AC、人格障害関連

迷惑をかけても生きる

 私も以前そうであったが、「自分が迷惑がられるくらいならばそこに居たくない」という風に考えていた。

 私が今相談に乗っている当事者の中にも、「ADHDの診断書を勤務先に出したくない」という人がいて、「もしも自分が採用を決めるほうの担当者なら発達障害のあるケースをいろいろ面倒なことを理解してまで雇うことはしない」という人がいる。

 私は「その発言をしている時点で仕事は長持ちしないだろう」と忠告しているのだが、表面的なジャイアンは頑固でなかなか理解しない。

 私は平成18年5月に「偏屈者宣言」で「普通」を諦め、「最低限」に目標を転換した。
 その時点で自分が世間や周囲の人に偏屈で迷惑をかけるのはどうしようもない現実であることを認めた。

 実際もしもそうなりたくないなら本格的に引きこもるか自給自足(昔は本気であこがれていた)するしか無い。  

 しかしながら、これは償うべき「原罪」のようなもので、「目に見えた社会貢献を証明し続けないと自分は生きつづけられない」ような中心志向の自己突っ込みは実は最近まで継続していた。
 
 それが最近は、のび太に近い境地(合理的なADHD)に進むにつれて、自分が迷惑をかけていることについて「平気」になりつつある。

 こう書くと「なんて自己中極まりない」「図々しい、厚かましいにもほどがある」ということになるが、これが本当に「生きる」ということなんだろうと今は考えている。
 
 「私は自分が生きたいから生きています。そのために関わる皆さんに迷惑をおかけしますが大変申し訳ありません」 これが究極の「自己責任」であり、ある意味究極の「普通」のはずだ。

 逆に考えれば、戦略的な意味以外でカミングアウト出来ない時点で、仕事の上での本当のプロフェッショナルにはなれない。結局周囲からのマイナス評価でぐらついてしまう程度の仕事しか出来ない。ということだ。
    
 もしも私が人事担当者で採用を決める立場に居れば、「カミングアウトしても仕事をしたい意志がある」というプロ根性はプラスの要因でもある。逆にカミングアウトできない弱みは、就職の面接のやり取りなどの場では簡単に見抜かれるだろう。

 ACからの本当の回復は「迷惑をかけても平気でいられるか?」というところまで行かなければならない。
 
 考えようによっては「当たり前」の結論だ。

 (本日平成24年9月11日、通算のアクセス数が10000000件を超えました。今後も私はどんなに叩かれても図々しく生きつづけます。お嫌いな人はどうぞアクセスされないでください)。


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コメント

    • あまがえる
    • 2012年 9月 12日

    賛同。

    • 匿名
    • 2012年 9月 12日

    おめでとうございます。一億アクセスも楽勝でしょう。
    YAMBARU先生も小生も医師という特殊な職種であるがゆえに「ヒトに小さな迷惑をかけても大きな社会的貢献をすれば赦される」という面はあるかと思います。
    ただ小生も以前は「他人様に迷惑をかけないこと」が至上命令のような生き方を強いられ(亡き母親の教え)、それができないためにこの世から消えてしまいたいと何度も思いました。
    先日の「多数派の言う愛は洗脳にしか思えない」にもつながりますが、多数派って自分の都合のいいように周りを上手くコントロールしているだけのような気がします。
    それができない、ある意味馬鹿正直な発達障害はそれでいいのではないか。少なくとも小生は馬鹿正直が好きです。
    欠点だらけの自分を好きになったとき、これほど強い存在はないでしょうきっと。
    多数派の人って自分を好きになれているのかしらん?と思うことがありますよ。仲良くなって酒飲んで話したら愚痴や自己嫌悪の話ばっかりする人が結構いますし。(ふだん自分に嘘をついて人を騙してるからその反動?言い過ぎたらごめんなさいね)
    自分は変わらないのだから好きになってしまうしかない。
    迷惑かけたらそれ以上のいいことをする。
    それでいいんじゃないでしょうか。

    • KEI
    • 2012年 9月 12日

    昔の人は「人様に迷惑をかけないよう」などと言ったものだが、どっこいお互い様だと思いますよ。そんな事ばかり言ってる人が一番あれだったりするしね。
    我が家のジャイアン息子、ジャイアン夫、二人とも環境が整ったら落ち着いてきました。混乱させる人、変なルール、悪意の中にいること、などがジャイアンを悪化させる気がします。
    自分の出来る範囲で気をつけていればいい。定型だって迷惑な事をする人は沢山いるんだから。
    いいとこだって一杯あるんだし。嫌ならはっきり言う、とかその場を去る、とかそれだけ。関係を変えて付き合う、というのもありかな、、、。
    なーんて達観したようなことを書いてますが、それでいんだよ。と思います。
    1000万アクセスおめでとうございます。

    • JET
    • 2012年 9月 12日

    おお、ジェリー!

    • 2012年 9月 12日

     通算のアクセス数が10000000件を超えたということ、おめでとうございます。それほどまでに発達障害について理解したいという読者がいて、発達障害を診療していて、Dr自身がADHDであり、それを踏まえて考察していることの意味が大きい、ということだろうと思います。
     さて、また手厳しいことを・・・と思いつつ、その通りだなと思っています。
     私は現在、カミングアウトには戦略的な意味で踏み切っておりません。非常勤という雇用形態であるにもかかわらず新たな取り組みとして上層部の期待を背負っていること、年功序列の強く残る職場で、かつこれまでの非常勤は専任の補助として雇用されており、前例にない非常勤の役割を与えられていること、現場ではスペシャリストよりもジェネラリストの職務を期待されていること等々、さまざまな理由があります。まず「何ができるか」が試されているため、それを優先させることが第1の目標と考えております。
     医療界は専門職集団です。それゆえ当該専門職として他者、他職種に発言できることがあります。しかしながら、専門職集団ではない業界、総合職のなかのただ一人の専門職あがりとして、マイノリティの構造を意識せねばならず、一つ一つクリアしていかなければならない状況です。医療職に舞い戻れば馴染のある専門用語、馴染のある考え方、馴染のある手技や物等々、あるでしょう。そうではない、医療界でない業界の用語、考え方、物の取扱い等、全く異なる場所で、かつ発達障害など困った存在としか見ていない場所でやっていくにはそれなりの準備が必要です。私はカウンセラーではありません。相談室と異なり、ただ現在の若者のつまずきに何らかの手がかりをというだけの職です。
     医療界よりも個人裁量の範囲が広い職場です。しかしながらノイズが耳に入ってしまう環境であり、特に困った人たちに対応した後のネタになり、それによって集団が集団を結束させるといった凝集性を示すので、現代社会の成立基盤を確認する事象として捉え、いかにそれが社会的な問題になっているか、上司である人から理解を得られるようにしていかなければならないと思っています。医療界から離れるとはそういうことだと思っています。

