の興味のある分野になると集中する)
    ・人がいようがいまいが、口笛、鼻歌、リズムをとり他人の迷惑を考えず仕事をする
    ・創造的な仕事で自由な社風ではあるのですが、会社員であるにもかかわらず、ひたすらスケジュールを立て上司に報告したり、勤怠をつけたりするのを嫌がり、実際よく忘れる(やる気がない)
    ・書類をまとめたりするのを尋常に嫌がる
    ・自分が忙しいとミーティング等を嫌がる
    といったような感じです。
    全般的に感じるのは自分の都合が悪くなるとそれに意味・意義はあるのか?といい凡人からはわがまま、へりくつとしか思えない発言をします。
    世の中によくいる人でもあり、お金もちなのでただのわがままかと思っていたのですが上司がスケジュールや勤怠をきちんとつけるように話あいをもつと急に激高しだし、だんだん趣旨がずれて理論もおかしくなり議論になりません。
    とにかく、めんどくさくてやりたくないらしくそれに意義はあるのか?とか会社にあわないなら会社をやめるとか言い出します。本当にやめるわけではないのでしょうが、あまり普通の社会人はそういう理論にならないような気もします。
    彼がおぼっちゃんで独創的な職場だから個性なのでしょうか?
    私がやや普通の人間より神経質で理性的な面をもっているので気になっているようなら自分を変えたいなと思っています。
    だた、そのわけのわからない理論というか論争を
    聞いていると正直疲れてしまう自分がいます。なんとか席を離れたりして気をまぎらわせていますが、
    上司は彼の個性を無視して(って当たり前ですよね普通の社会人ですから)どーしても管理的な仕事をやらせたいようでしょっちゅうこのような議論になるのです。
    ちなみに彼は職場で専門的な知識があります。趣味が仕事になったような感じです。また、性格自体はいいので彼のことを嫌いではありません。
    お忙しいとは思いますがよろしければ感想をお聞かせください。

    • まーちんAS
    • 2007年 10月 03日

    多重人格にあてはまるかわからないけれども、
    人格の乖離というか、ふと気づくと価値観が変わってしまった自分がいたりします。
    私が浅く広い人間付き合いをするのは、いつも同じ人格を保っていられないから、または自分の多面性を他人に見られたくないからってことかも。
    乖離/乖離/乖離は、すごく疲れます。
    気づいた時には、身体的な疲労も大きく、どうにかならないかと、たまに思います(TT)
    このトピックは非常に興味深いので、ぜひ深く掘り下げていただきたいです。

    • mario (AS)
    • 2007年 10月 04日

    乖離とは違うものだと思いますが、全く新しく構築した人間関係(グループ)の中で、以前とは違う自分が(場の流れに乗ってではありますが)出てきました。以前の真面目一徹の自分とは違う、軽くて不真面目で明るい自分です。これは新鮮な経験でした。客観視すれば無理があったのも分かるのですが、少なくとも周囲からはそう見られていた部分もあります。その後、それは本体(前からの自分)と統合されて、そこ以外(職場など)の人間関係を若干ですが豊かにしてくれました。人格自体が変わったと言うより、そう言うスタイルを身に付けたって感じです。

    • hikari
    • 2007年 10月 04日

    正に『乖離』に近いかもしれません。
    個人的に今、非常に混乱しています。
    『蜘蛛の糸』のお話に出てくるように、天から糸が下りてくると、手当たり次第に場当たり的な行動、言動をして、なんとか現状から抜け出そうと試みるのですが、とても疲れています。
    後で、自分が誰かに送ったメールを読んで、自分で自分の発言に流されていくようでもあります。
    自分で送ったメールで、周りが動く。周りが動いてくれたから、自分も乗らなければならない状況を実感する。でも、それは、場当たり的な発言であったりもする・・・。時間が経てば、「なんてことを言ってしまったのか!」と自分に腹が立つ。
    自分で自分が嫌になります。
    少し『躁鬱状態』のような自分を実感します。
    周囲の反応は皆それぞれで、「自分が無い」のを実感します。自分で決められない根本的な弱点と闘っています。
    例え、周りを説得できたとしても、それも「場当たり的」な発言だったと実感した瞬間が何より怖いのです。

