ADHD関連

何を「はっきり言う」か

 「ADHDははっきり言おう」を書いた後で、はっきり言うことの中身の説明をする必要があると感じていたが、このブログへのコメント自体にこの問題が当てはまることが分かったので、ここで注記しておくことにする。

 基本は「脳の働き方の根本的な違いをお互いに理解する」ことであり、その意味は、「何を言った時に相手が傷つくか」とか、「どんな言葉が誹謗中傷になるか」が事前には分からないということだ。

 そういう中で、例えば「トラウマになっているので言わないでほしい」と言えば、事実上「何も言うな」という意味になり、相互理解は進まない。また、「最低限の配慮」と言っても、何が最低限でどんなことが配慮になるかは人により理解はまちまちで、結局「傷つける可能性の少しでもあることは言えない」という結果になるのが落ちだ。大事なことは、それでは相互理解が進まないということだ。

 だから、「これは言わないで」ということはなるべく書かないようにしよう。その代わりに、「あなたのその表現は、私には***の意味のように受け取られるけれどそう受け取っていいですか?」という質問をするのが生産的だと思う。

 ASもADHDのACも、断定が早すぎる。断定するまえに、「相手がどんな意味で言っているか?」について正確に確認する作業が必要で、これは相互理解に前向きな態度といえる。

 私が「はっきり言う」という意味で書いた意味は、「(ASの人に)それでは脅しに私には受け取れるけれどそのことが分かっていますか?」とか、「そういう言い方をすると相手は何も反論できなくなるということは想定していますか?」というようなことだ。

 そういうことははっきり言わなければ分からない。一般的に説明すれば、「あなたの言っていることの意味は私が見るとこういう意味に受け取れるのだけれど、その受け取り方でいいですか?」と毎回確認しなければならないほどADHDとASの間の違いは大きいということをまず理解してください。

 この説明で分かりましたか? 「発言する前に考えるのではなくて、指摘されてから改めるのでも努力や誠意とみなす」、「最初は分からなかったことで、後できちんと理解して改めれば、快く許す」ということをこのブログでの基本的なルールとしましょう。


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コメント

    • リカちゃん
    • 2007年 1月 24日

    初めまして。
    自分の人生がめちゃくちゃになり、色々考えた結果「ADD」ではないか、しかも「AC」の部分もあるのではないか、と考えているものです。
    今はカウンセリング中で、まだ診断はでていません。
    カウンセラーに「早く診断を出して欲しい」と何度も訴えた事があります(笑)
    これからブログをじっくり読ませてもらいます。

    • lis
    • 2007年 1月 24日

    なにをはっきり言えばいいのか、一段階理解が進んでほっとしました.
    私はここでは、個人的な状況の説明を最小限にしながら、実生活上の切実な疑問や体験を書きたいと思っています.
    私の投稿に傷つかれたというコメントを拝見し、どうすべきか考えました.通常スルーと言われる結果になってはしまうのですが、そしてここでやりとりをすることにも意味はあるのだろうと思うのですが、今回私はいただいたコメントから学んだことを、実生活に還元させていただくことに留めようと思いました.
    私が学ばせて頂いたことは、
    相手を理解したいという想いからであっても、「完全な理解などあり得ない」と言えば、ASを傷つけてしまうのだということです.ましてや、自覚がまだない状態で、自分が「完全な理解を求めようとしている」という分析がないでしょうから、全否定に受け取られるのだろうとも思います.心しようと思いました.実際、そうでしかあれない根元的な部分にだめ出しをしていることになってしまうんですものね.
    かといって、私がAS被影響症候群のままではお互い立ちゆかないことも身にしみているので、分かる言葉に翻訳していくスキルを身につけ、やはり伝えていこうと思います.
    このサイトは、先生のblogだけでなく、コメントからもたくさん学ばせて頂いています.分析の鍵を与えられ、理解を促通し、何を反省すべきかのヒントを頂戴し....
    とてもありがたく思っています.出会えていなかったら、道標もなにもなく彷徨い、早い段階で、決定的な破局を迎えていたかもしれません.今もおそらく、薄氷を踏みながら歩いているようなものだと思います.でもなぜか、良い方向に向けて進んでいきたい、行ける、行くしかない、という気持ちになります.