    • 2012年 9月 12日

     ただ、専門家でないから立ち入るな、すべて専門家へ。だったら相談室に行けない者は自己責任で、ということになるのだろうか。若者の自殺者が事故による死亡よりはるかに超え、先進7か国では事故より自殺が多いのは日本だけという状況において、専門家がなしえること以前に、そこに辿り着いていない現状があるのでしょう。
     自分が迷惑をかけることについて、今私はお互い様だと思っています。適応上、新たに入った職場に最初に迷惑かけるのは当たり前ですし、新たな人が入って職場環境の変化は当然ある。ストレス概念でいうと、双方ともに圧力がかかっているということでしょう。私はある一定の職に固着せず、他の業界を経験することにより相互の関係を理解しようとしました。ひずみ(歪)は相互に与える、それが人間固有の「力」だと、私は理解しました。つまり、他職種の者に対し今までに排他的だった集団に入ることの歪、それを経験したうえで新たな歪を経験する、一足飛びに解決できる問題ではないことをいかにして解決していくか、なのだと思っています。

    • F
    • 2012年 9月 13日

    1000万アクセスおめでとうございます。
    新しい職場での初日、何を手伝っていいやらわからずに(私、存在してるだけで邪魔だな・・・)と思いました。
    すごくいたたまれなかったです。
    二日目に「とりあえずニコニコしとけ!(どうせそれしかできないのだから)」と思うことにしました。
    それから「いろいろ気がつくけどすぐ忘れちゃうので、やりかけの仕事に気付いたら「忘れてるよ!」と突っ込んでください。悪気はなく、本気で忘れてます」とお願いしました。
    その結果「忘れてるよ!」と教えてもらえるようになり、周りに気を使わせたりイライラさせることも少なくなったように思います。
    自分の限界を知るって大事なことですね。
    「人に優しく、自分に甘く」で頑張ります。

    • 道産娘
    • 2012年 9月 13日

    おめでとうございます!
    >ACからの本当の回復は「迷惑をかけても平気でいられるか?」というところまで行かなければならない。
    もし自分がACならば、回復には程遠いな…と痛感しております。
    地道に頑張ります。

    • 匿名
    • 2012年 9月 13日

    >若者の自殺者が事故による死亡よりはるかに超え、先進7か国では事故より自殺が多いのは日本だけという状況において、専門家がなしえること以前に、そこに辿り着いていない現状があるのでしょう<  みさんがなされている、なされようとしている困難かつ重要なお仕事に敬服いたします。  その上でひとつ余計なことを。    この国の若者(20代、30代)の死因のトップがここ何年も(5年か10年か忘れましたが)自殺であるのは、この国に夢も希望もないからです。ここ何年も前から、道ですれ違う、電車で乗り合わせる若者たちの暗い表情の悪化の程度は小生の心を痛めるものがあります。  政治的なことはここではあまり言いたくはありませんが、マスコミが人気を煽った某総理と某財政経済担当大臣がそれまで日本国民で分け合っていた富の多くを外資に開放、売り渡し、某中央銀行も(今世界各国でやられている)金融緩和などの適切なデフレ対策を20年以上怠ってきたからです。  今また、マスコミに煽られた「消費税増税は当然」とする政治家たちにばかりスポットが当たっています。この日本全体が瀕死のなかで。彼らは「憲法改正(実際は改悪)」「中国韓国ロシアと戦争を」なんて恐ろしいことまで堂々と言っています。これは若者たちをさらなる地獄に落とすことに他なりません。  国民を助けるためには税金はむしろ下げねばならない、公共投資を増やして、金融緩和してデフレから脱却せねばならない、と至極当たり前のことを訴える政治家は秘書を含めて何度も何度も冤罪で嵌められ、マスコミは罵詈雑言を浴びせるばかり。  本気で若者を救うためには、「不要な」自殺をなくすためには、政治や経済のことがわからない、学ぶ余裕もない、大衆報道を鵜呑みにするしかない立場の弱い人たちを助けるべく、医療や関連業種で働く者達がこの国のおかしな現状実情を正確に理解認識して、さらに突っ込んだ方策を考えるべきである、と常々思っています。  偉そうなことを言ってごめんなさい。  若者、こどもたちを守りたい。それだけです。  

    • ちひろ
    • 2012年 9月 13日

    1000万アクセスおめでとうございます。

    • JET
    • 2012年 9月 14日

    先生の第二の偏屈者宣言に・・・おめでとうございます
    ほんとに良かったですね・・・
    先生が治れば皆治ります
    私も本望でございます
    しみじみ・・・
    ところで、今度は自分という個体を認識できない障害についてご高察いただけないものかと願っております・・
    生死の分け目であり少子化の一端を担っておると思います
    難しいなあ・・・
    命は偶然に左右されるしその場しのぎが一番いいかな?
    そうなると・・伝統っていいなと思います
    世代を超えて研究していけますし・・・
    人生は短い・・・
    先生、ますますのご活躍を祈念しております!