    • アリス
    • 2007年 11月 27日

    アスペ当事者でPTSD持ちです。
    今、他サイトの方での自己分析と、アスペの研究者の方の月イチのセラピーを受けています。
    トラウマ処理を進めるなか、自分の中に今のところ五つの人格がある事に気付きましたが、人格交代している時にも記憶自体は何とか保たれているんです。
    ですから「解離性同一性障害」と言っていいのかどうか…。
    アスペは忘れられない人達ですから、それ故に同一性が曲がりなりにも保たれてるのかな、と自分では考えています。
    (勉強不足でとんちんかんな事を書いてたら済みません)
    アスペは乖離やPTSDになりやすいそうですが、定型とアスペでは、乖離症状やトラウマ処理の仕方もまた微妙に違うんでしょうか。
    私は視覚優位のアスペなのでフラッシュバックが全て映像で、まるで三次元でホラー映画のワンシーンに居る様で、本当に怖いです。
    何とかこの状況から抜け出したいと思ってるんですけど…。

    • hikari
    • 2007年 11月 28日

    過去の自分の投稿を読んで、あの気持ちが私の中では『過去』のものになっています。
    助けを求めて、誰かの助言を欲しがったけど、今は、辿り着きたい自分があり、それは不確かであっても、長い冬眠のような生活から脱出したいのです。自分の意志で動き出しています。
    当時、marioさんのコメントの意味がよく分からなかったけど、今は、分かる気がします。

    • Whisky
    • 2008年 1月 22日

    初めて、投稿します。
    自分は、本当に最近このブログやYANBARU先生のサイトをみて、積極奇異型のASではないかと思い始めたものです。
    一昨年の夏からいままで、自分では3人の解離性同一性障害(DID)と思われる女性と知り合いになって、最後の一人とは、今、いくらかの関係を持っているものですが、それで、自分なりに本の読んで勉強したのですが、本に書いてあることを考えると、まるで、アスペルガーのような記載があります。言葉に二重性をもたせて使ったり、約束が非常に重要で文字通りに意味を取るので、きちんとしないと抜け穴を見つけたりなど。治療者に執着したり。
     思うに、これは、DIDの中にASや、ADHAがいるのではなくて、ASやADHDがDIDになるのではないでしょうか?
     あるいは、もう一つの可能性としては、DIDになって人格を解離させて交代人格を作り出すメカニズムとASやADHDの脳の構造との関連があるのかということになるのかも知れませんが。
     ただ、同等な程度の虐待でもDIDになる人、ならない人がいるらしいので、やはり、DIDの素因としてのAS、ADHDがある可能性は高い気がします。
     ADHDに関してはあまりまだ、つかめていないので、もうすこし、ADHDに関する情報とDIDに関する本を読み返してみたいと思っています。
     興味深かったのでコメントしました。

    • JET
    • 2012年 12月 01日

    >もうひとつ、合理的なADHDはあまりに合理的で、もしも「ぐちゃぐちゃした感情」や「理不尽な目に遭うこと」がどうしても回避できない現実の状況の中では、その合理的には受け止めようもない部分を別の人格の形で受け止めるということもありうるだろう。
    私は自分にあてはまる記述を見つけ次第コメントしておる訳ですが、こういう事ですね。3回しか会ったことない人との10分程の別れでこんな風になってしまった。依存型の人がフリーズしたままになったとも言える。自分がその時何が出来ただろうと考えると、時間を下さいということだけだと思うけど、相手には実際時間は無かった。その頃私は学校に行くだけで精一杯であったし・・。
    大なり小なり、発達障害者にはよく起きることではないでしょうか。

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