    • yurin
    • 2007年 1月 24日

    YANBARU先生
    私が一番情けないのは、いつまでも自信が持てなくて、強い言い方にどうしても臆病になってしまうところです。こう書いて相手が反論してきたらどうしよう、また失敗したらどうしよう。そう考えるとどうしても、中途半端で言葉足らずになってしまいます。
    ・・・どうしたら自信が持てるようになれるのか。どうしたら何を言われてもふんばれるくらい強くなれるのか。・・・ゆっくり考えたいです。でも自分なりにいままでもそうなれるように頑張ってきたのに、なんだかいつまでも、私だけが取り残されているような気持ちなのが正直なところです。
    先生が言わんとすることは・・・わかるような気がするけれど、ちょっと混乱していて上手く書けません。・・・ごめんなさい。

    • yurin
    • 2007年 1月 24日

    YANBARU先生へ
    相互理解には確認作業が大事、というのは理解できました。今後はそのような姿勢でコメントを書きたいと思っています。もしも、今まで不適切なコメントがありましたら全て削除していただいて構いません。
    読んでくださっている皆様へ
    まず皆さんへの影響をあまり考えなかったという反省があります。またこの件に関しては、自分自身の問題も絡んでいるので、それについてしばらく考えて、少し落ち着いてからきちんとコメントしたいと思います。
    申し訳ありませんでした。

    • yurin
    • 2007年 1月 24日

    読んでくださっている皆様へ・2
    不適切な私の今までのコメントはYANBARU先生に削除をお願いするとしますが、今ふと考えました。場当たり的ですみません。
    もしも私の今までのコメントに疑問があるという方は、下記アドレスまでメールをくだされば、できるかぎりお答えします。一部お答えしましたが、恐らくまだいらっしゃると思いますので。
    インターネット用に使っているアドレスなのでこちらに書きこんでいきます。一方的な内容も多かったですが、自分なりの根拠もあって書きこんだことは確かなので責任を持ちたいと思います。
    yurin016@yahoo.co.jp

    • m,y
    • 2007年 1月 24日

    >>だから、「これは言わないで」ということはなるべく書かないようにしよう。その代わりに、「あなたのその表現は、私には***の意味のように受け取られるけれどそう受け取っていいですか?」という質問をするのが生産的だと思う。
    >>ASもADHDのACも、断定が早すぎる。断定するまえに、「相手がどんな意味で言っているか?」について正確に確認する作業が必要で、これは相互理解に前向きな態度といえる。
    文章にされてみて、気付きました。これと同じような事を教わりました。その人は最初から気付かれていたんですね。その当時(今もですが)、言葉で言われても、意味が理解できませんでした。
    コメントでの失礼をお詫びいたします。また、ありがとうございました。最初からもう一度見直していきます。

    • yurin
    • 2007年 1月 24日

    m,yさんのお名前も記憶にあるので、あのときかなと想像しながら。もし勘違いなら、そう言ってください。
    意味が理解できないことがわからず、あのようなコメントを書いてしまいました。自分の理解不十分さゆえのコメントでしたが、真面目な気持ちで書いたのは事実です。何ら伝わったものがありましたでしょうか?
    だけどコメントでの失礼のことは全く思い出せないので、違っているかもしれないですね。
    lisさんは、ADHDかASなのかちょっと判別がつかないです。文章を読むとASのような印象ですが、違っていますか?

    • yurin
    • 2007年 1月 24日

    YANBARU先生へ
    >「最低限の配慮」と言っても、何が最低限でどんなことが配慮になるか(以下略)
    ここのところ、曖昧な表現が多かったことについて私からコメントすると、曖昧=わからない=質問=コミュニケーション・・・となることを密かに期待をしていたという部分はあります。質問が出れば答える心つもりはある程度していましたが、やはり発達障害者同士でやるべきではなかった、と反省しました。
    大きな失敗でしたが、教訓にしたいと思いました。

    • まきの
    • 2007年 1月 25日

    感想だけですが…
    >ASもADHDのACも、断定が早すぎる。断定するまえに、「相手がどんな意味で言っているか?」について正確に確認する作業が必要で、これは相互理解に前向きな態度といえる。
    ああ!なるほど。
    私は今まで「ものわかりがいいこと」「きちんと空気をよむこと」がステータスの一つだと考えていました。
    周りにも、その力をUPさせるにはどうしたらいいかに関心があり、私の認識が正しいかのような錯覚がありました。
    そこで、私の読みが外れたり、変な空気になってしまったらそれは自分の修行不足のせいなのだ、と。
    今、(とっさの確認ではありませんが)
    「あの時ああ思っちゃったんだけど、皆○○?」
    「いやいや、違うよ」
    という、< 自分の思ったことと実際>の確認が少しずつできています。話しながら頭のでは「これはどっちの意味だろう?」と思考が止まることもありますが、”自分がそれを疑問に思っている”とまでは考え付きませんでした。
    やってみます。…とりあえずは気のおける仲間うちで(T_T)