    • JET
    • 2012年 9月 14日

    違いましたか・・
    普通宣言?デフォルト宣言?
    なんでもいいですか・・・

    • こっくろうち
    • 2012年 9月 14日

    リーライリリー!!
    ありがとう(そこにどんな悪意があろうとも)。
    近頃はがむしゃら+周りに証人をつけるというスタイルで頑張っています。専門職+海外逃亡と言う夢も見つけはじめています。
    先生昨年お返事を出して頂いていた事を必殺思い込みで
    勘違いしていました。お返事ありがとうございます。
    正直先生のお言葉を5年前に見れたら変わっていたかもな(未来が)と思います。
    半年前からデパゲンを始め社会適応に近づける様に頑張っています。
    学会、医療会、専門職には同胞が多いと身を持って感じ始めています。何卒宜しくお願い致します。

    • 2012年 9月 14日

    Paul Carpenterさん
    いえいえ、余計な事でもなく、偉そうなことでもなく、私もPaul Carpenterさんと同様に思います。
     Paul Carpenterさんの言う通り、1997年以降の自殺者3万人を超える事態は政治によるものです。1%の富裕者たちと多くの非正規雇用者を生み出したのは、ほかならぬ政治家たちの決定によるものです。
     私はここにきて、何を勘違いしているのかと思う人たちと出会いました。エリートを育てることで国力を、と言うのです。個人の持てる能力を活かすといったことなど考えず、エリートが国を引っ張っていくという、何という勘違いだろうかと思わざるを得ません。能力のない者は単純労働をという考え自体、その対象となる者の能力を見抜くことができない知的労働者の思い上がりであるのに、それに気づけない人が多すぎるのです。エリートとは何者かを問いたくなります。
     ただ、私はマスコミに扇動されてしまう国民性について考えなければならないと思っています。「フィーバー」とも言われた某総理、某財政経済担当大臣のTVで発言する内容を鵜呑みにして世論を形成したのは、他ならぬ国民です。政治家にお任せではなく、しがらみ云々でなく、自分でこの国のありようを考えなくてはならない社会になっているのです。そのための教育に尽力されている人もいます。
     実は人の痛みがわかる人々が、各業界とくに人と接する業界にいてそれぞれに意見を表明している現状なのではないかと思っています。業界をまたいでわかったことなのですが、それぞれの業界の存在意義を確立、維持していくために立ち入れない空気をつくること、他の領域を侵さないこと、その努力とその結果に依存してきたゆえ、他の領域と共通することでさえも排除してきた結果なのだと思っています。アイデンティティの確立、これは個人だけにとどまらないこと、よくわかります。他の領域がなければ、自己の領域について考えることができません。
     「他者を認め、自己を認める」、ある人の言葉その通り、そこには「自立」と「尊厳」があり、「相互に認める」努力があって成り立つ。それがグローバル社会の世界市民として求められる姿なのだと、私は思います。

    • 2012年 9月 15日

    読み返していて・・・
    「民」がちっちゃい。「民」がちっちゃすぎる・・・
    「国」がおっきすぎる・・・
    ダメ!!! もっと「民」がおっきくなければ!!!

    • u
    • 2012年 9月 16日

    共感します。
    それが、希望です。
    先生 ありがとうございます。

    • ウォーグレイヴ判事
    • 2012年 9月 17日

    言いたいことはとても良く分かる
    よく分かるが故にあえて認めたくない
    偏屈な自分は認めない
    最低限など認めない
    人の100倍努力が必要なら100倍努力すればいい
    それでも俺は普通がいい

    • アメジスト
    • 2012年 9月 17日

    新米サラリーマンの息子を持つ親の立場としては、この就職氷河期の面接でカミングアウトをするのは非常に難しいことと感じます。
    でもYANBARU先生ご自身の姿勢としては大変サバサバしていらして、ご立派だと思います。

    • 匿名
    • 2012年 9月 18日

    >「民」がちっちゃい。「民」がちっちゃすぎる・・・
    「国」がおっきすぎる・・・
    ダメ!!! もっと「民」がおっきくなければ!!!<  みさんレスありがとうございます。  政治家も役人も尖閣竹島問題を必要以上に騒ぎ立てる連中もマスコミも、日本と日本人のために考え行動しているとはとても思えません。  一見日本人に似ているだけの外国人(もしくは外国人に命令されている人)じゃないかと思います。台湾から尖閣に乗り込んだ自称中国人もしかり。  「民」がしっかり目を見開いて、騙されないようにしなければなりません。今のままでは、先の悲惨な大戦と同じ道を歩まされることになります。若者たちを戦争に送り出してはいけない。これ以上夢と希望を奪ってはいけない。  多数派と違い基本的に直感が働いて騙されない、嘘をつかない発達障害者たちがこの国を救うような気がします。マジで。 >新米サラリーマンの息子を持つ親の立場としては、この就職氷河期の面接でカミングアウトをするのは非常に難しいことと感じます。<  アメジストさんへ。たかが2浪してなんとかぎりぎり医学部に入った者が偉そうなことは申せませんが(入ってから周りの人間のあまりの優秀さにショックを受け、何度も脱落しそうになりました)、合わない職種やポストにしがみついてもしんどいだけです。(でも入局先があっていたのか、働き出したら水を得た魚のようになりました。もちろん先輩上司からはいつも鬱陶しがられ毛嫌いされて怒られてばかりいましたが)  余裕がないのはわかりますが、そんなときこそ時間をかけても、うまくやっていける職種、ポストを探す、ないしはそういう職種、ポストに就けるよう準備をする、それが大事なのではないでしょうか。カミングアウトは就職してある程度の実績を出してからのほうがいいように思います。それを理由に嫌がらせしたりするブラック企業は山ほどありますし。  うちは決して裕福ではなかったので、絶対国立に行けといわれ、ほとんど泣きながら高校浪人生活を過ごしていました。自殺も何度か考えましたが、最後は自分を救うのは自分しかいない、と気づいたというか開き直りました。  急がば回れ、じゃないですか?  参考にならなかったらごめんなさい。

    • アメジスト
    • 2012年 9月 19日

    Paul Carpenter様
    ご意見ありがとうございました。
    息子の就活を振り返って、直感的に前回のコメントを書きましたが、職選びもカミングアウトもデリケートな問題なので、これ以上の私個人の意見は控えさせて頂きますね。ごめんなさい。

    • なつもか
    • 2012年 9月 19日

    今回の投稿は、個人的に何度もぶつかっている命題です。
    まさしく、叱咤と激励のこもった内容を噛み締めています。
    人様に迷惑をかけてはいけないと育てられ、本当に言葉通りに受け取り生きてきました。(そして私はそんな風には生きられないのに)
    周りの人が明らかに迷惑であろうことをしてもあっけらかんと生きるのを、羨ましく眺めていました。私には耐えられない。
    でもまさしく、それが生きることで、それが「普通」のことなんだなぁと感じます。(時に真似をして、迷惑な人ぶって見るのですが、やはり勘所が違うのか失敗しますw)
    ぼちぼち生きることのなんと難しいことか!
    先生と、みなさんと、図々しく生きていけるよう頑張ろうと思います。
    この場に感謝します。

    • 黒たまご
    • 2012年 9月 22日

    私も、人に迷惑をかけるぐらいなら、人に嫌われるぐらいなら、人から離れていよう、黙っていようと思って、いつも憂鬱になってしまいます。それが何かの拍子についはしゃいでしまって、最初はよくてもそのうち失敗したりして(気がつかなければいいのでしょうが、気がつくこともありまして)、より深く、落ち込み引きこもるタイプです(そこで落ち込む代わりにストレスを外に向ける人もいると思いますが、同根の現象だと思います)。
    だから「迷惑をかけても生きる」ことは大事だと思いますが、先生は「迷惑をかけて生きる」とおっしゃっているわけではないことは忘れてはいけないと思います。
    「迷惑をかけるから生きられない」と思うほど苦しんでいる人には、緊急避難策として、「迷惑をかけてでもまずは生きること」が大事でしょうし、「迷惑」にも幅があるので、そんなに小さな迷惑に過敏になる必要はないということもあると思います。
    でも、このメッセージをあまりにも都合よく解釈して、極端にずうずうしく、「迷惑をかけるぞ、なんか文句あるかあ」みたいになってしまうと、身近なウツ気味の人にとってはやはり生存権を犯されている気がするほどつらいです(私は人の不機嫌オーラ、独断、激しい口調や文章、それに触れるだけで蚊取線香の煙にあたった蚊のように死にます)。そしてこちらがつらがっていることが、先方にも伝わってしまって、先方がジャイアンだったりすると、その人もまた傷ついて余計暴れるという悪循環に入りますので、やっぱりほどほどがいいですよね。
    でも「ほどほど」ができるぐらいなら、最初から問題ないんですよね。困ったなー。

    • いるは
    • 2012年 9月 23日

    今後も私はどんなに叩かれても図々しく生きつづけます。お嫌いな人はどうぞアクセスされないでください。
    YANBARU先生らしくていい。
    読んで爆笑してしまいました。
    患者より。

    • 道産娘
    • 2012年 9月 23日

    2回目です。
    1回目は無難なコメントしかできませんでしたので、改めて…
    (他の方からACについて詳しく説明して貰ったのをきっかけに、ちょうど調べ直してたところだったので、記事を見た瞬間ビビって脈が速まりました。)
    >ACからの本当の回復は「迷惑をかけても平気でいられるか?」というところまで行かなければならない。
    >「私は自分が生きたいから生きています。そのために関わる皆さんに迷惑をおかけしますが大変申し訳ありません」
    自己評価こそ下がりませんでしたが、常に何かを我慢していて、それをどう表現すれば良いのかわからず、ずっと他人から理解されない不満を抱えていました。
    せめて身内ぐらいには本当の自分を見せよう、「大人しくて真面目でいい子」だった自分を演じるのはいい加減やめようと思っても、一体何がありのままで、何が本当の自分なのか、そもそも本当に演じていたのかすらわからないまま、ズルズルと日々を過ごしてきましたが、ようやく答えが見つかりました。
    「自分は悪くない!」と開き直ること。
    中途半端に「調和」だの「波風立てない」だの「持ちつ持たれつ」だの言ってるから、自分を出せなかったんだなと。
    すでにAS家族からはおかしいと思われてるし、これから他者との間で揉めることも多くなるでしょうが、自分の中の合理的な部分を頼りに、生きていきます。
    気付かせていただき、ありがとうございます!m(__)m

    • 道産娘
    • 2012年 9月 24日

    すみません、少し訂正します。
    >「自分は悪くない!」と開き直ること。
    冷静に考えたらこれはまずいですよね。
    他の方がおっしゃるように、調子に乗って暴走すると受け取られかねませんし。
    「自分は悪くない!」と、言葉できちんと主張すること。
    …ですね。
    あと、自己評価はきっと下がってたんですね。
    >中途半端に「調和」だの「波風立てない」だの「持ちつ持たれつ」だの言ってるから、自分を出せなかったんだなと。
    きっと「自分が悪いから」という言い訳を覆い隠すために、上記の言葉を言い訳にしてたんだなと思いました。
    ACは思春期の頃に一度破綻しかけたのですが、当時は自分の責任だから…となんとか持ちこたえ、それからは溜めて爆発しての繰り返しで、恋愛も人間関係も長続きせず、それでも「仕方がなかった」と言い聞かせてました。
    漠然とした生きづらさ、徐々に酷くなる身体症状とヒステリー、また思春期の破綻と思われる行動等々…全てACで説明し尽くせることでスッキリ納得できたと同時に、家族のために自分を犠牲にして生きてきたことを、未だに信じられない自分もいます。
    (これまで自分で納得して行動してきたと思っていたので。)
    とりあえず、ものに当たるなどの非言語表現をなるべく使わないよう、気を付けたいと思います。