    • yurin
    • 2007年 1月 25日

    lisさんの
    >「完全な理解などあり得ない」と言えば、ASを傷つけてしまうのだということです.ましてや、自覚がまだない状態で、自分が「完全な理解を求めようとしている」という分析がないでしょうから、全否定に受け取られるのだろうとも思います.心しようと思いました
    ・・・を読んで気が付いたことを書きます。その前に、以前違う名前で何度か書きこまれていたので、私が混乱して誤解していた部分があったかもしれないと思うので、お詫びしておきます。
    完全な理解、と言えば確かにASを傷つけてしまうのかもしれません。でも、『完全な理解はあり得ない』というのは事実でもあると思います。私はASの夫(本人に自覚はありません)には、これを基本的には主張していく方針でいます。いままでも、何度か伝えるうちに、なんとなくですが伝わっているんじゃないかと思える瞬間もあります。
    lisさんの文章が、私にはASの人のような印象を受けてしまいました。それで誤解しました。でも本来は違いますよね?
    確かにASの人と居ると、なんだか自分が間違っているような錯覚に陥ることが私にもあります。でもそれは事実ではないと思います。AS にもADHDにも独自の文化があります。どちらが正しくてどちらが間違っているということはありません。
    はっきり言う、ということは、自分の文化を主張していくことだと私は理解しました。

    • みい子
    • 2007年 1月 25日

    主人(ADHD?)との喧嘩で頻繁にあったことです。
    「その言い方だと嫌な気分になるからやめて」と言えば
    「じゃあ、俺は何もいえないじゃないか。俺に貝にでもなれと言うのか。」
    私は、主人に配慮して伝えたつもりなのですが、それでもこのような言い方だと、ADHDであろう主人を追い詰めている形になるんですね。
    ASであろう私は、断定が早すぎてそれも喧嘩の「原因」でした。
    これからは確認の作業を大事にしていく「努力」が必要だと思いました。

    • 匿名
    • 2007年 2月 05日

    コメントありがとうございました。
     
    リカちゃん様
     参考にしてください。あなたのHPも見させていただきます。
    lis様
     傷つけるかどうかは事前には分かりません。「理解」とは、消極的になるためにあるのではなく、本当のことだと思うことはあえて言ってみて、お互いの理解に期待しましょう。そのためにはある程度の摩擦を覚悟する勇気が必要です。
    yurin様
     情緒的な反応はしんどいことですが、それを怖れていては前に進めません。あなたは頑張って乗り越えましたね。この感じを忘れないようにしてください。
    m.y様
     ここまで詳しく説明しないと伝わらないということがなかなか難しいところですね。あなたは大きな問題をクリアしました。その調子で理解を進めましょう。
    まきの様
     ひとつひとつ確認する作業は面倒ですが有益です。ぜひ試してみてください。
    みい子様
     言葉が通じていなかったことが分かることが第一歩です。注意深くすれ違いが無いか確認していきましょう。
    コメントありがとうございました。

    • るる
    • 2013年 8月 12日

    先週末、パートナーに「はっきり言う」を実践し、その時点では「通じるものなんだ」と、感動すら感じました。
    その後、互いの伝え方があっという間に「これは言わないで」の応酬になり、関係は険悪に・・・
    昨夜、こちらのエントリを読ませていただき、納得!
    彼にも内容を伝え、朝の(不愉快だった)「エアコンをいつつけるか」についてのやり取りについて振り返ってみたところ、
    ・私は「この用事が終わったらつける」と言っているのに、彼が「その次の用まで済ませてからつけよう」と言った事を口では了解しながら、心中に不快感を募らせていた
    ・彼は、1週間前に私が口にしたこと(私は忘れていました)を守るつもりで、その次の用が終わるまでつけるべきではないと考えていた
    ということがわかりました。彼は(独自の)断定をしており、私は「彼の言うことには応じなければならない」と思い込んでいることが、とてもよくわかりました。
    確認作業は時間がかかりますが、有益なことが双方ともわかりましたので、続けようということで気持ちが一致しました。
    おかげさまでとても“濃い”夏休みとなっています。

    • tukatantikatan
    • 2015年 9月 24日

    脅しって、なんだろうなー、と思ってたんですよ。私は、「相手は自分のことを語っているだけで、私はまだ頼まれ事はされてない」と基本的に思っているんです。余計なことしないように心がけているし。また「これこれをやれ」と言語化・明文化されないことも実際すっとわからんわけです。仕事の流れとかの、周囲と共有できる目的に向かった文脈があればナントカなるんですが。
    でも、人との距離感が最近じゃっかん縮まってきたな、ということで最近わかってきたんです。微妙な・・暗黙のうちに沢山頼まれているんだな、期待というやつです。期待には送り手、発し手と受け手がいて、それをできる能力のある人が、脅しも受けとれるのだな、ということで、これはですね、報酬系が改善されてわかってきたのだな、と私は思います。ADHDという状態はそこが不安定みたいですが、のび太の人は報酬系の機能が止まってるというか展開できないというか、ジャイアンは機能が亢進してる人、ということかなっと最近思います。語用論が面白い感じで調べております。

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