    • 匿名
    • 2012年 9月 24日

    ジャイアンの小生と隠れジャイアンの長女は毎日のように衝突するのですが。
    先週大きな衝突があり、多数派の嫁も今回は100%娘に非があると認識して娘と大喧嘩。
    その余波で週末嫁がついに手を上げて(これは止むを得なかった。軽くはたいただけだったし。小生なんかもっとひどい暴力を何度もこどものときに受けました)長女も完全に態度硬化。「家庭内暴力だ」と半ひきこもり状態に。
    先日は嫁のストレス解消と娘の好き放題(我々が家にいると水も食べ物もとらないので)黙認目的で長女をおいて朝から夕方まで繁華街へ。嫁には大盤振舞で好きなものを買わせ、長女はその間飲み食いして好きなビデオを観て。
    夕飯時に小爆発があったけどなんとか我慢。長女以外みんなで我慢。長女も我慢しているつもり?ぜんぜん見えないけど。
    今朝は学校へは行くようです。クラブと友人は気分転換になるのでしょう。
    まだ中学生。先が思いやられます。でも小生自身が同じ頃、親はもっとしんどかったのかも。もういないから聞くこともできないけど。
    おかんに手を上げるなよ~家には火をつけるなよ~
    (おとんが何するかわからんぞ~)

    • 道産娘
    • 2012年 9月 25日

    Paul Carpenterさん
    うちの父は、女にしか手をあげない人でした。
    私が中学の頃不登校になった時は平手打ちし、(私は薄ら笑いを浮かべて、フリーズしてました)弟達が万引きや恐喝で警察の世話になった時は叱りもしなかった。
    後で知ったのですが、私が不登校になった時「お前のせいだ!」と母も殴られたそうです。
    それでいて、母と喧嘩した後は私にすり寄って来てベタベタ体(性的部分も含め)を触ってくるので、さすがにいやになって無視しました。
    こちらが甘い顔を見せると、向こうもまた付け上がるので、今も必要なこと以外は話さないようにしてます。
    「昔の人だから男尊女卑の考えが残っているのよ。」とか「男の子はやんちゃな方が良いから。」と表面的な理由で父をかばおうとした母も間違ってる!と、今なら素直に思えます。
    私の母はジャイアンで、私が食事中腹がたった時箸を真っ二つに折ったのですが、「勿体無いから折るならこれでお願い。」と淡々と割りばしを渡すほど肝が座っています。
    でも私が自分の部屋で壁に物を投げつけて暴れた時はさすがに泣き出して、私もそれを見たら何もする気になれませんでした。
    (母も人間だったんだな…と。)
    よく喧嘩したけど、母は家族の中では唯一の話し相手です。
    未だ意見はお互い平行線だけど、話を聞いて理解しようとしてくれてるので、それだけで満足です。
    今では、お互い喧嘩して言いたいことが言い合える関係を素敵だと思えますが、Paul Carpenterさんの場合は奥様が多数派で、奥様へのケアも必要なので、そうはいかないですよね。
    ものに当たると言っても、今は目の前で冷蔵庫やふすまを乱暴に開け閉めする程度で、家に火をつけることは無いかと…(^-^;
    でもACを自覚してから、母を含む近い人達に原因不明のイライラを感じるようになり、その感情をもてあましている状態です。
    (依存への衝動なのか、ジャイアンの攻撃性なのか、遅れてきた反抗期なのかわかりませんが…)
    気を付けますっ!

    • 匿名
    • 2012年 9月 25日

    道産娘さん。
    >ACを自覚してから、母を含む近い人達に原因不明のイライラを感じるようになり、その感情をもてあましている状態です。<
    これはあるかもしれませんね。ありがとうございます。
    「パパもママもよくできる次女のことばかり褒める」と最近よく言いよります。
    でもいいことはいい、悪いことは悪いと言わなければならないし。
    うーんむずかしい。
    ちなみに夕べも今朝も挨拶だけはしてました。
    やっぱり時々好き放題させたほうがいいかも…..

    • 2012年 9月 25日

    自分がこの境地に辿り着けることはあるのだろうかと思いました。
    私はようやく自分が人の迷惑になっていたこと、現在もなっていること、自分が加害者でもあり、毒でもあることなどを強く自覚できるようになってきたところです。ようやくです。
    若いころはAC的なところがありました。それが少し抜けてきて、盾なしで好き放題やろうとした結果壁に当たって今がある、と自分では感じています。
    親兄弟や異性等から完全に切り離された私個人は何もできない小さくて醜い人間でした。ここからもう一度はじめなくちゃいけないと思った時は呆然としました。
    少しずつでも近づきたいです。

    • いさお
    • 2012年 9月 26日

    社会人最初の職場ではまだ自分の事が分かっておらず迷惑をかけていた(空気を読めてないので自分はできてるつもり)その小さい積み重ねで周りの方のストレスも積っていた事だろう。自分も気づかず2次障害的になっていった。
    カミングアウトできていたら少し違っていたのかな等とタラレバを妄想する時もあるが、きっとタイミングや社風、雰囲気や空気感もあるのでこればっかりはわからない。(なにせKYなのだから)
    カミングアウトしても、しなくても「迷惑をかけてる」事に変わりない訳であって、きっと素直に周りに伝えた方が(戦略的に)きっと双方に良い気がします。
    ex),こそこそとバレないようにかつらを着けてる人と、
    「俺ヅラなんだよね〜W」とユーモアと知性を持って言える人どっちが良いのか僕には分かりませんが。。それましたが、「素直さ」「自己責任」「自分を褒めるのは自分しかいない」という事を頭に置いていつか来る自己突っ込みの波にも飲み込まれない様にしたいものです。

    • 道産娘
    • 2012年 9月 27日

    Paul Carpenterさん
    私は情緒障害型依存型ジャイアン(プラスAC)のようなので、娘さんとは違うかもしれませんが、参考になれば。
    >でもいいことはいい、悪いことは悪いと言わなければならないし。
    これで良いと思います。
    うちの両親(特に父)は言葉でのコミュニケーションを嫌い、言葉で説得するより非言語的に押さえつけることがほとんどでした。
    あと、私も中学の頃母と喧嘩した時、部屋に閉じこもって3日間ほど水も食事も取らなかったことがあり、母は食事だけ用意して一切口を聞きませんでした。
    自分がACであることに気付いたのは二十歳過ぎてからですが、思春期の頃とことん親と言い合いをして衝突していれば、ここまで長引かずに済んだかな〜と思います。
    (思春期の頃は不気味なほど大人しかったです)
    隠れジャイアン…とのことなので、外では一生懸命多数派に合わせて(衝動をコントロールするのに必死)家の中で不満をぶちまけてるのかもしれませんね。
    思春期の自立への芽生えでもあるので、(非言語的に押さえつけたりせず)言葉でコミュニケーションをとれば、娘さんもその時は反発するでしょうが、大人になるにつれて落ち着いてくると思います。
    (自分はなんかこの頃、無性に話を聞いて欲しい、理解して欲しいという気持ちが強かったです。)
    参考にならなかったら申し訳ありません。

    • 匿名
    • 2012年 9月 27日

    以前のアメジストさんのコメントで思い出したのですが。
    やはり経験、体験、実地。
    それは失敗、失敗、また失敗でも次はうまくできるかも。
    この繰り返しではないでしょうか。
    小生自身の数十年の人生がまさにそうでした。
    自分の言動のおかげで多くの人に迷惑をかけ嫌な思いをさせ、その人たちに何度蔑まれても、怒られても、虐められても、去られても、それでも生きていかねばならない。
    そのうち経験的に「こういうときはたしかこんなことを言ったりししたりしてはいけないはず。こうすればうまくいくかも」と気づくようになる。リハーサルのない人生では毎日が実験、経験、体験です。そこから這い上がるしか。
    ピンボケでしょうか?
    道産娘さんへ。
    >情緒障害型依存型ジャイアン(プラスAC)のようなので<
    いま近い人におられます。
    おそらく自覚がなく、2次性うつとなり、発達障害の診療経験のない医師にかかって大量の投薬を受け、副作用で見るからに可愛そうな状況になっています。
    せめてこのブログのことを教えてあげたいのですが、相談を受けたわけでもないので、小生にはどうしようもありません。
    歯がゆいですが…….

    • アメジスト
    • 2012年 9月 27日

    カミングアウトは自らの出生、病状、障害、性的指向等を表明することですが、する、しないは個々のケースバイケースだと思います。
    本人がカミングアウトしたいと思ったら、するのが正解な場合が多いと思いますが、したくない、しない方が無難だと感じている時は、外からカミングアウトすべきだと押し付けられても納得できないように思います。

    • アメジスト
    • 2012年 9月 27日

    さっきコメントを投稿しましたが、ふと考えました。ADHDにとってのカミングアウトとACからの解放には特別な関係があるのかもしれないな、と。
    私はASの立場でカミングアウトを考えた発言をしましたが、微妙に違いがあるのでしょうね。先生、ごちゃ混ぜにしてしまい、すみませんでした。

    • 道産娘
    • 2012年 9月 28日

    Paul Carpenterさんへ
    私も以前心療内科に通っていた時薬漬けでした。
    当時は対人恐怖症と強迫性障害と診断され、薬の副作用がひどく、副作用を抑えるための他の薬も増え、通うのをやめました。
    (ちなみに、今は婦人科に通っています。)
    >リハーサルのない人生では毎日が実験、経験、体験です。そこから這い上がるしか。
    正直、私はまだそこまで達してないのだろうと思いました。
    これまでずっともがき続けてきて、ようやく納得できる答えを見つけて新なスタートラインに立った…といった感じですかね。
    これもACを自覚してからなんですが、自分の(ヒステリーとは違う)感情や感覚が現れて、ようやく自分の足で立てるようになったって感じです。
    今頃になって、「自分が依存的で頼りなかったため、周囲の目上の人が自分のフォローや尻拭いをしてくれていた。」ことに気付きました。情けないですが…
    ここからが本当の自己責任なのだと思います。
    やはりジャイアンは自分で気付いて這い上がるしかないんですね。

    • 匿名
    • 2012年 9月 29日

    カミングアウトの件ですが。
    ジャイアンADHDにとっては「怒りが最大の原動力」でありますから、自分をわざと追い込んでプレッシャーをかけてそこからまた這い上がるための手段としてはいいかもしれません。ただ余計に疲れるだけのこともあるので注意は必要ですが。余裕のないときには、っていつも余裕がないのがジャイアンADHDなので、やりたいときにやるのが一番?支離滅裂。
    ASの方にはお辛いかもしれません。ただご自身がASであることをカミングアウトして著作を出されている人もいますし、どの程度自分自身のことを理解認識され、今のままではいけないかも、自分で対応せねばならない、と自覚できているかによるのではないでしょうか。やはりまずはご本人の自覚認識、そして「覚悟」ができていることが肝要かと。
    ちなみに最近は周囲の人が家族のことで悩んだ挙句に話をされているときなどに、「小生もその一人ですよ」と言ってから話に加わるようにしています。意外と先方の反応は悪くないようです。最初は「えっ?医者のクセに発達障害!?」みたいな顔をされますが、そのうち「そういえば医師にも看護師にも多いかも」と納得され、紹介してあげたこのブログを読んで目を醒ましてさらに納得感心され、理解を深める方も多いようです。

    • 2012年 9月 29日

    就活について(新卒採用)
     昨今、企業人事担当は経産省が提唱した社会人基礎力(前に踏み出す力、考え抜く力、チームで働く力)をベースにして、各業界で求められる能力に基づき採用選考をしています。これは、変化が激しくスピードを求められるグローバル競争の経済環境下において求められる能力とされています。新卒採用は就職氷河期と言われる通り、間口の狭いものとなっています。学生には社会人基礎力養成のためのキャリア教育が行われ、学生本人が現代社会にある多くの業界、企業から就職先を選択し、企業研究、試験対策等の努力をしなければ就職できない状況となっています。
     そのような状況下で、アメジストさんの息子さんが就職できたことは喜ぶべきことです。これから先、対人関係等で悩みを抱えることもあるかと思いますが、まずは新米サラリーマンとして一つ一つ仕事を学んでいくことでしょう。発達障害ゆえの困難により、ご本人がつらい場合はカミングアウトして支援を得ることも必要になるかもしれません。労働三法ではむやみに解雇できないことになっていますし、企業側は解決の方策を考えなければなりません。ちなみにキャリア教育の中で労働三法を取り上げているところが多いと思います。
     そして、このエントリは先生ご自身の考察からなので、ACのあるジャイアンに向けられていますね。ADHDは衝動性や注意の転動などにより失敗が多く、他者から叱られる経験を積み重ねており、自分を守る心理機構を身に着けるのですが、それに気づき自分を守る心理機構をやめてみると、今度はジャイアンの特性に悩まされる。中心志向とは表面的な一番や社会的ステータスを求め続ける傾向ですから、それを求める一方でできないこととのギャップが大きく、自分の首を自分で絞めていることと同じ状態なのですね。強迫的に頑張るADHDはとかく陥りやすい。二次障害の鬱状態にあっても強迫的に頑張る。引きこもることができない。だからこそ迷惑をかけることに非常に抵抗があり、迷惑をかけるくらいなら孤独を生きることを考える。そうではなく、自分の首を絞めている中心志向の手を離して、迷惑をかけることも認めて生きましょう、そのためにはカミングアウトが必要だ、ということだと思います。ただ、厳しい競争社会ではカミングアウトによるリスクは非常に大きいものと私は考えます。

    • アメジスト
    • 2012年 9月 30日

    Paul Carpenterさんはじめ、ADHDの方々は皆さん何かおおらかでいいですね。
    私などはどうも強迫観念的というか何事にも潔癖症で我ながら窮屈な思いをしてます。
    昔に比べたらだいぶ柔らかくなった方なんですが、根っこにある傾向はたぶん死ぬまで直らないかもしれません。ああだ、こうだと思ってるうちに寿命が来てしまいそうです。

    • アメジスト
    • 2012年 9月 30日

    み様
    明快なまとめ、どうもありがとうございました。とても分かりやすかったです。

    • JET
    • 2012年 10月 07日

    カミングアウトについてですが、私は診断つく前に言ってしまってました。すると私も俺もと同僚後輩等心配しだしたので、その後の経緯は言っていません・・上司は知ってますが社長まで通ってるかどうか確認していない・・私自身は言ったほうがいい。
    職場としては聾の人(障害者枠)や難病の人、持病や介護、育児で定期的に休む人達もいるし、個人の困難さに対して理解があると思います。社長がワタミってるので従業員は助け合うという構図になっています。私は既に支援するほうでして・・
    何よりも会社のブラックぶりに苦悩するので早く転職したいと・・
    転職する時は最初から言っちゃうと思います。

    • 2012年 10月 07日

    私いま怒りと悲しみの感情がある。どうしたらよいか困っている。
     フリースペースを利用する自閉症スペクトラム障害の人の再来室に、上司は(また来た)という表情をこちらに向ける。事務局のフロア内に設けられたスペース、このスペースがつくられる以前は事務職員が思い思いの会話をしていた。そのなかには困った人たちに聞かれたくない内容も多かった。私はその場にいて慣れることができなかった。
     職員は発達障害に関する一般的な知識はあるが、馬鹿にするという体質が染みついている。特に頭の回転が速い、マルチタスク、知識が豊富、といった能力を自負する人々であるから、そうでない人、困った人に対しての上から目線が非常に強いのだ。
     事務職員として発達障害者に理解を示し福祉的な視点をもつのは私のみ。職員は経営や営業といった考えであり、根本に違いがあることを痛感する。私に求められているのは事務職としてのスキルと営業スタイルである。私自身の記憶力の弱さ、言語能力の弱さもあり、発達障害への理解を求めていくのに限界を感じている。たしかに中心志向によりこの職を選択したと言え、自分の能力不足を感じるのだが、経済が基盤の現代社会で発達障害とくに高機能の人々の理解を求めていくには壁が高いと感じる。

    • JET
    • 2012年 10月 10日

     みさん
    仕事は目的と責任範囲があるですよね、その中で支障があれば上司なりと相談し解決をはかっていくと・・
    >私に求められているのは事務職としてのスキルと営業スタイルである。
    営業とはフリースペースの利用者に対してですか。実際どういう状態かよく分からないですが、みさんの仕事に支障があるので、その種の雑音やめてって言うことは問題無いようなんですが・・
    あ、結束があるんですか?
    何をしたい会社なのだろう?
    理解は無理でも仕方無いけど邪魔は困るですね。

    • 2012年 10月 11日

    JETさん
    心配していただき、ありがとうございます。毒吐きでした。
    >仕事は目的と責任範囲があるですよね、その中で支障があれば上司なりと相談し解決をはかっていくと・・
    その通りです。上司は医療・福祉とは異なる職種の人ですので、少しずつ彼らのよさ、困難さを伝えています。上司に支援の必要性を理解していただき、上司から他の職員へと意識の変革がなされればよいなと思っています。
    私は負けず嫌いのジャイアンですから、怒りや悲しみが前面に出ますね。こらえるのが一苦労です。時間がかかることにも「わかっているのに」です。

    • 匿名
    • 2012年 10月 12日

    >私は負けず嫌いのジャイアンですから、怒りや悲しみが前面に出ますね。こらえるのが一苦労です。<
     みさんすごい。
     同じジャイアンの小生は時々「メンタル産業医」なる資格をとって同僚の苦しんでいる人たちのお役に立てれば、と思うことがあるのですが。
     お互い言い放題の飲み仲間からは「絶対無理。あんたがそんなことしたら話がよけいこじれるだけ」とあっさり却下されてしまいます。
     本人はけっこう真剣なんですが…..

    • 2012年 10月 13日

    Paul Carpenterさん
    どうもありがとうございます。気持ちが和らぎました。
     しかし、限界かなぁと思っています。もちろん、先に書いたようなことが怒りや悲しみとなっていますが、それ以外の部分での怒りや悲しみがあります。
     「空気が読めない」ということは、空気を読む世界での駆け引きができない、ということ、これを痛感しました。また、医療専門職経験のなかで培われたものの感じ方、捉え方、思考方法等が相手方とは異なり、専門的な知識をもとに話そうとするとここでは必要がないとのことで、経験を活かすことができません。私自身のキャリア形成の途上でこれまでの経験から得られた学びをもとにこの仕事に携わりたいと考えていた(採用面接時に述べた)のですが、現場ではこれまでの経験をもとにしてではなく、この職場に求められていることのみでよいとのことで、食い違いが生じています。これまでの経験(身に着けてきた知識や考え方なり)が尊重されないという事態に怒り悲しみが生じています。もちろん、転職に際してまずその職場の風土や考え方を理解する必要があることは十分承知の上でしたが、あまりにもこれまでの経験を尊重されずに仕事の方向を規定されることにつらくなっています。(規定内だったら個人裁量でできる職場です)
     まぁ、ジャイアンですから息苦しく感じるのは当然かなぁと思います。そして、ジャイアンには営業職は向かんなぁと思った次第です。愚痴を話してしまってすみません。ジャイアン本人が真剣なことと周囲が求める、見る、感じることと大きなギャップがありますね。。。

    • 匿名
    • 2012年 10月 15日

    >ジャイアン本人が真剣なことと周囲が求める、見る、感じることと大きなギャップがありますね<
     本日も大きく賛同いたします。
     「この阿○馬○上司め。やってられっか!」と酒飲むしかないこともしばしば。
     でもみさんのような人がいるから少しでもなんとかして自分の力で生きていこうと思う人たちがいるのは間違いないと。
     小生は鬱憤がたまったらピアノ弾いたり、畑仕事したり、ワンコを撫でたり、人間以外と関わるのがストレス解消になったりします。

    • いっぽ。
    • 2012年 12月 09日

    叫びだしたい、感情。
    体中を巡ってる..。
    辛い。
    目に見える世界では居場所が見付けられない。
    何処に行っても違和感を連れて歩く私とゆう生き物。
    嫌になる(T_T)
    先生ごめんなさい、独り言です。

    • いさお
    • 2012年 12月 09日

    違和感を連れて歩く、、
    違和感を連れてない人なんか居ないんじゃないかなぁ。。
    衝動といかに共存するか。(すべてを押さえるのではなく)
    コミュニケーションをいかに上手にとるか。(自分の特性を踏まえた上で)
    自分を褒めるのは自分しか居なく、いかに人に頼らないか。(疑心暗鬼になってはいけない)

    • 飛んでるマーボー MK
    • 2012年 12月 16日

    しばらく通院をお休みしています。会社が体制立て直しのために仕事が減り、ここ半年ほど家にいる時間が増えています。2割しか仕事が減っていないのにまるで定年を迎えたような感覚ですが、たまの仕事に備えてモチベーションを下げないようにするのに強い意志が必要です。煙草は引き続き止めています。暇があればバイクに乗ったり、歩いたり、美術館等に行ったりしていますが、家のことは女房がうるさいのでやらないで、出来るだけ家にいないようにしています。何処に出かけて何時に帰るのか伝えるよう要求しますが、黙って出かけることがほとんどです。早く別居するように促されますが、一人暮らしのつまらなさは嫌というほど味わいましたので、このままズルズルと居座ると思います。そんな中、先日女房の企画で北陸へ二人で旅行に行きました。一時修羅場がありましたが、なんとかクリアー出来ました。今後も妥協点を探して、というか私の方から近づけているように感じます。また来年ご報告に参ります。良いお年を

    • rusy
    • 2012年 12月 19日

    息子に奮闘中、参考になりました。

    • さーこ
    • 2013年 4月 11日

    YANBARU先生のHPの「平成14年7月ジョブコーチ養成セミナー原稿(病気・障害についての考え方)」を初めてじっくりと読んでみた気がします。初めて読んだ気がするのに、なぜか私の場合、問題をほぼ達成しているような…。まぁ現在進行形なので、達成という言葉はちょっとおかしいかも、ですね。
    今月のシフトは、院長の方では、現場の人のお休み予定と入れ替わりに私が午前中から入ってくれたら現場的に助かると思っていたようで、先日高熱で休んでしまった私への対応も踏まえて、慎重に選択の機会を与えてくれました。ありがたい事です。
    今現在の自分にこなせる程度のシフト増量だと自分で思うので、「チャンス(機会)をものにするか否かは当事者自身の努力、成長、実力の問題。」という事は先生の原稿を見ていなくても日頃からうっすらと考えていたので、この機会をものにすることにしました。
    「私は自分が働きたいから働いています。そのために関わる職場の現場の皆さんにはご迷惑をおかけしていますが大変申し訳ありません。これからも工夫と改善、努力はしていきますので、現場の一人として、またどうぞよろしくお願いします。こちらからもまた現場の皆さんに尋ねると思いますが、できていない事や私にやってほしい事は、また私に教えてください。」というのが、私の「迷惑をかけても生きる(~障害者雇用後の職場同僚編~)」ですね、YANBARU先生(^-^)v
    この度院長から新たに春夏用制服と、現場の皆とは一部違う時間帯で働いている私専用の鍵が私に貸与されたので、制服の洗濯の事やその日の鍵閉めをどうするかという事は、現場の皆に少しずつ聞いてみればいいんだよね。そうそう、コミュニケーションです。
    Paul Carpenter さん
    過去のコメントからで失礼しますね。
    >欠点だらけの自分を好きになったとき、これほど強い存在はないでしょうきっと。
    ふふ、本当にそうだと思いますよ(^^)

    • こふきいも
    • 2013年 7月 30日

    私もAC。何とか普通にならなくてはと努力し、親にもがんばれとはっぱをかけられ、がむしゃらに働いたけどなかなか回りとうまくいかない。それで気づいた。むりしないと。迷惑かけてごめんなさい、だけどそうでないと生きられない、努力はするけどすみません。迷惑をかけてもその分社会にお返しを、とも思ったけれども、それがそもそも検討はずれで逆に迷惑だったりするから、acはなるべく人とかかわらないようにして社会の隅でほそぼそと生きることにしました。社会の役に立とうとがんばること自体ACがやると精神不安のためはた迷惑なだけなんです。ひっそりと息をひそめてこれからいきていこうと思ってます。

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